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そうだ、そうだった。
控室の暗がりの中で、ゆっくりと身体を起こす。
眼球は昏い天井を捉える。
きっとアイドルではない目で睨んでいる。
使える全てを使い、あらゆる手段を行使し、自分自身を高め、究極を超える。
そう心底から決意していたというのに、なんだ、さっきの公演は。
形だけを完璧になぞる?
上手くおじょうずに歌い切る?
ミスのないように注意を払って動く?
そんなものか、あたしの中の「アイドル」は。
それで超えれる程度のものなのか。
違うはずだ。
まったくもって何もかも足りない。
――必要なものはなんだ?
あたしはあたし自身に問いかける。
欲しい装備は、欲しいスキルはいったい何か。
まずは、歌唱力やダンスはもちろん、それが強烈に人の目を引き付けるものである必要がある。
豆粒になるくらい遠くても、それがあたしだとわかるくらい明確な、存在感がいる。
時間いっぱい魔力を全身から放出しつづける、その程度のことは前提として必要だ。
全力を振り絞り、限界を越え続け、一秒も無駄にせず駆け上がる。
次に、ファンがいる。
信者やガチ恋なんて言葉じゃ足りない、もっとずっと心底からのあたしの協力者が。
他が全員、あの子に声援を送っていても、彼らだけはあたしに向けて声を張り上げる、どれだけ空気が読めないと言われても団結する。
そういう、神に挑む、同志がいる。
最後に、バランサーがいる。
突き進もとするあたしと、そのファンだけじゃ見落とす部分が絶対に出る。
致命的な欠陥を抱えていても気づかない。気づいたときには手遅れになる、そんな予感がある。
そうなるより前に、正しい目で冷静に引き止め、正しいレールに戻してくれる人が必要だ。
どれもこれもまったく足りない。
何一つとして満たしていない。
最後はフウさんが担ってくれるだろうけど、まだ好感度みたいなものが足りていない。
冷たくあしらわれるだけじゃなくて、冷たくなじることにも興奮を覚えてもらわないと――
「おい」
いつの間にか、監督がいた。
ドアを開けて覗き込み、胡乱にあたしを見ていた。
まだしもマシな顔になっていたのは幸いだ。
「ノックはしたぞ、その様子なら平気だな」
「はい、おまたせしました」
とはいえ、きっと顔はぐしゃぐしゃだ、早めに入ってメイクをし直さないと。
「独り言か? 話が漏れ聞こえていた」
準備をして立ち上がるあたしに、ぽつりとそう言った。
「聞き逃がせない言葉があった、おまえ、あの寮出身だったんだな」
あの寮、が何を示すかは明白だった。
「願いを叶える家か、で、おまえはあの家を一晩だけ、アイドルにするつもりだと」
もう隠すようなことじゃない。
あたしは無視して通り過ぎた。
「一枚噛ませろ」
「寝言は寝ていえクソ監督」
そればかりは無視できない。
振り返り、睨む。
素養があれば呪殺できる視線で。
「あたしと、あの子の舞台だ、あたしたちの舞台だ、くだらないクチバシを突っ込むな。殺すぞ」
「同じ寮出身だ」
「はあ?」
「お前の先輩なんだよ、以前に住んでいた。で、まだ願いを言っていない。取っておいたままだ」
「……話を聞こうか」
我ながら現金だとは思う。
監督が住んでいた時期はかなり前だった。
それなりの期間、寮にいた。今も偶に帰っているのだそうだ。
それだけの長さの記憶が、保持されている。
もともと、あの子のアイドル化は監督自身が以前から考えていたのだという。
だが、詳細にアイデアを詰め、実行しようかという段階で毎度のように頓挫していた。
「毎回どう考えても、理想通りにしかならん」
「なにが問題ですか」
「頭の中にある理想通り、そんなものを実際にやる価値はない。少なくとも、思い出を全部を燃やし、二度と認識されない、それと引き換えにするような価値は、無い」
「なのに、あたしに協力すると?」
「まだわからん」
「おい」
「不確定要素が入り込めば、理想より上を行く、その可能性はあると見た」
「今はまだ不足、託せるほどじゃない、そういうこと?」
ニヤリと笑われた。
失敗したリハは、ついさっきだ。
今のあたしの言葉は大言壮語の寝言でしかない。
「わかったよ」
あたしはその挑戦に応じる。
「こんなところで手間取ってる暇があるか」
もし、監督が協力すれば、それはさらなる難易度の上昇を意味する。
あたしだけの記憶じゃない、長年貯め続けた記憶だ、もっとさらに巨大に燃え上がる。
あたしが理想とするアイドルを、監督が理想とする舞台が彩る。
「はは――」
「どうした、ビビったか」
「それが叶ったら、苦しむ奴がきっと大勢出るな、って思ってた」
たった一夜の舞台。
人々の心に修復不可能な傷を焼き付ける夢。
なのに、行った家自身は、それを憶えていない。
一緒にアイドルをしたいとあたしが願い、監督の舞台でそれをするのだ。記憶の九割方が削れる。
どれだけ褒め称えられても、ハテナマークを飛ばすことになる。
どれだけ「次」をねだっても叶えられることがない。
欲して追い求めても、その舞台は幻のように扱われる。
あの子の残酷が、これ以上ない形で人々に襲いかかる。
ざまあみろ――想像の中だけでも痛快だ。
いっそあたしも知らない振りをしてやろうか。
横をみれば監督も似たような笑いを浮かべていた。
人間を渇望の苦しみに落とすことに愉悦を覚える、性格の悪い顔だ、とてもじゃないがアイドル関係者がしていい顔じゃない。
「さて、行こう」
どちらともなく言った。
ねじ曲がっていようがなんだろうが、
ここがスタートラインだ。




