35. 引鉄
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ドルムから魔族化についての話を聞くことになったのはいいが、準備が必要とのことで、ノインとティナは日を改め再び帝都外の平原へ足を運んでいた。
「お前さんが魔族化する条件は大きくわけて2つだ。1つ目は血液の不足だ」
同時に人差し指を立て、そのまま解説を始めるドルム。
「血液? それと魔族化にどんな関係があるんです?」
「例えばこの前みたいな場合だ。失神するぐらい出血すれば、足りなくなった血液を補おうとして瘴気を大量に取り込んじまうのさ。まあ、ここら辺は瘴気が薄いから、ボウズが魔族化しても大した強さじゃなかったがな」
豪快に笑うドルムの話を、うんうんと頷きながらノインは聞いている。
「そしてもう1つだが、こりゃ恐らく精神状態に関係があると見た」
「というと……勝つぞー! みたいな?」
大袈裟にジェスチャーまで付けてみたものの、首を横に振られてしまう。
「どちらかというと逆だな。マイナスの感情が強ければ強いほど、奴はお前さんを強く蝕む。これまでにそういう思いを抱いたことはないか? 例えば誰かを殺してやりたい、とかな」
「そんな物騒な……。そりゃあ、生活のために魔物やモンスターを狩ることぐらいはありますけどね」
「(あの日のこと、覚えてないのかしら……?)」
特段変わった様子もなく受け答えをするノインに、ティナは疑問を抱かずにはいられなかった。というのも、ベンゲルという魔族との戦闘の際にもノインは魔族化していたからである。しかし、考えすぎもよくないだろうと指摘はしなかった。
「以上を踏まえて、お待ちかねの実践だ。これからボウズには俺の拳を受けてもらう」
「「……んんん??」」
あまりに突拍子が無かったため、2人は耳を疑ったが、何も聞き間違えてなどいなかった。
「何もおかしなことは言ってないだろう。俺が殴る、ボウズが魔族化する、制御出来そうならする、無理ならお嬢様が人に戻す。お前さんらの訓練にもなるし、俺は日頃の鬱憤を晴らせる。良いことずくめじゃねえか」
「良いわけないですよ! この間みたいなパンチをまた食らうってことですよね、あれめちゃくちゃ痛いんですから! そうだ、魔族になるだけならマイナスの感情でもなれるんですよね? ならそっちで……」
「お前さんのような甘っちょろいやつに、そんな真似が出来るかい?」
「ぐっ……!」
口ごもるノイン。ドルムは拳を打ち付け、気合いを入れている。
「覚悟は決まったか? それじゃ始めるぞ」
高速で放たれたパンチが、ノインの顔面に吸い込まれていった。
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「なんとか動きについていけるようにはなりましたが、角が少々狙いにくいですわ……っ!」
ノインの獣じみた攻撃をかわしつつ、隙を見ては核への攻撃を試みるが、思うように当たらない。そんなこんなで訓練開始から半刻が過ぎようとしていた。
「ふん、まあ最初だとこんなもんか。下がっとけ」
ドルムはノインの角を折るでもなく、徒手で攻撃を逸らしながらティナに語り始めた。
「こいつの動きは速く、そして強い。その動きに対応出来てはいるが攻撃が当たらないってことはだ。……もしかして、単純に剣の腕が悪いんじゃないのか?」
「なっ……! 私に剣を教えたのはじいやでしょう!?」
「冗談はさておき、攻撃が当たらないってのは恐らく、攻めに集中出来てないからだな」
「どういうことですの?」
ドルムが小さく口角を上げたかと思うと、ノインが攻撃を仕掛ける一呼吸前、まるでそこに攻撃が来ると分かっているかのように回避してみせた。
「今の動きは……!」
「先読みってやつだ。相手の次の動きを予測し、先に対処する。そうすれば、直後の行動に意識を持っていける」
「でも、予測なんてどうやって?」
「そこは慣れだ、慣れ。あとこれ昔教えてやってたんだが、お嬢様は「こんなじみなのはいいから、ひっさつわざをおしえなさい!」とか言ってたっけなあ」
「もう、からかわないでくださいまし!」
そう言いつつも、ティナはかつての執事の実力に驚かされていた。無駄口を叩きつつ無駄のない動きで魔族の攻撃を捌く所作は、流石と言わざるを得なかった。「先読みのコツは慣れだ」というような発言にも、いささか適当だと一蹴するべきではないかもしれない。
「ボウズもバテだしたし、休憩にするか」
最小の動きで繰り出された手刀は見事にノインの角に命中し、半ばから破壊された。
「……っはあ!」
「どうだ、魔族の力、乗りこなせそうか?」
「いや、まったく……。というか、毎度ドルムさんに殴られちゃ僕の身が持たないですって!」
鼻のあたりをさすり、覚醒直後のノインは至極当然のことを言った。ドルムが予め持ってきていた赤い果実をかじり、足りなくなった血を補っていく。
「んべー……やっぱり酷い味だ」
「まあ、流石に何度も人を殴るのは気が引けるかもしれんな。方法は探しておくから、今日はこれで我慢しろい」
そう言われ投げ渡されたのは緑の小瓶。
「これは?」
「回復薬の1種だ。一般的に出回ってるものより効果が高い」
「んぐ……んぐ……。確かに、これならもう一度やれる!」
「その意気だ! 再開するぞ、うおりゃああああ」
「ぐふぉ」
「お馬鹿しかいないのかしら……」
こうして、ノインは再び宙を舞った。
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