「1ー3 異世界ライトイニング」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)はある日、自身が入居している介護施設に現れた暴漢から女性介護士を救い出し、男が武器として持っていたスタンガンを奪い取る。
翔人は、その暴漢をかつて異世界で宿敵として戦い続けた《オーク》の残党と判断。彼はその男が持っていた名刺を手掛かりに、《GUILD》と呼ばれる店へと向かうことになったのだが……
それは俺、雷門 翔人が17歳の頃だった。
ネット通販で購入した新作のPCゲームを受け取る為、深夜のコンビニに一人で向かっている最中だ。
その日は雨雲が濃くて雨こそ降ってはいなかったけど、遠くの方でゴロゴロと雷が轟いていたことを覚えている。
「こりゃ停電するかもなぁ……早く帰ってPCのコンセント抜いといた方がいいかも」
そんなことを考えていた矢先だ。
『ビシャァッ!! 』
世界が引き裂かれたかと思うほどの雷鳴と共に、目の前が真っ白になった。痛みも苦しみも感じることもなく、ただ夢の中をうとうとするような感覚を味わったと共に……
ああ、俺……雷に打たれたんだなコレは。やっべえ……このままじゃお目当てのゲームを今日中にプレイ出来そうにないな……だとかのんきなコトを考えつづけていた。
このまま死んでしまうのだろうか?
友人もほぼ0。オンラインゲームにのめり込み過ぎて、家族にもシラけた視線を向けられる日々を過ごすような人生だった。
死ぬのならせめて、アニメやゲームのように異世界に転生してさ……都合よく便利で使える特殊能力を携えちゃって、そんでその能力を駆使して適度に歯ごたえのあるモンスターを次々倒すでしょ?
それで世間からはチヤホヤされ、名声を聞きつけた可愛いエルフやサキュバスっ子をパーティに加えて……イチャイチャしながら冒険するような、そんな人生を送ってみたいじゃない?
雷に打たれて意識があるのか無いのかも分からない状態でそんなことを考えていた俺だったが、背中に何か“硬い物”が当たっていることに気が付き、モヤモヤとした意識がハッキリと鮮明になってきた。
「え……あれ? 」
その時俺は仰向けに倒れていた。身体を起こして周囲を見渡せば、明らかにコンビニまでの道中とは違う。
「えっ? え? どういうこと? 」
そこは洞窟……と呼んでいい場所だった。背中の感触は、全く人の手の及んでいない岩肌の地面によるものだ。
落ち着け雷門翔人17歳! 状況を確認するんだ! 俺はついさっき雷に打たれた! それで気を失って倒れた! 身体もみる限りでは……怪我は無い! ポケットには財布にスマホに……
俺はこの時、雷に打たれたことで意識が混乱し、幻覚を見ているのかと思っていた。
しかし、次の瞬間、この場が紛れもない“リアル”であることを文字通りに痛感することになる。
『ググゴォォォォッ!! 』
大きな工場の機械が動きだす時のような轟音が、洞窟内に反響しだした。
「え……なに? マジでなんなの!? 」
立ち上がってその音の出所に身体を向けると、そこにあったのはバカが付くほどデカい金属と思われる球体が、さも当たり前のようにプカプカ浮いていた。
『自衛モード……起動……進入者ヲ、排除シマス』
銀色の球体はいかにもベタな合成音の棒読みでそうアナウンスすると、みかんの皮を剥くように表面が剥がれだし、時計の歯車を思わせる内部の機構が動き始める。
『ガシャン! 』
「おおッ! 」
『ガシャン! 』
「おおーッ!! 」
『ウィーン……』
「おおおおッ! 」
『ガシャァァァァン! 』
「オオオオオオッ! 」
と、あれよあれよという間に、球体は人型のロボットのような形状に変わってしまった。
その“金属球だった物”の一連の流れを見て、俺は興奮を隠せず……
「すげえぇぇ! なんだよさっきの! なんとかフォーマーみたいだったぞ! 」
と歓喜・躍動・絶叫! 今さっきロボットが自分に向けた言葉なんて頭の中からスポッ! と抜け落ちていた。
『排除シマス』
「あら? 」
その刹那、ロボットは全長5mはあろう巨体で軽々とジャンプし、硬質な腕を大きく振りかぶってこちらに向かってきた! どう考えてもヤバイ状況だ!
