「3ー2 四枚の札」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
窮地を救ったポールダンサーの久我 夢音と共に、犯罪組織《ORC》のボスが頻繁に出入りするステーキハウス《グレンデル》へと向かうが、度重なる疲労から車の中で熟睡し、かつて自分が生活を送っていたという異世界にいた頃の夢に見る。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[17歳]《異世界》
■装備■
頭:畜雷石
体:安物パーカー
手:雷刃
足:安物スニーカー
アクセサリ:焦げたスマートフォン
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていく。
異世界に転移した際、巨大ロボット型モンスターの奇襲により、額に畜雷石が埋め込まれてしまう。これによって伝説の魔道具「雷刃」を取り扱うことが可能となり、その力をパメラ達に貸すこととなった。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・パメラ[114歳]《異世界》
■装備■
頭:ルーンの髪飾り
体:ミスリル糸の僧衣
手:ユグドラシルリング
足:ユグドラシルミュール
アクセサリ:ミスリルタンブラー
異世界ライトイニングのエルフ神官。長い耳、薄い金髪とウグイス色の瞳が特徴的。
世界樹ユグドラシルの種子から採取された特殊なオイル「ユグドラシルオイル」を使った特殊戦術「オイルタクティクス」と「バブルタクティクス」を得意とする。
温和で思いやりのある性格だが、一度決めたことは断固として譲らないガンコな一面もある。
時々無自覚に毒を吐くコトがあるが、これは隠し事をしないエルフ族特有の気質から来るものである。
好きな食べ物はオイル系パスタ・辛い物全般。
・ロゼ[18歳]《異世界》
■装備■
頭:チェインヴェール
体:ノーミードアーマー(ビキニタイプ)
手:ミスリルポールアクス
足:シルバーブーツ
アクセサリ:地精霊のお守り
異世界ライトイニングの精霊騎士。ブラウンの瞳と金髪が特徴。
鍛え上げられた肉体と露出の激しい装備が特徴。(動きやすさと精霊の加護を得る為)
長いポールアクスを武器にして戦う。気性の荒い性格ではあるが、思いやりのある一面もある。
好きな食べ物はアイスクリーム・甘い物全般。
・シャロン[25歳]《異世界》
■装備■
頭:魔力の帽子
体:ダークローブ
手:双石杖
足:マジックブーツ
アクセサリ:ルーンタリスマン
異世界ライトイニングの魔術学者。水色の瞳と短く切りそろえた黒髪が特徴。
子供のような見た目をしているが実年齢は25歳。子ども扱いすると「チッ! 」とわかりやすく舌打ちするクセがある。
好きな食べ物はコーヒー味系のパン・苦い物。
伝説の魔道具《雷刃》を手に入れ、それを使いこなす為にパメラ・ロゼ・シャロンの三人からみっちり鍛えられることになった俺、雷門翔人17歳。
初日は女精霊騎士のロゼによる熱い指導によって、走り込みによる持久力強化、剣術のシゴキ、筋トレといった肉体的な鍛錬……もとい“かわいがり”を受け、立って歩くことすら出来なくなるほどの筋肉痛に見舞われ、泣いた。
二日目はエルフの神官パメラと一緒にお勉強会。この世界における文字の読み書き練習や、歴史や文化を学ばせてもらった。
アイドルだって目じゃない可愛さのパメラとマンツーマンで個人授業というワケで、初めはワクドキでちょっとえっちな家庭教師展開を期待してしまっていたが、それは田舎のおばあちゃんが作るカボチャの煮物のように甘い考えだった。
「いいですかショートさん、《ライトイニング》の土地にはライフストリームと呼ばれる竜脈の一種が集中していて、古来よりその力に引き寄せられた様々な種族、多様な《モンスター》が集う場所ということで有名です。グショグショに溢れ出すライフストリームからの多大なマナの恩恵によって魔術が発達し、人々はそれを利用した生活基盤によって文明を一気に向上させました。特にライトイニング歴1033年、大魔術師コーリンと技工士ロンリンによって共同開発された魔導エンジンは、機関車の動力として応用され、流通網が広がったことで多国間との文化交流、生鮮食品の高速流通等、多くの恩恵をもたらしました。これを『第一次魔導改革』と呼ばれ、歴史の教科書にも大きなターニングポイントしてビンビンに大きく載せられていますね。ただし、この魔導エンジンはマナをあまりにもドピュドピュ大量消費することがわかり、このままでは100年足らずでガバガバの空っぽになることが危惧されました。そして1083年に『ザンダー法案』が定められ、魔導エンジンの利用は国家によって特別に許可された機関……重要な流通の為の機関車や、発電所に限定され、一般の企業や組織、個人が扱うことは堅く禁じられるようになりました。1093年にはこの法をめぐって暴動が起き…………………………」
と、こんな具合にパメラお得意の早口&長文トークでまくしたてられ、こちらは聞き漏らさないように神経を集中することになるので精神的な疲労感が尋常ではなかった。
しかも疲労で睡魔に襲われた時は、パメラお得意の治癒能力+ステータス強化術でムリヤリ眠気を飛ばされて授業を続行させられるので気持ちが休まる暇が一切ない。講師がパメラじゃなければ多分泣いて逃げ出してると思う。
そして、来る三日目。今回は魔法学者のシャロン先生による魔術特訓が始まるワケだが……正直言って不安と恐怖でいっぱいだ。
体育会系のロゼはともかく、あの温厚そうなパメラでさえ徹底的なスパルタぶり。
となると隙あらば『雷鳴光』を使って俺の脳天に電撃を食らわせるようなSっ気たっぷりの彼女なら、きっと泣きながら失禁してしまうような超絶厳しい特訓を俺に課してくるに違いない、いや……きっとそうだ!
