「2ー2 畜雷石」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
彼が冒険者ギルドだと信じて向かった先は、GUILDと呼ばれる店名のガールズバーだった。
GUILDはセクシーなダンサー達によるポールダンスが売りであり、そのダンサーの一人である久我夢音が、闇の組織《ORK》の男によって屈辱を受けているところに翔人が乱入。
スタンガンで立ち向かい、どうにか男を感電失神させて夢音を救出した翔人だったが、戦いで負ったダメージが影響して気を失う。
意識を失い眠りについた翔人は、かつて自分が旅立ったと語る異世界の記憶を夢の中で追体験するのであった。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[17歳]《異世界》
■装備■
頭:なぞの石
体:安物パーカー
手:無し
足:安物スニーカー
アクセサリ:スマートフォン
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていく。
異世界に転移した際、巨大ロボット型モンスターの奇襲により、額に小さな石が二つ、まるで鬼の角のように突き刺さってしまったが……?
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・パメラ[???歳]《異世界》
■装備■
頭:ルーンの髪飾り
体:ミスリル糸の僧衣
手:ユグドラシルリング
足:ユグドラシルミュール
アクセサリ:ミスリルタンブラー
異世界ライトイニングのエルフ神官。長い耳、薄い金髪とウグイス色の瞳が特徴的。
世界樹ユグドラシルの種子から採取された特殊なオイル「ユグドラシルオイル」を使った特殊戦術「オイルタクティクス」と「バブルタクティクス」を得意とする。
温和で思いやりのある性格だが、一度決めたことは断固として譲らないガンコな一面もある。
時々無自覚に毒を吐くコトがあるが、これは隠し事をしないエルフ族特有の気質から来るものである。
好きな食べ物はオイル系パスタ・辛い物全般。
・ロゼ[???歳]《異世界》
■装備■
頭:チェインヴェール
体:ノーミードアーマー(ビキニタイプ)
手:ミスリルポールアクス
足:シルバーブーツ
アクセサリ:地精霊のお守り
異世界ライトイニングの精霊騎士。ブラウンの瞳と金髪が特徴。
鍛え上げられた肉体と露出の激しい装備が特徴。(動きやすさと精霊の加護を得る為)
長いポールアクスを武器にして戦う。気性の荒い性格ではあるが、思いやりのある一面もある。
好きな食べ物はアイスクリーム・甘い物全般。
どうやら俺はまた、夢を見ているらしい……
あれは、そう……俺が異世界ライトイニングに転移して間もない頃……“あの石が”頭に突き刺さってパニックになってしまった……俺の姿だ……
「これは参りましたね……打つ手なし、打開なし、お手上げです。かわいそうですが一生このままですね」
イキナリ異世界に迷い込んでしまったと思えば謎のロボットに襲われて、額に石が突き刺さってしまった俺……
そんな哀れな姿を見た少女は、非情な真実を容赦なく伝えてくれた。この世界にオブラートってモノはないんだろうな。
「シャロン、マジでどうすることもできないのか? 」
単身でロボットを撃墜した屈強な女騎士ロゼの口振りから、俺に残酷な言葉を吐き捨てる少女の名前は「シャロン」という名前なのだとわかった。彼女もロゼ達の仲間なのだそうだ。
背丈は小学生と見間違えるほどで、実際顔つきも子供みたいだ。胡散臭い占い師のような紫色のローブを羽織っているがサイズが合っておらず、あざといほどの萌え袖状態。
右手には自分の背丈の倍はあろう長さの杖を携えていることから、このロリッ子はおそらく“魔術師”の類ではないかと推測した。
「マジで無理ですね。彼に突き刺さった石は絶妙な入射角と深さで頭蓋骨にめり込んでいて、下手に引き抜こうとすれば、脳組織を破壊しかねない。最悪死ぬし、そうでなくともなんらかの障害が残るのは確実。それに……」
シャロンは言葉を意味ありげに切り上げたかと思うと、セミの死骸を見るような視線を俺に向けながら杖を振り上げた。
「『雷鳴光』! 」
突然彼女がそう唱えると、杖の先に取りつけられた黒い石が発光して『バチバチッ! 』と、空気が弾けるような裂音が発せられた。
「ぬわああああああああッ!? 」
そしてどういうワケか俺の頭に電撃が命中する。歯はガタガタ震え、手足はブルブルと痙攣……正座のしすぎで足が痺れた時の感覚が全身に行き渡る感じ。これで失禁しなかったことは褒めてほしい。
「シャロンさん!? いきなり雷呪文をキメるなんて酷いじゃないですか! この人はゴキブリじゃないんですよ! 」
“美少女エルフ神官”パメラさんはそういって俺に言葉でトドメを刺しにくる。この世界のゴキブリって俺に似てるんだなぁ……
「勘違いしないでほしいです。こうすることで彼はかろうじて命をつないでいるんですよ。今の電撃は大事なんです」
「う……ど……どういうことなの……シャロン……ちゃん? 」
俺がそう質問すると、シャロンは露骨に「チッ! 」と舌打ち。不快感を露わにした。え……何か悪いこと言ったか俺?
