36. 深淵
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無限に広がる闇。どこが床で、どこが天井なのか、そもそも存在するのかもわからない。そんな空間でノインは目覚めた。
「確か僕は力を使いこなすための特訓を……。ここは一体どこだ……?」
辺りを見回しても、どれだけ首を動かしても景色は変わらない。
「とにかく2人を探さなきゃ」
起き上がり、空間の中を進みながらティナやドルムの名を叫んでいくも、当然ながら返事をする者はいない。
それでも収穫が0というわけではない。この場所には点々と、ノインが愛用している財布や体力を回復するための薬、そして黒い刀身を持った剣などが浮かんでいるのを発見したのである。
「もしかしてこれ、黒獅子の剣? なんでこんな所に……」
「それは、ここがお前の中だからだよ」
「ッ……!?」
独り言を呟いたつもりの発言に、予想外にも返答がありハッと振り返ると、信じられない光景に目を疑い、絶句する。なぜなら、声の主が自分と同じ顔をしていたためである。
否、厳密には違う。その人物の肌や爪は硬質化しているし、瞳も赤い。なにより、ノインにはあんな角は生えてなどいない。
「中って言うと違和感あるかもね。正確にはお前がスキルで仕舞ってきたものが入っている空間ってところかな」
「君は、誰だ」
焦りに焦ったノインにまともな受け答えはできなかった。
「ああそっか、この姿には馴染みないか。まあでも、お前なら分かるんじゃないか? これまでに何度もお前の命を危険に晒し、そして救ってきた存在のことぐらい」
そこまで聞いて、ノインを嫌な予感が襲う。そんなことがあるわけがないと自らに言い聞かせるも、目の前の人物の存在が何よりの証拠だった。予感は最早確信へと変わっていたが、信じ難い事実に目を背ける。
「諦めなよ。もう分かりきってることなんだから」
その人物は含みのある笑みで音もなくノインに近付き、両頬を片手で掴んだ。その手は冷たく、残酷で、うっすらと悲哀の感情を覗かせている。
「やめてくれ……っ! 君は一体何者なんだっ」
顔の角度を固定され、嫌でも眼に映る禍々しい自分の姿に恐れすら抱きつつ、ノインは声を振り絞った。
「簡単なことさ。ここにはお前の持ち物が沢山あって、俺には硬い爪や角がある。それでも理解したくないみたいだから事実を教えてあげる」
彼は一層笑顔を歪ませ、言った。
「お前は俺だ」
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頬から手を離され、その場に崩れ咳き込むノインは、たった今告げられた事実を脳内で否定しようとした。が、魔族に関する知識や、ましてやスキルの事についても詳しくない彼にとって、それは困難と言わざるを得なかった。
「どういうことだ、僕が君……?」
「正確には俺もお前もノインってことさ。普段はノインの肉体の主導権はお前にあって、俺はお前の中から見てるだけ。でも、肉体に瘴気が流れると俺がこの身体を支配出来る。ただ、その様子だとお前から俺は見えてなかったみたいだね」
ノインは瞬時に理解した。これまでの魔族化により正気を失い暴走していたと思われていたあの状態は、目の前の自分にコントロールを奪われていたからということを。そして、それにより傷付いた仲間の事を思い出し、同時に憤慨した。
「だったら、どうしてティナやアンリたちを攻撃したりしたんだ!?」
「どうしてだって? ははっ、これはお前が望んだ事だろ? 俺はそれを代わりに叶えようとしてやっただけさ」
身に覚えのない願望を指摘され、腕を振り払って否定する。
「違う、そんなこと僕は望んでない」
「まあ、なんだっていいさ。っと、そろそろ時間みたいだね」
「時間?」
「もうすぐ俺……いやお前が目覚めるのさ。現実の世界でね。しばらくお別れだ」
ノインが目を凝らすと、魔族の姿をしたノインの存在がこの場所の闇と歪み始めたのがわかった。
「待て、まだ話は終わっちゃ────」
「この出会いにはきっと意味がある。次に会う時を楽しみにしてるよ」
魔族のノインが消えるのと同時に、ノインの意識もまた消失した。
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「────イン。……ン。しっかりなさって、ノイン!」
「ん……? ああ、おはよう、ティナ……ってそうじゃない! ドルムさんは!?」
草むらの上で目覚めたノインは、あの場所での出来事を思い出し飛び起きた。
「ええ、じいやならあちらで軽食をとってますわよ?」
「ティナも来てくれ、とんでもないことが分かった」
簡易的なテーブルを囲み、コーヒーをすすりながらノインはあの場所での出来事を話した。もう1人のノイン、そしてその人物から告げられたことを。
「ふむ、まあいい傾向じゃないか?」
「ちっとも良くありませんよ!」
「そうか? 少なくとも魔族化したお前さんが暴れる原因が分かっただけでも進歩だろう」
「その通りですわ。ノインは今まで、そういった『もう1人』の存在すら知らなかったのでしょう?」
「それはそうだけど……うーむ、もしかして悪いことばっかりじゃないのかも?」
「難しく考えたっていい事はねえんだ。ほれ、特訓再開するぞ」
ドルムの言っていることも一理あるかとノインは諦め、渋々立ち上がり老師の拳を受け止めるのだった。
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