しかし、俺は思う。かつて魔神と呼ばれた者が残した超強力なチートアイテム《雷刃》と《畜雷石》さえあれば、わざわざ特訓なんてしなくても敵と戦えるんじゃないか? って。
RPGでも木の棒しか装備していないレベル99の戦士よりも、エクスカリバーを持ったレベル1の戦士の方が強い。こんなコトをせずともすぐにでも《オークマスター》とやらの本拠地に乗り込んでしまえばいいのに……
と若干怠惰な心持ちで今夜の特訓場(町外れの古井戸)にてシャロン先生の到着をビクビク震えながら待っていると、建物の陰から小さなシルエットが現れてこちらにゆっくり歩み寄ってくる。
(来た! ……シャロン先生! )
小学生と見間違えるほどの幼い見た目のシャロンだが、月明かりに照らされたローブ姿が、あたかも死神が鎌を携えて向かってくるように錯覚してしまうほどのプレッシャーがあった。
「お待たせしましたね、ショート」
「は、はいっ! 」
シャロンは笑顔とも怒りの表情ともいえないプレーンな目つきで俺を見上げると古井戸の縁にひょいと腰掛け、俺を見下ろす形をとった。どうしても他人を見上げることは性に合わないらしい。
「さてショート、ぼくの講座はロゼやパメラとはひと味違いますからね。覚悟しておくのですよ」
「う……やっぱりギチギチのスパルタ形式なんでしょうか? 」
「スパルタ……というのはよくわかりませんがね。ま、とにかく服を脱いでください。話はそれからです」
「は……脱ぐ? 」
「そうですよ。そうしなければ話になりません。わかったらさっさと脱ぐんです」
なるほど……肉体的に追いつめるのでなく、まずは羞恥を与えて精神的に苦痛を与え、尊厳やプライドといった感情を排除、そうすることでどんなに理不尽な特訓をやらせても、俺に反論させないようにするってコトか……ちくしょう、こんなのブラック企業が新卒を洗脳する手口と同じじゃねえかよ!
でも、右も左もわからない異世界で生き残るには、ブラックとはいえシャロン達にすがるしかない、ここは社畜にでもなったつもりで頑張るしかないのか……!
