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五年便秘

作者: 村崎羯諦
掲載日:2022/07/29

「五年間で一度も排便したことがないなんて信じられませんね。便秘はですね、便が中々排便されずに、腸に溜まってしまうという症状なんです。あなたの話が本当であれば、あなたの便は一体どこに行ってしまったというんですか?」


 消化器内科の診療室にて、医者は怪訝そうな表情を浮かべてU氏にそう告げた。排便をしない生活にすっかり慣れていたU氏も医者の言葉に何も反論できなかった。しかしながら、U氏は本当にこの五年間、一度たりとも排便をしていなかった。それだけは、疑いようのない事実だった。


 自分の身体に何か異変が起こっているに違いない。そう思ったU氏は必死に懇願し、大腸の内視鏡検査を行なうことを医者に渋々認めさせることができた。U氏の肛門から内視鏡カメラを入れ、U氏の腸内を探索していく。そして、U氏の腸のちょうど真ん中あたり、そこにあったのは、腸を塞ぐようにして広がった歪な黒い穴のようなものだった。


 腸の中にできた黒い穴は内視鏡カメラから出ている光をすべて吸収し、その奥に何があるのかは全くわからない。どうしましょうと医者がU氏に確認すると、U氏は少しだけ躊躇いながらも、穴の中を確認してくださいとお願いする。


 医者は内視鏡カメラを穴の中へと潜り込ませていく。カメラ映像が真っ黒になり、何も見えなくなる。それでも引き返すことなくカメラを奥へ奥へと進めていくと、ある瞬間、パッと突然視界が開けた。


 そして、画面いっぱいに映ったのは、ミニチュアサイズの街の姿だった。手前の林にはくるぶしほどの高さしかない木が生い茂り、その向こうにはなだらかな山嶺が見える。右方向には煉瓦造りの家がポツポツと建てられていて、注意深く確認すると、二足歩行の生き物が動き回っているのがわかる。そして医者が手元を操作して、内視鏡カメラを下の方向へと曲げると、そこには金属製の桶のような入れ物と、それにくっつくように建てられた立派な工場があった。街全体のサイズからすると桁違いに大きなその工場は今現在も稼働しているようで、煙突からは絶えず灰色の煙が放出され、機械の駆動音で、窓が小刻みに振動しているのがわかる。


「なるほど! あなたの腸の中にあった黒い穴は、この惑星に繋がってたんですよ!」


 映像を見ながら、医者は興奮した口調で言葉を続ける。


「あなたの排泄物は黒い穴から亜空間移動し、この私たちから見たらずっとずっと小さなこの惑星へと送られていたんです。そして、先ほどの入れ物と工場から考えるに、惑星ではあなたの便を何らかの形で有効活用しているらしいですね。これがあなたが五年間も便秘だった理由です」

「まだ上手く信じられませんが……結局、私は大丈夫なんでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。便が詰まって腸閉塞になる危険はありませんから、病気になることはありません。こうしてあなたの便が意味もなく垂れ流されるよりかは、どこか遠い場所で有意義に使われる方がよっぽど良いですよ」


 それからU氏は家に帰り、医者と一緒に見た遠い惑星のことを考えた。医者の言う通り、何の役にも立たない自分の便がどこかで大事に使われているとすれば悪い気はしなかった。むしろ彼らのために、もっと身体の健康には気をつけなければという気持ちにさえなっていいた。U氏は自分のお腹にそっと手をあて、とりあえず腸内細菌を整えるための健康食品を買いにコンビニへと出かけるのだった。


 そして、さらに月日が経ち、五年便秘が十年便秘になった年のある日。U氏がふとテレビをつけると、緊急ニュースが流れていた。先ほどNASAの発表があり、何百、何千個もの未確認物体が飛び回っているというのだ。侵略か、それとも宇宙人の来訪か。緊張感溢れる生放送を、U氏は食い入るように見つめていた。


 しかし、その時だった。どこからともなく、U氏の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。U氏は驚きながら当たりを見回したが、もちろん周りには誰もいない。声の主はもう一度U氏の名前を呼び、これはあなたの脳内に直接語りかけているのだと穏やかな口調で話しかけてきた。


『このような形であなたに接触できる日を、我が星に住む全員が待ち望んでいました』


 声の主はどこか感極まった口調で語り始める。


『私たちは、あなたの腸内にできた亜空間ホールとつながった惑星の住民であり、あなたから贈られる宝物を受け取り続けてきたものです。我々はあなたから宝物を受け取る前までは銀河一と言われるほどに貧しく、そして、互いに互いを殺し合うような救いようのない存在でした。あなたから贈り物が届けられるようになってからというもの、私たちは途方もない量の資源によって豊かな生活を送れるようになり、互いに愛し合うことを知ったのです。そして知的好奇心に従うままに革新的な技術を次々と生み出し、今では私たちがいる銀河の中で、最も発展した惑星となることができました。


 我々の技術により、あなたの贈り物に頼ることは無くなりましたが、今でも我々があなた様への感謝を忘れないために、工場跡地には今では立派な神殿が築かれています。毎日のように我々はその神殿へ向かって祝詞を唱え、今の発展に感謝を捧げているのです』


 U氏は信じられないような気持ちでその話を聞き続ける。


『そして、銀河の栄光と富を手に入れた私たちに残された使命はたった一つ、我々を導いてくれたあなた、そしてあなたが住む惑星に恩返しをするということです。惑星中の学者が集まり、地球時間でいう一年という途方もない時間をかけて研究が進められ、そしてついにこうしてあなたが住む惑星へと、恩返しのためにやってくることができたのです』


 U氏はそこで再びテレビ画面へと顔を向ける。生放送のカメラに映し出された多数の未確認飛行物体。U氏が尋ねるまでもなく、声の主はまさにその通りですと先んじて回答する。銀河一発展したという惑星からの、地球に対する恩返し。U氏はごくりと生唾を飲み込んだ後で、期待を胸に、問いかける。君たちの恩返しとは一体何なのか、と。


『我々の惑星には、こんな言葉があります。受け取った恩は決して忘れず、いつの日か何十倍、何百倍にして返さなければならない、と』


 テレビから中継をしていたアナウンサーの声が聞こえてくる。


「みなさん、見てください。空中に浮かぶ未確認飛行物体たちの側面が一斉に開き始めました!」


 そして、そんなテレビから聞こえてくる音声に覆いかぶさるように、声の主がU氏に語りかける。


『それから、我々の惑星には、こんな言葉もあります。もらった恩は、別の形ではなく、そのままの形で返すべき、すなわち、我々があなたから受け取ったものと同じものを返すべき、と』

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