34. 老師
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「じいやって、僕らのパーティの名前の由来にもなってる、あの?」
「ええ、じいやはその昔、<深眼の狼>と呼ばれ、各地を震え上がらせて──」
「待て待て待て、その名を声に出すのはやめろ。背中が痒くなる」
クエストギルドで出会ったのは、淑やかな女騎士、クィン。……とは正反対の印象を受ける、やたらとガタイのいい年老いた男性だった。服装はギルド職員の制服だが、胸元のバッジが彼の役職の高さを表している。ネームプレートには男らしい字で「ドルム」と書かれていた。
「それでじいや、ここの職員の格好なんかして、どういうことですの?」
「話せば長くなる。それで……あの騎士団長に一体何の用だ?」
その「なんやかんや」の部分が聞きたいのに、といったティナを無視し、ノインへ視線を向けるドルム。
「は、はい。どうしても話を聞きたいので居場所を知ってたら教えてほしいんです」
ドルムはその黒く暗い瞳で彼を見つめると、上がっていた口角を元に戻した。
「ボウズ、なんか飼ってやがるな」
「?」
「ふむ、大体わかった。着いてこい」
「いやあの、仕事中なんじゃ?」
「ああ? そんなもん部下にやらせりゃいいんだよ」
「は、はあ……」
「聞きたいことは山ほどありますが、仕方ありませんわね……」
憎まれ口を叩きつつ、何に使うかわからない荷物をまとめだす。こんな適当な人物に、本当にティナの家の執事が務まっていたのかと疑問に思うノインであった。
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到着した先は、帝都の外に広がる平原。魔物の出現は比較的穏やかで、日によっては行商のルートにも使われるような場所だ。
「こんな場所まで来て、一体何を?」
「まずは質問に答えてもらう。ボウズが飼ってるソレ、どうすれば出てくるんだ」
「それが、僕にもよく分からないんです」
「抽象的な表現にはなりますが、窮地に立たされた時、ノインは魔族化しているように思えますわね」
「確かに、ベンゲルやボルテクスと戦った時もダメージがひどかったっけ」
「(トリガーは肉体のダメージか? いや、それだけじゃないな……)」
ドルムは再びノインを見つめ、誰にも聞こえない小さな声でぽつりと呟き、考えを整理する。と、彼は突然驚きの行動に出た。
「ようし。それじゃ、歯ァ食いしばれよ、ボウズ!」
「へっ? ぐふぉぉぅ」
返事を聞くよりも早く、ノインの顔面を殴り飛ばしたのだ。熊のような肉体から放たれる豪快な殴打により、ノインの体は大きく吹っ飛んだ。
「ちょっと、何してますの!?」
「まあ見とけ」
困惑するティナをよそに、冷静に成り行きを伺うドルム。見ると、ノインは出血を伴いながら立ち上がっており、その姿は変貌していた。
「ガァァァァァア!」
「出てきやがったな。こいつは速さがウリのヤツか。ふむ」
凄まじい速さで一直線に向かってくるノインの攻撃を、軽いステップで回避し、魔族化したノインに声をかける。
「もういいぞ、ちょっとばかし実験したかっただけだからな……っとと」
ノインの返事はなく、ただ猛攻が続くのみである。
「そこは魔物と同じか。そらっ」
ドルムは魔族化したノインの乱打を捌ききり、角に向かい手刀を一撃。魔族としての核を失い、徐々に元の姿を取り戻すノインはいつぞやと同じく気を失っている。
「私たちが3人がかりでようやく成し遂げたことを、あんな一瞬で……!」
「ほれ、起きろ。それと、お嬢様にはこれぐらいのことは出来るようになってもらうからな」
平手打ちで起こされたノインはドルムの顔を見るやいなや、激昂した。
「いきなり何するんですか! いってて……」
「ボウズの中にいる奴と遊んでみたくなってな。そいつがいるドアをノックしただけよ」
その言い方にハッとなり、自分が今まで何をしていたのかを瞬時に理解したノインは、慌ててドルムに頭を下げた。
「もしかして僕、また……? あわわ、ごめんなさい! 怪我とかしてないです、か……っ?」
魔族化の影響か、よろけてしまう。ドルムはそうなるのをわかっていたかのように、持ってきた荷物の中から赤い果実を取り出し、ノインへ渡した。
「まあそうなるわな。ほれ」
「なんです、これ?」
「お前さんは今血が足りてねぇのさ。その実は足りなくなった血を補完してくれる」
ティナの膝に頭をすっぽり埋めながら、言われるがまま果実に歯を当てる。
「んっ……んべぇ、ひどい味だ……」
良薬は口に苦し。味には苦言を呈していたが、ノインの体には先ほどまでの疲労感は消えていた。
「それが嫌ならもう一人の方を表に出さんことだな」
「そうは言いますけど、自分でもどういう時になるのか、そもそもなんでこうなるようになったかもわからないんですよ! 今日だってそれを聞くためにクィンさんに……」
「体質については知らんが、条件についてならわかるぞ」
「本当ですか!? なら、教えてください!」
「構わんが、それを聞いてお前さんはどうする? 内容によっちゃあ、魔族になることを恐れて冒険者としてやっていけなくなるかもしれんぞ?」
瞬間、ドルムの周りの空気が重くなるのを感じた。戦えない冒険者などもはや冒険者ではない。そういった脅しにも似た問いに対し、ノインはその圧に押され、ひきつった笑みを浮かべながら答えを出した。
「これは僕にとっちゃ得体の知れない力です。だけど制御できればティナを、仲間を守れるようになるかもしれない」
ドルムは口を閉じ、ノインの言葉を聞いている。
「魔族にならないために聞いてるんじゃない。この力を扱うための1つのステップとして、どうすればなれるのかを聞いているんです」
「くくっ……がっはっは!! 面白い奴がいたもんだ! お嬢様も、中々見る目あるじゃねえか」
「当然、私の目に狂いはありませんわ!」
彼はひとしきり笑った後、話を続けた。
「気に入ったぞボウズ。お嬢様は『じいや』なんて呼びやがるが、俺はドルムだ。魔族化のあれこれを叩きこんでやる!」
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