「わかりました……すぐに脱ぎます」
「それでいいんです。時間は無駄にしないように……って!? 」
俺はどうせ全裸になるのなら、初めからイチバン恥ずかしい部分をさらけ出してしまった方がいいと考え、まず先にズボンを下ろした。
「何をやっているのですか!? なんで下から脱いでいるんですか!? 」
「いえ、シャロン……さんが脱げというので……」
俺はそう言いつつ下着(ウニクロで買ったトランクス)に手をかけてそれを一気に下げようとした次の瞬間……
「『雷鳴光』!!」と電撃が頭を貫いた。
「何考えてるんですかショート! いくらぼくが25歳とはいえ見た目は子供なんですから、こんなところ他の人に見られたら事案ですよ! 事案! 最悪逮捕だし、そうでなくとも職質です! っていうか年齢見た目関係なく、野外で突然局部をさらけ出すなんてダメに決まってるじゃないですか! あなたの世界じゃそれが当たり前なんですか!? 」
「いえ、俺の世界でもアウトです……でもシャロンさんが脱げと……」
「頭にコケでも生えてるんですか? 脱ぐのは上だけでいいです! 上半身だけでいいんですよ! 」
それならそうと上だけ脱げと言ってくれれば間違えることなんてなかったのに……と反論したいところだったが、今はその台詞がもう一発の『雷鳴光』発射に繋がりそうだったのであえて黙っていた。
そしてシャロンの言うとおりにシャツを脱ぎ捨てて締まりのないボディを露わにした俺は、そのまま彼女に背を向ける形をとらされた。
「ショート、あなたが使いこなす雷刃は確かに強力かつ無双、そこらのモンスターなんて一撃で葬るほどの魔道具です」
「そうなんスか……俺、まだその辺の実感がないです。何しろまだ雷刃を手に入れてから一度も戦ったことがないスから」
「そうなるでしょうね。だからキミはこうも思っているハズです……『特訓なんてしなくても、この武器さえあればなんとかなるんじゃないか? 』って」
「え……? 」
図星だった。シャロンのその言葉を聞いた瞬間、背中に汗が伝っていないか不安になった。
「ま、そう考えちゃうのも無理はないです。時間と努力を掛けずに手に入れた功績ほど人を慢心させるモノはありませんから。でもその考えは甘いです。おばあちゃんが作ったパンプキンシチューより甘いです」
「というと……? 」
「海で人喰い鮫に出くわした時に泳いで水中に逃げる者はいませんよね。誰もが陸上を目指して避難するハズ。それは鮫が陸に上がることができない動物だと人間が知っているからです。知識で対策をしているんです」
「つまり……? 」
「わかりませんか? あなたのような一芸特価の戦士は対策が立てられやすいんです。例えばサンダーバードといった雷属性を無効化にするモンスターに襲われた時、あなたはどう立ち回るつもりですか? 」
「そ……それは……」
シャロンに言われてようやく自分の考えが浅はかだったことに気がついた。その通りだ、もしも雷刃が通用しない相手と立ち会ったとなったら、俺が出来ることは尻尾を巻いて逃げることだけだ。
「そうならないよう、ぼく達が全力であなたをサポートするつもりですが、不意の事態というモノは必ず起こります。その為に、今からあなたに雷刃以外の武器を与えます」
シャロンはそういうと道具をしまう為のショルダーバッグからお札のような物を数枚取り出した。
「これはぼくの魔力を込めた札です。これを身体に貼り付けておけば、素質が無い者でも簡易的に魔術を使えるようになります」
「え? それだけで……? 俺はてっきり魔術が使えるように厳しい特訓を積んだりするものかと……? 」
「ショートにその素質があればそうしたいところですけどね……残念ながらあなたの身体からは魔術に必要な精霊エネルギー《マナ》が一切感じられません。ハッキリ言って素質0です」
「そ、そうなの? 」
「どんなに素質がなかろうと、普通なら誰からも微量ながらマナを感じるモノなんです。そのことから、あなたが異なる次元の世界からやってきた。というのも信じるしかなさそうですね」
魔術の素質0と診断されて少しショックだったけど、未だに俺が異世界からやってきたことに半信半疑だった彼女が、その事実を受け入れてくれたことは素直にうれしかった。
「これでOKです。今あなたの背中に『火』・『水』・『風』・『光』を司る札を貼りました」
シャロンは俺の背中に魔力の札を4枚貼ってくれた。なんだか肩こりを和らげる湿布みたいな感触がある。
「これで俺も魔術が使えるように? 」
「はい、ただし札に宿った魔力には限りがあります。せいぜい使える魔術は札一枚につき1回か2回が限度でしょうね。魔力が切れたらその都度ぼくが魔力を供給しておきます」
なるほど。つまりこれは充電式の簡易魔法スイッチってところなんだろう。結局のところシャロン頼みということになるけど、これで自分も手から炎を出したり空を飛んだりといった芸当ができるようになると思うとやっぱりワクワクする。
「それとですね、それを発動させるには決められた呪文を詠唱しなければなりません。ぼくが教えますから、しっかり覚えるんですよ」
呪文の詠唱! これはいやが上にもテンションが上がる展開じゃないか。どういうワケか小難しい言葉の羅列を口走って発動させるあの感じ! 厨二をこじらせた経験のあるオタクにとって一度はやってみたいことBEST5に入る体験だ!
