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いままでが嘘だったみたいに、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。
アイドルの子が残像だけを残して激突する。
『負ける? 上等だ、あたしはそれを1%でも勝てる「勝負」にするため死ぬほど頑張っている』
左右の拳を連続して打ち付けながら叫ぶ。
『諦める? 強化を加減する? 確実に勝つ? ぜんぶ違う、そんなものじゃない、それは理想を叶える者の言葉じゃない、それは「アイドル」じゃない!』
『なにを……!』
『逆に聞いてやる、あんたは限界まで挑戦したのか、諦める前にやれる全てをやったのか?』
『それは、当然――』
『嘘つけ』
殴りつけた拳が、メリケンサックのそれが、ひときわ大きく鳴り響いた。
唖然と騎士の子が見つめる視線の先、鎧の中央部分が、へこんでいた。
『あたしのように、限界まで踏み込んでいない。途中で諦めた』
『それ、は――この威力は……!?』
「マジか」
――え、なんかすごい強くなってる……?
「そんな事するやつは、さすがにいなかったぞ」
『キミは、キミはまさか……枕を……』
『ああ、食べた』
口元を拭いながら言う。相変わらずの悪い顔色は、少しだけ良くなっているように見えた。
『仲間になってくれた人たちの武器、その枕、魔力の塊になっているものを身体に取り込んだ。あたし自身の強化のために』
『馬鹿な、そんなことをすれば――』
『もちろん、かろうじて食べられる部分だけを食べた。それでも体調は最悪だ。消化するのも時間がかかった。なにより、これが効果を発揮するかどうかも賭けだった。それでも――』
低く構える。
漏れてはいなけれど、その内部では複雑な魔力が渦巻いていた。
『これは五十一人ぶんの力だ、その支持だ』
騎士が唖然と胸元のヒビを確認するのに対し、アイドルは不敵な笑みで言う。
『もう一度聞いてやる、あたしくらい踏み込んだ上でそれを言ったのか。「敵わないから諦めろ」とそう言ったのか! せめてあたしの本気を越えてからそれを言え!』
地面が爆ぜ、同時に鎧がさらに凹んだ。魔力の領域が見える。
大会が始まって以来なかった騎士へのダメージが、初めて入った瞬間だった。
『!』
そのまま、アイドルの子は素早く動いた。
◇ ◇ ◇
フェルさんは予備マガジンを両手で折った。
バラバラと内部からちいさくて黒い球が溢れる。
片手にそれをザラザラと入れ、一握り分を確保した。大半は地面にこぼれたけど気にした様子もない。
『どのようなつもりだろうか、それは――』
『えいっ!』
力いっぱい上へと投げる。
球は上がり、広がり、速度を落とし、その頂点で弾けた。
一つ一つのちいさな球が、更に細かい破片になる。雪みたいと言うには、ちょっと黒くてゴミっぽいけど、ゆったりとキラキラ落ちてくる様子はちょっとキレイで――
「! 緊急防壁展開!」
――りょ、了解!?
家主の命令に、反射的に緊急用に確保してある魔力を流して防御力を上げる。
咄嗟だから硬度も持続時間も半端なものだけど、かろうじて展開し終わった瞬間――
大爆発が起きた。
破片が地面に、家に、木々に触れる度に無方向の魔力爆発を起こす。
ひとつひとつはそれほどじゃないけど、数が違った。
魔法特有の白い焔が一帯を染めあげる。
場所は中庭で、防御能力を上げたばかりだ。
外に向かおうとしていた力が反射され、また舞い戻ってくる。
赤色に燃えるフェルさんの魔力圏を削りながら、巨大な白炎の蝋燭みたいに天を焦がす。
『もいっかい』
そこに、フェルさんが燃料を足した。
魔力を限界値まで入れ込んだ、それこそ自壊してしまうほどの高濃度の魔力の球を、炎上するその最中に投げ入れる。
『知っているはずもないこんな威力?!』
今度起きたのは、閃光だった。
即座に、容赦なく爆発し、フェルさんの周囲五十歩圏内くらいの地面を掘り起こし、その下に隠れていた人たちを消し飛ばした。
隠れている人もこっそり場を伺っていた人も関係なく、全員が転送された。
ギリースーツの人も含めて広間に現れる。
破壊の余波は、ここまで揺らしていた。
破壊の中心では、フェルさんが膝を付き、唇を噛み締め、血走った目で耐えていた。
削れた魔力の大きさを物語るみたいに、そのお腹がグウぅぅと獣のように鳴る。
――中庭が、家の中庭が……
「ひっでえな、というかやっぱり枕投げ大会やるとこうなるんだな」
――家は忘れてたんだけど、前もこんなことあったの!?
「まあ、憶えてないほうがいいこともあるな」
なんかやばいことを言われてる気がする。
過去の家の惨状に思いを巡らせながら、酷い有様の中庭を見ると、そこに残った人はもう残り少なかった。
クレーター状にえぐれた中庭。土煙が薄れる中で見える人影は三人分。
破壊の主催者にして中心、だけど、変わらず膨大な魔力を纏い、ゆっくりと起き上がるフェルさん。
全身を煤けさせながら、それでもなんとか立っている騎士の子。
そして、そんな分厚い鎧を盾にして、爆発をやり過ごしたアイドルの子だ。
騎士の子は手を離した途端、その場に崩れ落ちた。
ガシャンと重い音をさせて倒れ伏した。
転送こそされてないけど失格も同然だった。
だから、それぞれ別のものを食べ、膨大な魔力を手に入れた二人だけが、睨み合い、決着をつけようとしていた。




