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十回目
「うお……?!」
そろそろ、限界点だった。
実際、身体の様子がおかしかった。
年齢でいえば五歳児くらいの、半端な体躯をしていた。
なによりも、身体に書き込まれたプログラムが、未完成だった。
これでは次に繋げられない。
私自身が、この手直しをする必要があった。
「ああ、つまりこれは……」
次がラストだ。
私視点でいえばついさっきまで、現実的には五十年くらい先の都で色々あった。
世代交代が上手く行かないでゴタゴタしたり、制度的な欠点が露わになったりだ。
日記に書かれたことと、これまでの記憶を参考に必要最低限の介入しかしなかったが、あれで滅ぼなかったのが不思議なくらいの混乱っぷりだった。
それは初代からの、国を興したものたちからの遺産だった。
先のことを考えて行動していない、何も考えずに好き勝手をしたとしか思えない。
どんな迷惑な奴らなのかと、逢いに行き――
「誰だ」
酷く傷ついた顔のアルファを見た。
まだ子供と言っていい年齢だった。
その衣服には、何度も繕い直した痕跡があった。
栄養状態の良さを窺わせる立派な体躯があった。
ある種の無根拠な前向きさがあった。
すべて過去形だった。
その全てに、ひどい傷がついていた。
衣服は直されることがないまま身体に合わず、栄養状態は骨に張り付くようで、顔には絶望がこびりついた。
特に、家が素知らぬ顔でアルファの横を通り過ぎることが、その陰影を深くさせた。
「よお」
――あ、家主。
家は、変わらなかった。
いつも通りだった。
なにも、何一つ違いがない。
そうか、そうだ。
次が最後だ。
だったら、家がこうなることを体験したのは、彼らが初めてだ。
そのサポートをする人間が、記憶欠損について教えられる人間が、誰もいなかった。
家の内部は、ただ暗かった。
その中で、一人だけ様子が違う人間がいた。
私を見て、酷く驚いた顔をした。
「まさか……」
デルタだった。
もうかなり前のことだが酒を酌み交わした相手だ。見間違えるはずもなかった。
「ああ、そうだ、私だよ、見てわかんねえか?」
デルタは混乱しながらも、なんとか私を家主と認め――
そして、激昂した。
無理もない話だった。
私もまた激怒していた。
なにをしてる。
なにをやってるんだ、「私」は。
こうなると知ったその上で、放置したのか。
この事態を認めたのか。
ふざけんな。
簡単だとは言わない。
だが、いくらでもやりようはあったはずだ。
逆行転生なんてことをしておきながら、助けるって行動を何一つしないつもりか?
本当にふざけてる。
どうして、この家で。
願えばなんでも叶えられるこの場所で、ガリガリに痩せ細ったガキがいなきゃいけねえんだ。
どうしてこんなに傷ついた目をした寮生が、いなきゃいけねえんだ。
ここは、家だろうが。
私は、家主だろうが。
初代寮生が、こんなクソみたいな状況になることを許容する理由がどこにある。
家が家であることを放棄していい根拠なんざ、どこにもねえだろうが。
「どうした、遠慮はいらねえぞ、一発くらいは殴っていい」
だからこそ、そう言った。
だが、デルタは、それ以外の四人も、そうはしなかった。
代わりに聞かれた。
「ねえ……予測してた?」
「んなわけねえ、それができたら私は神様だ」
そうだ、予測していない。
まったく知らなかった。
本当に、どうして、私はこれを変えなかった?
