「3ー1 増田 道奥(ますだ みちおく)」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
窮地を救ったポールダンサーの久我 夢音と共に、犯罪組織《ORC》のボスが頻繁に出入りするステーキハウス《グレンデル》へと向かう。
一方その頃、翔人によって妨害されたことで与えられた仕事を全う出来なかった《ORC》の構成員二人は、その失態を報告する為にボスの元へと集められるが……
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:ダンサー衣装+同僚から借りたコート
手:なし
足:お気に入りのブーツ
アクセサリ:スマートフォン
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
「つまりキミは……こう言っているのかい? ヤクの取引を要介護のジジイに邪魔された上、武器を奪われて逃げられてしまった……と」
犯罪組織《ORK》のボス『増田 道奥』は、琥珀のような輝きの革靴をコツコツと音を鳴らしながら部屋を徘徊し、失態を犯して帰ってきた部下に冷たく無遠慮な言葉を浴びせていた。
「ハイ……」
「そして……そっちのキミは、本来なら今ここにいるハズのポールダンサーを連れてくることが出来ずにおめおめ帰ってきた……と」
「ハ……ハイ……」
「聞けばキミも同じく、正体不明のジジイに感電させられてしくじったとか」
「その……通りです」
増田の前で失態を報告している二人は、介護施設で翔人にスタンガンを奪われた男と、夢音を拉致しようと企んだ《GUILD》のマネージャーだった。
彼らは翔人によって仕事を邪魔された失態を報告する為、増田が拠点としている裏風俗店《ELF》の主任室に呼び出されていた。
厚さが5cm以上はあるかと思われるカーペットにひざまずかされ、増田の叱責を受ける姿はそれだけで十分な辱めだったが、主任室には彼らの直属の部下や同僚数人も呼び出されており、その一部始終を見届けるように命令されている。
顔見知りに恥辱の姿を晒さなければならない屈辱に、二人は身体を真っ赤に染めながら時間が過ぎるのをひたすら待った。
「スゴいなぁ……尊敬するよ……ボクがキミ達の立場だったらたとえ腕一本失ったとしても言われたコトはしっかり務めて帰ってくるハズだ。そうだろ? 」
「ハイ……」
「《ORK》はこの世界では名が知られてる……いわゆる一流ブランドってワケだ。例えばディゾニーランドのキャストがドジって子供を泣かせてそのピュアな心を傷つけ、ディゾニーを嫌いにさせてしまったとしたらそれは大問題だろう? 」
「そのとおりです……」
「わかってるなら、なぜ君たちはリカバリーをすることもせず、お漏らしをやらかしたガキが指をくわえて『ママ、おしっこ~』とばかりに、僕に泣きつくことしかしないのだ? うん? 」
「そ、それは……」
増田は濡れたTシャツが肌にまとわりつくような不快感を催す喋りで部下を責め続ける。
彼は部下がミスを犯した際、怒鳴ったり罵倒したりはしない、ただ静かに、冷徹に、徹底的に屈辱を与えて心を踏みにじる。それだけに重点を置いている。
「それじゃあ、ヤクを売りさばくだけの小間使いすらロクに出来なかったキミ。お漏らしの始末すら出来ないのなら、パンツを履くのはまだまだ早いねぇ、オムツをしてた方がいいんじゃないのかな? ほら、立って」
「は、はい! 」
翔人にスタンガンを奪われた売人は、増田に立つように命じられ、足をガクガクと震わせながらどうにか直立する。
「えらいえらい、立っちできてすごいでちゅねぇ~……奥那須、持ってきてやれ」
「ラジャー、ボス」
増田に奥那須と呼ばれた男は2mはあるかと思うほどの長身。野生動物を思わせるほどに鍛え上げられた浅黒い肉体は、着ているタンクトップが張り裂けるかと思うほどに屈強だった。
「ボス、どうぞ」
そして彼は、常に“いい笑顔”だった。
流行のスイーツを嗜む女子高生のような愛嬌さえ覚える笑顔の奥那須は、部屋の隅に置かれたキャビネットから一枚の厚みのあるクッションのような物を増田に手渡す。
「ご苦労。君たち、これが何なのかはわかるだろ? 僕も30年ほど前まで着けてた物だ」