「シャロン“さん”と呼んで欲しいのです。これでもぼくは25歳なんですよ。子供扱いしないでほしい」
「にじゅうご!? 」
シャロンの見た目が特殊すぎるのか、それともこの世界ではそれが当たり前なのか、この時の自分には答えがだせずにいた。
「とにかく、オツムの弱そうなあなたにでも分かるよう、懇切丁寧に説明してあげましょう」
そう言ってシャロンは杖で地面を軽く小突くと、散らばっていた小石や岩石の破片が吸い寄せられ、パズルのように組み合わせっていく。
「すげえ……」
そしてそれはスポーツの大会で使われる表彰台のような凸形になり、シャロンはそれに上がって俺の頭上を見下ろした。
その一見無意味な行為から、彼女が自分の身長にひどくコンプレックスを抱いていることが丸わかりだった。
「あの……シャロンさん、言ってくれれば俺が座りましたよ? 」
「チッ……何をワケのわからないことを言ってるんです? それじゃあなたに気を使われることになるじゃないですか? “あなたが見上げる”んじゃない、“ぼくが見下す”ってコトが大事なんです! 」
よくわからない理論だったが、彼女なりのポリシーやプライドがあるようだ。ここは変にツッコまずに、流れに身をまかせることにしよう。うん、それがいい。
「オホン、それでは話を戻しましょう。まずあなたのおでこに突き刺さった石。それはただの石じゃありません、《畜雷石》と呼ばれる特殊な石なんです」
「ちくらいせき? 」
「そう。それは“電気を吸収してため込む”という不思議な性質を持った石で、これさえ持っていれば稲妻に打たれようが、雷系呪文を食らおうが、電気ウナギに抱きつこうが関係なく、身体が感電することなく無効化してしまうというスグレ物なのです」
なるほど、つまり《畜雷石》というのはRPGでよく見られる“雷属性無効”のスキルを得ることができるレアアイテムってことなのか。
そういえばさっきシャロンに不意打ちされた『雷鳴光』も、全身に痺れこそ感じたものの、電流が身体に流れて黒コゲになることはなかったもんな。
「そしてその《畜雷石》がどういうワケかあなたのド頭に突き刺さってしまったコトで、よからなぬ状況を生み出してしまいました」
「こんな物が突き刺さったまま一生過ごさなきゃならない以上によからぬことって……? 」
「人間の身体には微弱な電気が流れていることは知っていますか?」
「なんとなく……脳の神経細胞とか、情報伝達する時に使われているとかなんとか……」
「まぁ、そんなところです。よく知っていましたね。意外でした」
マンガで知った知識だけどね。
「それであなた、そこまで分かっていて何か重要なコトに気が付かないですか? 」
重要なコト? 身体に電気……神経細胞……
「あっ!! 」
今になってようやく、なぜさっきシャロンが俺を雷系呪文で攻撃した理由を理解した。なんてこった……この場に彼女がいなかったら……と思うとゾッとする。
「お察しの通り。《畜雷石》はあなたの脳内に流れる微弱な電気さえも吸収してしまうのです。だからこうして……『雷鳴光』! 」
「ぬえっ!!?? 」