◇ ◇ ◇
ああ、クソが――
何度もそう繰り返した。
言葉として、あるいは心の中で、何度も何度も。
アルファ達五人に対して、私はできるかぎりのことをした。
環境を良くして、教育した。
私が知る限りの、全部を教えた。
これまでの経験の蓄積を、部分的に渡すことができた。
転生を繰り返した日々は、案外無駄ではなかった。
そうして、気づいた。
気づいてしまった。
アルファは――
横暴な奴だ。
他者の想いを代弁すれば、その代表となれば、全力でどこまでも突っ走る。
だがそれは、一つ間違えば暴走する。
全員の総意として気に入らないとなれば、ぶん殴りに行く。
たとえ隣国であってもだ。
だが、今のアルファは立ち止まる。
それが本当に正しいのか。
己の下した決断が、後々になって致命的なことを引き起こすんじゃないか、その恐れを知っている。
ベータは――
傲慢な奴だ。
誰かの想いとかは信じない、代わりに頼れるシステムの構築を目指す。
別の言い方をすれば、人ではなくデータを頼る。
結果として少数が犠牲になっても、それは必要な犠牲だと見なす。
だが今のベータは、周囲の人間や部下をデータとして見ない。
人をただの情報として扱うことの酷さを体感した。
それだけはしてはいけないと、身にしみて分かっている。
イプシロンは――
迷惑な奴だ。
見知った情報を拡散しようとする。自分が知った面白い出来事の共有を行う。
それで誰かが傷ついても、たまにはそんなこともあるで済ませる。
情報の動きと拡散そのものに喜びを覚える。
今のイプシロンは、ある意味では悪化している。
表面的な情報では足りないと、より深く、より徹底的に探る。
知らないことが、全てを台無しにする実例を知った。
そこに悪意がなくても、多くの人間を悲劇に陥れる事実を。
デルタは――
臆病な奴だ。
その反動として狂戦士のような戦い方をする。
本来であれば、十分な背丈と体躯でそれを行えたんだろうが、「願い」のせいで成長しないままだ。
代わりに技量と魔力を鍛え上げた。
ある意味では、一番変わっていない。
だが、一番影響を受けている。
その無限ともいえる回復力で、誰よりも先頭を切って戦いに赴いた。
そして、ガンマは――
騒がしい奴だ。
他者との関係を、空気感を誰よりも大切にする。
温和で華やかな空気こそを誰よりも求めた。
その上で称賛されれば最高だと。
ある意味では、一番壊れてしまった。
何をしても届かない。
どうしようもないことがあると知った。
それでも続けた。
その上でも諦めなかった。
家に――
もうどうしたって届かない相手に、言葉を、声を、存在を伝えるために、あらゆる手段を模索した。
その修練の果てに、一つの公演を行った。
それについてを語る術を、私は持たない。
だが、一時であっても、家がガンマのことを、本人だと認めたステージだった。
奇跡ってものが、どうやらこの世の中にはあるらしい。
ここに至れば、分かる。理解できてしまう。
彼らは痛みや苦境を、己の糧に変えた。
次の転生先で彼らの苦境を日記に記すことは、この努力を、より良くなった結果を台無しにする。
変な言い方だが「正しく傷つける」ってことがこの世の中にはあった。
長く生きたのに、私はそんなことも知らなかった。
そして、選択を迫られた。
私は、どうすりゃいいんだ……?
未来を変えるってことは、そこから先の全部を台無しにしちまうってことだ。彼らの傷と、這い登った歴史でさえも。
そんなことをしていいのか?