「……ボス……それを一体……? 」
奥那須が増田に手渡した物、それは赤ん坊の粗相を受け止める為の“紙オムツ”だった。
「一体? 今から僕がこれを使って手品でもするのかと思ったかい? そんなワケはない。これは紙オムツ、腰に当てて履く物だ。それならやることは一つだろう? ホラ」
売人はこの時、ハッキリとワキの下から汗がにじんで腰まで伝う感覚を味わった。
「ボス……まさか……俺にそれを履けって言うんですか? ここには知ってるヤツらがいるんですよ? 」
「え? 当たり前だろ? 大勢が見ている中だからこそやるんだろ? ほら早く、ズボンとおパンツを脱いでオムツに履き替えまちょうね~」
「そ……そんな! 」
《ORK》において増田の命令は絶対だ。彼は生まれながらにして絶対的な権力を持っている。
彼の父親はマスコミ、テレビ局、果ては政治の世界に対して絶対的な支配権を握っている芸能事務所 《ベオウルフ》の社長である。
増田は父親のコネを最大限に利用し、所属タレントに枕営業を斡旋させたり、暴力組織との繋がりを作ったりと、裏の世界でどんどん力をつけ、25歳の頃に、裏の総合商社《ORK》を立ち上げ、今に至る。
「ボス! さすがにそれは勘弁してください!」
「何でだ? 俺がオムツを履けと言ったらそうするのが部下の役目だろう? これはお前の為でもあるんだからな? 上司の気遣いを無駄にするなよ。ほら、脱ぎなちゃい。それとも僕が履かせるのを手伝った方がいいでちゅか? 」
「……こ……この……」
あまりにも人を舐めきったボスの態度に、売人の男にもとうとう我慢の限界が訪れたようだった。
「バカにするのもいい加減にしやがれ! 何がオムツだ! クソったれ! お前なんかオヤジのコネが無けりゃただの若造だろうが! 」
感情の赴くままに吐き捨てたその売人の言葉に、周囲はざわつき、増田の表情が変わる。
「そうか、キミはモノ好きなヤツだな……」
増田は声を荒げることも、こめかみに青筋を立てることもなく、ただ静かにそう呟いた。それがかえって不気味だった。
「奥那須、お前の出番だ。オムツを嫌がる分からず屋にちょっとお仕置きしてやりな」
「ラジャー」
奥那須はのっしりと動いて増田の前に立ちはだかった。その迫力は山脈が移動するかのごとし。売人の男も思わずたじろいだ。
「な……何すんだ!? 」
「キミは、ゲームをするのは好きかい? 」
増田の脈絡のない質問に売人の男は困惑して口を閉ざす。
「キミに挽回のチャンスを与えてようと言っているんだ。今からこの奥那須には1分だけ何もせずに立ちっぱなしにさせる。どんな手を使ってもいいから、この男にヒザをつかせることが出来ればキミの勝ちだ。今回の失態に目をつむるだけでなく、景品としてデカいシノギを譲ってあげよう。どうだい? 」
増田の提案に売人の男は口端を緩める。
「おもしれえじゃねえか……! 俺がコイツをひざまずかせればいいんだろ? 簡単じゃねえか! 俺は昔レスリングをやってたんだぜ! へへ、約束は守れよな! シノギを一ついただくぜ! 」
売人の男は意気揚々と袖めくりをして奥那須と対峙した。その横で《GUILD》のマネージャーがわなわなと口目を泳がせ、焦りながら売人の男に声をかける。
「おいお前! 今からでも遅くない! 素直にオムツを履いて謝っておけ! コイツはヤバすぎる! 」
「ご忠告は感謝するがよ、このチャンスをモノにしねえわけにはいかないだろ! へへっ……それに見ろよコイツ、ガタイはいいが締まりのねえ顔してやがるぜ。木偶の坊を絵に描いたようなヤツじゃねえか? 」
「バカ野郎! お前はこの奥那須という男のことを何も知らない! 」
《GUILD》マネージャーの説得もむなしく……
「それじゃ、これより一分間頑張ってくれたまえ。スタートだ」
……と増田は唐突にゲームを開始させた。もう後には戻れない。
「よっしゃああ! 」
開始の合図と共に奥那須に低い姿勢で突っ込む売人、レスリングでいう片足タックルだ。これで一気に奥那須の身体を床に叩きつけようという考えだった。
「うおおおお………!? 」
腕を組んでどっしり構える奥那須の片足を取ろうとした売人だったが、奥那須は倒れるどころか微動たりともしない。まるで銅像と組み合っているように感じていた。