再びシャロンから電撃が放たれる。話の途中でいきなり呪文を唱えるのはやめてほしい。心の準備ってモノが必要だ。
「こうやって《畜雷石》に電気を帯電させておかないと、あなたの脳内の電気まで吸い取られて神経伝達ができなくなり、最悪死ぬし、そうでなくとも植物状態に陥ってしまう可能性があります」
「そ……それじゃあ俺は今後一生、シャロンさんに雷系呪文でビリビリしてもらわなければいけない身体になってしまったってことなの? 」
「ぼくは嫌ですよそんなの。そこまで暇じゃないですし。ぼくの魔力にも限界があります」
「そんな……俺は一体どうすりゃいいんだ? 」
シャロンは俺のすがる視線を一蹴しつつも「ハァ……」と一つため息をつき……
「解決する方法一つだけあります。アレを見てください」
シャロンが指さした方へと視線を向けると、そこには先ほどロゼによってバラバラにされてしまったタロスの残骸があった。
「あのガラクタが何か? 」
「よく見るのです」
言われた通り目を凝らすと、確かに何かが残骸の中で光り輝いているように見えた。少し湾曲した金属の細長い板……それは限りなく“刀”に似た形状をしている。
「あそこで光っている武器が見えるでしょう? それこそがぼくたちが探し求めていたモノであり、あなたの命を救うアイテムでもあるのです」
どういうこと? という感じの表情で黙りこんでしまった俺を見かねて、ロゼが話に割り込んできた。
「オレが説明してやるよ、あれはかつて地上を席巻していた魔神が使っていたと言われている、魔道具“雷刃”だ」
「RPGとかでよくある伝説の剣的なモノ? 」
「RPGってのは知らんが、そんなところだ」
ロゼはそういってタロスの残骸をポールアクスで払いのけた。地面に突き刺さった刀の全貌が露わになる。
柄は無く、目が痛くなるほどに青く光輝き続け、表面には糸のように電撃が這い回っている。
「この“雷刃”は永久的に電気を発する奇跡の刀。それを動力にするのと同時に、刀を守り続けていたのがこの機神タロスだ……今はもう残骸になっちまったがな」
ここまで説明してくれれば、理系の知識が中学生レベルの俺でも何を言いたいのかはわかる。
「つまり、俺がその“雷刃”ってヤツを持っていれば、おでこに刺さった……《畜雷石》ってのに電力を送り続けられる。つまり俺は脳の電気信号を失わずに済む。ってことだよね! 」
「そうだ。雷刃の力はあまりにも強力だ。そのまま使ったら制御しきれない。だからタロスの頭部にも《畜雷石》を取り付けてバランスを取っていたってワケだ」
「雷刃と《畜雷石》は二つで1セットなの」
ロゼの説明に、パメラがそう付け足した。
なるほど、そういえば前にプレイしていたRPGにも“ミョルニル”っていうメチャクチャ強いハンマーがあって、それを使いこなすには別に“魔法のベルト”と“鉄のグローブ”を一緒に装備しなければいけない。ってのがあったコトをお思い出した。雷刃と《畜雷石》もそれと同じなんだろう。
「じゃ、あなた。ここらで一つ、男を見せていただけますか? 」
シャロンは感情の込もっていない口調でそう言いながら、俺の背中をグイグイ押して雷刃の方へと向かわせる。え、ちょっと待って!
