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三回目
耐えはした、それでも魂の大半は竜炎にて焼かれた。
たましいの、欠損だ。
今の私は、まさに失敗した転生だった。
魂魄が欠けた状態で生まれた。
考えることはできる、命じられれば行動もできる。だが、そこに己がない。
私、という存在が確立されないまま、未来で負った炎の跡が強く心を苛む。
――家主、調子が悪くなってばかりだ……
私の様子を見て、家はそんなことを言った。
悲しそうな表情に、心の表面がざわつくが、どのような感情なのか、自分ではわからない。
ただ無感動のまま、何も思わぬまま、そうすべきとの指令を受けて、その頭を乱暴に撫でる。
くすぐったそうに身を捩るその最中に、ほんの僅か、本当にごくごく微か、その魂の欠片を取る。
この身体に、それを行うようプログラムされていた。
受け取ったそれを球の中へと入れ込んだ。
これで一つ、やるべきことが終わった。
今生ですべきことの半分だ。
フルマラソンを終えたような気分だった。
魂がない、というのは、酷く生きづらい状態だと実感した。
指一つを動かすことでさえ、万の言葉を尽くして己を説得しなければならない。
次の肉体。
私視点で言えば過去に使っていたあの身体を、今の私が作成しなければならないが、果たして可能か?
かなり無理めの要求をされてないか、これ。
だが、それをしないと未来が変わる。
私の死が無駄になる。
(いや、しなきゃいけない理由って、なんかあるのか?)
家の、あの泣き顔を憶えている。
私を殺すことに、どうしようもない罪悪感で顔を歪ませ、涙を流した姿を知っている。
このままでは、あの未来に行き着く。
あの顔を見たいと望んでいるのか?
そんなの、違う。
そうじゃない。
だが、心のどこかに引っかかりを覚えた。
定められてしまったものを、決定されたものを覆していいのかという畏れ。
なによりも――
(未来を変えることは、きっといつでもできる……)
今回やらなきゃいけない理由が、ない。
まだ先はある。
気が向いたときにやればいいじゃないか――
先延ばし癖。これが悪いものだとはわかっている。
だが、魂と呼ばれるものが、ほんの僅かずつ回復するのを実感しながら、傷ついた己がもとに戻る心地よさを得ながら、それを断ち切る決断は難しかった。
私は、ここでの日々にもやはり溺れた。
穏やかな日々は、穏やかなまま終わった。
特筆すべきことのない、けれど、ほのかに幸せの甘さがある時間だった。
四回目
少しずつ、だが確実に魂は回復する。
私から見れば順調な復活だが、きっと家から見れば転生を繰り返すほどに無感動かつ無反応となった。
家から、ほんの微か魂を回収し、球へと入れ込み、次の肉体を作成する。
その一連の行動は、もう事前にプログラムとして「この身体」に入れ込まれている。
(誰なんだ……?)
そんなことを、ふと思う。
(そこまで強い動機を持つ「私」が、この先に現れるのか?)
いや、現れる、という言い方はおかしいか。
私が、そう変化する。
心変わりする。
この先の私をぜんぶ変えるような強い意思を持つ。
なんだそりゃ、って感じだ。
廊下を通る中、寮生同士が争っていた。
家が仲裁をしていたようだが、恨みの根は深く、何かで決着をつけなければ腹の虫が収まらない、そんな状況だった。
「ああ……そうか……」
――家主?
