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3.新しい楽器だけど笑われる

 リリラとルイが音楽教室での補講に通って一ヶ月ほど経った。一日二時間、それを週に三回。

 見た目がちょっと怖いルイだが、真面目に通って文句も言わずレッスンを受けていた。それがリリラには意外であった。


「中身は真面目なのに、なぜそんな恰好をしているの?」


 放課後、校舎の玄関口で待ち合わせていた際に、通りがかった教師から服装を正せと注意されていたルイに、リリラは尋ねた。


「音痴で真面目な見た目だと、なめられるからな。リリラもそうじゃないのか」

「うっ……それはそうだね」


 この学園では音楽科などの専門科があるためか、音楽の上手さと人気が比例しているところがある。歌や踊りが上手い生徒は教室でも人気者で、リリラのような雰囲気をぶち壊すような人間は何かと下に見られるのだ。

 リリラの教室ではいじめなどはないが、音楽的に役に立たないリリラの周りにはめったに誰も寄ってこない。ルイの組では、目立った仲間外れなどはないが、歌や踊りの下手な生徒が雑用を押し付けられる程度のことはあるそうだ。ルイは派手な恰好で威嚇して上手く立ち回っているらしい。見かけ通りではなく、頭がいいのだなとリリラは感心した。


「首都ではこんなものだ。俺は昔からこんな格好をしているから、もう慣れた」

「都会の人は厳しいんだね……」


 リリラは、今まで住んでいた田舎の人々に自分がどれだけ受け入れられていたのかを実感した。皆と歌えない、踊れないことで心の距離はあったが、歌や踊りができないからと言って爪はじきにされたことはない。



 二人が今日向かっているのは音楽教室ではなく、楽器店だった。学園から徒歩二十分の場所にある老舗の楽器店に入ると、小さな楽器を置いてある一角を探す。まもなく、店の奥から店主が出て来た。


「いらっしゃい。今日は何をお探しかね」

「携帯できる楽器を探している。ポケットに入るぐらいのものがいいんだ」


 学園では、制服のポケットに小さな楽器を入れている者が多い。あちこちで突発的に起こる集団演奏の際に使うためだ。手拍子や歌、踊りでもいいのだが、やはり楽器の音は華やかであると好まれている。リリラとルイは自分の楽器を持っていなかったが、次の補講で使うので何か用意するように言われた。学園で借りることも考えたのだが、他の機会にも使えるのでこの際自分の楽器を買おうと、音楽教室から紹介されたこの店にやって来たのだ。


「それだとこのあたりかな。お前さんたち、弾けない楽器はあるかね?」

「俺は金管楽器以外はひと通り音を出すぐらいはできる」

「私も大体は弾けます」


 音楽と精霊の国では、小さな頃からさまざまな楽器に触れさせられる。リリラとルイもピアノやヴァイオリンは小さな頃に習ったし、それ以外の楽器も家庭や学校で習った。そのため、国民はほとんどの楽器はたいてい弾けるのだ。けれど大人になってからも新しい楽器に挑戦する者も多く、首都には楽器店や音楽教室がたくさんあった。

 店主に案内された一角には、小さなシンバルやベルなどの楽器が並んでいた。


「学園の生徒だと、ハーモニカや笛なんかを選ぶ人が多いね」

「旋律を担当するものはちょっと……」


 二人とも苦い顔をした。即興で奏でられる旋律に合わせるのは、今の二人では難しい。特にルイは、音は出せるという申告から考えるに楽器でも音程が取れないのだろう。


「ではこちらの打楽器はどうかね」

「打楽器……」


 二人の顔色がさらに悪くなった。リズムを刻む打楽器は、演奏でテンポを司る。目立つ音の楽器だと注目されるし、上手くリズムを刻めないと、盛り上がらないどころか雰囲気を壊すので責任重大なポジションなのだ。


