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7-1.精霊が連れ去られたけどきみを知って(前編)

 先日起きた婚約破棄騒動の主要人物たちは、実はルイの知り合いだったそうだ。


「音楽の名門一家に生まれた者たちだ。将来も音楽や舞踊の道に進むと生まれる前から決まっている。ホルクは有名な舞台役者の息子だし、フォクシーはオペラ歌手の娘だ」


 ちなみに、この国の舞台役者とは、ミュージカル俳優のことである。音楽と精霊の国では、歌と踊りのない芝居を演劇とは言わない。「歌も踊りもない? じゃあ何を観ろって言うんだ」と観客が見向きしないからだ。役者とは、演技力だけでなく歌唱と舞踊の技術が求められる厳しい職業なのである。


「名の知られた人は結婚を決めるのが早いのね」


 あの巻き髪女子withバックダンサーズ全員に婚約者がいると聞いた時、リリラは驚いたのだ。都会ではまだ学生のうちから相手を決めている者がこんなにいるのかと。だがそれは、あの集団が特別であったらしい。


「音楽を得意とする家系は、才能を受け継がせるために同じく才能のある家と縁を結ぶと聞く。俺みたいな音痴が混ざってうっかり遺伝したら一大事だからな。早いうちから相手を決めるそうだ」

「なぜルイはそんなことを知ってるの?」

「ああいった人間が集まるパーティーに何度か行ったことがある。話したことはあまりないが、あいつらのことはよく見かけた」


 どうやらルイも良家の出らしい。たしかに見た目の割に話し方は粗野ではないし、所作もどこか育ちの良さを感じさせる。だが、本人はあまり触れてほしくなさそうだったので、リリラは詳しく聞かずにおくことにした。


「あの大きな目の女の子も知ってるの? チワワ……さん?」

「あれは知らない」


 そう答えたルイはマエーブくんの腹毛に顔をもぐりこませ、うっとりと目を細めた。今日の補講が始まるまでの間、彼はベンチに座るマエーブくんの膝枕で休んでいたのだ。


(私の恋のライバルはマエーブくん……!? 中身はわからないけど……外側は雄だしそもそも人間ですらないのに、数歩も先を越されている!)


 リリラがぐぬぬと思いながらルイとマエーブくんを見ていると、マエーブくんが手羽をぱたぱたと振りリリラを呼んだ。

 リリラが二人の近くに寄っていくと、マエーブくんはルイの頭を持ち上げ、自分が座っていたところにリリラを押し込んだ。ふかふか羽毛の膝枕が、一瞬でリリラの膝枕に変わる。

 唐突に膝の上にルイの頭を置かれたリリラは真っ赤になった。マエーブくんは手羽先で「うまくやれよ!」とハンドサインをすると、二人を残し子どもたちの集まる方へ行ってしまった。

 戸惑ったリリラが膝の上のルイを見下ろすと、表情は見えないがルイの耳が赤くなっている。ルイはしばらくじっと固まっていたが、こらえきれずにがばっと起き上がろうとした。だが、ベンチについたルイの手が滑り、リリラの膝から床に転がり落ちてしまった。


「いってえ!」

「大丈夫!? 頭打ったんじゃない?」


 赤い顔をしたルイは頭をさすり身体のあちこちを確認していたが、けがはなかったようだ。


「マエーブの野郎……」


 ルイは遠くにいるマエーブくんを睨んだが、マエーブくんは自分は無関係とばかりにとぼけた素振りをしている。


「はーい、おひさまきらきら幼児組のみなさーん、今日も楽しくレッスンよー」


 ルイがマエーブくんを追いかけようとしたところで、マウントウェーブ講師が入って来た。マエーブくんは怒ったルイに羽をむしられずに済んだようだ。そして、その日もいつものレッスンが始まった。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 あの大きな瞳のティワワという女子生徒の正体がわかったのは、あの婚約破棄騒動が起こってから二ヶ月経った頃だった。


