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ヘプタワイズ  作者: T・ブルー
第一章 『身勝手な願い』
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1-1 無気力、非力、無計画 ―1

 晴れた日に外での合同授業ほど気だるいものはない。ただでさえ初夏の日差しは焼け付くように強く、日陰であろうと容赦なく火あぶりに処そうという意気込みを感じる。一面に青々と芝が生える広場で大して風も吹かない昼下がりとくれば暑さはいよいよピークを迎えることだろう。




 広場の遠くの方で生徒が一人宙に舞った。放物線を描いてそのまま背中から落ちていく様子に他人事ながら背中に痛みを感じた。思わず木の幹によりかかった背を空いている右手で撫でる。遠くで飛んだ彼はたいそう痛そうだが、幸いこちらは無傷のようでほっと胸をなでおろした。




 宙を舞うと言ってもどこか四肢がもげて飛んで行ったなどとそんな物騒なものではない。単純に今回は風の魔法で飛ばされただけで、それには物体を大きく動かすぐらいの威力しかない。もちろん上級者が全力で振るう魔法になれば、四肢どころか五臓六腑に至るまでが飛び散り、悲惨な状況になることは間違いない。がしかし、ここは魔法に関して高度な安全性を持っている屈指の魔法学院。そう簡単に死傷者を出すわけがない。きちんとした教師の監督の下で授業が進められている。




 二クラス合同での授業というだけあって広場には百人近くの生徒らが銘々グループを組んでいた。遠目にお互いに向き合って何らかしらの魔法をかけあっている。光に闇、風に土に雷に氷と炎。遠目で見ても色とりどりの魔法陣が消えていくのが分かる。ただ、色とりどりと言っても炎の紅はその数が当然のように少なく、氷の薄青は当然のように多かった。




 ぼーっと広場の方を眺めていると、また一人生徒が宙に舞った。今度は土の魔法らしい。地面が隆起しているのがこの位置からでも分かる。先に手が出たから良かったものの、今度は頭から地面に挨拶をしていた。どうか彼女の額が無事であることを願うばかりである。




 ところで魔法で形が変わってしまった地面は誰が直すのだろうか。まさか本人にやらせるというわけではあるまい。




 前髪をかき分けて額の無事を確認していると、遠くからゆっくりとこちらに歩いてくる人影が見える。逆光で顔がよく見えないが、手を振ってこちらに向かってくる人物には一人しか心当たりがない。




「レイちゃん、やっぱりここで見学してたんだね」


「この日のこの時間帯はここが私の唯一の居場所なの。ティアだって知ってるでしょ」


「分かってるよ。だからわざわざこっちに来たんじゃない」




 日陰に入るとティアル・セルシア、ティアはレイの横に腰掛ける。座る瞬間に仄かに柑橘系の果実の香りがした。いつもティアが付けている香水だ。ティア本人だけでなくベッドだとか制服からも同じ香りがしていることをレイは鮮明に知っている。ティアに頼まれて数か月前にレイ自身が選んだのだから当然のことではある。




「日陰でじっとしてたんじゃ流石に飽きてこない? たまにはレイちゃんも参加すればいいのに」


「そりゃたまになら別に参加してもいいけど……でも怪我人が出ることは間違いなしだよ? そしたら怒られるのは多分私なんだから」


「そんな自信満々に言わなくても……でも、いつもこんな調子じゃ退屈にならない?」


「そりゃ退屈は退屈だけど。それ以上に何か事故が起きるかもしれない方が問題でしょ」


「やっぱり、まだ不安なんだ」


「まだ、というかずっと、だよ」




 ティアが心配そうな目を向ける。いつも必要以上に気にかけてくれるティアにレイは頭が上がらない。つい過保護だ、などと感じることもたまにはあるが、それも優しさなのだろうと割り切っている。




 とはいえ、この六年間魔法らしい魔法をまともに使うことができなかったレイに、今さら合同の授業に参加しろなどと、よもや生死にかかわる提案はそう簡単ではない。よくてサンドバッグ、悪ければ爆発事故が起きて死人が出るかもしれない危険人物なのだ。




「半年前に同じように言われて、その後しばらく医務室で寝泊まりしたの覚えてるでしょ? 慎重になってゆっくりやってたらボコボコにされたんだから」


「うぅ……それは本当に悪かったって思ってるよ。ごめんってば」


「もう前の話だし、それにティアに悪気が無いのなんて分かってるからいいよ。でもやっぱり私に実戦は難しいって思い知ったよ」




 相手にも悪気があったわけではない。もちろん授業の一環で、相手にも謝られた。ある程度力を抑えられてはいても、防御の姿勢を取る前に集中砲火を受ければ腕の一本や二本ぐらいははずみで折れていても何らおかしくはなかった。しかし結果的に全治三週間の怪我を負って医務室の世話になったのは記憶に新しい。その間ずっとティアに看病されていたこともレイが頭が上がらない最たる例でもある。




「入学した後で学院の備品を壊して以来悪い予感はしていたけど、まさか魔法自体が使えないなんてね。自分のことなのに私ですら分からなかったよ。すぐに始まった授業は碌に付いていけないし、初めての試験だって学年で最下位だし。挙句の果てに備品壊したって悪い噂が広まったせいで部屋の照明ですら危なくて替えさせてもらえないし。本当に踏んだり蹴ったりだよ」