(どうなってんだ! おかしいだろ? 俺だって体重は80kg近くあるんだぞ? )
「頑張れ。あと30秒だ……それと一言言い忘れてたけどね、そろそろ奥那須の“クスリ”が切れる頃だ。そうなったらボクも手に負えないぞ」
「“クスリ”!? ど、どういうことだ? 」
増田の言葉に困惑する売人だったが、今度は戦法を変え、一歩後ろに下がってから片足を大きく振りかぶる。サッカーのシュートのように奥那須の股間を蹴り上げようとした。
どんなに身体を鍛えた巨漢とはいえ、“急所”への一撃なら悶絶せずにはいられないだろう! そう考えての奇襲だったが……
「え? 」
売人のキックは股間まで届かなかった。なぜなら奥那須が寸前でその足を片手で掴んでブロックしてしまっていたからだ。
「おい! ちょっと待て、まだ一分経ってないハズだろ? どうなってやがる! 」
「すまんなキミ。ボクの計算違いだった……もうタイムアップだよ。奥那須の“クスリが切れてしまった”ようだ」
「何を言って……」
売人がほんの少し増田の方へと目をそらした隙をつき、奥那須はスデに巨漢とは思えないほどの俊敏さで彼の背後に回り込んでいた。
「な、何を!? 」
「うおおおおおおおおおッ!! 」
次の瞬間、奥那須は冬眠を邪魔された熊のような凶暴な目つきへと変貌して雄叫びをあげる! そして屈強な両手の指を売人の口に突っ込んだかと思えば、ポテトチップスの袋を破るように上顎と下顎を上下に引っ張り始める。
「うが……っが、ああああッ!! 」
このままではガチャガチャのカプセルのように、顔が上下に割れてしまう! 何とかこらえようと顎を噛みしめて抵抗するも豹変した奥那須の前ではのれんに腕押し……
「あ……ああああッッッッ!!!! 」
そのまま頬の肉に横一文字に裂け、カニの甲羅を剥いた時のような音と共に売人の頭部(上半分)が引きはがされてされてしまった。
「う……うわああああッ!! 」
同時に室内に悲鳴が響きわたった。その一部始終を見せつけられた《ORK》のメンバー達によるものだ。中には失禁している者もいる。
「うおおおおおおおおッ! 」
怒声を上げる奥那須の右手には、変わり果てた売人の頭部。下顎から上がキレイにもぎ取られてしまい、シュールな姿を晒す売人の身体がゆっくりと横に倒れる。
「奥那須……殺る時はもうちょっと綺麗やれと毎度言わせるな、掃除が大変だろ? 」
増田は目の前で凄惨な死を遂げた人間を見ながらも、涼しい顔で奥那須をたしなめ、ポケットから取り出した四角いケース(市販されている清涼タブレットのケースと同じ物)を取り出し、錠剤を2粒手にとって奥那須にそれを見せた。
「あああああッ! 」
奥那須は餌を見つけた野良猫のような俊敏さでその錠剤をつかみ取ると、一気にそのまま飲み込んでしまった。そして数秒「ハァ……ハァ……」と息づかいを見せると大きく深呼吸をし……
「……ボス、すみません。また散らかしちまいました……」
と豹変する前の“いい笑顔”で増田に謝罪した。
「気にするな。下のヤツにやらせておく」
増田は無惨な姿へと変わり果てた売人に一瞥することもなく、今度はもう一人の失態者、《GUILD》のマネージャーの方へとゆっくりと歩み寄る。
彼は奥那須の所行に腰を抜かしてしまったようだ。身体をガタガタと震えさせて子ネズミのようにおびえている。
「どれ、それじゃあ今度はキミに一仕事頼もうか」
「は……はい……」
増田はイスに座り、片足をマネージャーの目の前に突き出す。綺麗に磨かれた革靴には血液と肉片のような物がこびり付いていた。言うまでもなくそれは、先ほど“分離”した売人の男の残骸だ。
「奥那須のヤツが加減も知らずに暴れたせいでお気に入りの靴が汚れた。これを綺麗にしろ」
「はい……わ、わかりました! 」
マネージャーはポケットからハンカチを取り出そうとするが「おいおいおいおい」と増田に制止される。
「違う違う。そんな布切れでこすったところで汚れが延びるだけだろう? 頭を使え。この汚れを綺麗さっぱりクリーニングするにはどうすればいいのかよく考えろ」
「そ……それは……」
ボスの言葉の意味がよく理解できなかったマネージャーは、言葉を詰まらせてうつむいてしまう。