「ひえっ! 」
ボーっとしていたらミンチにされかねない。俺は咄嗟に横方向へとヘッドスライディングを敢行する。
『ドゴォォォォッ! 』
ロボットの一撃はすさまじい爆発音を生みだした。タンクローリーが爆発したらこんな感じだろうか?
「ぬわああああッ! 」
その衝撃によって俺の身体は真上に吹き飛ばされてしまった。
ロボットの背丈を優に越えて味わう浮遊感、どうしていいのか分からない混乱状態のまま重力に引っ張られ……
「うッ!! 」
額に激しい痛みを覚えて目の前が真っ暗になってしまった。
雷に打たれて死んだと思ったら、ワケの分からない場所に連れられ、今度は謎のロボットに殺されてしまうだなんて……
なんとも飲み込み辛い運命だった;…今度こそ本当に死んでしまうんだろうな……
と二度目の諦めに入った直後、俺はふと後頭部に何か“柔らかいもの”が触れられていることに気が付く。
そして同時にとても“いい匂い”が鼻の奥をくすぐっていることにも……
「だだだっ……大丈夫ですか!? 」
誰かの声が聞こえる、女の子の声だ……ゲームのヒロインみたいに滑舌が良くて澄み切った声だ。
「どうしよう! まさかこんな事態になるだなんて思ってもみなかった! 封印されていた古代の武器を守る球体に雷系の術をぶつけ続けていたら、いきなり大爆発が起きて見知らぬ男の人が召還されてしまうだなんて! しかも球体が変形してあんなゴーレムじみた姿に変わるだなんて聞いてないです! どうしよう! しかも謎の男の人は速攻で攻撃されちゃって気を失ってるし、今もこうやって私の膝枕の上でベロ出してほとんど死にかけてるし! 早く治癒系の術で傷を治さないと大変なコトになっちゃう! 」
(メチャクチャ喋るなこの人! )
でもおかげで今の状況が大体わかったよ。
どうやら俺は強力な雷系魔法的な何かの影響で、こっちの世界に呼ばれてしまったらしい。そして吹っ飛んで怪我して、それで今……なんということでしょう……俺は今、女の子の柔らかな太モモを枕にして横たわってる!
元の世界では味わえなかった感覚をより一層確かな実感として覚えようとした俺は、どうにか意識を身体の方へと戻して瞼を開き、膝枕の持ち主である女の子の顔を確かめようとした。
「「あ!? 」」
お互い同時に声を上げて驚く。
女の子は瀕死の男が意識を取り戻したことで……
俺自身は、目の前に写り込んだ女性の顔が“メチャクチャ可愛かった”ことで……
「平気ですか!? 私の声が聞こえますか!? 私が誰だかわかりますか!? 」
薄金髪の美少女はあたふたしながら俺に声をかける。漫画だったら確実に目がグルグルの渦巻きになっていそうなほどの慌てぶりで……
「み……耳は聞こえます……でも、あなたが誰なのかは分かりません……しょ、初対面なんで! 」
「で……ですよねーっ! ごめんなさい! あなたが腐った魚のような目をしていて、あまりにも冴えない顔つきだったんで、もう死んじゃってるんじゃないかと思って焦ってしまって! 」
「そ……そうですか……はは……」
美少女の容赦ない言葉によって心にクリティカルダメージを負った俺。泣いてもいいかな?
「ロゼ! こっちは大丈夫だよ! 思いっきりやっちゃって! 」
俺の存命を確認した毒舌美少女はそう叫んだ。“ロゼ”というのは仲間の名前だろうか?
「あいよ! 」
ロゼと呼ばれた女性は、自分の背丈(目測で170cmくらい)をゆうに越える長さの鉄棒を『グオンッ! 』と振り回したかと思うと、それをゴルフスウィングを思わせるフォームで肩に構えた。
棒の先端には分厚い楔型の刃が取り付けられていて、その形状の武器を“ポールアクス”と呼ばれていることを、俺はゲームで知っていた。
さらに言うと、彼女が装備している肌の露出が激しい鎧のことを“ビキニアーマー”と呼ばれていることもゲームで知っていた。
「地精霊よ! オレに力を貸してくれ! 」
ロゼと呼ばれた女性が高らかに声を上げると、肌の表面にうっすらと幾何学的な模様が浮かび上がらせ、ブラウンの瞳を妖しく発光させる。
ポールアクスを握る両手に力が込められ、全身から蒸気のような物がゆらゆらと立ち上がった!