「シャロンさん? な、何を? 」
「決まってるじゃないですか? 今からあなたがあの刀を抜くんです。そうしなきゃ死んじゃうんですよ? 」
「今からですか? まだ心の準備が! 」
「今じゃなかったらいつですか!? さぁさぁ、ぐいっと一本いってみましょう」
「伝説の武具を仕事終わりのビールみたいな気軽さで抜かせないでくださいよ! まぁ、仕事終わりビール飲んだことないけど! ニートだし! 未成年だし! 」
「チッ! なんだかよくわからないコトをつべこべぬかすなです! 《畜雷石》があるんです! 雷属性は平気なんですからパパっと握ってグイってひっこ抜きゃ終わりなんですから、さあ早く! 」
「ちょちょ……ちょっと待ってください! 落ちないとわかってても、氷の張った湖に足を踏み入れるのは勇気がいりますよね!? だから俺も……」
「『雷鳴光』」
「ぐええっ?! 」
三度目の雷系呪文が俺の顔面を貫いた。今の一撃が生命維持の為なのか、俺の言葉を強引に断ち切る為のものだったのかは不明だ。
「ほら、大丈夫ですから。行きましょう」
「《畜雷石》が吸収しきれなかったらどうするんっですか!? 」
「大丈夫、さっきのタロムだって平気だったでしょう? 許容オーバーで感電したとしても、最悪死ぬかもしれませんが、運が良ければ大けがで済みます」
「うわ、そんな! パメラさん! ロゼさん! 助けてください! 」
俺がすがるように二人に視線を配らせると、そこには自分の息子を保育園に送り出しているような、朗らかで緊張感のない笑顔のパメラとロゼが俺に向けて手を振っていた。
「がんばってください! きっと地母神ライティス様がキミの無事を祈ってくれている………………ハズですよ! 」
「おう! 悪運の強そうなツラしてるから、まぁ………………大丈夫だろ! 頑張りやがれ! 」
「やめて! その不吉な間! 」
そうこうしているうちに、シャロンに背中を押され続け、雷刃は目と鼻の先。真っ白に発光しながら電撃を放ち続け、その周囲に洞窟の天井から降り落ちる小さな石の欠片が触れると、バチバチッ! と音を立てながら砕けて塵となった。
「マジで? マジでこんな恐ろし過ぎる代物を握らなきゃならないワケ? 」
「さ、お願いします。伝説の刀ですよ? 世の十代の男子なら誰もが積もらせた青臭い夢想を叶えるチャンスなんですよ? これ抜けちゃったら勇者ですよ? 低血圧な喋りで涼しい顔しながら敵をバッタバッタなぎ倒す系の! 」
ええい! このエセロリっ子魔術師め! 囁くな! 惑わすな! ちょっと危険を冒してみようかと気持ちが浮ついちゃったじゃないか!
それになんだ? こっちの世界でも中学生男子が、授業中、教室に現れた暴漢を何食わぬ顔で撃退する系の妄想にふける文化があるのか!
確かにそれは魅力的っちゃ魅力的ではあるけど、確証に乏しいバクチに乗るにはリターンが少なすぎる気がするぞ!
でも、ここでこの刀を手にしなければ《畜雷石》に電気を吸われてゲームオーバー……どっちに転がってもデンジャラス……いや電ジャラスな流れ……まさに八方ふさがりだ。
ここはシャロンの言うとおり男を見せなきゃならないのかもしれない。
「よし……決めました! 」
俺はようやく覚悟を決めた。いつもよりも声のトーンを低めに意識し、パメラ達の方へと振り返って決意表明する。
「み……見ててくださいよ! 俺……絶対にこの刀を自分の物にしてやります! この雷刃を引っこ抜いて使いこなして見せます! この世界を救う伝説の勇者になれるよう今以上の……」
「『雷鳴光』」
俺が覚悟を決めて演説をキメている最中、しびれを切らしたシャロンが四度目の電撃を見舞った。
「うげぇえッ! 」
その驚きと身体の痺れで体勢を崩し、俺の右手は強制的に雷刃の柄を包み込んでいた!
