「5ー5 雷人ホーム」
「翔爺! 大丈夫!? 」
「旦那! 旦那ァ! 」
増田の息の根を止めた翔人の元に、二人の仲間が駆け寄っていく。
「夢音、ブッチャー……無事か? 」
釘が突き刺さって血を流している彼を気遣いながら、夢音は彼の胸に飛び込んで互いの無事にむせび泣いた。
「翔爺ぃぃぃぃ!! よかったよぉぉぉぉ! みんな無事でよかったよぉぉぉぉ! 」
翔人のシャツは夢音によってあっという間に鼻水と涙でグショグショになってしまった。
「俺もお前達が無事でよかった……それにしても……」
翔人は夢音の右手を手に取り、その手のひらにぽっかりと空いた血染めの穴を見て目をの表面を揺らつかせた。
「がんばったな夢音……すまなかった……ありがとう」
「はは……初めに助けられたのはこっちだもん……そのお返し」
翔人に誉められたことで、今までずっと気を這っていた緊張がほどけたのか、鼻水をすすりながら彼に笑顔を向けた。
「それにブッチャー……あんたも俺が気を失ってた間、夢音を助けてくれてたんだよな。パーティに入れてホントに良かったと思ってる。君は立派な戦士だ」
「お役に立てて嬉しいネ……この戦いはみんなが助け合ったからこうして生き残れた。旦那が塩、夢音ちゃんが肉、私が炎。三人の内、一人でも欠けたら美味いステーキは作れなかったネ」
「ブッチャーさん! なんでアタシが肉なの? ちょっと偏見じゃないですか? 」
ブッチャーの例え話にクレームを入れる夢音。彼女の格好はダンサー用衣装としてドレスを着ているとはいえ、布面積は極力少なく色んなところから“肉”がはみ出していた……
「おっと……別に深い意味はないネ。消去法、消去法……」
「このッ! 絶対アタシの方を見て肉って決めたクセに! 」
戦いを終えて甘噛みの小競り合いをするブッチャーと夢音だったがそうもいっていられない。大ボスを倒したことは良いが、未だ彼らは敵陣の只中にいるのだから。
「二人共仲が良いのはかまわないが、どうやらこのままハッピーエンドとはいかないようだぞ」
緩んだ空気を引きしめる語気の翔人は、二人の視線を誘導するように指を差した。
「ウオオオオオオオッッ!!!! 」
そこには揺らめく炎を背に、野生動物を思わせる威圧感でそびえ立つ大男の影……
「奥那須! アイツまだ生きてたのかネ!? 」
翔人の雷刃技で戦闘不能状態になったと思われていた奥那須が、その凶悪な肉体を駆使して手足を鞭のように振り回して暴れ狂っていた。
「何か様子がおかしいよ……! オモチャが欲しくてだだこねてる子供みたい……! 」
「多分アイツ、お気に入りの“クスリ”が切れたんだネ……もう理性も何もあったもんじゃない。アイツを止めるにはクスリを飲ませるか、殺すかのどちらかしかないネ! 」
「アアアアアア! ヌオオオオオッ! 」
暴走した奥那須の姿に、《ORK》のメンバーも気が付いたようだ、数人が彼を止めようとなだめるが聞く耳持たず、あっけなくその豪腕でなぎ倒されてしまう。
「旦那、今すぐ私達と逃げましょう! どこかに避難用のボートがあるハズです! 」
「そんなモノ探してる余裕はないよブッチャーさん! 泳いで逃げるしかないよ! さぁ、行こう翔爺! 」
夢音が翔人の腕を握り、湾に飛び込むよう引っ張って促すが、彼はその手をふりほどいて逃亡を拒否をする。
「ダメだ夢音。俺は君達と一緒に行けない……」
「なんで? 泳げないの? 」
「……俺は今、《畜雷石》の埋まった額から電撃が垂れ流している。そんな状態で海に飛び込んだら、俺も君達も感電死してしまう。だから無理だ」