そこへと向け、私は言った。
「枕投げで決めれば、いいんじゃないか?」
ドラゴンが攻め込んだ際、手近なもので戦う訓練は、きっと必要になる。
家自身の変形と、防衛の形態を取る準備としても適当だ。
後半は口に出して言うことができなかったが、どういうわけだか寮生に受け入れられ、彼らが「願い」として実現化させた。
六回目
ここまでくれば、だいぶ復活できていた。
私、という存在を取り戻すことができた。
それでも、まだどこか遠い。
現実感と呼ばれるものを取り戻せていない。
あるいは、これは転生とやらをすることの代償か。
死んでも次があると思う生き物は、ろくなもんじゃない。
だが、それでも、許せない相手がいる。
「な、なにを」
「うるせえ」
そいつを引き倒し、踏みつけ、睨みつける。
どうしようもなく、憎らしい。
コイツのせいだ、コイツが全ての原因だ。コイツがいなけりゃ誰も彼もが幸せだった。
「こそこそ動いて回って引っ掻き回すのがそんなに好きか? オマエの行動にはヘドが出る。とっととくたばっちまうのが世のため人のためだ、なあ?」
魔女だった。
いや、今この時はまだアガトルだ。
だが、その本質は変わらない。
このまま放って置けばコイツが何をするのかを、私は知っている。
「このクズが」
「……あなたに言われたくはありませんね、わたくしめが何かしましたか?」
――家主?!
その首をへし折る作業は、家に止められた。
私自身、頭を冷やす必要があった。
コイツの弟がドラゴンを打ち倒す旅に出る。
それにどれだけコイツが関わっているか、わからない。
日記にものその点は記されていなかった。
下手な手出しは、できない。
また、弟がドラゴンを撃退した後、その地位をこのアガトルが引き継ぐ。
未来を変えない、という目的のためなら、ここで殺していい理由はまったくない。
クソ、もっと早くに未来を変更すべきだった。
この魔女とまた出会う状況になるなんて、思ってもみなかった。胸糞悪い。
魔女――いや、アガトルは、陰にこもった目つきで私を見ていた。
私が、家にぷんすかと叱られる様子を。
七回目
この頃になると、方々へ旅に出かけた。
考えてみれば、ずっとあの家に籠もってばかりだ、必要だったが、これは私本来の性質からすればズレている。
割と私は好奇心が強い方だ。
あるいは、これが世にいう自分探しの旅という奴なのかもしれない。
これだけ長生きしたというのに、私は私って奴が分からなかった。
一体なにを望んでいる。
こんな無駄に長生きしてどうすんだ。
この、心に残り続けた引っ掛かりは、一体何だ?
それが気になって仕方ない。
おちおち大人しく死んでもいられない。
ただ知りたい。
たとえ、それで私が滅んだとしても、構わない。
内より発せられる熱に押されるように、私は旅に赴いた。
向こうが見えぬほどの大渓谷を見た。
叡智の図書館で様々なことを学んだ。
流氷がささやく声を聞き、狂った風精霊が村を丸ごと浮かべる様子を体験した。
魔獣と魔魚の対決を観戦し、困った人々の相談に乗り、主者なんていうよく分からん名もつけられた。
賢者というには大酒飲みであり、家主と呼ぶのも違うから、というのが通称名の理由だった。
そんなにも酒を飲んでたか?
まあ、たしかにウワバミではある。
身体の内部の熱が燃える感覚が面白い。
各地の酒の違いも、実に興味深かった。
飯が不味いと噂の地域でも、案外、酒場の料理はイケることが多い。
ちなみに、望みを叶える家があるという噂は、聞く度に詐欺被害の実例を引き合いに出して否定した。
実際に行こうとする奴は心の底から馬鹿にして笑い飛ばした。
家で再会した際にはとても冷たい目で見られたが、その程度でへこたれるような奴はそもそも来るべきじゃない。
それらの体験をすべて持って、家への土産話にした。
家はなにそれずるいと非難したが、こればっかりは自由に移動できることの特権だ。
あんまり危険なことをするなと家には言われたが、その点も問題ない。
なにせ、日記がある。
私目線では未来の、一般的には過去からの情報が届いている。
それは、私がその時点まで生きていて、実際に書いた証明となる品だ。
だから、どんな無茶をしても死ぬことはない。
まあ、たぶんだけどな。
今となってはもう手遅れだが、魔女あたりが日記の書き換えとかやったりしてねえよな……?