「まずは焦らず一つずつです。攻撃や威嚇、寒冷地での暖と、色々と応用の利く火の魔術から使えるようにしましょう」
「は、はい! シャロンさん、よろしくお願いします! 」
「その意気やよし。案外素直に取り組んでくれるみたいで感心ですね。めんどくさがったり嫌がったりするかと思いましたが」
「いえ……なんつーか意外だったんですよ。ロゼやパメラのシゴキに比べて、シャロンさんは丁寧でじっくり教えてくれるみたいだったんで……」
「ああ……なるほどですね」
シャロンは俺の言葉に対し、少しだけ気まずい表情を作った。
「まぁ、許してやってください。もうちょっと焦らずに手加減してあなたに教えるよう、ぼくからも二人に注意しておきますので」
申し訳なさそうなニュアンスを含んだ口調でシャロンは言葉を発した。人のオヤツを勝手に食べてしまっても謝ることなく平然な顔をしてそうな彼女がここまで素直に「許してやってください」だなんて口走るには、何か深刻な理由があるのだと勘ぐるのが普通だ。
「ロゼとパメラが俺にキツイことさせてるのって、何か理由があるんですか? 」
俺の質問にシャロンはすぐには答えなかったけど、彼女は自分を大きく見せる為に登っていた井戸の縁からひょいと降り、俺に背を向けてながら口を開いてくれた。
「あの二人が焦っている理由……それはぼくに掛けられた呪いが原因なんです」
「呪い? 」
「ぼくの身体は見ての通り幼い子供のようですが、本来は実年齢の25歳にふさわしい姿をしていました」
「そうだったんですか……てっきり俺は元々幼い見た目なのかと……」
「そんなワケないじゃないですか。ぼくには徐々に若返り続ける呪いが掛けられているのです。今は多分12歳位ですかね……それが日を追うごとに10歳……5歳……と若返り、やがては乳幼児まで戻って胎児となり、最終的には消滅するでしょう」
「そんな……信じられないです……でもどうしてそんな呪いを? 」
「この呪いは《オークマスター》によってかけられました。彼を倒さない限り、ぼくの若返りは止まりません」
まさかの告白に俺は言葉を失った。シャロンの見た目が幼いことと彼女が体型に合わない服を着続けているのにはそんな重い理由があったとは思いもしなかった。
そして同時にロゼとパメラが俺の成長を急がせる理由もわかった。シャロンが若返り続けて消えてしまう前に、どうにか俺に強くなってもらって《オークマスター》を倒し、シャロンの呪いを解こうと考えているからだ。
「それならシャロンさんも二人と同じように、もっと俺に厳しくしてもらってかまいませんよ! 急がなきゃヤバイんでしょ? 」
「焦って色々とやらせたところで、しっかりと身につくとは限りませんし、何よりあなたの身体に限界が来てリタイア……なんてことになったら元も子もありませんからね。あなたは余計なことを気にしなくていいです」
シャロンは突っぱねるようにそう言ったけど、少し間を置いてこっちに振り返り……
「ま、ぼくのコトを心配してくれているあなた達には少しだけ……嬉しかったりもしますけどね」
と、若干照れくさそうに呟いた。その時、月明かりに照らされた彼女の顔が若干赤らめていたことを俺はしっかり見逃さなかった。
「シャロンさん、意外と可愛いとこあるんだな……」
「はぁっ!? な、何を言ってるですか!? かか、可愛いとか! またぼくを子供扱いするつもりなんですか! 」
「あ、えと……! あの! 」
しまった! ついついシャロンのツンデレぶりに心の声がそのまま口から飛び出してしまったようだ! だって本当に可愛かったんだもん!