わからないまま、答えを持たないまま、私は最後へと赴いた。
◇ ◇ ◇
十一回目
人から生まれた。
どこにも身体が用意されていなかったからだ。
当たり前のように、人との間に産まれていた。
初めての経験に心底戸惑った。
いや、本当かよ、という感じだ。
一回目から十回目まで、私はこんな形で命を生じさせたことがない。
おそらく、ではあるが、この身体にもともと魂はない。
最初から無かったのか、私よりもさらに前の魂同士の衝突があったのかは知らないが、ともあれ空っぽの人間の肉体に、「私」が入り込んだ。
「おめでとうございます、元気な……」
私を抱え上げる、誰かさんの笑顔は途中で固まった。
なんだ、ちょっとくらい尻尾が生えてるくらい、なんだってんだ。
産まれて数時間後、私は投棄された。
肉体的にも魔力的にも、かなり厳し目のスタートだ。
森の中での野宿生活は、旅している間によくやってはいた。
まあ、ここまで弱々しい身体じゃなかったけどな。
それでも勘所は抑えてある。
少ない魔力を移動に費やし、川辺に到着する。
水分補給と、近くでウネウネしていた虫をすりつぶして栄養補給を行い、寝床の作成に取り掛かる。
寝ている間の体温低下は、想像以上に洒落にならない。寝て休むどころか体力を根こそぎ奪う。
枝を組み上げ地面から寝床を離し、葉っぱのついた枝を覆いかぶせて簡易的なシェルターにした。
できれば結界も張っておかないといけないが、さすがに余力がなかった。
出来上がったばかりのそこに潜り込む。当たり前だが寝心地は良くない。
夜間に野生動物なりモンスターなりと遭遇すれば、私の命はきっとない。
そうなったら仕方ない。
生後数時間の子供が、親無しで生き残れる確率なんざ、もともと低い。
というか、私にとってこれ、初めてか。
初めて、本当の意味での命の危険ってやつを味わってる。
今の私の手元には日記がない。
つまり、未来情報による命の保証がない。
転生を繰り返しに繰り返して、その到達点であっさり死亡、って結果もありえるわけだ。
次の肉体は、残された私の死骸が魔術的に変異しただけだったのかもしれない。
はは、笑える。
その可能性は、ある程度はある。
というか、この条件で無事に成長できるのか?
それこそあの「家」がないと無理じゃねえかなあ。
ある意味では、ようやく私は独り立ちをした。
先の安全がない命となった。
自由とは、命を脅かされる環境とセットでついてくる。
◇ ◇ ◇
6歳になった、冒険者になった。
よくなれたもんだと我ながら思う。
冒険者ギルドがどんな薬草を求めているかは、すでに知っていた。
だから、それらを採取しては卸しているのを繰り返す内にいつのまにやら、という感じだ。
名前も書けねえ奴に代筆してやったり、奢ってくれた酒をごくごく飲んだのも後押しになったらしい。
ものを教えられて、それなりに戦えて、あとは酒が飲めれば年なんざ関係ねえ、という文化らしい。
大迷宮近くに立てられた掘っ立て小屋が、私の拠点となった。
ここは、まあ、酷い場所だった。
迷宮で手に入れたものを見せびらかしては奪い合って殺し合う、それが常態化しているような環境だ。
「迷宮を制覇する? はは、夢見んなって、あんなバケモノに敵うわけねえだろ」
特に、最奥にいるボスの強さが致命的だった。
そのモンスターは周囲を変える。別のものにする。
どんな剣技だろうが魔術だろうが、即座に対応する。
一度効果のあった戦術は二度目には対策が取られる。
学び、成長するボスモンスターだ。
なんともまあ、厄介なことだ。
ただ、私としては手早く攻略したい。
こんなダンジョンに籠もってるんじゃねえよ。
とっと家と出会って、そして――
「いや、そっから、どうするんだよ」
ノープランだった。
いつでも未来なんか変えられると高をくくっていたせいだった。後回しに後回しを重ねて、この段階に至ってようやく焦りだす。
なんつーか我ながら馬鹿すぎた。
というより、考えてみれば生き方として日記を参考にしすぎていた。
それは私の人生の指針で、ただ従っていればよかった。
そこから外れた生き方を、今ようやくしていた。
「はは……」
貧弱な肉体、一般的な魔力量、経験と知識だけ豊富。
アンバランスなこれで、私は一体どうするつもりなんだ。
こんなに繰り返し長く生きたのに、私はようやく「ごく普通の人間」を味わっていた。
そして――
「まったくなあ」
何をすれば家を。大迷宮のボスをやっている者を「家」なんてものにできるのか、私にはまったく見当もつかなかった。




