「2ー4 パメラ」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
彼によって窮地を救われたポールダンサーの久我 夢音は、多少の勘違いがありながらも翔人とパーティ(仲間)を組んで、共に犯罪組織《ORC》と戦うことになった。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:ダンサー衣装+同僚から借りたコート
手:なし
足:お気に入りのブーツ
アクセサリ:スマートフォン
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
翔人と行動を共にし、《ORK》に対抗することを決意した夢音。
彼らは夢音の自家用車《ドイハツ【トンタ】マスタードイエロー ※中古・2年ローン購入》に乗って都内を走り回り、《ORK》の追っ手から逃れつつ今後の方針について話し合うことにした。
「そういえばおじいちゃん、まだちゃんと自己紹介もしてなかったよね。アタシは久我 夢音、歳は19。“夢の音”って書いてロマネ……フリガナ無しで読めた人は今のところ皆無だね」
自身の名前を自嘲しつつ、ハンドルを捌く夢音。その言葉には名前以外にも根深い闇が見え隠れするニュアンスがあった。
「俺は翔人。雷門 翔人だ。歳は確か……70……くらいだったと思う。“ショート”って呼んでくれ」
後部座席に陣取っている翔人は、夢音に自分の年齢を明かすことに少し抵抗を覚えているようだった。
「ショートさんね……でも何となく二周り以上年が離れた人を下の名前で呼ぶのはチト抵抗あるなぁ……」
「別に好きな呼び方でいいぞ」
「そっか。それじゃ、翔爺はどう? いい? 翔爺! 」
「翔爺……ま、まぁ……それでいい」
夢音の無邪気な提案に、常にクールな振る舞いを心がけていた翔人が少し照れて顔を伏せていたことを、彼女ルームミラー越しにしっかり確認していた。
70歳といえば孫がいてもおかしくない年齢だが、翔人は独身を貫いてこれまで生きていた。
夢音に翔爺と愛称で呼ばれることは、自分にとって起こりえない“孫”という存在の疑似体験のように思えたのだろう。照れを感じるのは当然だった。
「ところで翔爺……さっきは話が途中で終わっちゃったんだけどさ、またいいかな? 」
「途中? ゴブリンの大群に襲われた時の話だったか? あの時はロゼがビキニアーマーを奪われてしまって色々ともう大変で……」
「違うよ! ビキニアーマーの話なんて聞いてないって! 《ELF》のこと! 翔爺、確か“パメラ”って言ってなかった? 」
「……ああ」
翔人はおどけた雰囲気を一新、水にも穴を開けるような真剣な口調へと変わり、さきほど中断されてしまった話の続きをする。
「パメラは、《エルフ》族の女の子でな、薄い金髪で、綺麗で、優しくて、ちょっとおしゃべりなヤツだったよ」
「《ELF》所属のパメラ……さん、かぁ……_____
(外国の人? いや、源氏名だねきっと)
_____美人さんだったんだね」
「ああ、街を歩けば誰もが振り返るほどだったよ。それに強かった」
「強い……? ってなにが? 」
「パメラは“油”と“泡”を使う攻撃でどんな相手をもねじ伏せるコトができた……俺達はそれに何度も助けられたよ」
「え、あ……油と泡!? _____
(ひょっとして、エッチで大人のお風呂的なヤツ!? オイルなんちゃらとかソープなんちゃらとか、そういう感じのアレ!? )
_____そ、そっかー……《ELF》の子だもんね、そういうプレイは得意だったんだ……」
「得意どころか、達人だったぞ」
「達人!? 」
「ああ。屈強な男10人が束になってかかっても、一瞬で泡で包み込んで全員失神させてしまうほどだ」
「10人も! 同時に!? 一瞬で!? _____
(スゴい! そんなのプロの女優さんでも無理でしょ! 美人で優しくてそんなプロテク持ちなら、そりゃー《ORK》が欲しがるワケだよ! )