「チッ! わからないかなぁ? お掃除するんだよ、その“口”でな」
「く……口……!? まさか……舐めろってことですか? 」
「それしかないだろう、まさか魔法の呪文でも呟いてキレイにしようとでも思ったのか? 」
「す、すみません! 」
マネージャーは増田に言われるがまま、血肉で汚れた靴に顔を近づけた。
「うっ……」
ドス黒い血液、そして先ほどまで人間の身体の一部として機能していたハズの肉の欠片。それを眼前に近づけた瞬間胃の中から熱い液体がこみ上げる感覚を覚えたが、ここはグっとこらえた。
(言われた通りにしないと……俺もまたこの肉ミンチの仲間入りしてしまう……)
迷いはあったが、大男にバラバラにされるよりうはマシだ……と、恥も外聞もなく舌を伸ばし、チロチロと増田の靴に舐め始める。
「そうだ……その調子でツルピカの新品みたくしてくれよ」
「ふぁ……ふぁい……」
「いい舌使いだな、キミは《ELF》でも働けそうだ」
「う……」
「おっと、汚れは吐き出すなよ。しっかり血肉を喉に流し込んで空っぽになった口をボクに見せてみろ」
「ふぁい……」
鬼畜のような増田の命令通りマネージャーは涙目で舌を動かした。口内に充満する鉄サビを思わせる血液の臭いと味。そしてまだほのかに温かみを残している肉片を頬張り、どうにかそれを飲み込もうとしたマネージャーだったが、ここでとうとう生理的な限界が訪れたようだった。
「う……うげぇ……ッ! 」
ビシャビシャと液体が滴る音と饐えた臭い。マネージャーはあろうことか、増田の靴に向けて嘔吐をしてしまうという失態をしでかしてしまった。
「ず……ずみませぇん! これもすぐキレイにしますぅぅ……! 」
このままでは殺されてしまう! 焦るマネージャーはすぐさま自分の嘔吐物をも舐め取ろうするが時すでに遅し。
「ぐえっ! 」
その足はマネージャーの舌を避け、彼の脳天へと振り落とされる。
「ゲロりやがったなこのクソ! ゲロは駄目だろうが! ゲロはよぉぉぉぉ!! 」
今まで冷静さを崩さなかった増田だったが、吐瀉物を浴びせられたことには我慢がならなかった。上に立つ者としての厳かな振る舞いなど皆無に、増田は何度もマネージャーの頭を踏みつける!
「すみません! すみません! 」
「謝ってすむと思ってんのかこのゲロ作がよぉぉ! 」
般若のような形相の増田は、スーツの内ポケットから拳銃のような形状の器具を取り出す。
部屋にいた誰もがそれを使ってマネージャーの頭を打ち抜くのかと想像したが、それはハズレに終わる
。
「これが何かわかるか? ゲロっ吐き野郎。コイツは“ネイルガン”って言ってなぁ、本来大工さんが使う道具よ。ピストルみたいにバン! バン! って釘を一瞬で打ち込める便利アイテムだ」
増田はそう言うと、目線で奥那須に合図を送り、彼にマネージャーをうつ伏せに押さえつけさせた。
「な……なにを……なにをする気なんですか? 」
「なぁに、心配するな。ボクは奥那須のよう凶暴ではない。殺しはしない」
「そ……それじゃあ……」
「殺しはしない。でもボクはね、苦しみは十分とたっぷりにお見舞いしちゃうタイプだよ」
その直後『バシュッ! 』と破裂音が響きわたり、そして同時に夏の花火を思い起こさせる火薬の臭いが煙と共に立ち上がる。
「うああああッ! 」
ネイルガンによって放たれた釘は、マネージャーの手の甲を貫き、床にまで打ち込まれていた。その激痛に思わず悲鳴を上げて顔を歪めてしまう。
「ネイルガンってのは、空気圧で釘を打ち込むヤツが一般的だが。ボクのは海外から取り寄せた火薬式。比較的軽くて持ち運びやすいところが気に入っていてね……」
バシュッ! バシュッ! 間断なく発射される釘は、マネージャーの手の甲から始まり、両足、耳と次々と打ち込まれ身体を穴だらけにしていく。
「痛いィィィィ! 許してください! ゆるじでくださいぃぃぃぃ! 」
「なぁ、キミ……ガリバー旅行記って知ってるだろ? ガリバーっておっさんが小人の国に迷い込んで張り付けにされるってやつだ」
『バシュッ! 』
「ボクはガキの頃にそれを真似て同じクラスのムカツく野郎に同じコトをしてみたんだ」
『バシュッ! 』『バシュッ! 』