「打楽器も無理なら、何ならいいんかね」

「音があまり出なくて、主要なパートを担当しない楽器がいいです……」


 ひっそりと、たまに音が聞こえる気がする、ぐらいの楽器がいいのだ。


「皆自分が目立てる楽器がいいと言ってくるのに、変わったお客さんだねえ」


 店主はぼやきながら棚をごそごそと探していたが、やがていくつかの楽器を取り出して見せてくれた。それは、木製のカスタネットと小さめのトライアングル、あとは腕輪ぐらいの大きさの輪に鈴がついたものだった。


「このカスタネットは小さめで音はあまり大きくないだろう。こっちの鈴は打楽器の補助になるだろうから、リズム担当になることはないだろうさ。トライアングルもどちらかと言えば地味な楽器の扱いだね」


 リリラがどれにしようか迷っていると、ルイはカスタネットを指さした。


「俺はこれにする」

「えっ」


 リリラは驚いてルイの顔を見上げた。


「ルイ、カスタネットは難易度が高いんじゃない? こっちの方がリズムも旋律もあまり関係なさそうだよ」


 カスタネットは、リズム感のないルイにはこの中で一番難しい楽器だろう。リリラはトライアングルを勧めた。


「大丈夫だ。補講も受けているからな。これから練習すれば上達するはずだ」


 ルイはカスタネットを気に入ったらしく、どうしてもそれがいいらしい。リリラに奪われないようさっと取り上げ手にはめ、その手をリリラに見せた。なぜか表情は得意気である。


「俺にぴったりだ」

「……うん。わたしは鈴にするから、ルイから取ったりしないよー」


 リリラはリズム担当になるのはまっぴらだった。できるだけ群衆に紛れられて、けれどちゃんと演奏していますよとわかるものがいい。この中では鈴が最適そうだった。

 二人は選んだ楽器を包んでもらい、店を出た。


「ルイは、明日の朝から使うつもり?」

「いや、いきなりは無理だ。しばらく練習してからにする」

「やっぱりそうだよね」


 リリラも、新しい楽器をすぐに使い始めるのは無理かもしれないと考えていた。取り扱いに慣れないと、思った以上に大きな音が出て恥ずかしい思いをするかもしれない。まずは自分がこの音に慣れないと。

 二人の新しい楽器のお披露目は、まだ先のようだ。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 音楽教室に行くと、たまにルイの背丈を越える大きさの黄色い鳥の着ぐるみがレッスンに参加することがある。マウントウェーブ音楽教室のマスコットキャラ、マエーブくんだ。

 ルイはマエーブくんとは早々に仲良くなっており、ルイが教室に入ってきたのに気づいたマエーブくんが「よっ!」と手を上げている。ルイもズボンのポケットから片手を出して、挨拶を返している。


「今日はマエーブも一緒か」


 マエーブくんは喋れないので、代わりに大きくうなずく。そして、ルイと会えてうれしいと両羽をぱたぱたと動かした。マエーブくんは系列のお遊戯教室をまわっているため、いつもここにいるわけではない。たまにしか会えないマエーブくんともすでに打ち解けているルイを、リリラは尊敬と羨望の目で見ていた。


 今日のおひさまきらきら幼児組では、楽器を使ったレッスンを行う。二人も新しい楽器を使って練習を始めた。

 ルイは歌いながらカスタネットを叩いていたが、手元に夢中で疎かになった歌はお経を唱えているようである。リリラは鳴らした鈴が大きな音を立てたのにびっくりし、振るのはやめ怖々指で突いて小さな音を出すようにしていた。


「今日も二人の音楽に祝福の光は現れないわねえ」


 二人の様子を見ていたマウントウェーブ講師が言った。

 精霊が祝福を与えるのには、大人も子どもも関係ない。このお遊戯教室でも、子どもたちが声をそろえて歌い始めると、小さな光がきらめき始めるのだ。子どもたちがそれを見て喜び、光に合わせてきゃっきゃと踊り始めると、さらに機嫌が良くなった精霊たちが姿を現わすこともある。