「ぬああああああァァァァーーーーッ!? 」
雷刃を握った瞬間、全身の血管に強炭酸のコーラを注入させられたかのような錯覚を覚える。今俺は感電している。間違いなく感電している。
「うおおおおおおおおォォォォーーーー! 」
しかし残念ながら……どうやら《畜雷石》を持ってしても、完全に感電を防ぐことはできなかったようだ。
焦げた匂いが、俺の鼻の奥を刺激している。多分これは、俺自身が焼け焦げ、皮膚が真っ黒に炭化している匂い……
やっぱり俺は伝説の武器を手にするほどの器ではなかったんだ。異世界に飛ばされたとしても、結局は元いた世界と同じだ。
学生時代にクラスメイトにバイキン扱いされ、孤独な人生を歩む羽目になった俺の低スペックな人生は……多少の危険を犯したところで風向きなんて変えられっこないんだ。
「アアアアァァァァーーーーッ!! 」
身体が熱くなってきた……お尻の右側の部分、ポケットが付いている部分から、特に強い熱気を感じる。
『ジュウウウウゥゥゥゥーー……』
まるで真っ赤に焼けた金属を押し当てられている感じだ。お尻の触覚から察するに、長方形で、手のひらサイズの何かを力強くお尻に押されているような……
待てよ……金属……手のひらサイズ……長方形……。それってまさか!?
「ああああああああッ!! 熱ちッ! あちちちち! 」
俺はあわてて右手をズボンの尻ポケットに突っ込み、“大切なアレ”の安否を確認した。
「や……やっぱりーーーー!! 」
それは、あまりにも無惨な姿での再会だった。
「スマホが……俺のスマホがぁぁ! 」
雷刃の高圧電流は、情け容赦なく文明の利器をただのガラクタへと変貌させた。元いた世界と自分自身を繋ぐ唯一の物証が今、消えてしまったのだ。
「どうしてくれるんですか! こんなヤバい物を無理矢理握らせて! そのせいで見てくださいよ! 機種変したばっかりなんですよ! データも確実にブっ飛んでますよコレ! アドレス帳だって初めから作り直しですよ! まぁ元々そんなに載っていませんが! ああーッ……! クラウドにバックアップとっときゃよかった! 」
俺は大事な端末を破壊されて頭に血が昇ってしまったらしい、異世界だとかどうとかはもはや関係なく、とにかくこの感情を発散させなければ気が済まなかった。
「お、おい……」
そんな俺の姿を、ロゼ・パメラ・シャロンの3人は、UFOとイエティを同時に見たかのような顔で見つめ続けている。
「何ですか! そんなに面白いですか!? 半分くらいは自業自得とはいえ、大事な物を破壊された引きこもりの姿は面白いですか!? 滑稽ですか!? 笑えばいいですよ! 指差してバイキン扱いすればいいさ! どうせ……」
「すげえじゃねえかァァァァ! お前! 」
「はい? 」
ロゼが目をキラキラ輝かせながら俺に「すげえじゃねえかァァァァ! 」と賞賛の言葉を送ってきた。アレ? この世界ではスマホを黒コゲにすることが最高にクールなアクティビティなの?
「スス……スゴいですよ! やりましたね! あんなに激しく刀とやり合ったというのに、平気な顔で左手で柄を握りしめているなんて! 」
なんだかどことなくイヤらしいニュアンスを込めて、パメラも俺を褒めちぎった。え? 左手で……柄って……
「あッ!! 」
痺れとスマホが壊れてしまった怒りで俺はどうにかしていたらしい。今ようやく気が付いたのだ。
俺の左手に“雷刃”が握りしめられていることに!
