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ヘプタワイズ  作者: T・ブルー
第一章 『身勝手な願い』
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1-7 御する術もない ―2

ゴムで覆われた取っ手はそこまで強く握らなくとも手から滑り落ちないような作りになっている。これから久しぶりに意識して体内の魔力を循環させるためかわずかに緊張を感じる。手のひらに汗がにじむ感覚が嫌に不安を煽るようだった。


「その、前もって一応言っておきたいんだけど、もしも壊したらごめんね」

「確かにしばらく使ってないやつだし、学院のものに比べたらかなり小さくてもろい奴だけど、そんなちょっとやそっと魔力流したぐらいじゃ壊れないと思うぞ。まあいいさ、思いっきりやってくれ。レイの現状を知っておきたいからな」


 「それじゃあ」と意気込んで身体の内側に意識を集中させる。持ち手を握る手にわずかに力がこもるのを感じた。


 小さく深呼吸をすると、レイは取っ手から少しずつ魔力を流し入れる。慎重に流量をかなり制限して、と意識したものの――――ほどなくして魔力ランプはレイの手元でガラスの砕ける鋭い音を立ててはじけ飛んだ。それと同時に一瞬太陽にも見紛うほどのまばゆい光が中庭一帯を覆った。三人とも顔を手や腕で覆うも、一瞬で体が硬直して身動きが取れなくなる。


「――レイちゃん! 大丈夫⁉」


 かすむ目をわずかに開けてレイが周囲をうかがうと、眩む視界の中砕けたランプの破片があたりに飛散しているようだった。ティアが心配する声が聞こえる。人影を感じてその方向を向くとティアがこちらに近づいてきているようだった。ルクスがどうなっているのかは判断付かないが、おそらく命に別状はないだろう。


「うん、よく見えないけど多分大丈夫だと思う」


 レイ自身一瞬何が起きたのかわからなかったが、おおよその予想はすぐ着いた。レイが流した魔力の量にランプ自体が耐え切れずに爆発したのだろう。ほんの少しずつと念を入れて、始めは湧き水のようにごく少量で、その後徐々に流量を増やそうとしていた矢先の出来事だった。最終的にわずかに見えたのは真紅の閃光が手元で膨らむ様子だけで、もはや制御するなどという次元ではなかった。


「ランプが壊れてた……分けないか。ちゃんと点検したやつを持ってきたはずだしな」


 疑問を口に出しながらルクスが近づいてくるのがわかる。光に近かったせいかレイとルクスはまだ視力が戻っていない。不幸中の幸いというのだろうか転んだこととレイがガラスの破片でわずかに手を切ったこと以外に目立った外傷はなかった。しかし、壊れたランプとレイのけがの手当てという名目で開始早々一時中断となってしまった。


 同じベンチに腰掛けさせたレイの手をティアの魔法の光が包み込む。暖かくやわらかな感覚が生じたかと思えば血がにじんでいたレイの手がたちまちきれいに治癒されていく。あっという間に元の綺麗な手に戻っていた。


「やっぱりティアの魔法は私のと違ってレベルが違いますな」

「まったく、破片で少しだけ切っただけで済んでよかったよ」


 完全に傷がふさがったのを確認するとティアがレイのすぐ横に座る。その反対側にはルクスが空を仰ぐようにして座っている。


「大事なかったのは良かったけど、なんであんな爆発が起きるんだ。初めて見たぞ」

「そのことなんだけど……」


 レイが歯切れ悪そうに口を開く。気にしなくていいと言われたとはいえ、人の持ち物を自分の不注意で破壊してしまったことに大きく責任を感じずにはいられない。目をわずかに泳がせたのちに憶測を交えて言葉を並べる。


「多分ランプが壊れてたってことはないと思うんだ。ただその、私の魔力が悪いっていうか。ちょっと人より量が多くって私がその扱いに慣れてないっていうか。それで壊れちゃったんじゃないかなって……思うんだけど」

「レイは魔法使えないんじゃなかったか? 単純に、魔力の扱いが下手なだけだと思ったんだけどそういうこともあるのか」


 上体を起こしてルクスは腕を組む。自分が今まで知らなかったことを頭の中で整理しているといった様子に映った。やはり落第候補生は上辺をひた走る人間には理解のできない欠点があるものだなとレイ自身痛感させられる。レイにとってはこの七年間付き添ったことなのだが。