 精霊たちは、大人から子どもまでさまざまな姿をしている。人の形だけでなく動物であったり、淡い光の形をしていたりもする。その身体に実体はないが彼らが与える祝福と同じ色で色づいており、その薄さや色もそれぞれ異なる。気に入った人間に決まった精霊がつくということはこの国では滅多にないが、一流の芸術家には稀にそのようなこともあるらしい。

 だが、音楽の才能を欠片も見せないルイとリリラに、そのような精霊たちが祝福を与えることはなかった。精霊の多いこの首都で祝福の光が降らないということは、よほど演奏に魅力がないと精霊に言われているようなものなのである。


「俺は子どもにも遅れを取っているのか……!」


 ルイは、悔しそうに言った。今度はカスタネットを叩きながら踊り始めたが、その姿はやはりゴーレム感が拭えない。

 子どもたちの踊りに合わせて楽しそうに踊っていた精霊たちが、ルイの踊りをじっと見ている。

 次の瞬間、光で象られた幼児の背丈のゴーレムがいくつか現れ、ルイの周りで踊り始めた。

 光のゴーレムたちはルイの踊りを真似ているようだ。ゴーレムらしいぎこちない踊りだが、彼らの動きは曲に合わせてぴしっとそろっている。その中で調子はずれに浮いているゴーレムはルイだけである。


「これは、精霊にからかわれているのでは……」


 リリラが子どもたちの方を見ると、そのあたりに浮いている人型の精霊たちが、子どもたちと腹を抱えて笑い転げている。着ぐるみで表情の変わらないマエーブくんからも、戸惑った雰囲気が伝わって来た。


 ゴーレムたちと一曲踊り終えたルイは、疲れた顔をしてうなだれていた。


「性悪精霊め……」

「ルイ、そんなことを言っては」

「そんなに音楽が好きなら、祝福で俺の音痴を治せばいいだろう! それはお前たちにとっても得になるはずだ!」


 ルイは笑っていた精霊たちをきっと睨んで言った。

 音楽の才能のない人間が精霊に出会い祝福を授かるというのは、この国ではたまにある話だ。昔語りにもあるぐらいの古くから、そうやって祝福を与えられ才能を目覚めさせてきた者たちは、たしかに存在するのである。

 ルイの言葉にしばらく顔を見合わせていた精霊たちは、困った顔で首を横に振った。


「なんだよ! 俺の音痴を治したくないのかよ。そんなに俺を見て笑うのが楽しいのか!?」


 ルイはさらに憤った。精霊たちはなおも首を振る。


「もしかして、治すのは無理だと言っているのでは?」


 リリラは恐る恐る言った。精霊たちはリリラの言葉に激しくうなずく。


「……治せないのか」


 ルイは愕然とした。精霊の祝福でも底上げしようのない音痴だと言われたようなものである。唇をかんだルイの背中を、マエーブくんが慰めるように優しく叩く。


「精霊の祝福でも手の施しようがない音痴が、練習でましになるのか……?」


 マエーブくんは深く沈んだルイを胸に抱きしめ、頭を撫でた。ふかふかの羽毛に埋もれたルイは、されるがままになっている。


「子どものうちに正しいリズムと音程に慣れておくことができなかったのだから、今から練習を積み重ねるしかないのよ。才能の差というものはもちろんあるけれど、それだけの年数の差があるのだから追いつくのはやはり大変なの」


 マエーブくんに埋まったルイに、講師が言った。


「……それは理解している。だが、精霊でも手の貸しようがないほどだとは思ってなくて、ショックを受けただけだ」


 ルイがくぐもった声で答えた。落ち込んでいるのか羽毛の虜なのかはわからないが、マエーブくんの胸毛から顔を出そうとしない。


「今日はこのままでいさせてくれ」


 その日、ルイはレッスンが終わるまで母性あふれるマエーブくんの羽毛に埋もれたままだった。


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