「2ー3 ORK」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
彼はかつて自分が悪の支配から救ったという「異世界ライトイニング」での思い出を夢の中で追体験する。
翔人は異世界に転移した直後、モンスターの攻撃によって頭部に石をめり込ませてしまったが、それは電気を吸収して蓄える性質を持つ「畜雷石」と呼ばれる不思議な石だった。
エルフの神官「パメラ」と女騎士の「ロゼ」の仲間である魔法学者の「シャロン」は、畜雷石を取り込んだ翔人に対して放っておくと脳神経の電気信号まで石に吸収されることを懸念。それを回避する為に、無限に電気を放出する伝説の魔道具「雷刃」を手にすることを提案。
そして見事に雷刃を手に入れた翔人は3人と行動を共にし、悪の親玉「オークマスター」を打ち倒すことを決意。
そんな夢から目を覚ました翔人だったが、寝起きのどさくさで夢音の胸を触ってしまい、素直に謝ったのであった。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:ダンサー衣装+同僚から借りたコート
手:なし
足:お気に入りのブーツ
アクセサリ:スマートフォン
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
「とりあえず……助けてくれてありがと」
夢音は台所から水の入ったコップを翔人に手渡しながら言った。
「当然のことをしただけさ……《オーク》は種族を問わず共通の敵だからな」
翔人は夢音から差し出された水を一気に喉に流し込む。高齢とは思えないその飲みっぷりは、20歳になってビールの味を覚え始めた大学生のようだった。
「ふぅー……生き返った……」
「おじいちゃんが言うと冗談じゃなくなるよ、その台詞……」
「ふ……迷宮遺跡でミノタウロスにショルダータックルされて、死にかけた時に飲んだエリクサーの味を思い出すよ。漢方薬をブラックコーヒーで流し込んだような最悪な代物だったけど、その時は味覚がしっかり残っていることに生の実感をこれでもかと身にしみたなぁ……」
「エ……エリクサーね……」
噛み合わない会話に戸惑いつつも、とにかく自分の身を助けてくれた老人が思いの外健在だったことに安堵した夢音は、改めて翔人に問う。
「それにしてもおじいちゃんはさ、なんであんな所にいたの? 店に遊びに来た……ってワケじゃなさそうなんだけど……? 」
夢音の疑問はもっともだ。彼女の勤め先であるガールズバー《GUILD》は比較的若い層をターゲットにしたカジュアルな店構えをしている。
夜の遊楽街を高齢者が楽しむこと自体は珍しくはないが、あの時、あの場所で70代の翔人がうろついていることは少し異質で浮いていた。ハンバーガーチェーン店のキッチンに老舗料亭の板前が鰹節を削っているようなモノだ。
「なに、俺はただ《オーク》の連中が《ギルド》を襲うことを知って、いてもたってもいられなくなっただけさ。冒険者にとって《ギルド》ってのは必要不可欠……そこに属する人間は誰だって家族みたいなモンだからね」
「家族……」
翔人の言葉には多少引っかかるモノを感じた夢音だったが、彼が悪い人間ではなさそうだとわかり、少しだけ彼に対する警戒と緊張を和らげた。
「でもおじいちゃん、《ORK》について色々知ってるみたいだけど……どこかでかかわり合いになったことでもあるの? アタシみたいに夜の仕事をしてるならともかく……一般の人がその名前を知ることなんてまず無いと思うんだけど……」