「その時も今のキミと同じように手の甲に釘を打ち込んでな……そいつもメチャクチャ痛がってたなぁ……」
『バシュッ! 』
「でも後になってガリバー旅行記の絵本を読み返したら、思い違いをしてたことに気がついたよ」
『バシュッ! 』『バシュッ! 』
「ガリバーは張り付けにされたが、別に手足に直接釘を打ち込まれたワケじゃなかった。髪の毛だとか服だとかに打ち付けて拘束してたんだよ……」
『バシュッ! 』『バシュッ! 』
「よくあるよなぁ……幼い頃に得た知識が、実は後になって間違って覚えていたってコトに気がつく時ってなぁ……」
『バシュッ! 』『バシュッ! 』『バシュッ! 』
増田はそうやって他愛のない話をしながらも、次々と釘をマネージャーの身体に打ち込んでいく。そのたびに響く悲鳴は、室内にいる他の《ORK》メンバー達にこれでもかと恐怖を植え付ける。
「やめて……やめて! 」
急所を避け、痛みと苦しみだけを与えるよう計算されて打ち込まれたその数は50本を超え始めた。
「ゆるして……ゆる……して……」
そしてとうとうマネージャーは痛みと精神的なショックによって気を失い、そのまま静かに動かなくなってしまった。
「ふぅ……こんなモンか……チト飽きたな」
怒りが収まったのか、低血圧な口調そう呟き、ネイルガンをポケットにしまった。
「お前達、この部屋をキレイに片づけておけ。ボクはちょっと《グレンデル》にメシを喰いに行く」
部下達に後始末を押しつけ、奥那須と共に主任室から出る増田。その表情には罪悪感など一切ない。
「ボク達《ORK》が介護オムツのボケジジイに喧嘩を売られるとはね」
「ボス、どうしましょうか? 武闘派のヤツらに始末させますぜ」
「いや、待て。やるなら生け捕りだ。逃亡したポールダンサーと一緒に捕まえろ。《ORK》傘下の全店舗にこのことを伝えておけ」
「生け捕り……まさかボス……!? 」
「ああ、その通りだ。少しだけ、ホンの少しだけそのジジイのこと……“気に入った”ぞ」
同刻、翔人と夢音が乗った車は、ステーキハウス《グレンデル》に到着。
「翔爺、ねぇ翔爺ってば! 起きてよぉ……《グレンデル》に着いたよ」
後部座席でぐっすりと熟睡している翔人を何度も揺すって起こそうとする夢音だったが、一向に目覚める気配を見せなかった。
「翔爺、大丈夫? もしかして具合悪い? 」
夢音の脳内に一つの不安がよぎる。翔人は70代。いつ何かしらの原因で“お迎え”が来ても不思議ではない年齢だ。
「ちょっと翔爺! 冗談じゃないよそんなの! 」
夢音は万が一の可能性を考え、翔人の顔に耳を近づけて呼吸の有無を確かめる。
「……うん、大丈夫……息はある……」
ひとまずの安心を経た夢音だが、このままの状態で《ORK》が出入りする店の駐車場に留まるワケにもいかず、ただただ落ち着きなく車のハンドルを握ったり離したりを繰り返していた。
「アタシ……どうなっちゃうんだろ……」
《ORK》にやられてしまう前に《ORK》を潰すという突拍子もない計画に乗ってしまったことに後悔し始める夢音だったが、どちらにせよ自分に逃げ場が無いことも同時に思いだして絶望する。
「こういう時は……気を紛らわせるのがイチバンだよね……」
仕方がなく夢音はスマートフォンをポケットから取り出し、《ドラキン》のアプリを起動した。
「将棋って100年以上もルール改正もなく、日本中のプレイヤーと対戦出来る神ゲーよね」
ゲームで落ち込んだ気分を多少回復させた夢音。そんな彼女の裏で横たわった翔人はポツリ……
「シャロン……」
と一言寝言を呟いたが、その音はスマートフォンのスピーカーから奏でられる《ドラキン》のBGMにかき消されてしまっていた。
【用語紹介】
・グレンデル
ORCのボス、増田 道奥が贔屓にしているステーキハウス。
歓楽街にて経営していることもあり、深夜3:00まで営業している人気店。店主による独特のパフォーマンスが人気を博し、SNSにて話題になることもしばしば。
厳選された黒毛和牛を使ったフィレステーキから、遊び心満載の特大ステーキハンバーガーといったメニューまで用意されており、カジュアルに高級肉を楽しめる名店として幅広い層から愛され、芸能界や政財界のVIPの常連も多い。