「今日はゆっくりじっくり丁寧に魔術レクチャーするつもりだったんですけどね! 予定が変わりました、詠唱を覚えない限りあなたはベッドで横になる権利はないと思ってください! 」
「ちょ……ちょっと待ってください! 俺がボロボロになったら元も子もないって……! 」
「うるさいです! 問答無用! 『雷鳴光』!! 」
「うぐぇぇぇぇッ! 」
まばゆい閃光が目の前で弾け、痺れが全身を伝いながら意識が遠のく……
目の前が真っ白になりつつ「感電オチって便利だぁ……」と心の中で呟きつつ……
■ ■ ■ ■ ■
「俺の意識は現実に戻った……」
「しょ、翔爺!? お、起きたの!? 」
突然謎の言葉と共に目覚めた翔人に驚き、思わずスマートフォンを手放して落っことしてしまう夢音。そのおかげでプレイ途中だった《ドラキン》の対局に黒星をつけてしまったようだ。
「どうやら俺はまたあの頃の夢を見ていたようだ……ロマネ、ここはどこだ……」
「予定通り……《グレンデル》に到着済みだよ。全く、ここに行こうって言い出した本人が熟睡しちゃってるんだから」
「そうか……すまないな」
寝起き眼をこすりながらゆっくりと身体を起こす翔人。後部座席に腰掛けて小さく背伸びをすると、足下に何か光輝く物を発見し、それを拾い上げる。
「あ、翔爺! それは! 」
それは夢音のスマートフォンだった。液晶画面にはプレイ途中だった《ドラキン》の映像が映し出されている。
「これは……もしかして《ギルドカード》か。ずいぶん見ない間にデザインが変わったんだな」
「えっと……多分違うと思うよ翔爺……それはアタシのスマホで……とにかく返してくれる? 」
夢音の言葉など耳に入っていないようで、翔人は興味深めにスマートフォンに食い入っていた。ちょうどその時の画面には、夢音のゲーム内の分身である『ロマネスク』の能力値が映し出されていた。
「ふむ……これがロマネのステータスか……LV97! スゴイな……騎士として相当な鍛えたんだな」
夢音は翔人からスマホを半ば奪い取り、その話はやめて! とばかりに手のひらを翔人の眼前に突き出した。
「……ありがとう。でも、アタシは結局プロ“棋士”にはなれずじまいだったよ。幼稚園の頃からずっと棋士になる為の英才教育を受けてたんだけどね……途中であきらめちゃった。才能無いって気がついたんだよね」
「そうか……でも、キミはそれでも“騎士”として生きることを楽しんでるように感じたけどな」
「……そりゃ、好きだよ……プロ“棋士”にはなれなかったけど……やめられないんだよ……だって楽しいから」
「それなら続ければいいじゃないか? 理想と違っていたとしても、好きだと思うことはとことん追求した方がいい……俺も、パメラのコトが大好きだった……だから何年も“あそこ”に戻る方法を模索し続けた……」
「翔爺……」
パメラ達に対してあまりにも純粋な感情を抱く翔人の姿が、夢音の目にはあまりにも眩しく輝いて見えた。
好きなことに対し、諦めることを一切拒み続けた翔人と同じように、自分も将棋が好きだという感情に正直であれば、きっと今とは違う運命を辿っていたんだろう。
夢音はこの時、心の中に放置し続けていた情熱のランタンに、弱くはかないが熱い炎が灯された実感を覚えていた。
「そだね……好きなことは、無理に嫌いにならなくてもいいんだよね……もっと前に、アタシにそういってくれる大人が周りにいてくれればな……」
「ん? 何かワケありみたいだな? 俺でよければ相談にのるぞ」
翔人の気遣いに夢音は笑顔で首を横に振り「大丈夫だよ」と一言。
「ありがとね翔爺。とりあえず今は打倒《ORK》について考えよっか」
「それもそうだな……ま、とりあえず店に入ろう」
「とりあえず? 何か作戦っていうか……そういうのはないの? 」
「無い。まぁ大丈夫だ、以前パメラと一緒にスライムの巣に乗り込んだ時もどうにかなった。まぁ、パメラの服が粘液で溶かされてしまって大変なコトにはなったけどな」
翔人はそういいながら車外へ出てしまい、そのまま堂々とした足取りでグレンデルへと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ翔爺~! 」
夢音も彼の後を走って追いかける。二人の姿は端から見れば、気むずかしそうな老人と、派手な趣味の孫。もしくは、水商売の女とそのパトロン。とにも見えるだろうか?
そんな社会にとって無害そうな男女が《グレンデル》の入口へと向かう姿を、サングラス越しに鋭い視線を送る一人の男の姿があった。
「あれだ……間違いないネ……連絡にあった“ジジイ”と“ポールダンサー”だ」
その男は駐車場に停めてある一台のバンの中から、じっと翔人達を監視し続けていた。
「よかろう……私の腕によりをかけた最高のステーキでもてなしてあげますよ……最後の晩餐をネ! 」
この男の名は通称“肉屋”ステーキハウス《グレンデル》の店長兼調理場主任である。
【用語紹介】
・魔力の札
シャロンが翔人の背中に貼った四枚の札。
それぞれ『火』・『水』・『風』・『光』を司り、特別な呪文を唱えることで、簡易的に魔術が使えるようになる。
しかし札一枚に蓄えられた魔力はそれほど多くなく、各札一回か二回しか使うコトが出来ない。使い切った札はシャロンによって魔力を補充することで再利用することができる。