婚約破棄は乾杯の後で
短いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
「只今より、王立グランド学園の卒業パーティーを始めます。今日のために、国王陛下より乾杯用の食前酒をいただきました」
パーティーを取り仕切る司会の挨拶がホールに響き渡る。ウェイターが全生徒に黄金色の液体が入ったグラスを渡していく。
「国王陛下が差し入れをしてくださるなんて・・・」
「今年は卒業生の中にカルヴィン殿下がいらっしゃるからかしら?」
私もグラスを受け取った。ほのかに花の様な香りがする。
「皆様、行き渡りましたでしょうか。それでは、卒業生の先輩方の前途を祝して乾杯!」
会場中の人間が「乾杯」と杯を掲げ、食前酒を飲み干した。
「美味しい」
「爽やかな味だわ。初めての味よ」
周りの生徒たちと同じように食前酒に舌鼓を打っていると、司会と入れ替わるように舞台上に誰かが現れた。あれは、カルヴィン殿下と将来の側近たち、それから・・・。
「あら。ソフィ・ホワイトだわ」
「殿下にあんなにべったりと・・・はしたない」
ソフィ・ホワイトは平民から男爵家の養女となり、この学園に編入してきた生徒だった。何故か殿下を始め有力な人物から好かれ、一大ハーレムを築き上げた。
何が起こるのだろうと、一同が舞台上に注目する。すると、カルヴィン殿下が一歩進み出た。
「皆、聞くが良い!私は今、この場でレベッカ・アンブローズとの婚約を破棄する!そして、ソフィ・ホワイトとの婚約を宣言する!」
会場はシーンとなった。
「レベッカ・アンブローズ!貴様がソフィにした嫌がらせの数々。知らないと思っているのか。この性悪女め。貴様の様な女と共に歩むことは出来ぬ!王妃にはソフィの様な女性が相応しい」
アンブローズ様は・・・あ、居た。会場の中央でご友人方と談笑されていたのだろう。殿下を見上げて呆然としている。
「どうした。言葉も無いか!」
「・・・殿下は、私がホワイトさんに嫌がらせをしたとおっしゃいましたか?」
「そうだ!」
「身に覚えがございません」
「しらばっくれる気か!」
「証拠はございますの?」
「ソフィが言ったんだ!」
会場が残念な空気に包まれる。
「そうですか。証拠も無く私を侮辱されたのですね・・・」
「貴様が嫉妬のあまり可愛いソフィをイジメていたことなど、誰でも知っている」
いや、知らんがな。会場が更に白けた雰囲気になった。
「嫉妬?私が?ホワイトさんに嫉妬?ありえませんわ。だって、私はカルヴィン殿下に微塵も好意を持っていませんもの。私、本当に将来を悲観しておりますのよ。こんな頭空っぽのプライドだけは高い最低男と結婚しなくてはならないなんて・・・と。王家からの婚約の打診は断れませんし。婚約破棄?上等ですわ!殿下のお守りなんて金輪際したくありませんもの!!」
目が点になるとは今の状態だろう。いつも優雅に笑っているアンブローズ様の口から飛び出した言葉に会場全体が驚いている。
「レ、レベッカ?」
「殿下に国政が担えると?なんのために私が貴方の婚約者にさせられたと思っていらっしゃるの?私が王族の一員となり国政を行うためですわ。だから、通常の教育より厳しい教育を幼い頃からされて・・・殿下は勉強から逃げてばかり。何度、その頭から髪の毛を毟り取りたいと思った事か!!」
思わずカルヴィン殿下の頭部に目が行ってしまう。フサフサの金髪が無くなった姿を想像してしまった。
「ええ。私が嫉妬することなんてございません!私は殿下が大嫌いですもの!!」
言い切ったアンブローズ様が口を押さえた。
「わ、私・・・口が勝手に」
何やら戸惑っている様だった。
「な、なんて女だ。俺のことをそのように思っていたなんて。本性が出たな。俺だってお前のような、俺より優秀な女なんか願い下げだ!女は少しくらい馬鹿な方が可愛い。ソフィは本当に俺の好みだ・・・え?」
今度はカルヴィン殿下が口を押さえる。
「カルヴィン様、そんな風に思ってたんですか~?ヒドイ~」
「あ、いやソフィ。口が勝手に」
「あ~。マジで媚び売るの面倒なんだけど。馬鹿な男だから騙しやすくて楽だったけど・・・!?」
「な、なんだと?」
「カルヴィン様、今のは本当。嫌がらせなんてされて無いし・・・どうして!?口が勝手に」
いったいどうしたんだ?会場がざわつく。殿下もアンブローズ様もホワイトも口を押さえて呆然としている。
「どうやら面白い事態になっているようだな」
会場の入り口から深い声が響いた。
「ち、父上!」
なんと、我が国の国王陛下が会場の扉から入ってくるところだった。
「国王陛下・・・」
いち早く状況を把握したアンブローズ様が臣下の礼を取る。慌てて周りもそれに倣う。舞台上の殿下の一団だけが立ち尽くしていた。