「海を越えた国の聖女だって」

「この国の精霊を持ち帰ろうとしたんだと」

「精霊って持ち運べるの?」

「猫じゃなかったんだー」


 学園のあちこちで、今朝の新聞の一面記事の話題が飛び交っている。首都で発行されている新聞の報道内容は、驚くべきものであった。

 ティワワは音楽と精霊の国にいる精霊を集め、自国にたびたび送り出していたのだ。海の向こうにあるその国では、精霊が少ないため祝福を得ようと他国から精霊を奪っていたらしい。実体のない精霊を聖女の力で拘束していたのが、ティワワだった。彼女が一流の芸術家の卵たちに近づいたのも、彼らの奏でる音楽に精霊が集まりやすいからだったそうだ。


 音楽と精霊の国では、精霊を捕らえようと考える者は今までいなかった。この国の民にとっては、精霊は崇めるような存在ではなく、国の財産であるとも考えていなかった。人間と同じく歌って踊って一緒に楽しむ存在、もしくは歌っているときらきらを降らせる存在、ぐらいにしか思っていないのだ。実体がなく触れられないこともあり、捕らえてどうこうしようという考えは誰の頭にもなかった。

 そのため、精霊を捕らえることや国外に連れ出すことを罪と定める法がこの国にはなく、ティワワや彼女に骨抜きにされた男子生徒たちの処遇を決めるのに難航していたらしい。そもそも、精霊を「誘拐」したのか「密猟」したのか、今までになかった事件のためその行為を示す言葉すら定まっていない。だが、ティワワについてはこの国に不利益を与えたとして拘束され、国外退去となったようだった。


「連れ去られた精霊は帰してもらえるのかな」


 音楽教室に向かおうと校舎の玄関口を出たリリラは、隣を歩くルイに尋ねた。


「国から抗議はするらしいが、どうだろうな。精霊が帰りたいと望めば、帰してもらえるんじゃないか。精霊の機嫌を損ねると不作や、ひどけりゃ天災が起こるからな」

「でも向こうにいい音楽があれば、居着きそうだね」

「この国の精霊なら、そうだろうな」


 二人は音楽につられる精霊を思い、不謹慎にも笑ってしまった。

 ティワワを囲んでいた男子生徒たちは、彼らを裁く法がないため放免される見通しとのこと。だが、精霊の誘拐を幇助したことや婚約を一方的に破棄したことから、世間では白い目で見られているようだ。

 ホルクと呼ばれていた男子生徒は、元婚約者との復縁を望み巻き髪女子の部屋の外で夜な夜なセレナーデを歌っているらしく、その姿が新聞のゴシップ欄に掲載されていた。巻き髪女子は今のところ許す気はないと話しているようだ。

 才能豊かな巻き髪女子とバックダンサーズには、すでに他の芸術家たちから婚約の打診が引く手あまたなのだ。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 リリラたちはこれで終わりだと思っていた婚約破棄騒動からの精霊誘拐事件だが、そうは思っていない人々がいた。

 首都近郊の領地の人々は、元々精霊が首都に集まるのを不満に思っていた。精霊には音楽を楽しむだけでなく、土地に祝福を与えて住みよい町や畑作りを手伝ってほしいのに、音楽を求めて首都へ行ってしまう。首都に精霊を奪われたようなものだと考える者もいた。そんな中起きたのが、今回の精霊誘拐事件である。彼らは、精霊を他国に奪われてなぜ取り返さないのか、奪われてもいいぐらいのものなら自分たちの土地に返せ、と声を上げたのである。


 新聞の報道があった数日後、首都の通りは近郊から集まった人々に埋め尽くされた。激しい抗議の声を上げながらプラカードを掲げ、各々楽器を鳴らす。ラッパやブブゼラで抗議の意を示す集団は、学園前にも現れた。


