38. 本気
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「ベンゲル……どうして君がここに」
戸惑いの色を示しつつノインは目の前の魔族に問いかける。
「そんなこと話したって何にもならねえよ。俺がここにいるってことはだ。……分かるだろ?」
「どうやらやるしかないみたいだな……。ティナ、こいつにはあの力無しじゃ勝てない気がする」
「ええ。貴方は気にせず戦いに集中すればいいですわ」
ベンゲルは魔物の骸を投げ捨て、戦闘態勢に入っている。ノインやティナも構えを取り、誰が宣言するでもなく、壮絶な戦いが幕を開けた。
「中々強くなったじゃねェか! ますますお前を連れて行きたくなった!」
「なぜ僕を狙う!」
「俺の、いや俺たちの計画にお前が必要なのさ!」
刃と拳甲がぶつかり合い、激しく火花が舞う。隙を見てティナが背後から刺突を狙うも、気配を感じ取られたのか避けられてしまう。
「チッ、面倒なお嬢様だ」
ベンゲルは標的をティナに変え、炎の魔術を使用。高く跳躍し、火球を連続で投げつけた。火球は地面に触れると爆発を起こし、ティナを巻き込んだ。
「ティナ!」
「心配いりませんわ、かすり傷でしてよ!」
ノインはベンゲルと距離をとり、ティナにしか聞こえない声で話しかけた。
「やっぱりベンゲルは一筋縄じゃいかないみたいだ。少し時間を稼いでくれ」
「アレをやるんですのね。いいですわ、特訓で鍛えられたのは貴方だけではないということをお見せいたしましょう!」
ティナが細剣を構え、ベンゲルに向かっていく。ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ベンゲルは攻撃を捌き始めた。
「何を企んでるのかは知らねェが、いいぜ。乗ってやるよ!」
「……よし」
その間、ノインはスキルを使い黒獅子の剣を仕舞い、入れ違いに赤い水晶体を取り出していた。魔石である。
「実戦では初めてだけど……頼むぞ……!」
ノインは大口を開け、あろうことかそれを食べ始めた。魔石と歯が接触する度にガリガリ、ゴリゴリと削るような不快音が鳴り響く。一心不乱にかじりつき、全身に瘴気が充満したような感覚に陥っていく。
「くっ!」
「そろそろお嬢様と遊ぶのも飽きたな。死んどけ」
一瞬の隙を突かれ、その場に尻もちになったティナの目の前で、ベンゲルが魔術を発動しようとした瞬間の出来事であった。
膨大なエネルギーの波が、ベンゲルを弾き飛ばしたのである。
「なんだ!?」
波が発生した方向を見ると、魔族化したノインが立っていた。ノインは凶暴な眼でベンゲルを睨み付け、咆哮した。
「そんな芸当を覚えやがったのか! おもしれぇ、付き合ってやるよ!」
魔術により掌から打ち出される爆発を推進力に変え、昂る気持ちと共に拳をぶつけるベンゲル。常人では反応すらできない速度で繰り出された一撃であったが、ノインはそれ以上の速度でかわし反撃した。
「くはは、以前より成長してるってわけか!」
「頼みますわよ、ノイン……!」
ドルムとの特訓の際は、彼に殴られノインが瀕死になることで瘴気を吸収し魔族化していた。魔族化に必要な瘴気を取り込む手段として、より効率的ではとドルムが提案したのがこの「魔石を喰らう」という方法であった。
「いや、それだけじゃないな。さっきチラッと見えたがあの魔石の質も相当高いと見た」
ベンゲルはノインの爪を頬に掠めつつ、状況を分析した。ノインの魔族化は瘴気の濃さに強く影響される。そのため、同じ魔族であるベンゲルと同等以上に渡り合えるのである。
「だが、まだ自分の意思で体を動かせちゃいねえな。攻撃が単調だぜ!」
「……それは、どうかな」
それまで自我なく鋭利な爪を振るっていたノインが突如、虚空から黒獅子の剣を取り出し、爪の間合いでは届かないはずのベンゲルを斬りつけた。その一撃は胸を捉え、装甲のような肌すら破壊し出血を強いた。
「グゥッ! お前、暴走してたはずなのに、どんな手品を使いやがったァ……!?」
「手品なんかじゃないさ。少しの間替わってもらっただけだッ」
休憩の隙を与えまいと、ノインは攻めを激化させていく。自我のない獣のような動きではない、未熟ながら洗練された剣術に翻弄され、ベンゲルは次第に傷の数を増やしていった。
「自分の動きが軽い……。これなら、いける!」
「チィ……! こうなりゃ魔術で吹き飛ばして」
「そうはさせませんわ!」
ノインの連撃の隙に火球を叩き込もうとしたベンゲルの腕を、ティナの投擲した細剣が弾いた。
「うぉぉおおおお!!」
「クソォォォォ!」
この機を逃す手はないと、ノインは大きく踏み込み、最後の一太刀を浴びせた。かに思えた。実際には、丁度ノインが踏み込んだはずの分だけ間合いが足りておらず、ベンゲルには当たらなかったのだ。
「なーんてな」
「なっ……! どうして」
「足元見てみろよ」
言われるままに視線を下に向けると、地面ごと足が凍りつき固定されていた。
「今までお前ら、俺の使える魔術が炎だけだと思ってただろ? 残念。本当に得意なのは氷なんだよ」
「でも、魔術を使うための腕はティナが弾き飛ばしてたはず……!」
「確かに俺は腕を触媒としてしか魔術は発動できない。炎の魔術に関しては、だがな」
「そんな……ぐはぁっ」
今まで自分たちを苦しめてきた炎の魔術は、ベンゲルの本気ではなかった。ベンゲルは困惑しているノインの腹部を殴打し、失神させた。
「それじゃ、コイツはもらっていくぜ」
気を失い人の姿に戻ったノインを担ぎ上げ、ティナに言い渡すと、我に返ったティナが細剣を拾い上げベンゲルに食ってかかった。
「お待ちなさい……っ! ノインを渡すわけには行きませんわ」
「無駄だ」
しかし、間合いに入るより先に、ベンゲルが生み出した氷の壁に阻まれてしまった。憔悴したティナが手を傷つけながら壁を何度も殴ったが、当然砕ける気配はない。
「必ずノインは取り戻しますので、精々束の間の勝利の愉悦に浸っているといいですわ……!!」
悔しさを誤魔化すように吐き捨てるティナを背後に、ベンゲルは山の傾斜を降り姿を消した。
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