「ああ、楽にしてくれ。息子の姿を見に来たのだが・・・予想よりも無様だな」
「な!?」
国王陛下がアンブローズ様の傍に近づく。
「レベッカ・アンブローズ。我が息子との婚約をカルヴィンの有責で破棄する」
「・・・ありがとうございます」
「何故ですか!?父上!!」
舞台上のカルヴィン殿下を見つめる国王陛下の目は冷たい。
「ワシから差し入れた食前酒はどうだった?」
「はい?」
「あれは特別なものでな。王族が学園から卒業する際にしか振る舞われない」
国王陛下が会場中を見回す。
「皆、カルヴィンをどう思う?」
直接、国王陛下から尋ねられて答えられる生徒は居ない。
「そうだな。君はどう思う?」
「わ、私ですか?」
国王陛下の近くに居た男子生徒が犠牲になる。
「カルヴィン殿下は・・・成績も悪く横暴で・・・この国の将来が心配です!?」
答えた男子生徒が口を押さえる。目を白黒とさせている。国王陛下は鷹揚に頷かれた。
「なるほどなるほど。ありがとう。皆、驚いているようだから種明かしをしよう」
国王陛下が合図をすると、兵士が白い花を持ってきた。
「この花は我が国に伝わる『トルース』という花だ。王城の庭にしか咲かぬ。この花をワインと一緒に醸造したものが食前酒だ。これを飲むと、半日の間は真実しか話せなくなる」
な、何だって!?会場に居る全生徒が各々の口を押さえている。
「王族は王族のみで国を動かす訳ではない。臣下である貴族たちが、そして国民たちが居なければ国は成り立たん。王族の適性とは何か?我が国はそれを『周囲の人間からの評価』としている。しかし、人間は嘘をつける。唆す為、我慢する為。だから、王族が卒業する際に、周りの人間から本音を聞くことになったのだ」
何という事だ・・・。今、口を開くと大変なことになる。
「ワシの時はな・・・頑固だの頭でっかちだの言われたものだが、カルヴィンの評価は最低の様だな。お前が少しでも褒められる姿を見たかったのだが・・・」
「父上・・・」
「女に騙され、婚約者を大勢の前で侮辱し・・・馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは・・・」
頭を振る国王陛下。
「カルヴィン。お前は卒業後、北端の騎士団へ派遣することとする。根性を叩きなおして貰え」
「嫌です父上!北端なんて!それに騎士団なんて!!俺が剣が嫌いなことはご存知でしょう!?」
「勉強も嫌いだろう。嫌いな事から逃げ続けた結果がこれだ」
「そ、そんな・・・」
うなだれるカルヴィン殿下。その横に立っていたホワイトが口を開いた。
「ちょっと、話が違うじゃない。私を王妃にして贅沢させてくれるって言ってたのに!なんのために顔だけしか取り柄の無いあんたに愛想を振りまいたと思ってるのよ!!」
「・・・そこのお嬢さん。何か勘違いしているようだが、カルヴィンは国王になることが約束されている立場では無いぞ?」
「え?」
ホワイトと、何故かカルヴィン殿下まで驚いている。
「でも、カルヴィン様は王様の長男で・・・」
「我が国は長子が王位を受け継ぐわけではない。適性があると判断されたものが王となるのだ」
「でも、俺は王になるために帝王学を・・・」
「お前の弟も妹も全員が受けておるわ。弟たちの方が成績も良いな。お前と違って授業から逃げ出さぬから・・・」
「そんな・・・」
いやいや、なんで王族が国の法律を知らないの?
「今日、この卒業パーティーに参加した諸君。食前酒のことは他言無用だ。これは代々の王族への試練だからな」
「かしこまりました」
会場を代表したかのようにアンブローズ様が頭を下げた。またもや慌ててそれに倣う。
「末永く、王国のために尽くしてくれることを望む。それではワシは失礼しようかの。ああ、邪魔者は連れて行こう。パーティーを楽しんでくれ」
国王陛下の合図で舞台上のカルヴィン殿下御一行が退場させられた。国王陛下も会場を出て行く。しかし、誰も話すことができない。何故なら、話すと本音しか出ないからだ。
「皆様、大変なことになりましたがパーティを楽しみましょう。それと、カルヴィン殿下の元婚約者としてお詫び申し上げます」
アンブローズ様が声を張り上げた。
「そんな。アンブローズ様が謝罪される必要なんてありませんわ」
「そうです。アンブローズ様が一番の被害者です」
アンブローズ様の友人方を中心に、生徒たちが口を開き始めた。
「せっかくのパーティーですから楽しみましょう」
「御卒業、おめでとうございます!」
会場が和やかな雰囲気に包まれ始めた。私も友人と会話しようと口を開く。
「好きです!アンブローズ様!!」
・・・自分の口から飛び出た本音に、自分でも驚いたのだった。