40. 仲間
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「ここは俺たち魔族が助け合い、生きる場──さしずめ『魔族の里』ってところか」
ベンゲルは驚きに言葉が出ないノインに向けそう告げた。そこへ、魔族の子どもが駆け寄ってくる。
「なあなあ、兄ちゃん、もしかして人間ってやつか!? すげーっ、ベイト以外の人間を見るのは初めてだ!」
「えっ、ああ、そうだけど……すごいことなのかな?」
子どもとはいえ、魔族であるという事実がノインを身構えさせたが、その人懐っこい態度に破顔した。
「ここはダンジョンの秘匿された地にあるッス。まともな生き物なんてモンスターぐらいなんスよ。ほら、このお兄ちゃんは凶暴だから、君を食べちゃうかもしんないッスよ〜」
「うわ〜!」
大仰な手振りで驚かすと、その子どもははしゃいで元の集団に戻って行った。
「モンスターってここも襲うのか?」
「当然だ。奴らは命あるものを狩る。昼間は大したことないが、夜になると男衆が交代で見張ってる」
「そうか……魔物やモンスターに怯えてるのは僕らだけじゃないんだな」
「ま、彼らの場合、敵はそれだけじゃないんスけどね」
「ん、それってどういうこと?」
「こっちッス」
連れてこられたのは、里にある住居と変わりのない普通の建物だった。
「こっちでの自分の家ッス。適当にくつろいでください」
「くつろぐも何も、これじゃどうにも落ち着かないけどね……」
「ああ、そういやそうだったッスね。ちょっと待っててくださいッス」
ノインが自身の両手首にかけられた拘束を示し苦笑すると、思い出したようにベイトが部屋の奥へ駆け込んでいった。
「君もここに住んでるのか?」
「たりめーだろ。魔族だって人間とそう変わらない。1人じゃ行けてけねー。それに、俺には野望がある」
「……それってどんな?」
「お前に教えてやる筋合いはない。気が乗ったら教えてやるよ」
「そうかい。だったらいいよだ」
「お待たせしたッスよー」
声を荒らげたノインに割って入るように、ベイトが分厚い本のようなものと手錠の鍵を持って入ってきた。この部屋で1番大きい卓の上にそれらを広げ、ノインの手首にかかった錠を外した。
「ふぅ、これで自由に手が動く……。それで、これは何?」
「帝都が何を隠している闇。魔族の真実。その全てが書かれた資料ッス。気にならないッスか? こんな集落すら築いた魔族の底力や、どういう活動をしているのかが不明瞭な帝国騎士団。なぜ魔族が生まれたのか、とかね」
確かに気になる、とノインは思った。同時に、この中身を見てしまったが最後、後戻りは出来ないとも直感していた。
「そうだね……でも、これを見たら引き返せない気がする。このまま帝都に帰らせてもらえないか?」
「そっスか。ま、拒否権なんてあってないようなもんスけどね」
「どういう意味?」
「貴方はこれを見なくちゃならない。そして決めなきゃならないんスよ」
「決めるって、何を」
「人間として死ぬか、魔族として生きるかを、ッスよ」
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それから数時間もの間、部屋には静寂が漂った。ノインがページをめくる音だけがこだまする。
資料には瘴気や魔族に関する以下のことについて事細かに記されていた。
「ダンジョンの脅威に対する新たな生物兵器の研究」
「瘴気が人間に与える影響」
「魔族を戦士として扱う有用性とデメリット」
ノインがこれを読み終えた時、既に日は落ちていた。静かに資料を閉じると、それをベイトへ返す。
「どうッス、こちら側に付く気にはなったッスか?」
「正直、信じられないような話もあったし、これからやる事の後で決めるよ」
「何をする気だ?」
「確かめに行くのさ。真実を」
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同刻。冒険者連合〈トゥリプノア〉の修練場にて。
「ふっ、はぁっ! ……これでは足りませんわ、まだあの者に勝つには遠い……!」
土が濡れるほどの汗をかき、少ない明かりに照らされた修練場でただ1人、細剣を振るう少女。を物陰から見つめる2人の姉妹。アンリとリアンである。彼女らは互いにしか聞こえない声で議論を交わしていた。
「いい加減止めないと倒れちゃわない!? やりすぎはよくないって〜」
「そう思うならアンリが止めればいいです。もっとも、今のティナさんは話しかけた瞬間に刺されてしまうかもですが」
焦る姉を毒舌で諌めるリアン。冷静を装う彼女だが、その胸中は穏やかではない。何せ、ティナが仕事から一人で帰って来たかと思えば、食事や休憩もとらずにひたすらあの場で剣を振り続けているのだから。
「しかし、心配です。今日の依頼で負った傷の治療もしていないですし、あの気迫は、どこか危ういものを感じます。ノインさんが帰ってきていないのも気がかりですし……おや、あれは……」
と、ティナに声をかけることができず思案していると、ゆっくりと彼女に近付く人影が現れた。〈トゥリプノア〉の長、クロネである。
「もうやめとき。ここ閉めてまうで」
「止めないで下さいまし! 私にはやらねばならないことがあるんですわ!」
煙管を吹きながら、身を滅ぼす勢いで剣を振るうティナに声をかけるクロネ。その表情は狐の面に隠されていて読み取ることは出来ない。
「そういや、ノインは一緒とちゃうん? 喧嘩でもしはった?」
制止を聞かないティナに対し普段と変わらない、揶揄うような声色で続ける。
「貴女には関係の無いことですわ! これは私の──」
「何があったんか知らんけど、一人でなんとかしようとせんと、仲間に相談すんのも大事やで?」
その言葉にぴたりと動きを止めるティナ。クロネは指をさしていたが、その方向には物陰に隠れるアンリとリアンの姿があった。
「あ、あはは……ボスにはバレちゃってたか〜」
「貴女たちもいらしたの!? どうして……」
「ティナさんのことが心配だったのです。何かあったのではないかと」
「そうそう、力になれるかはわかんないけどさ、相談してよ。私たち、仲間じゃん!」
「……はあ、仕方ありませんわね。わかりました。事の顛末を話しますわ……」
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