夢音のその言葉に、翔人は一瞬で目つきを変えた……昼寝をしていた猫が獲物の気配を察知して狩猟体勢に入ったかのように。
「俺は……《オーク》に全てを奪われた過去がある。その復讐の為にここに来た」
「復讐て……」
「《オーク》を殲滅する。それが俺のやり残した使命だ……! 」
「《ORK》を……せんめつ!? おじいちゃん……《ORK》を相手に戦おうっていうの? 」
「その通りさ」
「ダメだよ! 」
ナイフのように鋭い口調の翔人に、夢音は彼が冗談を言っているのではないと判断、半ば反射的にその無謀な行為を止める言葉を発していた。
「さっきアタシを助けてくれたのは感謝してる、でもそれ以上はダメ! おじいちゃん知らないの? 《ORK》って組織がどれだけヤバイモノなのかを! 」
夢音は部屋の窓と玄関の扉がしっかりと閉じられて施錠されていることを確認し、翔人の隣に座る。
そしてさっきまでキンキンに響かせていた高音の声を抑え、内緒話をするように彼女は語った。
「《ORK》ってのはね……裏社会の中でもひと味もふた味も違うヤバイ組織なの……マフィアだとギャングだとか、そういう集団にも彼らなりのルールや社会ってのがあるんだけど、《ORK》にはそれがない。鎖のない狂犬みたいなモンだよ」
「狂犬……ヘルハウンドなら倒したことがあるぞ。群れる上に素早くて苦戦したが、仲間のサポートでなんとか……」
「今冗談を言うのはやめてよ! 」
何かにつけて異世界トークへとつなげる翔人に苛立ちながらも、夢音は話を続ける。
「とにかく……《ORK》ってのはドラッグや銃の密売、未成年の売春の斡旋、裏風俗の経営だとか……犯罪と名がついて金になるものなら手当たり次第やってる……噂じゃ、殺人の代行まで……」
「禁忌の黒魔法薬に魔導具か……《オーク》の奴らめ……今ではそんなことまでやっているのか……! 」
翔人は筋ばった拳を皮膚が張り裂けるかと思うほどに握りしめ、その怒りを露わにする。
「きんき? だとかはちょっとよくわからないけど……おじいちゃんが怒るのは分かるよ。でもおじいちゃんが過去に《ORK》とどんなことがあったかは知らないけど、一人でどうにかしようだんなんて無茶にもほどがあるよ……漫研のオタクが空手道場で100人組手をするようなもんだよ」
「オタクでもやらなきゃならない時がある。とにかく俺は《エルフ》の集落を襲い、ゲロのような蛮行を繰り返してきた《オーク》どもを許すわけにはいかない。相手が100人だろうと1000人だろうと戦うつもりだ……なぜなら……」
「おじいちゃん」
夢音が突如顔つきを厳しく変えて話に割り込んだ。
「今さ、《ELF》って言った? 」
「そうだが? 」
「《ELF》はアタシもよく知ってる……おじいちゃん、もうちょっとその話を聞かせてもらってもいい? 」
夢音は翔人の口から出た「エルフ」という言葉を聞き捨てることが出来なかったようだ。
ついさきほどまで翔人が《ORK》について語ることに難色を示していた夢音だったが一転、彼女は翔人の話に興味を持ち始めた。
“エルフ”
そのワードには彼女にとって、平常心という水面に大きな波紋を作る呪いの言葉でもあったように見えた。
「ああ、構わないぞ」
「ありがと……おじいちゃんが知ってること、全部教えて」
夢音の真剣さは翔人にも十分伝わったようだ。彼は彼女の澄んだ瞳を一瞥し、わざとらしく咳払いした後に話を続けることにした。
「わかった。まず俺にはパメラって言う《エルフ》の仲間がいて……」
コンコン!