「前もって魔力の量がちょっと多いかもって話はルクス君にしてたはずなんだけど、私もまさかこれほどまでとは思ってもみなかったよ。レイちゃん、前に先生とかに何か言われたりしなかったの?」

「入学式の後の調査で魔力が人よりちょっと多いねって言われたよ。でもちょっとだよ。さすがにこんなになるなんて思わないでしょ」


 記憶の片隅にわずかに残っている七年近く前の適性試験の様子は今も不自然に鮮明だった。


 周りの新入生と同じように魔力を流すとランプが鈍い光を発してすぐ消えた。その時は自分の魔力が非常に弱いからだと思っていたが、すぐに大人たちが近寄ってきて別のランプを用意していた。自分の番に見たあの弱々しい光方で壊れたなどと想像できるはずもなく、不思議がっていると後ろから先の言葉を掛けられた。


 実際に見た光景と説明されたことがイマイチぴんと来なかったためにその時は本気にしていなかった。それ以後も特に魔力が人一倍多いから、などという理由でトラブルが起きたこともないため気に留めることはなかった。唯一、年に一度能力検査のたびに自分の番が終わると毎回新しいランプが用意されていたことだけは覚えている。


「異様に多い魔力か。それ自体はむしろいいことに感じるんだけどな」

「魔力の量以上に不器用ってことかな」

「まあそういうことになるな」


 ルクスの言葉とともに今度はレイがベンチにもたれかかって空を仰ぐ。青空に数個浮かぶ雲はレイが抱えている悩みなどお構いなしに隊列を崩すことなく右から左に流れていく。あまりにも自由そうで恨めしくすら感じられた。


「じゃあちょっと休憩してから場所代えて続きやるか」

「せっかくレイちゃんの体調も良くなってきたのに移動するの?」

「レイが抱えてる問題はわかったからな。それに次同じようなことが起きたら下手すりゃ怪我人が出るからな」

「ごもっともです。本当に面目ない」


 空を見上げたままレイが力なさそうに漏らす。これまでも自分の魔力をコントロールするために独自に特訓したり、学院の教師陣に質問したり試行錯誤を繰り返してきたつもりだったが、それでも魔法が正常に発動したことはない。単に魔力量が多いこと以外の原因がそこにはあるのではないかと考えたこともあったが、何分検証のしようがなかった。


 深くため息をつくレイの右手をティアのやわらかな手が包み込む。低体温気味のレイと違って程よく温かい、まさに人肌のぬくもりを感じさせてくれるティアの手は一瞬で落ち着ける。


「今まではわたしだけだったけど、今回はルクス君もいるんだよ。きっとできるって。頑張ろうよ」

「私も心底そう思うよ。チャンスだって数えるぐらいしか残ってないしね。できることならなんだってやるよ」


 この夏季休業が終われば、いよいよ卒業試験が本格化し始める。その中でも学院の競技場で行われる実技試験が始まるのが数か月後。指折り数えて待っていられるだけの余裕はレイにはもちろん存在しない。これまでレイが一人で行ってきた訓練の成果は雀の涙程度のものでしかないが、ティアだけでなくルクスまで面倒を見てくれるというのならこの機会をものにしないわけにはいかない。


「それぐらいの意気込みのほうがこっちも教えがいがあるってもんだ。じゃ訓練場空いてないか見に行こうぜ」

「って言ってもこんな時間から訓練場に行こうとする人なんて私たちぐらいだと思うけどね」


 ベンチを勢いよく立ってルクスは背伸びをする。寮の最上階から覗く朝の陽光が、ゆっくりと頭上を通り過ぎてルクスの赤茶の髪をかすめていく。


 そして「さあ」と言って後を追うようにしてレイの手を握ったままティアも立ち上がる。逆光でよく見えないティアと、対照的にまばゆいほど照らされているルクスがレイを待っている。それは単にベンチから立ち上がるのではなく、目標を遠くに座り込んだレイをそのさらに遠くから手を差し伸べているように感じられた。


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