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2-1.落第間近だけど仲間ができた(前編)

 学園の普通科では、音楽と精霊の国らしく音楽と舞踊が必修科目である。

 それは、音楽と舞踊ができなければこの国では一人前とは言えないということでもあった。

 就職の選考でも歌と踊りを披露することが求められるし、面接では即興で歌い面接官をうまくのせて盛り上げ、しまいには肩を組んで熱唱し、内定を得る者もいる。

 嫁の来ない田舎から出て来た若者が、首都の街角で妻を求める歌を振り付きで歌い、それにつられて盛り上がった群衆の中から相手を見つけ、田舎に連れ帰るというのもよくある話だ。



 リリラはその日の音楽の授業の後、一人教室に残された。

 授業では一人で歌う試験が行われたのだが、ひょろひょろ震えるか細い声で歌うリリラは、どれだけ指導されても大きな声で歌うことができなかった。一人で繰り返し歌うほどに、人に見られているという気持ちで頭がいっぱいになり、どんどん調子が崩れていく。授業時間の後半をリリラの指導に費やされ、それを静かに見守っていた生徒たちは、終業の鐘が鳴ると憐れんだ目でリリラを見ながらぞろぞろと教室を出て行った。


「せっかくの音楽の時間が、一人のために台無しだよ。みんなで盛り上がるのを楽しみにしてたのに」

「かわいそうに。あんなに声が出ないんじゃ、仕事も結婚もできないよ。お先真っ暗だな」

「ノリも悪いしな。あれじゃあ相手の方がかわいそうだよ。一緒にいてもしらけるだろ」


 授業の時間を占有してしまったのは申し訳なく思っている。だが、ちょっとノリが悪いだけで人生を全否定とは、なんと恐ろしい国なのだとリリラは慄いた。


(ノリが悪いんじゃない。恥ずかしいだけよ!)


 リリラは心の中で反論するが、恥ずかしがった結果のれていないのだから、どちらにせよ同じことだろう。

 顔を曇らせた音楽教師がリリラに告げた。


「リリラさん。あなたはこのままだと音楽の単位は取れませんよ」

「そんな……!」

「音程は外れていませんし、それほど下手ではありません。皆うまくなくても気にせず歌っているのに、なぜあなたはそれほど恥ずかしいのですか?」


 幼い頃は、今よりものびのびと歌えていた時期があった。

 だが、リリラが一人で鼻歌を歌っていたりすると、母が勝手に低音パートをつけてハモり始め、父がウクレレで伴奏を弾き始めるのだ。

 ちょっとした鼻歌が作曲者のリリラを置き去りに編曲され始め、軽快でキャッチーなメロディに変化させられていく。それは、無意識に鼻歌を歌っていたことを指摘されるよりも恥ずかしかった。


 またある時、リリラは家の畑のあぜ道でスキップしていた。その日は何かいいことがあって、とてもご機嫌だったのだ。だが突然左右から現れた両親に両腕をがっちり組まれ、気がつくと長いあぜ道を三人でスキップしていた。両親は気分が盛り上がったのか、スキップはツーステップへ、そしてラインダンスへと変わった頃には、リリラの上がった機嫌はマイナスに振り切っており、表情は死んでいた。

 

 雑貨屋で買い物する母を待ちながらリリラが一人店先でぽそぽそと歌っていた童謡に、どこからか現れた村人たちが次々と楽器を持って加わり大合奏となった時は、恥ずかしさを越えて恐怖を感じた。田舎の雑貨屋の店の前で、なぜか大人の大合奏を伴奏にソロで歌う幼児歌手のようになっていたのだ。


 それからは、人前でなくとも歌を口ずさむことや踊ることはなくなった。

 それでも、他の人たちが踊ったり歌ったりしていると一緒にやろうと誘われる。リリラは人前で歌ったり踊ったりすることも恥ずかしくなった。

 それはなんの準備もなく、突然始まるのだ。決まった振りもなく、即興で動くのにも周りに合わせる必要がある。リリラがそう言うと両親などは「合わせる必要なんてないよ。自分が思うままに踊ればいいんだ」と言うが、リリラは妙な動きをして周囲から浮きたくなかった。時々人々に合わせて手拍子を打ったり身体を揺らしてみたりすることはあるが、それも自分がちゃんと周りに合わせてのれているのか不安で、楽しいと感じたことはない。


 単位がもらえないと卒業できない。しかし、試験となると一人きりで歌うか楽器を演奏することになるのだ。歌うこと自体は不得意ではないが、「のっているところを人に見られている」と思うと赤面して汗をかき、パニックになってしまう。

 音楽の授業でこれなら、舞踊の単位も危ういだろう。

 リリラは真っ青になった。

 音楽と舞踊を落としたら、卒業できない。特待生なので、単位を落としたら退学になってしまうだろう。せっかく送り出してくれた両親はどう思うだろう。そんな思いで頭がいっぱいになり、ぐるぐると巡る。


「リリラさん、大丈夫ですよ。私の知り合いが街で音楽教室を開いていますので、そちらで補講を受けてください」

「補講……」

「ええ。あなたは羞恥心が強く、思いきって歌えないようですからね。放課後に音楽教室で週三度、レッスンを受けてください」


 音楽教師はそう言い、リリラに音楽教室への紹介状と地図を手渡した。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 紹介されたマウントウエーブ音楽教室は、学園近くの通りにあった。