「つまり……」
「そう、あなたの雷刃チャレンジは見事に成功をおさめたというコトです。あなたは雷刃の新オーナーになったんですよ! 」
「やった……やったんだ……! 俺! 」
頭から幸せな汁がドバドバ流れる達成感。ゲーム以外では久々に味わう感覚だった。
「やりましたよ! みなさん! 俺! やりましたよ! コレで俺の命は助かる……かっこいい武器も手に入った! 」
雷刃の影響で脳内の電気信号が暴走してしまったのか、俺は自分でも引いてしまうほどのハイテンションで彼女達の元へとダッシュした。
「よっしゃああああッ!! 」
歓迎してほしい、受け入れて欲しい。その程度の下心を持ちながら、俺は両手を広げて三人に突っ込んだ。
だったんだけど……
「あれ? ちょっと!? どうしちゃったんですか? 」
三人は俺を避けるように距離を取り、揃って同じ顔を作っていた。
「お……おう! お前はすげえよ! だから、ちょっと落ち着こうぜ……! 」
「そ、そうですよ……! 理論上は雷刃から放たれる電流は、あなたの体内を通って《畜雷石》に蓄えられます……ですが……」
「え? ちょっと待ってくださいよ、それならそこまで避けなくてもいいじゃないですか? 」
「おう……わかってるよ。そりゃわかってる……だけど、アレだ……氷の張った湖に足を踏み入れるには、落ちないとわかってても勇気がいるもんだろ? 」
「それ、俺がさっき言いましたよ」
やはりロゼもシャロンも電刃を持った俺に近づくことに抵抗を覚えているようだった。
無理もない……数万ボルトはあるだろう電撃を身に纏った男が近寄ってくるとなれば、誰だって悪気なく距離をとるだろう。
それはわかってる……わかってるんだけど……
『離れろ! “翔人菌”が染るぞ! 』
『翔人、お前給食当番やらなくていいぞ』
『女子が先生に言ってたぞ、プリント配るとき翔人が触った紙に触れたくないからお前を一番後ろの席にしてくれって』
『やめて! その消しゴム拾わないで! 私のなの! 』
『さやかちゃん、早引きしたんだって……廊下で翔人とぶつかっちゃったから……』
『誰か、修学旅行で翔人くんを一緒の班に入れてあげて』
もういい加減忘れてしまいたい記憶がフラッシュバックしてしまった。
何が原因で、誰が始めたのかわからない。俺は小学生の頃、いつの間にかクラスで“バイキン”扱いされるようになっていた。
それがキッカケで俺は人間関係がうまくいかず、学校だとか社会だとか、組織というモノには一切馴染めなくなってしまった。
この異世界に放り込まれてからは、痛い思いをして散々だけど、ちょっとした希望も同時に抱いていた。
俺はここで、もう一度人生をやり直せるんじゃないか? って……
でも、それもやっぱり“ただの望み”で終わりそうな雲行きになってきた。
ロゼ、シャロン。わかってる。それ以上言わなくてもわかってるよ。
みんな、雷刃を持った俺に触るのが怖いんだよな。でも仕方がない、下手をすれば感電して命だって落としかねないんだ。
悪いのは俺だ。こうして命をつないでいるだけでも感謝しなくちゃダメなんだ。
そう、元に戻っただけなんだ。だからいい……俺はこっちの世界でも孤独に……
「えい! 」
「は……え? 」
「すごいです……これだけビリビリしてる刀をもっているのに、触っても全然何も感じないんですね! ちょっとピリッ! とするくらいはあると思ってました」
今、俺の身に何が起こってる?
目の前には真っ白な肌のエルフ。その両手で包み込むように触れているのは、俺の両頬……
「この《畜雷石》、しっかりビンビンに仕事してくれてるみたいですね。フフッ良かったですね! これで脳ミソは安泰ですよ! 」
パメラが何の躊躇もなく、あっけらかんとした態度で、ウグイス色の瞳でジっと俺の顔をのぞき込んでいる。
「あの……」
「はい? 」
「嫌じゃ……なかったんですか? 」
「何が……ですかね? 」
「俺に触ること……嫌じゃないんですか? 」
「シャロンが言ってました。理論上は安全だって」
「え、でも! 理論上ですよ! ひょっとしたら計算違いで感電してたかもしれないのに! 」
「私はシャロンを信じてますから。それと、キミも仲間外れみたいになって寂しそうにしてましたし、だから『えい! 』っておさわりしてみました」
「えい! て……そんな気軽に……」