大事にな話の前にはタイミング悪く邪魔が入ることが付き物。玄関のドアをノックする音が、夢音の部屋に軽やかに響きわたった。
「はーい! ちょ、ちょっと待ってください! 」
突然の来訪者に焦る夢音。
「どうした? 」
「ご、ごめん! え、と……とりあえずおじいちゃん、こっちに来て! 」
トラブルがあったとはいえ、老人を自室に招き入れている事実を他に知られることは色々と面倒に感じた夢音は、翔人のか細い腕を引っ張ってバスルームへと向かった。
「どうした急に? 」
「ごめんねおじいちゃん! ちょっとの間ここで待ってて! お願いだから! 」
「敵か? もしかしてゴブリンの群れか? 俺のダメージはすっかり回復済みだ! 一緒に戦えるぞ」
「いいから黙ってここにいてよぉ! 」
半ば無理矢理に翔人をバスルームに押し込んだ夢音。後は玄関に脱ぎっぱなしだった翔人のクロックスを靴箱に押し込み、姿見を身ながら軽く髪を手櫛で整え、ドアチェーンをつけたままゆっくりと玄関の扉を開いた。
時刻夜の11時。夜の世界に生きる夢音にとってはこの時間の来訪者もよくあることだったが、誰とも会う約束もしていないのに突如誰かが部屋を訪ねてくることは珍しかった。
「悪いな夢音、こんな時間に」
「あ、マ……マネージャー!? 」
深夜の来訪者は、夢音がポールダンサーとして働いているガールズバー《ギルド》のマネージャーだった。彼は仕事着のスーツベストを着たままで、勤務中に抜け出してこの場所に訪れたように見えた。
「お前が早退したって聞いたから心配になってな。夢音、とりあえず中に入れてくれるか? 」
「あ……はい! 」
夢音はドア向こうの相手がよく知っている仲の人間とわかり、安堵のため息をついてドアチェーンを外す。
「どうぞ……」
マネージャーはガラス細工のような艶を放つ革靴を脱ぎ、夢音宅へと上がり込んだ。
顔見知りの相手とはいえ、こうして自分の部屋に彼を招き入れることは初めてのことだった。
(確かにアタシは早退したけど……それでうちに来るなんて……他に何か用件でもあるのかな? )
彼女は緊張と同時に、どこかしら拭いきれない不信感を覚えずにはいられなかった。もしかして解雇通告!? などとネガティブな思考を押さえ込んでは浮かび上がらせつつ、キッチンでインスタントコーヒーを淹れ、それを滅多に使わない来客用のカップでリビングのテーブルに差し出した。
「いい部屋だな」
夢音の淹れたコーヒーを一口すすり、マネージャーは笑顔と無表情の中間のような顔でお世辞を呟いた。
「あ、ありがとうございます! 」
「でも何か……」
「何か? 」
「何か臭うな、加齢臭のような……」
一瞬で夢音に緊張が走る。
(しまった! マネージャーが座ってるソファ、さっきまでおじいちゃんが寝てたワケじゃん! そりゃ臭うよ! 消臭スプレー掛けときゃよかった! )
心の中で焦りの声を上げるも、後悔先立たず。とにかくここは話題をすり替えて乗り切るぞ! と彼女は自分に言い聞かせる。
「そ、それよりマネージャー! とにかく今日は急に仕事抜け出しちゃってすみません! 急に具合悪くなっちゃってステージでもミスしちゃったし、今日はもう休んじゃった方がいいかな? と思って……! 」
夢音は屋上での一件があった後、気を失った翔人を自宅まで運ぶ為、そのまま体調不良ということにして仕事を早退していた。※救急車や警察を呼ばなかったのは、コトを大きくしたくなかった為。
「そうか、それは災難だったな」
マネージャーはそう言って飲みかけのコーヒーのカップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がって、対面でソファに座っていた夢音の背後に立つ。
「あの? マネージャー? 」
夢音の言葉にマネージャーは返事をせず、無言で腰を落として彼女の両肩に両手を乗せた。学生の頃はラグビーをしていたという彼の手のひらはゴツゴツとたくましく、それは厚手のコートの上からでも感触が分かるほどだった。
「夢音、今日俺がここに来たのは、お前に残念とも言えるが、朗報とも言える話をする為だ」
「え……ど、どういうことですか? 」
夢音は脇の下がじんわりと汗ばんだ。彼女は嫌な予感を察知すると多汗になる。
「まずは残念な知らせを伝えよう。率直に言えば、お前は今日を持って《GUILD》からオサラバする。今までご苦労だった」
「え!? ちょ……それってつまり……」
「ああ。お前は店を辞める。コメディ要因として客のウケも良かったが……残念だよ。もうポールを使う仕事をすることはないかもな」
「や……やっぱりクビですか! 解雇なんですか! 」
涙目の震え声で夢音がそう言うと、ちょっと待て! とばかりにマネージャーは彼女の隣に座り、ガッチリと押さえ込むように肩を抱いた。彼がこうやって露骨に肌に触れることは珍しかったので、夢音はさらに困惑する。
「落ち着け、クビと言えばクビだが、お前を路頭に迷わせるようなことはしない。キチンと次の勤め先は決まっている。いわば……ある意味“栄転”ともいえる話だ」
「それが“朗報”なんですか? 」
「そうだ。お前にとっても……俺にとってもな」
どこか含みのあるマネージャーの言葉に不信感を抱く夢音。それは本当に自分にとっても朗報なのだろうか?