_____す……スゴすぎないッスかソレ? 」
「ああ、スゴかったぞ。パメラの技は《エルフ》の中でもトップクラスでな。俺も彼女(の回復呪文)には何度もお世話になった。どんなに疲れていても、パメラに癒してもらえばすぐに元気になれた、ホントに感謝しきれない」
「翔爺もパメラさんのファンだったんだ……_____
(ちょっと待って! 《ORK》が《ELF》をオープンさせたのって確か2~3年前のことだよ!? ってなると……翔爺、その歳でそういうお店に行きまくってたワケ!? なんてバイタリティなの! しかも、そんな翔爺を一瞬で“元気”にさせちゃうパメラさんて……スゴすぎるでしょ! ………………でも……)
_____でも、アタシちょっとショックかも……《ORK》に恨みを抱いている翔爺が、《ORK》と同じように女の子を買って遊んでたなんて……」
「買って? よくわからんが誤解しないでくれロマネ。パメラは《エルフ》だが、俺と彼女は結婚したんだ。夫婦なんだよ」
「夫婦!? け、結婚したの? 《ELF》の子と! _____
(嘘でしょ? 自分の孫か子供くらい年齢が離れてるハズだよね? そんな年齢差で結婚!? しかも相手は《ORK》のお気に入りの子だよ? 金の卵を生む鶏を奪い取るようなモノだよ? )
_____周りから反対されたり、妨害されたりしなかったの? 」
「もちろん周りからは反対されたさ。古来より、俺みたいな人間(族)が《エルフ》と契りを交わすことは禁忌とされていたからね。でも、俺にとってパメラは全てなんだ、たとえ誰が止めようと関係ない。俺は大勢を敵に回す覚悟でパメラと結婚した。後悔なんて全くない」
翔人は淀みない口調で力強くそう答えた。老体ながらも中身は青春真っ盛りの若者のように燃える情熱がそこにはあった。
「スゴいな……翔爺、ガチでパメラさんのこと愛してたんだね……」
夢音は一人の女性に対して、そこまで真摯に気持ちを傾けられる翔人のことを素直に尊敬し、うらやましくも思った。
そしてそんな翔人の気持ちをまっすぐ受け止め、茨の道を共に歩む覚悟を決めたパメラにも、同じように憧憬を抱き、興味を持ち始める。
「ねえ、よかったら聞かせてよ。その……パメラさんてさ。今どうしてるの? 毎日ラブラブしちゃってるのかな? 」
少しからかい気味に質問した夢音。しかし彼女はすぐにその行いを後悔することになる。
「……パメラは……殺されたよ」
「え……」
「《オーク》共のボス……《オークマスター》が彼女を殺した……」
「《ORK》の……ボスに……? 」
「……ああ、ただ殺すだけじゃない……パメラは薄汚い《オーク》達に辱めを受け……絶望と苦しみを味わいながら命を落とした……」
「そんな……」
翔人の握り拳に力が入っていることに夢音は気が付く。血管がミミズのように浮き出たせ、今にも皮膚を破る勢いで血液を暴走させている。
「パメラさん……“まわされた”ってことなの? ……《ORK》のヤツらに……」
翔人は無言で頷き、夢音の質問に答える。返す言葉をしばし失った彼女は、そのまま黙って車の運転を続けた。
「翔爺……」
そして数分後、深夜の街が照らすわずかな光の帯を顔に受けながら夢音は口を開いた。
「実はね、アタシの友達も《ELF》(所属)だったんだ」
「キミにも《エルフ》(族)の知り合いが? 」
「うん。その子もパメラさんと同じだよ……《ORK》の奴らに“教育”と称して酷い目に遭わされたらしいの。それで心も身体もズタボロ、三ヶ月前に首吊って自殺しちゃった……」
「……そうだったのか」
「その子《GUILD》のポール仲間でさ、ゴミみたいなアタシと仲良くしてくれた超良い子だったんだよ。でも、親が作った借金がスゴくて《GUILD》の給料だけじゃ支払いきれなかったんだって……だから、もっとたくさん稼げるように……」
「そこまで言えば十分だ」
翔人は夢音の言葉を遮る。
「ロマネ、キミは友達の自殺の真相を探る為に、《オーク》のことを調べていたんだな」