「だめでしたか? いいじゃないですか何もなかったんですし。あ! もしかして他人に肌をなで回されるコトが苦手なタイプでしたか? それでしたすみません! 軽率にボディタッチしてしまいました、おさわり厳禁だったとはつゆ知らず……」
「いえ……違うんです! 」
「キミ……えと、どうしちゃいました? 」
俺はその時、涙を抑えることができなかった。水門を開けたように、止めようにも止めようにも涙が頬を濡らし続けた。そしてついでに鼻水も一緒に飛び出していた。
下手をすれば感電死していたかもしれない、そんな自分の身体に躊躇なく触れてきたパメラ。
俺はこの瞬間、ここで人生が終わってもいいとさえ思った。こんなにも自分に対して“無警戒”に接してくれる人間と出会えたのだから。
「ホントだ……全然大丈夫だな」
「うん、ぼくの考えは正しかったみたいですね」
ロゼとシャロンがパメラに続いて俺の腕に触れて感電しないことを確かめてくれた。三人の女性に囲まれて照れくさかったけど、それ以上に嬉しかった。他人から人間として扱われることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
「悪かったよ、安全だってわかってても最初はやっぱ……恐かったんだ、すまん……」
「持論には絶対的自信があったつもりですが、土壇場でそれを信用できないようであれば魔術学者として失格ですね。その……悪かったです」
ロゼもシャロンも俺に対して謝ってくれた。それは当たり前のことなんだろうけど、自分にとってはそれもまた特別なことだった。
「い……いえ、いいんです……俺は……気にしてましぇんから……! 」
「お、おい! お前さっきより涙の量増えてねぇか? 」
「き、気をつけてくださいよ! 電解質の涙を伝って感電するかもしれませんから」
「はは、楽しそうで何よりですねぇ。でも2人とも、私達は重要なことを忘れていますよね? 」
パメラはそう言って、俺にハンカチを手渡してくれた。悪いとは思いつつもそれで涙と鼻水をぬぐい取り、ボヤけた視界をハッキリさせると、俺の前にパメラ、ロゼ、シャロンの三人が並んで俺の前に立っている。
「え……と、どうかしましたか? 」
「順序がおかしくなってしまいましたが、自己紹介させてください。ぼくは魔術学者のシャロン・バーンズ」
「俺は精霊騎士のロゼッタ・オーノ。ロゼって呼んでくれ」
「私はパメラ・エルフィード。水精霊の加護を受けたアンダイン教の神官です」
さっきまで少しおどけた雰囲気だったのが嘘のように、三人はかしこまった態度で俺に改めて自己紹介を始めた。そしてここでようやく自分は大事なコトを忘れていることに気がついた。
「そうか……! お、俺、雷門翔人っていいます! 自宅でニートしてます……ショートって呼んでください! 」
焦って言葉を噛みながらの自己紹介になってしまったが、彼女達は一切笑うことなく、なんとその場でひざまずいてしまった!?
え、何? ニートってまさかこの世界では重要な役職名だったりするワケ?
「らいもんしょうと……ショート。ぼく達から改めてお願いを申し上げます」
あの高飛車なシャロンが俺に対してお願いだって? 一体何を頼まれちゃうんでしょうか?
「ショート……その雷刃をもって、ぼく達に力を貸していただけますでしょうか? ぼく達の念願成就の為、同行していただけますでしょうか? この国 《ライトイニング》の支配を目論見る、悪の権化 《オークマスター》を倒す旅に……! 」
「《オークマスター》……!? 」
「そう……彼は《オーク》を意のままに操って人々を苦しめている悪党です……ロゼもパメラも、そいつによって肉親を失っているのです……」
ロゼとパメラは表情を強ばらせた。目の前の三人がなぜ雷刃を持った俺に、ここまでかしこまった態度をとっているのか、今の言葉と態度でようやく理解できた。
「わかりました……こんな俺でよければ、力になります! 一緒に《オークマスター》打倒の旅に連れて行ってください」
「いいのか? 死ぬかもしれない危険な旅になるぞ? 」
ロゼがそう言ったが、俺の決意に変わりはない。
「もともとシャロン達がいなかったら《畜雷石》で死んでいた身ですから。俺の命は……その、あなた達と共にあります……! 」
その俺の言葉を聞いた三人は、晴れた日の池の水面のように瞳をキラめかせた。
「ホントですか……! 助かります! 」
「言うじゃねえかショート! 」
「ショートさん……ありがとうございます!
