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家が気絶から目覚めたときには、なんか色々と変わってた。
吹き飛ばされた机や椅子を片付けながら、家主がフェルさんに伝えていた。
「やりすぎだ」
「すいません、つい美味しくて……」
フェルさんは、まだ手に皿を抱えていた。
食べ終わったそれを恋人の形見のように見つめる。
「いや、せめてこっち向けや」
「ご、ごめんなさい、少しだけでも残っていないかと確認をしてしまうんです!」
「どんだけだ、まあ、満足なら良かったけどよ」
「はい! 夕食も楽しみです!」
家はまた気絶したくなった。
「小腹は満たせましたし、午後から動くのに支障はありません。今度こそフェルはお腹いっぱい食べます!」
こばら、小腹って言ったの、この人?
それってどこかの方言で「もう一週間は食べなくても大丈夫だぜガハハ」みたいな意味だよね、そうだよね?
家はすがりつくように家主を見た。
もう、在庫ほとんどないんです。
普通に夕食提供なら問題ないけれど、それ以上のとなると――
ひょっとして、家の家庭菜園を全消費しなきゃとか、そういう話……?
「それだがな」
こめかみをほぐしながら家主は言う。
「オマエが口にしたそれは、賞品に近いレベルのもんだ。それを、オマエは一方的に得た」
「そ、そうなんですか……?」
「別にそのこと自体を責める気はねえ、だけどな、さすがにオマエが優勝でもしないかぎり、夕食の無制限提供はナシだ。勝ったときと同じもんを二回も手に入れるのはやり過ぎだ。一般的な量で満足しとけ」
フェルさんは初めて顔を上げた。
目をまんまるにして青ざめた顔は、まるで家主が「これからオマエを考えうる限りもっとも残虐な方法でなぶり殺す」と宣言したかのようだった。
手にした皿がわなわなと震える。
「理解したか?」
「わ、わかりました」
絞り出すような声だった。
抑えた魔力が揺れながら、挑むように目を鋭くさせ。
「勝って、フェルはお腹いっぱいになります!」
家にとって絶対に勝って欲しくない優勝候補が、また増えた。
◇ ◇ ◇
午後になって枕投げ大会が再開された。
鐘の音が高く響き渡り、緊張の糸がぴんと張り詰め、家は解説席につっぷした。
――家主。
「なんだ」
――どうして、誰が優勝しても家の破滅に繋がっているんでしょうか。
「知るか、少なくともフェルの件は自業自得だろうが」
――お腹すいてる寮生を放っておけと!?
「結果として、魔力のバケモンみたいになったけどな」
――おおう……
強力な優勝候補誕生。
魔力提供元、家だった。
そのフェルさんは、意外なことにその魔力を抑えて潜んでいた。
いきなり動き出すことがない、午前中のフラフラとした動きからすると正反対。確実な勝利を目指してる。
その本気度合いは、家の背中を冷たくさせた。
無意味に魔力を消費せず、ただ狩ろうとしている。
1番目立つ人が1番静かなスタートを切った。
だから今回は暫くの間は平穏に推移するかと思えば、積極的に動く人たちがいた。
――え。
「ほお」
午前中は一方的に狩られていた、森に潜んでいた人たちだった。
隠れることを止め、個別でいることも止め、集団で堂々と身を晒している。
それぞれが決意をもって立ち、武器(枕)を掲げる。
その前に正対しているのは。
『なるほどね』
アイドルの子だった。
一人でいるけれど、その周囲にはきっとポルターガイストもたくさんいる。
二つの集団が、中庭で向き合っていた。
多人数体多人数、個の戦力ではなく集団による戦力の衝突が始まろうとしていた。
『知っているだろうか』
集団の先頭、ギリースーツの子が静かに言う。
『賞品の数は、限られているのだ』
『それは……ああ、そっか、狡い考えだ』
いま残っている戦力は、フェルさん、騎士の子、アイドルの子の集団、潜んでいた集団。
前二つは個人だけど、後ろ二つは集団だ。
そして、賞品を獲得するのであれば、とにかく数を減らせばいい。
強い敵を倒す必要なんてどこにもない。最後まで生き残って手に入れる釘は、好きに奪い合えばいい――そんな戦略の意思表明だった。
『限られた数を得るのに、そちらの集団は邪魔でしかないのだ!』
手を上げ、あちらこちらから――前後左右、あるいは土の下にまで潜んでいた者から、一斉に「枕」が飛ぶ。
完全に不意をつかれた格好だった。
百の反撃が来るのであれば、工夫した百の攻撃で押し潰せばいい――
そんな叫びが聞こえてきそうなほど、一方的な集団攻撃だった。
それは「前方の敵集団」にばかり気を取られていた側の油断を完全に突いていた。
「ポルターガイストの弱点だな」
――どういうことです。
「一方的に見たり行ったりすることに慣れすぎだ。自分自身が見られたりちょっかいかけられることに慣れてねえ」
実際、家はあんまり把握できないけど、かなり混乱した様子があった。
他から干渉されることに慣れていない。
広間に出現し、徐々に増えてる雰囲気も、そういう感じがあった。
『ダメだ、いったん引こう!』
悔しそうにアイドルの子が叫び、中庭から抜け出す。
その言葉に勇気づけられるように移動するけれど。
『おっと、そうはいかないかな!』
その先には、騎士が待ち受けていた。
攻撃を一切通さない身体が、通せんぼうするようにいる。
偶然じゃなかった、あきらかに、出口の狭い場所を選んでいる。
『――手を組んだか!』
『キミたちは午前中、やりすぎた。対策するのは当然だろう?』
たった一人。でもそれが「攻撃で排除できない一人」なら話は変わる。
十分な足止め役になる。
『もっと対策しなきゃいけない相手が出たじゃないか?!』
『密談中にあんなのが出てくるとはボクらも思っていなかった!』
『頭が固すぎだ』
『どちらにせよ、キミたちが邪魔であることにはかわりはない!』
アイドルの子の、メリケンサックによる一撃は通らない。
表面だけで弾かれる。
反撃の剣は避けたけれど、その攻撃半径は決して侮れない。
前後に挟まれすり潰される、このままポルターガイスト集団は終わりかと思えたとき、ふらり、と現れた人がいた。
フェルさんだった。
静かに、注意深く移動をし、潜んでいた集団のさらに背後から接近する。
気づいた人が何人かいたみたいだけれど見過ごされた。
だって、手にしている枕は、そのまんま枕だ。
どれだけの魔力があっても、それで倒せるのは一回につき一人。必要な犠牲だと割り切り、とにかく前の人の数を減らそうとする。
完全なミスだった――
「ほお、なるほどな」
家主が感心する。
観客の一人が笑う、ニィ、と歓喜に満ちた凶悪さで。
「気づいて無いやつも多いが、このルール、他の奴に自分の枕を渡せるんだよな」
フェルさんが手にした軽機関銃が、凄まじい勢いで球を吐き出した。