(アタシ……嫌なことに限って勘がよく当たるんだよね……この前バーガーをテイクアウトした時も、紙袋を受け取った瞬間に妙な違和感を覚えたと思ったら、案の定ナゲットのソースが入ってなかったし……しかたなく醤油で食ったし……)
不安で押し潰されそうになる夢音をよそに、さらに身体を密着させるマネージャー。そして彼は彼女の耳元に唇を近づけて呟く。
「おめでとう夢音……お前は《ORK》に気に入られた」
「あ、ありがとうございま……ってええっ? 」
上司に「おめでとう」と言われたことで思わず反射的にお礼を述べてしまった夢音だったが、すぐにマネージャーの言葉の意味を理解して全身にナメクジは這うような怖気を覚えることになった。
「マネージャー……《ORK》って……あの《ORK》……? なんで? なんでそんな? それに、“気に入られた”って……? 」
「お前は見た目よりも頭が冴えるヤツだと思ってたが、音声認識のAIみたいに肝心な時にはあまり良い働きをしないようだな」
夢音は自分の肩に回された彼の手に力が入っていることに気が付く。
「夢音……ガールズバー《GUILD》は元々《ORK》の傘下なんだよ……鈴本みてえなクズが我が物顔で店に来られてたのはそれが理由だ」
「そんな……それじゃあ……」
「俺は《ORK》の中でもそれなりに上のポジションにいてな。お前がポールダンスしている時の動画をボスに見せたらえらく興味を抱いたみたいでよ……是非とも《ELF》で働かせたいってコトだ」
「《ELF》……えるふ……そんな! 」
《ELF》そのワードを耳に入れた瞬間、夢音は立ち上がってマネージャーから離れようとする。
「待て! どこに行こうってんだ? 」
「は……放して! 放してよう! 」
マネージャーの力強い手で両腕を捕まれ、動きを制された夢音。彼が彼女の身体に密着してきたのは下心ではなく、簡単に逃げられないようにするためだった。
「どうした夢音? いい話じゃないか? 《ELF》で働けば今の何倍も稼げるようになるんだぞ? 」
「嫌だ! 知ってるよ! 《ELF》って女の子にまるでオモチャみたいな扱いさせて変態さん達を楽しませるお店なんでしょ! 」
「そうだ。でも相手はただの変態さんじゃないぞ。日本経済を動かす重役や、政治家の先生といった華々しい経歴の変態さんだ……上手くすりゃチャロQ感覚でポルシェが買えるくらいに稼げるぞ」
「ポルシェが買えても死んじゃったら意味ないでしょ!? この前だって元《GUILD》の子が自殺したじゃん首吊って! あの子《ELF》で働いてたんでしょ!? 知ってるんだから! 」
マネージャーは夢音のその言葉は聞き捨てることができなかったらしい。ここまで柔和な作り笑いしながら接していた彼の顔は阿修羅のような怒りの形相へ変貌した。
「夢音ぇ……! そりゃ言いがかりってヤツだろ? アイツが自殺したのはウチも《ORK》も関係ねえ。ただ一人のクズ女が勝手に首吊って勝手に死んだってだけの話だろぉが! 遺書だって何も残っちゃいねえんだ! 大方貢いでたホストに嫁がいたとか、そんなくだらねえ理由でショック受けておっ死んだだけのことだろーがよ! 」
マネージャーは夢音の腕に万力のような力を込めてひねり上げる。
「痛ッ! 痛い! やめてよぉ! 」
「安心しな、お前はボスの“お気に入り”だからよ、怪我させたり傷つけたりはしねえ。ただ、お前をボスの前に突き出すには多少手荒な方法を使ってもいい。って言われてんだよ! 」