ちょっとカッコつけすぎちゃったかな? と思ったけど、みんなは俺の言葉を心から喜んでくれたみたいだ。シャロン、ロゼ、パメラが揃って俺に握手をしてくれた。
(いいな、こういうの……)
仲間……って感じがする。この人達と一緒なら、辛い旅も恐くない……元の世界にも全く未練はない。
ここが俺の“ホーム”なんだ……って実感がある。
「さて、ショートォ……そうと決まったら早速だ! 」
ロゼはさっきまでかしこまった態度を一変。少し悪どいニュアンスを込めた声で俺に迫り、無理矢理肩を組んで露出過多な身体を密着させた。
(あ……あの……“当たって”るんですが……)
「ショートぉ、俺にはお前がその電刃を使いこなせるようにして、《オーク》共と対抗できるようにしなきゃならん“義務”がある」
「はい、ぼくもあなたが色んな状況に対応出来るよう、雷刃以外の魔術が使えるようにする“義務”があります」
「私もですよショートさん! キミは異国の出身みたいなんで《ライトイニング》のことをあんまり知らないみたいですね。なので私が責任をもって我が国の歴史や風土をキミに教育する“義務”があります! 」
義務・義務・義務……トリプル義務いただきました。それってつまり……
「楽しくなるぜえ、俺達が持ってる技と術を全部みっちり……」
「あなたに教え込んであげますから」
「楽しみにしててくださいね! 毎晩寝かせませんよ! 」
みなさん、何か悪い目つきになってませんか? 新しいおもちゃを買ってもらった子供が、それをイタズラに使うような目になってませんか?
「ショートぉ! まずは街までランニングだ! ざっと30km! ケツと腹筋に気合い入れやがれよ! 」
「そんな! 勘弁してください! 自分、こんなんでも魚の目がひどくて足裏に爆弾抱えてるんで……」
「つべこべ言うなです! 『大雷鳴光』!! 」
「ぎゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
■ ■ ■ ■ ■
ァァァァァァァァァァァァァァァァ……! 」
「ど……どうしたのおじいちゃん!? 」
「……はぁ……はぁ……」
翔人は夢を見ていた。自分が異世界へと赴き、伝説の刀と仲間を経たという内容の夢だった。その夢が酷く恐怖を覚える内容だったらしく、彼は額に大粒の汗を浮き上がらせていた。
「大丈夫なの? 雷に打たれたのかと思うぐらい絶叫してたけど……? 」
傍らには《GUILD》で出会ったポールダンサーの夢音の顔があった。彼女が心配そうに翔人の顔をのぞき込んでいる。
「あ……ああ……大丈夫だ……実際雷に打たれたようなものだったが……」
「は……はぁ……? 」
ガールズバー《GUILD》の屋上で倒れてしまった翔人。彼が再び意識を取り戻した時、見知らぬ部屋のソファの上で寝かされていたことに気がつく。
「ここは? 」
「アタシんちのアパートだよ、おじいちゃんをここまで運ぶの大変だったんだから……それより……」
「それより……? 」
「おじいちゃん……そろそろその手を離してくれるかな……? 」
夢でうなされた翔人は、パニックだったのかそれとも無意識だったのか不明だが、その右手で夢音の胸の膨らみをしっかりと鷲掴んでしまっていた。
「これはきっと……『雷鳴光』によって生じた身体の痙攣が原因で……」
などといいわけじみたことを言う翔人だったが、夢音の耳には届かなかったようだ。
「ジトーーーー………………」
彼は「すまん……」と素直に謝った。
【用語紹介】
・雷刃
かつて異世界ライトイニングに闇の時代を作り上げた魔神「アスラ」が地上に残した魔道具。
その刀身からは無限に高圧電流が発せられ、常人に扱うことはまず不可能。これを取り扱うには、畜雷石を使った籠手や手袋といったアクセサリが必須となる。
・畜雷石
電気を溜め込んで放出するするという特殊な性質を持った石。
これを装備した者は、一切の雷属性を無効にできる。
無限に電気を放出し続ける電刃を扱う際には必須となるアイテムである。