「精霊の~誘拐を助けた生徒を出せ~」

「ホルクを~ここに呼べ~」


 抗議する人々は音に合わせて口々にがなり、足を踏み鳴らしている。抗議デモもやっぱり歌なんだ、とリリラは思った。


「ホルク~を出せ~、ホルク~を出せ~」


 どなるように歌う声は大合唱になっていく。警備兵たちが正門から中に入れないよう押し戻しているが、怒った人々の方が圧倒している。

 リリラはルイとともに、校舎の玄関扉の陰からその様子を見ていた。二人は音楽教室に向かおうとしていたところであったが、この有り様では外に出られないし、音楽教室のある通りもここと似たようなものだろう。


 そこへ一人の男が叫んだ。


「ここにはラドラム家の息子が通っているはずだ! 彼を呼んでくれ!」


 それに呼応した集団がわめき始める。


「ラドラムの息子を出せ! ラドラムの息子を出せ!」


 大きな太鼓やラッパで激しい曲がかき鳴らされ、それに合わせて人々が地面を踏み鳴らす足音が響く。あの激しさからすると、ルイも誘拐幇助の仲間だと思われているのではないか。


 それを聞いていたルイは拳を握りぶるぶると身を震わせていたが、突如扉の陰から飛び出して絶叫した。


「ヴォ~デヴァドヴォビヴィデゥゾ~」

「だめ!」


 リリラは慌ててルイの腕をつかみ、扉の陰に引き戻した。


「今の何!?」


 いつもは大人しいリリラの剣幕に、ルイはバツが悪そうに視線を逸らした。


「『俺はここにいるぞ』って言った……」


 どうやらルイは、抗議の音楽と雰囲気にのせられてつい飛び出してしまったらしい。震えていたのは恐怖からではなく、武者震いだったようだ。

 しかし、さすが緊迫した雰囲気をも壊すルイの歌声である。暴徒たちがルイの歌に気づかなかったのか、意味不明な呪文を無視したのかはわからないが、ルイが見つかった様子はない。リリラが安堵のため息をついて、これ以上騒ぎを大きくしてはいけないとルイに言い含めているうちに、教職員たちが出てきて抗議集団と話してくれた。

 彼らと話した教師から聞いたところによると、ルイにホルクへの仲介を頼みたかったらしい。当のホルクと取り巻きたちは、外へ出すと身の危険があるため校舎内で保護されていると言う。


「なぜルイに仲介を?」

「おそらく俺を最初に呼んだ人間は、ミルネオ領の者だろう」

「ミルネオ領って、首都の近くにある穀倉地帯の? ルイの出身地なの?」

「ああ。俺は、ミルネオ領主の息子だ」


 ミルネオ領は首都の食料供給の多くを担っている。農業が盛んなだけでなく人の行き来も多いため、大きな街がいくつもある広大な領地だ。その領主の息子ということは、芸術家でないが内政に長けた名門の家系である。

 リリラは、遠い存在を見るような目でルイを見た。ルイは顔をしかめて言った。


「そういう顔をされると思ったから、言うのが嫌だったんだ」

「あ、ごめんね」


 たしかに、ルイは身分によって人との間に差をつけたがる人間ではない。特別扱いされるのは嫌だろう。


「それで、どうするの?」

「さっき俺を呼んだ男と話して、暴動を収めてもらう」

「そんなことできるの!?」

「わからんが、話はする。あの集団の中にはうちの領地の人間もいるようだからな」


 ホルクとは顔見知りでしかないルイが危険な説得を引き受ける義理はないのでないか、とリリラは思った。だが、ルイはホルクたちのためではなく自領の人々のために話すことにしたらしい。

 ルイは、教師に先ほどの男性と話ができるよう頼みに行った。直接の接触は危険ということで、正門の柵ごしに警備兵の見張り付きで話をすることになったようだ。リリラは安全のためついて来ないよう言われたので、教室でルイが戻るのを待つことにした。

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