マネージャーはポケットに手を突っ込み、金属の輪っかのような物を取り出した。それが“手錠”であることは夢音にも一目瞭然。
このままじゃ自分もVIPな変態さん達の慰み者にされてしまう……! 絶望の淵でリンボーダンスを強要されているかのような状況の夢音は自らを嘆く。
(なんで……なんでアタシの人生ってこんなに上手くいかなくなっちゃってるの? 高校生の頃、授業中に騒ぎまくって担任を鬱病に追いこんだ同級生は、今結婚して子供もいて一戸建てに住んでて……なのに休み時間でさえ静かに勉強してて、できるだけ他人に迷惑をかけずに生きてきたアタシはこうして今、夜の世界で変態さん相手に身体を売られそうになってる……おかしいよ……なんでアタシがこんな目に遭わなきゃいけないの? 助けてよ……誰かアタシを助けてよ! ドラキンで無双してるアタシの分身みたいに邪魔な奴らを蹴散らしてよ! )
そんな夢音の心の叫びもむなしく、彼女はマネージャーに押し倒されてしまい、無理矢理後ろ手に手錠を掛けられ拘束されてしまう。その瞬間に涙があふれ出し、止まらなくなってしまった。
「うう……ひどいよ……ひどいよぉ……」
「あきらめろ夢音。俺達《ORK》と関わった時点で、お前はもう自分の意志で生き方を選択することなんかできねえんだ」
マネージャーは立ち上がってさきほど夢音が淹れたコーヒーを一口啜り、あざ笑うかのように「マズい」と呟く。
「電刃技・雷電光撃閃!! 」
その一瞬の隙を逃さないとばかりに放たれた第三者の声!
マネージャーがそれを聞いて「誰だ!? 」と振り返った時にはすでに“コト”は完了されていた。
「うッ!?? 」
口に含んだコーヒーを吐き出しながら、マネージャーは身体を痙攣させて床に倒れてしまった。
「え……え!? 」
夢音の涙目で潤んだ視界の先に映っていたのは、バスルームに閉じこめたはずの翔人の姿。彼の右手には警棒型のスタンガンが握りしめられている、それを使ってマネージャーを感電させたのだ。
「大丈夫か? 」
手錠で手が動かせない夢音を助け起こす翔人。彼女は思わず彼の胸に顔を押しつけて安堵の号泣をする。
「ふええええッ! 恐かったヨォォォォ! 」
「無事で良かった。《オーク》め……手枷まで使って人間をいたぶろうとするなんて……どこまで堕ちれば気が済むんだ」
翔人はマネージャーの衣服のポケットをまさぐり、手錠の鍵を見つけるとそれを使って夢音を拘束から解き放つ。
「おじいちゃんありがとう……二度も助けられちゃうなんて……」
「気にするな。《オーク》の魔の手から人々を救うのが俺の役目だ」
翔人はそう言うと、おもむろにマネージャーが着ている服を脱がし始めた。
「ちょっ!? おじいちゃん? 何してるの? 」
「なに、今の装備(介護施設の病衣)じゃ色々と心もとないからな。コイツの装備をちょっと使わせてもらおうかと思ってね。《オーク》のお下がりとなるとちょっと癪に障るが、今はそうもいってられないからな」
「ちょちょちょ……ちょっと待って! 着替えるなら別に部屋に行ってよ! 」
うろたえる夢音をよそに、躊躇なく自分のはいていたズボンを下ろして結局目の前で全て着替え終えてしまった翔人。
多少サイズが合わなかったようだが先ほどまでの病衣から一転、良質ブランドのシャツとベストに着替えた翔人の姿は見違えるように凛々しく見えた。
「ふぇ~……馬子にも衣装って言えばいいのかな? こういう時って……」
「うん、防御力はあまり期待できそうにないけど、なかなか動きやすそうだ、気に入った」