「いっけえ! 『槍山破撃』!! 」
次の瞬間、彼女の鍛え上げられた筋肉質の腕が躍動し、重厚なポールアクスが振り上げられる!
ポールアクスの刃が地面を抉りとり、ドリル状に変化した無数の岩の固まりがミサイルのようにロボットに放たれた。
『ガスッ! ガスガスガス……』
金属を叩く轟音と共に、機体に次々突き刺さる岩のドリル。
ロボットの全身はあっという間に巨大なトゲだらけになり、やがてそのまま眠ってしまったかのように膝から崩れ落ち、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……す……すごい……」
ロゼが放った攻撃は、魔法か何かなのだろうか? 自分が元々生活をしていた世界ではフィクションでなければ到底考えられない光景を目のあたりにして、ロボットに吹き飛ばされて負った全身の痛みすらも忘れてしまっていた。
「やったねロゼ! スゴかったよ! 」
「サンキュー、パメラ」
ロゼの言葉から、今俺を膝枕で介抱してくれている美少女が「パメラ」という名前だというコトが分かった。
パメラ……うん……可愛い名前だ。
名前が分かったところで改めて柔らかい太ももの持ち主の顔を確かめると、彼女の耳が大きく真横に尖っているコトにも気が付いた。
自分の知識で判断するに、パメラは“エルフ”と呼ばれる種族なのだろう。
このことで、俺はやっぱりゲームや漫画で描かれるような世界に飛び込んでいたのだと、実感を深めた。
俺は今……異世界にいる……ファンタジーの世界にいる!
「でもまさかあんなにアッサリ《タロス》を倒せるだなんて思わなかったよ……伝説の武具を守っている機神だって聞いてたから、もっと苦戦するかと思った」
俺に膝枕を続けながら、パメラが呟くと……
「そりゃ多分……“そいつ”が原因だろうな……」
ロゼはまるで日曜日の朝の散歩中に犬のクソを踏んでしまったかのような苦い表情を作り、俺を指差しそう言った。
「え……!? 」
俺がいったい何をしたのだろう? 雷に打たれて異世界に飛ばされ、変形ロボットに殺されかけただけだってのに……?
「おいお前……」
「は……はいぃっ? 」
ロゼに突然話しかけれて、俺は気色悪い上ずり声で返事をしてしまった。彼女が目のやり場に困る格好をしている上に、メチャクチャ美人だったコトが原因だ。
パメラがキュート系なら、ロゼはセクシー系といったところか? どっちにせよ女子とは学校でプリントの受け渡しをする時ぐらいにしか交流がない俺には刺激が強すぎる。
「おい、お前……聞いてるのか? 」
「す……すみませんっ! 別に俺はあなた方に対して変なコトを考えていたワケではなく……」
脳天気な思考をしていたコトがバレてしまったかと思い、本能的に謝ってしまった。
「いや……何言ってんだお前……そんなコトより……大丈夫なのか? その……」
「その……? 」
「お前のその……頭がよ……」
「頭? ……いや、そりゃ自分は勉強はそれほど出来るタイプではないけど……」
「違う、そうじゃない! 中身じゃなくて外見だっての! とにかく自分のおでこを触ってみろって! 」
「はぁ? 」
ロゼに言われるがまま、右手でそれとなく額を触れる。
……あれ?