「うん……なるべく深入りしない程度に、危険を避けながら……ね。アタシなんかが調べたところで何かできるか? って言われれば何も出来ないんだけど……とにかく少しでも情報が知りたかった」
「そうか……友達の為にそこまで……すごいな」
翔人に「すごいな」と言われ、夢音は顔を赤くした。普段は周りから鈍くさい人間として扱われ、素直に褒められることの少ない彼女にとっては、さりげない一言の賞賛でさえ嬉しかった。
「ロマネ、それじゃあ《オーク》について一つ聞きたいことがある」
「知ってる範囲であればなんでも答えるよ」
「なら《オーク》のボスが今どこにいるのかは知っているか? 」
「やっぱ……それ聞いちゃう? 」
その質問が来ることは夢音もある程度は想定していたが、ボスに関する話題は裏社会の禁忌とも言える。さすがに少し躊躇したが、自分と同じ境遇の翔人の気持ちを汲み、乾いてくっつきかけた上下の唇を開くことにした。
「ボスは普段《ELF》にいることが多いみたい。でも、常にそこら中動き回ってるみたいだから何時どこで何をやっているかは把握できないの」
「《エルフ》の集落に陣取っているのか……」
「う、うん? しゅうらくってのはよく分からないけど、大体そんな感じ」
「よく立ち寄る場所とかはわからないか? 」
「一つ心当たりがあるよ。ボス行きつけのステーキハウスを知ってる」
「ステーキハウス……それはどこにあるんだ? 」
「ここから30分くらい走ったとこかな。結構遅くまでやってる店だから、多分今も営業中なんじゃないかな? 」
「そうか、ちょうどいい。今から行こう」
「え? 」
ちょっと喋りすぎたかも! 夢音は翔人の無茶苦茶さを考慮せずに口を滑らせてしまったことを後悔する。
(まさか今から乗り込もうとするなんて……)
「ちょっと待って翔爺! いくらなんでも今からってのは時期そうしょう……いや、時期しょうそう……ってどっちだっけ? まぁいいや! とにかく早すぎるよ! 」
焦る夢音に気にすることなく、翔人はスタンガンを握り直してしっかり動くかどうかを点検する。
(ヤバイ……聞く耳持たない感じだよこの人……もしかしてアタシ、ヤバすぎる状況に足を踏み入れちゃったかも……今更だけど)
「少し疲れたからちょっと休む。すまんがその店に着いたら起こしてくれるか? 」
「え……ええ~……その……やっぱ行くの? 」
「もちろんだ。ヤツには……《オークマスター》には一分一秒でも多く安心した心地を味わせたくない……だから…………」
翔人はそのまま気絶したかのように眠りに入ってしまった。すやすやと寝息を立てて、遊び疲れた少年のような寝顔をしている。
「あ~……寝ちゃったよこの人……どうしようかなコレ……」
職場では男に裸踊りを強要され、自宅に戻れば信じていた人間に裏切られ、あまつさえ闇の組織へと急襲しなければならなくなってしまった夢音。
このまま翔人をどこかに置き去って自分だけで逃げてしまおうか? と考えもしたが、《ORK》に目を付けられた以上、一人で逃げおおせることなど不可能。
「今のアタシ……将棋の素人が裸玉でプロ棋士に挑むようなモンだね……勝てるワケがない……でも挑まなきゃどっちにしろ《ORK》に捕まって酷いことされるだけ……」
前門の虎・後門の狼を体言するような状況だったが、翔人の存在が不思議とその恐怖を取り去ってくれていた。
「見た目はただのおじいちゃんなんだけどね……翔爺がいるってだけで、隣で竜王棋士がアドバイスをしてくれるような安心感があるよ……」
翔人の寝顔を見てクスリとはにかみ、夢音は《ORK》のボス“お気に入り”の場所である《ステーキハウス グレンデル》を目指す。
【用語紹介】
・ELF
ORCの経営している非合法の裏風俗店。
所属している女性キャストに対し、マニアック・非人道的行為をも容認している完全会員制。
その会員の中には、政界で名を馳せた人物。有名企業の重役といった社会的地位の高い人物も多い。