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家にドラゴンが来たらどうしよう  作者: そろまうれ
2章 アイドルと家
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そうだ、そうだった。

控室の暗がりの中で、ゆっくりと身体を起こす。

眼球は昏い天井を捉える。

きっとアイドルではない目で睨んでいる。


使える全てを使い、あらゆる手段を行使し、自分自身を高め、究極を超える。

そう心底から決意していたというのに、なんだ、さっきの公演は。


形だけを完璧になぞる?

上手くおじょうずに歌い切る?

ミスのないように注意を払って動く?


そんなものか、あたしの中の「アイドル」は。

それで超えれる程度のものなのか。


違うはずだ。

まったくもって何もかも足りない。


――必要なものはなんだ?


あたしはあたし自身に問いかける。

欲しい装備は、欲しいスキルはいったい何か。


まずは、歌唱力やダンスはもちろん、それが強烈に人の目を引き付けるものである必要がある。

豆粒になるくらい遠くても、それがあたしだとわかるくらい明確な、存在感がいる。

時間いっぱい魔力を全身から放出しつづける、その程度のことは前提として必要だ。

全力を振り絞り、限界を越え続け、一秒も無駄にせず駆け上がる。


次に、ファンがいる。

信者やガチ恋なんて言葉じゃ足りない、もっとずっと心底からのあたしの協力者が。

他が全員、あの子に声援を送っていても、彼らだけはあたしに向けて声を張り上げる、どれだけ空気が読めないと言われても団結する。

そういう、アイドルに挑む、同志がいる。


最後に、バランサーがいる。

突き進もとするあたしと、そのファンだけじゃ見落とす部分が絶対に出る。

致命的な欠陥を抱えていても気づかない。気づいたときには手遅れになる、そんな予感がある。

そうなるより前に、正しい目で冷静に引き止め、正しいレールに戻してくれる人が必要だ。


どれもこれもまったく足りない。

何一つとして満たしていない。

最後はフウさんが担ってくれるだろうけど、まだ好感度みたいなものが足りていない。

冷たくあしらわれるだけじゃなくて、冷たくなじることにも興奮を覚えてもらわないと――


「おい」


いつの間にか、監督がいた。

ドアを開けて覗き込み、胡乱にあたしを見ていた。

まだしもマシな顔になっていたのは幸いだ。


「ノックはしたぞ、その様子なら平気だな」

「はい、おまたせしました」


とはいえ、きっと顔はぐしゃぐしゃだ、早めに入ってメイクをし直さないと。


「独り言か? 話が漏れ聞こえていた」


準備をして立ち上がるあたしに、ぽつりとそう言った。


「聞き逃がせない言葉があった、おまえ、あの寮出身だったんだな」


あの寮、が何を示すかは明白だった。


「願いを叶える家か、で、おまえはあの家を一晩だけ、アイドルにするつもりだと」


もう隠すようなことじゃない。

あたしは無視して通り過ぎた。


「一枚噛ませろ」

「寝言は寝ていえクソ監督」


そればかりは無視できない。

振り返り、睨む。

素養があれば呪殺できる視線で。


「あたしと、あの子の舞台だ、あたしたちの舞台だ、くだらないクチバシを突っ込むな。殺すぞ」

「同じ寮出身だ」

「はあ?」

「お前の先輩なんだよ、以前に住んでいた。で、まだ願いを言っていない。取っておいたままだ」

「……話を聞こうか」


我ながら現金だとは思う。



監督が住んでいた時期はかなり前だった。

それなりの期間、寮にいた。今も偶に帰っているのだそうだ。

それだけの長さの記憶が、保持されている。


もともと、あの子のアイドル化は監督自身が以前から考えていたのだという。

だが、詳細にアイデアを詰め、実行しようかという段階で毎度のように頓挫していた。


「毎回どう考えても、理想通りにしかならん」

「なにが問題ですか」

「頭の中にある理想通り、そんなものを実際にやる価値はない。少なくとも、思い出を全部を燃やし、二度と認識されない、それと引き換えにするような価値は、無い」

「なのに、あたしに協力すると?」

「まだわからん」

「おい」

「不確定要素が入り込めば、理想より上を行く、その可能性はあると見た」

「今はまだ不足、託せるほどじゃない、そういうこと?」


ニヤリと笑われた。

失敗したリハは、ついさっきだ。

今のあたしの言葉は大言壮語の寝言でしかない。


「わかったよ」


あたしはその挑戦に応じる。


「こんなところで手間取ってる暇があるか」


もし、監督が協力すれば、それはさらなる難易度の上昇を意味する。

あたしだけの記憶じゃない、長年貯め続けた記憶だ、もっとさらに巨大に燃え上がる。

あたしが理想とするアイドルを、監督が理想とする舞台が彩る。


「はは――」

「どうした、ビビったか」

「それが叶ったら、苦しむ奴がきっと大勢出るな、って思ってた」


たった一夜の舞台。

人々の心に修復不可能な傷を焼き付ける夢。


なのに、行った家自身は、それを憶えていない。

一緒にアイドルをしたいとあたしが願い、監督の舞台でそれをするのだ。記憶の九割方が削れる。

どれだけ褒め称えられても、ハテナマークを飛ばすことになる。

どれだけ「次」をねだっても叶えられることがない。

欲して追い求めても、その舞台は幻のように扱われる。

あの子の残酷が、これ以上ない形で人々に襲いかかる。


ざまあみろ――想像の中だけでも痛快だ。

いっそあたしも知らない振りをしてやろうか。


横をみれば監督も似たような笑いを浮かべていた。

人間を渇望の苦しみに落とすことに愉悦を覚える、性格の悪い顔だ、とてもじゃないがアイドル関係者がしていい顔じゃない。


「さて、行こう」


どちらともなく言った。

ねじ曲がっていようがなんだろうが、

ここがスタートラインだ。


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