37. 暗躍
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床に落ちる影との境目が曖昧になる頃、普段は手当り次第に人を襲うモンスターを狩る者が1人。男は逃げる異形の怪物の背を手刀で貫き、吐き捨てる。
「チッ、これじゃ足んねェ。もっとデカいのをやらねえと」
この男は一般的に冒険者と呼ばれダンジョンを攻略する者……ではない。彼が有している一対の角や赤い瞳は人ならざるもの、魔族の特徴だ。張り付くモンスターの体内から取り出した魔石を齧り、別の個体の魔石を袋に入れていると、どこからともなく丸眼鏡の男が現れた。
「やあやあ、ベンゲルサン。調子はどーっスか?」
「お前か、ベイト。調子も何も、見ればわかるだろ。それより、わざわざダンジョンまで来たってことは、頃合か?」
「ご名答。いい場所をセッティングしとくんで、今度こそ頼むっスよ」
「次は本気でやる。奴は俺たちに必要な存在だからな」
そう言い残し、ベイトと呼ばれた丸眼鏡の男は立ち去って行った。
「さて、もう少し狩ってから戻るとするか」
それからしばらくの間、ダンジョンには爆音とモンスターの断末魔の叫びがこだました。
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「いやー、まさかこの前の依頼主さんが僕らを指名してくれてるなんてね」
「確か、なんとかって石集めの時の方ですわよね? 我々<深眼の孤狼>が認められつつあるという事ですわね!」
胸を張り、鼻息を荒くするティナ。今回彼らはダンジョンではなく、比較的魔物の多い山岳地帯に訪れていた。ドルムによる特訓が修了したわけではないが、冒険者として、収入が0の日が連続するのはまずいということで仕事を許可されたのである。
「ミルモタイトね。依頼主さんの顔も名前も知らないけど、名が売れるってありがたいことだよなぁ……!」
「それで、今回の目標は何ですの?」
「ああ、えっと……指定魔物の討伐、ガルアだってさ」
「なんだか美味しそうな名前ですわね」
「それには共感出来ないけど、トラみたいな見た目の魔物みたいだよ。」
しばらく山道を登ってから、ティナはノインが鼻をひくつかせていることに気がついた。
「さっきから何してますの? 犬みたいに」
「犬とは失礼な。この辺り、ふもとより瘴気が濃い気がする」
「あら、そんなこと出来ましたの?」
「魔族の力に慣れてきたからかも? まあ、瘴気が濃いってことは僕が魔族化しやすくなるってことだから気を付けないと」
特訓したとはいえ、やはり魔族化は避けたい。戦闘が始まってからもそのことについては留意しておかなければならない。
「少し道が険しくなってきてる。ティナ、足元気を付けて」
「ええ、気遣い感謝いたしますわ」
岩場をノインが先行し、ティナの手を取る。ドレスの裾をつまみながらの山登りは、流石に不向きと言わざるを得ないが、それでもこうしたサポートにより成り立っていた。
「もうそろそろガルアが現れるポイントだけど……なんか変な感じだ」
岩場を越え、比較的平たい場所まで出たが、その地点にはなんとも言えない違和感があった。
「変って言うと、この木とか爪で抉られたみたいな痕がありますけど……でもこれ、ガルアとやらのものではなくて?」
ティナが示した方向には確かに、平行に並んだ傷が3つ、樹木に連なっているのがわかる。
「よく見たらこの木だけじゃない、他の木や床にも……、それに、冷たい?」
ノインが傷跡に触れると、ほのかにひんやりとした感触が指先をつたってきた。周囲の痕跡を見るに、誰かが戦闘したというのは間違いないだろう。
「どこかに冒険者がいるのかもしれない。とにかく警戒して進もう」
ティナは無言で頷き、いつ戦闘状態になってもいいよう、武器の柄に手を添え進む。
飛び散った血痕が戦いの凄絶さを物語り始め、周囲の空気もそれに同調するように変わった。
「周りがこんななのに静かすぎる。多分、もう戦いは終わってる」
「どちらにしろ確認しなければなりませんわね。同業者が生き残ったか、魔物が生き残ったか」
「ああ、この先にいるはずだ、行こう」
2人が進んだ先に立つ者は、果たして冒険者パーティか、或いは虎の魔物ガルアか。
「なっ……、あれは……!」
「お目当てはコイツだろう? なあ、ノイン?」
答えはどちらでもない。そこに立っていたのは尋常ではない戦闘力を持つ魔族、ベンゲルであった。
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