2-2.落第間近だけど仲間ができた(後編)
「次はこの曲に合わせておどりましょう!」
歌が終わると、皆はぶつからないよう腕を広げて部屋いっぱいに広がった。
講師は新しい曲を演奏し始めた。軽快なリズムのその曲は子どもたちが大好きな曲のようで、笑顔で踊っている。
「うでを上げて~手をぶらぶら~その場であしぶみ~」
講師の指示に合わせルイとリリラも身体を動かし始める。リリラは猫背で小さく腕と足を動かしていた。幼児に交じってお遊戯なんて、と恥ずかしさに顔を赤らめ、涙目になっている。
その時、どすん、どすんと床に重低音が響いた。
音のする方を見ると、ルイがゴーレムのようにぎこちなく足を上げては下ろしている。その度にどすんと音が響くのだが、曲のリズムとはずれている。足踏みに集中しているとそれ以外が疎かになるのか、両腕は鳥の羽ばたきのようにふわふわと宙を舞っている。
「ルイ……」
リリラは悲しい目でつぶやいた。一見ふざけているように見えるが、ルイは真面目な顔をしている。きっと真剣に踊っているのだろう。だが、どう見ても音楽には合っていない。リズムにのれない悲しいゴーレムことルイは、曲が終わるまで講師の声に合わせて必死に身体を動かし続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇
レッスンが終わった後、リリラとルイはその場に残された。この音楽教室の経営者でもあると自己紹介したマウントウェーブ講師が二人に告げる。
「カワーイ先生からの紹介ね。あなたたちにはこれからもこのおひさまきらきら幼児組でレッスンを受けてもらうわ」
「子どもと一緒……」
「おひさまきらきら……」
「あら、今よりましになれば個人レッスンも必要になるでしょうけど、今のあなたたちははっきり言ってそのレベルよ」
ひどいと言ってもそれほどではないと思っていたリリラは、ばっさりと切り返された。だが、リリラはなおもすがりついた。
「個人レッスンなどはないのでしょうか」
「あら、みんな踊るのが楽しくて、誰も他の子のことなんか見てないわよ」
嘘だ。ルイが踊っていた時、人間が突然魔物に変わったような目で子どもたちが見ていた。
あんな風に注目されるのは絶対に嫌だ。リリラは首を横に振りながら訴えるような目で見たが、講師も厳しい顔で首を横に振り返した。しばらく二人が無言で首を振り合っていたところに、ルイが口を開いた。
「ここで補講を受けたら、俺はうまく踊れるようになるのか」
ルイが思い詰めた顔をしていた。
「みんなと違っているのはわかっている。けれど、どうしてもうまく音に合わせられない」
「短期間では難しいかもしれないわね。けれど続ければましにはなるでしょう。あなたのやる気次第よ」
ルイはしばらく考え込んでいたが、うなずいて了承した。
こうしてお遊戯教室で補講を受けることになったルイとリリラは、顔色を悪くしたまま教室を後にした。
「まさか、補講がお遊戯教室だとは思わなかった」
リリラのつぶやきに、ルイも同調した。
「ああ、俺たちはそれほどひどいらしい」
ルイはぽつりとつぶやいた。
「普通科なら学園に通うのも一年だけの我慢だと思っていたのに、ここでも音楽と舞踊が必修だったとはな」
「わたしもそう思ってた。入学したら、普通科でもそこらで歌ったり踊ったりしていてびっくりしたもの」
田舎でも人々が突然歌ったり踊ったりし始めるのは同じだが、国一番の学力を誇る国立高等学園なら、音楽は控えめにしてもっと授業に集中しているのだと思っていた。
それに田舎での歌や踊りに精霊はついてこなかった。首都から離れた土地ほど精霊がいないからだ。精霊が参加し祝福を機嫌よくばらまく首都の即興演奏は、リリラにとってはとにかく派手だった。歌や踊りだけでもリリラにはついていけないのに、そこに派手な効果までつくとなると絶対に足を踏み入れたくない領域だ。
それなのに、必修科目や補講と称してそこに無理やり引きずり込まれてしまった。リリラには、このまま補講に通っても、無事に単位を取れる自信が全くなかった。