何か違和感があった。硬い物が二つ、どういうワケか自分の額に乗っかっている。石か何かかな? と思い、払いのけようとしてもビクともしない……それどころかその硬い物に触れる度に、頭の中にゴワゴワと異物感を覚えるの始末……
考えられる原因は一つ……
「コレってもしかして……」
「そうだ……」
ロゼがポールアクスの刃の腹部分を鏡代わりにして、俺の冴えない顔を映してくれた。
「え……ええええっ!? 」
そこに映っていたのは信じられないことに……
「刺さってるーーーーッ!? 」
二つの尖った小石が、まるで鬼の角のように額に突き刺さっている俺の顔だったんだ……
■ ■ ■ ■ ■
「その二つの石が、《守護機神タロス》を構成する為に欠かせない魔石だったんだ……俺は初めに吹き飛ばされた時、偶然にも《タロス》の頭部に頭突きをするような形で衝突してね……《タロス》の両目として飾り付けられていたその魔石を、まるで奪い取るような形で自分の額にめり込ませたってワケなんだ」
自分は異世界にいた……そう言い張る翔人の長話にようやく一区切りがついたようだ。
彼は介護施設を飛び出した後、偶然通りかかったタクシーを拾って乗車。薬物の売人の男から奪った名刺を頼りに、《GUILD》と呼ばれる場所へと向かっていた最中だった。
「は……はぁ……そうなんですか……」
「我ながらこんなコトになってよく生きていたと思うよ、まぁ……今はもう、その角をなくなってしまったんだけどな……その話もしようか? 」
「いえ! 大丈夫です。《GUILD》にはもうすぐつきますので……」
「そうか。それなら急いでくれ」
(こりゃまいったな……)
翔人を車に乗せてしまった45歳のタクシーの運転主は、彼を乗車させたことを激しく後悔していた。
運転手にとって翔人は、みすぼらしい身なりをしていて金を持っているかどうか怪しい『絶対に客として乗せないタイプ』の人間だったが、深夜での運送依頼が目的地に向かう途中にキャンセルとなり、イライラしていたことで平常心を失っていた。
タクシー乗降スペースに偶然立っていた翔人をよく確認もせず乗せてしまい、アクセルを踏み込んでしまったことが運の尽き。彼が病院から抜け出してきたかのような格好で、さらには片手にスタンガンを持っていたことに気がついた時には何もかもが遅かった。
運転手はこのまま警察につきだしてやろうか? などと思案したが、彼がひたすらに異世界だとか魔法だとか聞き慣れない言葉を交えて延々と妄想のような話をされたことで、物の怪や心霊の類を乗せてしまったのか? とまで思いこんでしまってそれが出来ずにいた。
「どうした運転手? 具合悪いのか? 身体が震えているぞ? 」
「い……いえ、なんでもありません……少し寒くてブルっとしただけですよ……」
「そうか。俺に魔術が使えれば火炎術で暖めてやることもできたんだな。すまん……俺には雷刃技しか使えないんだ」
「そ……そうですか……いえ、大丈夫ですよ! お気遣いなく……」
「よかったらアンタも《ギルド》に寄るといい。暖もとれるし、行商人からサラマンドラリキュールも買えるかもな。アレが一本あれば、降雪地帯だって寒さを感じなくならから便利なんだよな。あ、それと神官もいれば治癒法術を受けられるはず。疲れも取れるぜ」
「え……ええ、さらまんどら……? あれは効きますよねぇ……」
「少し値は張るけどな」
「はは……そうですよね……」
運転手は翔人の機嫌を損なわないよう、わからないながらもどうにか会話をつないで間をつないでいた。
(とにかく目的地に着くまでの辛抱だ)
普段は安全運転を心がけている運転手だったが、いつもよりも深くアクセルを踏みこみ、信号も無視して一秒でも早くこの空気から解放されることを願った。
「着きましたよ、お客さん。《GUILD》です! 」
その甲斐あって、タクシーは予定よりも早く到着したようだ。
「そうか、早いな」
後部座席のドアが開くや否や、翔人は車を降りてお目当ての施設を見上げる。
「それじゃお客さん、代金はけっこうなんで! またのご利用をどうぞ! 」
そしてタクシーは逃げるようにその場から疾走して夜の繁華街に溶け込み消えた。
「ふん……ここか……」
翔人はタクシーのことなど気にも触れず、目の前にそびえ立つ極彩色の光を放つ看板をじっと見つめ続ける。
「冒険者ギルドも、ちょっと見ない間にずいぶん風変わりしたもんだな」
《ガールズバー GUILD》
看板にはケバケバしい書体でピンク色に光りを放ちながら、そう書かれていた。