心機一転した翔人は部屋の姿見に自分の姿を映し、襟を正し、着こなしに微調整を加える。そしてどこか恨めしい表情で額に手を当ててため息をついた。
「あとは、額の角さえ戻ってくれればな」
「角? 」
「ああ、気にしないでくれ……それよりもキミはこれからどうする? 」
「どうする……って? 」
「話を聞いた限り、キミは《オーク》に目を付けられているらしいな。ヤツらは執念深いぞ……キミがたとえ誰も立ち寄らないような山奥の集落に逃げたとしても、必ず居場所を突き止めて拉致するだろうな」
「そ……そうだよね……どうしよう……アタシ、このままじゃ結局捕まって変態さんのオモチャにされちゃう……」
翔人によって現実を突きつけられた夢音。さっきまで安堵で高ぶっていた気持ちが一気にクールダウンしてしまった。
「まぁ落ち込むな。一つ提案がある、聞いてくれるか? 」
翔人は少しだけ口端をつり上げて彼女にそう言った。彼が介護施設から飛び出してから笑顔を他人に見せるのはこれが初めてだった。
「提案……アタシに? 」
「そう。つまりアレだ、俺とパーティを組まないか? 手を組んで《オーク》のボスをブチのめすんだ。キミが助かるにはそれしかない」
「パーティ……それってゲームとかでいう、いわゆる……仲間ってこと? ちょっと待って! ムリムリムリ! アタシなんてザコにもほどがある弱チンだよ!? アクション映画のマッチョ俳優とは違うんだから! 」
翔人の提案を真っ向から拒否する夢音。しかし彼は慌てず騒がず、まっすぐに台風一過の朝空のように爽やかで澄んだ瞳を向け、こう言った。
「謙遜するな。キミが何者なのかは、その装備を見れば一目瞭然だ」
「装備? って………あっ! 」
夢音はこの時、翔人に指摘されてようやく気が付いたようだった。彼女はマネージャーと組み合った際に羽織っていたコートがはだけてしまい、その下に着たままだったダンサー衣装(極めて露出度の高い)が露わになっていた。
「ちょ! ダメ! 恥ずかしいからそんな真面目な目で見ないでって! 」
咄嗟に身体を両手で隠して赤面するも、翔人は下心をみじんも感じさせない表情で微笑む。
「懐かしいな……昔、仲間だったロゼってヤツも一緒だった。キミと一緒でポール(アクス)の使い手でね。それに精霊の加護を受ける為に、あえて肌の露出が多い装備をつけていたんだ。初めは目のやり場に困った」
「おじいちゃん……ポール(ダンサー)してた知り合い、いたの? 」
「ああ。だから分かる。その布面積が少ない装備に、そしてポール…………キミ…………“女騎士”だろ? 」
「おんな……きし……」
信じられない! という表情で目を丸くする夢音。そしてその瞬間、彼女は確信した。
(アタシのこと、なんでそこまで分かっちゃうの……? このおじいちゃん……ひょっとして本当に昔はスゴい人だったんじゃ……)
この人についていけば、きっと上手くいく。
今や夢音の心の展開図は、そのワードで埋め尽くされ、一種信仰にまで近い信頼を翔人に抱き始めていた。
誰にも言ってないのに……今日初めて会ったこのおじいちゃんは全部見抜いていた……どうして知ってるの?
アタシが昔、“女流棋士”を目指していたことを、なんで知ってるの?
【用語紹介】
・ORK
裏の世界で名をはせる犯罪組織。
違法薬物や銃器の密売、裏風俗の経営、殺人代行等、ありとあらゆる悪行に手を染めており、暴力組織からも厄介な存在として避けられている。