序
最初の方は学園ファンタジーな感じがしますが、戦闘描写も少しずつ含まれてきます。そして僅かですが残酷描写も存在するので、読んでくださる方はご注意ください。
私は友達と一緒に村はずれの倉庫に閉じ込められていた。
別に虐められていたわけじゃない。私がその友達を連れて遅くまで村から出ていたから、その罰として今日一日はこの倉庫で過ごさないといけなかったのだ。
「大丈夫、気にしてませんから」
友達は微笑んで、そう言ってくれた。
いつもいつも私が振り回して、迷惑ばかりかけている。それでも彼女はいつも私の傍にいてくれた。どんな所に行ってもついて来てくれるし、怖い動物や魔物が出てきても私を庇って助けてくれる。あっちはどう思っているか判らないが私にとっては一番の親友、家族と同じくらいに大切な存在。だから、真っ暗で寒い倉庫の中でも私は全然寂しくなかった。
寂しくは無かったけど、お腹はすいてしまった。村の誰かが食事を持ってきてくれるはずなんだが、予定の時刻はとうに過ぎてしまっている。あまりにも村の規律を破ってばかりだから食事まで抜かれてしまったのだろうか。
「‥変な臭いがしませんか」
そういえば、さっきからどこかで嗅いだ事があるような臭いがする。最初は倉庫の中のものの臭いかと思ったが、どうやら外から流れてきているらしい。
食事が来ないこともあったし、なんだか嫌な感じがした。私は友達に「村の様子を見てこよう」と提案してみると、友達は躊躇いがちに頷いてくれた。閉じ込められたといっても天井に何箇所か穴が開いているから、そこから抜け出すことは出来る。大人達もそれには気付いているとは思うが、きっと非常口とか用に置いていてくれているのだろう。
私は友達に手伝ってもらいながら、外に出た。解放感が心地よかったが、取り敢えずは村の様子を見に行くことが先決だ。村まではそう遠くない。走って三分前後で到着することが出来る。
村に近づくにつれて臭いはどんどん濃くなっていた。そして同時に、何の臭いかも思い出してくる。
鉄錆のようで、咽る様な臭い。
血の臭いだ。
入り口の門を潜った所から見た光景は、一瞬私の目を疑ったほどだった。
村中の建物は壊され、至る所に人が倒れている。この村に住んでいたのだから当然知っている顔ばかりだ。
学校の友達、お隣さん、村長、お父さん――お父‥さん‥?
「お父さんっ!?」
私は自分でも驚くほどの大声で、血の海で倒れているお父さんに駆け寄った。
お父さんは冷たくなっていた。何時も抱きしめてくれた時に感じられた温かさは全く無く、人形のように冷たい‥死んでいる。
死んでいるのは判っていた。それでも、私は何度も何度もお父さんを揺さぶった、叩いた、叫んだ、縋り付いて泣いた。友達が止めてくれなかったら、きっと私は一晩中そうしてただろう。
「‥ここは危ない。早く逃げましょう!」
危ない? 逃げる?
どうして村がこうなったのか、どうしてお父さんが死んだのか。全く判らなかったが、この場所が危ないのは理解できる。だが、まだ逃げるわけには行かなかった。
家には、病気で寝込んでいるお母さんがいるから。
私は友達の腕を振り払って、家まで走った。後ろで私を制止する声が聞こえた気がする。
私の家は村の西。青い三角屋根の小さな家。元気で頑丈だった私のお父さんが死んでいたのだ。お母さんの命も絶望的‥それでも、私は止まらなかった。家に到着するまでの間も、沢山人が倒れている。殆どが無残な姿を晒しており、嘔吐感を抑えながらも私は走った。
真っ赤な水溜りを踏んで、嫌な感触がする物体を蹴り、走った。
そしてやっと、家の前に着いた。しかし、中まで入って確認する必要はなくなっていた。正確には家の中に入ることすら出来ない。
私の家は、完全に倒壊していたのだから。今日の昼まで立派な一軒家だったはずなのに、今では唯の瓦礫の山になってしまっている。私はその場に膝を付いて、蹲った。
きっと私が悪い子だったから、バチが当たったんだ。
私のせいだ、私の‥。
虚無感と絶望感。
私は初めて知った。もう何も考えられない、生きようとすらも、これからどうなるのかも。
だから、『それ』が私の後ろに立っていたことにも気付けなかった。無気力に振り向いた私の目に映ったのは『紅い目を持つ真っ黒な人』が私を殺そうとしている所。逃げようとすらも、抗おうとすらもしなかった。しようとも思わなかった。
気がついたら、全く別の場所にいた。
ここは村から10キロは離れている国が舗装している道路だ。私はその道路の脇にあるベンチに寝かされている。
一体何が起こったのか、私はどうして生きているのか、あの『紅い目を持つ真っ黒な人』はどうなったのか。
色々な考えが頭の中を巡る。とりあえず今確実なことは、私は生きているということ。私はゆっくりと起き上がって大きく息を吸った。
その途端、急に体中が震え始めた、涙が勝手に流れ始めた。冷静になって初めて、あの村で起こった出来事が改めて実感出来たのだ。
家族が死んでしまった。
家が無くなった。
皆いなくなった。
私は、一人ぼっちだ。
両手で顔を覆って絶望するを、温かさが包み込んだ。
驚く私は振り返ろうとしたが、その前に優しくて柔らかい手が頬を撫でる。
「大丈夫‥」
「ぁ‥」
友達の声だ。私の、一番の親友の。彼女は生きていたのだ。ということは私をここまで連れてきたのも彼女だということになる。私は色々質問したかったが、私に抱きついた両腕は私を離れる気配がなかった。
その腕は、体は、震えていた。
「私はもっと強くなる。誰よりも‥だから」
囁かれる声には湿っぽさが含まれる。もしかしたら泣いているのだろうか? 振り返ることが出来ない為に確認はできない。
「あなたは、私の傍で笑っていてください‥その笑顔を、私は必ず守ります‥」
昔から仲は良かったが、ここまで言ってくれたのは今が初めてだ。もしかして慰めてくれているのか。それとも、私が気を失っている間に何かあったのか‥。
やっと腕の力が緩み、私は友達と向かい合う。その顔に涙は流れていない。ただいつも通り、冷ややかな美貌の中にほんの僅かな微笑を湛えているだけだった。
失ったことは悲しかった。それは変わっていない。
だが、一人ぼっちでは無かった。
今はそれで、十分なのかもしれない。
私は思わず友達に縋り付き、胸に顔をうずめた。
母さんの為にも、父さんの為にも、死んだ皆の為にも、そしてこの生きている親友の為にも、これからはずっと笑っていよう。
だけど‥だけどせめて今だけは、泣きたかった。
嗚咽を漏らす私を再び包み込んでくれた温かさは、今でも忘れていない。