「あんた、このあたりの出じゃないのか。地方の特待生か?」
「うん。島の端っこにある田舎から出て来たの。下宿の人たちが誰も聞いたことがないっていうぐらい、このあたりでは知られていない土地みたい」
「それだと精霊には慣れないだろ? それで補講を受けることになったのか」
「いえ、それはあまり関係ないというか……ただ歌ったり踊ったりするのが恥ずかしいだけなの」
「そうか……。俺にはその気持ちはよくわからないが、俺の音痴よりはましそうだな」
ルイは頭をかきながら言った。
「俺の歌はひどいらしいからな。毎朝出欠確認をするたびに俺の声に皆引いてしまって、音楽が中断する。正直肩身が狭い」
どうやらルイの教室でもリリラと同じことが起こっているらしい。
リリラはルイを仲間だと思った。
「それに友人たちにもいつもからかわれる」
リリラはすぐに前言を撤回した。
「友達、いるんだ……」
しかも複数。リリラはゼロだと言うのに。
リリラの言葉にけなされたと思ったルイは眉間にしわを寄せたが、リリラを見ると表情を和らげた。リリラが心底うらやましそうな目でこちらを見ていたからだ。
「あんた、友達がいないのか」
リリラは悲しげにうなずいた。首都に来てから、下宿でも学園でもリリラに友達はできなかった。都会の人間はノリの悪いリリラなど相手しなくても、いくらでも一緒に踊る友を見つけられるのだ。
そんなリリラに、ルイは右手を差し出した。
「友達ではないが、あんたと俺はこれから補講に通う仲間だ。よろしくな、リリラ」
リリラはぱぁっと笑顔になり、その手を握り返した。
「こちらこそ、よろしく。ルイ」
こうして、リリラが首都に来て初めての仲間ができた。
◇◆◇◆◇◆◇
リリラの住む下宿は名家の古い屋敷を改築したもので、複数あった客室や私室を下宿人に提供している。
リリラの部屋は元は客室だったため部屋に台所はないが、浴室があり入浴はいつでも自由にできた。寝台や机、物入れを置いてある以外には大きな物を置く広さはないが、一人で過ごすには十分な広さだ。朝夕二食つきで食事は食堂で供されるし、広い部屋にいたければ談話室がある。だが、リリラは主に自室で過ごし、談話室に行くことはほとんどなかった。
なぜなら、談話室にはピアノが置いてあり、その他の楽器を持ち込んだ下宿人たちが毎晩集まっては即席演奏会を開いているからである。
リリラが初めての補講を終えて下宿に戻ると、談話室からコーラスが聞こえてきた。どうやらいつものように集まった下宿人たちが歌声を合わせているらしい。人が二人以上集まれば、それが見知らぬ者同士でも「一曲いっとく?」と歌か踊りが始まるのが、この音楽と精霊の国である。
リリラは足音を立てないように談話室の前を通り過ぎ、階段を上がって自室に入った。
リリラは田舎を出る時、両親に手紙を書くと約束していた。学園の授業のこと、休みの日に一人で出かけた街の様子などを二週間に一度書き送っていた。だが、学園でも浮いていていまだ友人ができないことや、音楽と舞踊で落第間近であることは書けなかった。リリラはそれを後ろめたく思いながらも、両親に心配をかけたくなかった。
小さな家で両親と三人で暮らしていたリリラは、一人での生活にまだ慣れなかった。田舎では、夜は狭い居間でそれぞれお決まりの場所に座り、本を読んだり編み物をしたり、思い思いに過ごしながらもそばにいる家族の息遣いを感じていた。この部屋は快適だが、帰ってきても誰もいない。それに、家族の声をこれほど長い間聞くことなく、手紙でやり取りするのもこれが初めてのことだった。
(これは、なんだっけ……そう、『ホームシック』っていうやつかも)
田舎では浮いていたし、あの音楽好きで陽気な両親にもどこか距離を感じていたはずなのに、こうして離れてみると寂しく思える。リリラは、どこにいても「ここは自分の居場所ではないのでは」と感じてしまう自分にため息をついた。