「でもその分頑張ってここまで来たじゃない」


「勉強の方は、ね。実技は相変わらずからっきし。卒業試験だって心配でしょうがないよ」




 レイは目を閉じて大きなため息をつく。これまで何度も振り返っては悲観してきた自身の経歴も、今となっては驚くほど簡単に話すことができる。当時は一晩中泣きはらすほど悩んだことも珍しくはなかった。




「それにしても、この間期末試験が終わったっていうのにみんなよくやるよね。感心しちゃうよ」


「やっぱり卒業試験が控えてるからじゃない? 夏休み挟むって言ってもそれが明けたらすぐ試験なわけだし」


「卒業試験ねぇ……私とは一生無縁の存在であってほしかったよ」


「何言ってるの? レイちゃんも今年卒業の年なんだよ?」


「そ、そんな本気にしないでよ。それぐらいわかってるってば。でも、筆記ならまだしも実技の試験のことなんて今は考えたくもないよ」




 レイが膝を抱えてそっぽを向く。先日行われた期末試験の結果は言うまでもなく実技は壊滅状態。半面、筆記試験はトップの成績と落差の激しさだけなら間違いなく学園きっての才を持っているだろう。そもそも実技試験を事前に辞退して補修の申し入れをしているにもかかわらず無事に試験に合格できたことの方が驚きである。とても教師陣に足を向けては眠れない。




「今だって少しは魔法の練習してるんじゃないの?」


「流石に暇を見つけてできる限りやろうとはしてるけど、せいぜい……」




 そう言うと、レイは手のひらを上に向けて体の前に出す。目を閉じて意識を集中させると、手の上に小さな魔法陣が浮かび上がってきた。わずかに緋色に発光する魔法陣は時計回りにゆっくりと回り始める。次第に回転の速度を増すと、中央から小さな魔法の球がゆっくりと浮上してきた。




「これぐらいが精一杯でとても攻撃にも防御にも使えないよ。それにこれだけ集中しないと成功しないから速度だってこんなに遅いし」


「まだまだ課題は山積みって感じなんだ」


「おかげで期末試験も先生に頭を下げて免除してもらわなきゃならなかったしね、でも卒業試験でもおんなじことができるとは」


「思わないよねぇ」




 もう一度ため息をつくと、レイは手を握って火の球ごと魔法陣をかき消す。指の隙間から仄かに赤く光る粒子が溢れて空に溶けだしていく。次に手を開くと手の中は空っぽになっていた。




 卒業試験を目指して切磋琢磨している他の生徒らには悪いが、レイには卒業試験そのものが憂鬱でならない。何か天変地異でも起こって中止になればいいのにとすら思ったこともある。何せ魔法が使えないのだ。実技の試験など始めから終わりまで、何をどう点数を評価すればいいのか教師陣ですら両手を上げてしまう始末だった。




「いっそのこと無理やり自爆でもして」


「そんなのダメだよ。全く。それじゃあ相手の子もレイちゃんもじゃタダじゃ済まないんだから」


「だよね。知ってた」




 少し離れたところでまるで呼吸をするかのように自在に魔法を扱っている他の生徒がレイの目には羨ましく映る。魔法の学校に通っていながら魔法が使えないという事実にレイはいつも歯痒い感情を抱いていた。仮に自由に魔法が使えるのなら、相手に吹き飛ばされて地面に叩きつけられても構わないとすら思うほどに。




「ところで、さっきまで一緒にグループにいた子たちはよかったの?」


「うん、ちょうど休憩にしようかってなったところだったから。今頃どこかで休んでると思うよ」




 周囲を見渡せば、他の木の下や建物の陰になっているところで休んでいる生徒の姿が散見される。それのどこにティアとグループを組んでいた生徒たちがいるのかは分からないが、きっとそこの誰もが当然のように魔法を使えるに違いない。ちっぽけな理由があるとはいえ、呑気に授業にも参加せずにただ座って見学しているのはレイ一人だけなのだろう。




「あーあ。奇跡でも起きて今すぐにでも魔法が使えるようになればいいのに」


「そんなの叶うんだったら誰も苦労なんてしないよ」




 ティアの言う通りだ。レイの思い付きが簡単に叶うのであればだれもわざわざ学校に通ってまで魔法の勉強をしようとなどしない。だが、そんな世迷言を言わなければやっていけないほどレイの状況は悲惨でかつ目も当てられない。卒業試験に受からないようであればそのまま留年となってしまう。




「例えばさ、流星にお願いするとか」


「レイちゃん……頭でも打った? それで願いが叶うなんて迷信、今時子供でも信じないよ」




 ティアの本当に心配していそうな眼差しがこれ以上ないほどレイに突き刺さる。今年で十七を迎えるにしては確かに子供じみた妄想話ではあった。




「今さら他力本願なんて無理だよ。ちゃんとコツコツ練習しないと」


「ちゃんとコツコツだなんて、それこそ今さら言ったって遅いよ。そんなのせめて五年前ぐらいに言っといてくれなきゃ」


「私は一年生の頃から試験のたびにちゃんと言ってました。なのにここまで引きずってきたのはレイちゃんじゃない」


「はい……そうです」


「座学の勉強はきちんとできるんだから、実技の方だってやればできると思うんだけどなぁ」


「やればできるで本当に何でもできるんだったら今頃私は授業に参加してるよ。できないからこうして悩んでるってティアもよく知ってるじゃない」


「そうだけど、もったいないなぁ」


 レイの顔を覗き込んでティアが言葉を漏らす。あきれた表情を向けているように思えたのは、ただの気のせいではないのだろう。

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