2. 転職
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門での手続きを終え、ティナと別れた後、ノインは運搬物の納品のため運搬ギルドの拠点がある場所に向かう道中、少し観光することにした。
「――――ここがこの国最大の帝都、〈キルドニア〉かぁ〜! 」
キルドニアはダンジョン産業によって大きく発展した町である。よくある宿屋や飲食店は勿論、鍛冶屋や魔物から採れるアイテムを通貨と交換する換金所などダンジョンに関する様々な施設が存在する。その他にも、最大の都市というだけあり、各種ギルドの本部もここに集中しているのだ。
運搬ギルドもその一つである。
「ノイン=ヴァスト、ただいま納品に参りました!」
その夜、荷馬車を引き、背丈の3倍もあろう大きな扉を開けながら、観光を終えたノインは元気に挨拶をした。
最早外は日も落ち、殆どの店は店じまいを始めているぐらいの時間帯だったため、建物内には職員が数人程しかいなかったが、幸いにもノインの上司であるカルロスはまだ残っていたようだ。少し太った腹を揺らしながら、少しくぐもった声で問いかける。
「ノインか。随分遅かったじゃないか?――フン、まあいい」
そう言いながら、積荷の確認をしていく。
ノインが確認の作業が終わるのを待っていると、突然カルロスが声を荒らげた。
「なんだこれは!こんな傷物をお客様に提供するつもりかぁノイン!」
どうやらヴォルフとの戦闘によって積荷が破損していたようだ。
「道中魔物に襲われたんです!きっとその時に
「魔物だとぉ?あのルートに魔物が出るわけなかろう!」
「本当ですって!信じてくださいよ、ほらこの腕とか!」
そう言って包帯を巻いている怪我した腕を見せるが、カルロスは信じる素振りもない。
「自らの怠慢をそんな嘘で誤魔化す気か!もういい、貴様はクビだ!!」
「そ、そんな!」
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突然解雇を言い渡され――勿論抵抗はしたが――、すぐにギルド本部を追い出されたノイン。
職を失い、荷馬車を失い――もともと運搬ギルドによる貸出品だった――、全てを失った彼は、故郷へ帰ろうにも足がないので、貯金を崩してこの辺りで宿で夜を明かすことにした。
「はは……無職になっちゃったなあ……」
誰もいない部屋で独り呟く。そんなことをしても意味が無いと理解しながらも。
「明日から、どうしたもんかな――――。」
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翌朝、ノインは冒険者登録をしにクエストギルドに足を運んでいた。――冒険者とはダンジョン攻略や依頼人を介したクエスト攻略を生業とする者たちのことである。危険が常に付きまとう職ではあるが、今の彼には他に選択肢など残されていなかった。
クエストギルドはかなり広い作りになっていて、依頼書が貼り付けられた掲示板や、円形のテーブルと椅子などが目を引いた。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど……」
「承知しました。それではこの書類の必須事項に記入後、またこちらにいらしてください。」
ギルド職員の女性は優雅な所作で書類とペンをノインに渡し、淡々と元の業務に戻った。
ノインは椅子に腰掛け、名前や年齢などの項目を埋めていく。――――が。
「パーティメンバー記入欄……? 冒険者稼業には危険がつきもの、仕事の際は2人以上で参加していただく必要があります……? 参ったな、これじゃ生活費を稼ぐどころか手段すらなくなっちゃうじゃないかぁ〜……。」
記入用紙を見つめ、頭を抱えるノイン。天井を見上げ、どうしたものかと思案していると、見覚えのある金髪が目に映った。
「あら、昨日ぶりですわね。ここにも荷物を運びにいらしたの?」
顔を覗き込まれるかたちで声をかけてきたのは金髪碧眼、没落貴族のティナだった。
「やあ。荷物を運びに来たんじゃないんだ。実は昨日クビになってさ……」
ノインは自身が解雇されたこと、その経緯を話した。
「――――胸糞悪い話ですわね! その上司とやらに一言言ってきてやりますわ!」
だんっ!とテーブルを叩き、勢いよく立ち上がるティナ。
「いいっていいって! きっとすぐに納品に行かずに観光なんてしたからバチが当たったんだ。」
ノインは今すぐにでも直談判に行きそうな彼女を慌てて止めながら言う。
「まあ貴方がそう言うならそういうことにしておきましょう。少々お人好しがすぎるとも思いますが。それはそうと、ノインは何故こちらへ?」
「それが、なんとか食いぶちを見つけないとまずいと思って冒険者登録しようとしたのはいいけど、ここの項目が埋めれなくて。」
と、パーティメンバー記入欄を指差す。するとティナがしめしめといった表情で、
「そういうことなら……。貴方は今日から私の荷物持ちですわ!」
「えぇっ!?」
ノインはあまりに唐突な申し出、もとい宣言に思わず叫び声をあげた。
「実は私、まだ冒険者ではありませんの。ほら、これが証拠ですわ。」
そう言って彼女が肩から提げた鞄から取り出したのは、ノインと同じくパーティメンバー記入欄が空白になっている書類だった。
「そっか、君も――――って、さらっと聞き流してたけど荷物持ちってどういうことさ?」
「貴方、もしかしなくても魔物と戦ったことなどないでしょう?そして、スキルも物を出したりしまったりするものなのでは?」
「スキルって……。もしかして見られちゃってた?」
「ええ。私に保存食を渡す直前まで、ノインは何も持ってなかったのが見えましたの。」
あの森でノインは保存食をティナに渡していたが、あれはノインのスキルによって虚空から取り出したものだったが、それをティナは見抜いていたのだ。
その洞察力に感心しながらも、うんざりしたようにノインは言葉を返す。
「ご名答。確かに、僕のスキルは別次元から物を入れたり出したり出来るけど、戦闘ではまるで使い物にならないさ。」
パーティメンバーを探しているのは自分も同じであるだろうに、つい思ったことが口に出てしまう。それに対しティナは、
「あら、そんなことはありませんわよ? 戦闘では私が前に出て道を切り開きますので。戦闘に集中するには私はある程度身軽である必要がある……。」
椅子から立ち上がり、仰々しい手振りでノインを指差しながら続ける。
「そ・こ・で! ノインの出番というわけですわ!」
と。
「貴方が食料やアイテムなどをスキルで確保しておき、私の必要に応じてそれを渡してくれれば、身軽に、優雅に戦えるということでしてよ!」
あまりの熱弁に、思わず拍手してしまいそうな気になりながら、ノインは自らが必要とされたことに嬉しさを覚え、
「こんなスキルでも役に立つって言うなら、荷物持ちでも執事でも任せてくれ!」
と、胸を叩いた。
「うんうん、よろしくてよ! これにてパーティ結成ですわね!」
ティナが満足そうに頷きながら言った。
ともあれ、没落お嬢様とその荷物持ちによる奇妙なパーティが結成された。
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