 一階は幼児向けのお遊戯教室の広い一室、二階と三階は個人レッスンを行う小部屋がいくつかあるようだ。

 リリラが受付で紹介状を渡すと、しばらくして通されたのはお遊戯教室だった。

 扉を開けると、レッスンは始まっていないがすでに子どもたちが集まっていた。部屋の隅には学園の制服を着た男子生徒が一人たたずんでいる。


「ここって、子ども向けの教室ですよね……? 何かの間違いではないですか?」


 部屋へ案内した女性にリリラは尋ねた。女性はにっこりして言った。


「いいえ、学園のカワーイ先生から紹介状でお願いされた通りですよ。こちらでお待ちくださいね」


 一人残されたリリラは、学園の男子生徒に声をかけることにした。男子生徒に近づいていくと、リリラに気づいた彼がぶっきらぼうに言う。


「あんたも補講か?」

「ええ。普通科のリリラ・ウィレットです。あなたも補講?」

「ルイ・ラドラム、俺も普通科だ。今日からここに通うよう音楽のカワーイに言われた」


 ルイは、リリラよりも大人びた雰囲気の青年だった。

 制服のシャツの襟元を大きく開け、ネクタイはだらしなくゆるめてある。着崩した制服のポケットに手を突っ込んで立っている様子に、リリラは内心で「不良……?」とつぶやいた。

 クリームブロンドの髪は、精霊の祝福の多い首都やその近郊の生まれということだ。

 瞳は濃い茶色で、リリラと同じ土の気に偏った土地で生まれたことを示しているので、おそらく首都近郊の農業地帯の出身なのだろう。金髪に茶色の瞳の組み合わせは優しげな印象になるかと思いきや、人を威圧するような表情が瞳を強く見せている。


 リリラはルイの隣に立って補講が始まるのを待つことにした。ルイが自分の鞄を置いてある場所を指したので、そちらに持っていた鞄を置く。しばらくすると、若い女性が入って来た。あれが講師らしい。


「さあみんな、今日も楽しくからだを動かしましょうね!」


 講師は朗らかに言い、ピアノに向かうと軽快な旋律を弾き始めた。すると小さな子どもたちがピアノを弾く講師の周りに集まり、音にのせてゆらゆらと揺れる。

 その様子を部屋の隅で眺めていたルイとリリラは、講師に呼ばれた。


 「さあ、あなたたちもこちらにいらっしゃい!」


 顔を見合わせた二人が子どもたちの輪の端っこに加わると、講師は歌い始めた。


「さ~か~な~がいっぴーき、う~み~にい~た~。みんなつづけてー」

「さ~か~な~がいっぴーき、う~み~にい~た~」


 講師に促され、子どもたちが声を張り上げた。


「む~す~めに狩~られ~たさ~かなは~」


 講師の歌に続いて子どもたちが繰り返す。


「あ~しが~は~えて~いた~。あなたたちも歌って!」


 講師はルイとリリラにも歌うよう促した。

 二人がためらいもじもじするのを見て、講師はしばらく黙って伴奏だけを弾き続けた。


「あ~しが~は~えて~いた~」


 講師は再び同じ歌詞を歌い、視線で続きを促す。

 リリラはやはり尻込みしたが、ルイが思い切ったように息を吸い、歌い始めた。


「バ~ヂガヴァ~ヴェデ~ディダ~」

「は?」


 講師は表情を変えず伴奏を続けていたが、リリラと子どもたちは目を丸くして固まった。

 今のは、ルイの口から出た声だろうか。それとも、猪に体当たりされた牛の鳴き声だろうか。


「の~ろい~のさ~かな~は、くちづ~けをせ~まる~」

「ボドディドザバダ~バ、ブヂヅデヴォ~ジェヴァドゥ~」


 皆に注目されると歌いづらいのか、ルイの声はさらに乱れた。音程もリズムもめちゃくちゃである。そして、何を言っているのか全くわからない。


(ゴウダタケシボイス……)


 リリラの頭に、また不可思議な前世の言葉が浮かんだ。今の歌に関係する言葉なのだろうか。

 こうやって浮かぶたいていの言葉は、意味がわからないまま流れていく。今の言葉も、何を表すものなのかリリラにはさっぱりわからなかった。きっとリリラの意識下にはこのような記憶がたくさん眠っているのだろう。リリラは少しの間自分の内側に気を取られていた。


「さ、あなたも歌ってね」


 講師は伴奏を弾きながら、今度はリリラに声をかけた。リリラはしばらくためらい、歌い始めるタイミングを何度か逃した。次の入るタイミングに、講師がうなずいて合図する。


「む~す~め~はこ~とわ~りさ~かな~はな~きだ~した~」


 かろうじて聞こえるほどの小さな声ではあるが、リリラは歌えた。講師はうなずくと「最後はみんなで!」と言い、伴奏を大きく弾き始める。


「あ~われ~にお~もった~む~すめの~、く~ちづ~けでさ~かな~はに~んげ~んに~」


 全員で声をそろえて歌った。歌は六番まで続き、リリラは喉よりも心が疲弊した。


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