「ど、どういうこと? 」
「中学で習う理科の実験だネ夢音ちゃん……塩を含んだ水は電気を通しやすい。人間バッテリー状態の旦那と一緒に私達が海に飛び込んだ途端、ビリビリの電気ショックでアウト。元も子もないネ」
ブッチャーの補足に夢音は苦い表情を浮かべる。自分達を救ってくれた翔人の雷刃技が、今は足枷となっているとは皮肉にもほどがあった。
「それに、あの奥那須という男を野放しにしておくワケにはいかない……今ここで俺が殲滅しなければ」
翔人は両手の拳に力を込めると、額から再び電気の噴水を放出する。周囲に散ったチリが翔人の周囲でバチバチと音を立てて黒コゲになっていく様は、彼の体内に宿る電力の凄まじさを物語っている。
「ブッチャー! 夢音を頼むぞ! 一緒に逃げてくれ! 」
「翔爺! イヤだよ! 一緒に逃げようよ! 」 懇願する夢音に、翔人は手の平を向けて接近を拒否。皺だらけでゴツゴツとし、大樹の年輪のような年季を感じさせる手だった。
「二人共……ここでお別れだ。俺は《オークマスター》と共に散った直後にこっちの世界に戻り、50年もの時間を過ごしたが……ロクなもんじゃなかった。毎日毎日……異世界に戻るために研究や実験を繰り返したが……結局は無理だった」
「翔爺……」
「さぁ、夢音ちゃん! こっちへ」
ブッチャーは翔人に近づこうとする夢音を無理矢理引き離し、この場から離れようとする。
「でもな、夢音、ブッチャー。君達と過ごした僅かな時間はあの頃を思い出させてくれて……」
二人に背を向けていた翔人は、すっと振り返り、その顔を露わにした。火事の炎に照らされたその表情は、認知症で譫言をこぼしていた老人のモノではなく、20代の活力がみなぎる魅力的な男の笑顔だった。
「こんな世界でも、居場所と感じるモノが見つかって良かったと心から思うよ……ありがとう……」
翔人は爽やかにそう言い残し、颯爽と奥那須の元へと向かった。
「翔爺ィィ! 」
「さぁ! 夢音ちゃん急ごう! 旦那の気持ちを無駄にしちゃだめだネ! 」
ブッチャーは半ば無理矢理に夢音の腕を引っ張りあげ、甲板から一緒に海に飛び込ませた。高い飛沫と共に、肌を刺す冷たい海水の感触が、火事場で火照った二人の肌を引き締めた。
「翔爺……」
おそらくクルーザー内で炎がガスか何かに引火したのだろう。爆発によって飛び散ったと思われる船の破片が海面に漂い、それが海に飛び込んだ二人の浮き輪代わりとなった。
「旦那……信じてますネ……」
夢音とブッチャーの瞳に映るのは、立ち上がる炎の壁をバックに、真っ黒になって対峙する翔人と奥那須の影。
「うぉおおおおぉぉぉ! おおおお! 」
「理性を完全に失って、まるでバーサーカーだな……安心しろ、今すぐクスリなどに頼らずにすむ場所に送ってやるからな」
「おおおおおおッ!!!! 」
奥那須は甲板に穴が空くほどに踏み込んで翔人に襲い掛かる! 振りかぶった右拳の照準は、翔人の眉間を貫くようにピッタリと向けられている! 翔人はそれに対し、防御の構えも回避する素振りも一切見せない!
ロゼ……シャロン……お前たちに謝らないとな、待っててくれ……俺はもうすぐ……故郷に戻る!
奥那須の拳が翔人に届くか否かの刹那……翔人の身体が闇を消滅させるばかりに真っ白に発光する!
我が身に宿りし雷電の帯よ、紋章を辿り発現せよ……
「雷刃技最終奥義! 天昂雷霆殺!! 」
灰色の雲が裂け、千里は届こうとも思われるほどの光が、轟音と共に海上に突き落とされる。
「翔爺ィィィィ! 」
「旦那ァァァァ! 」
塔のように巨大な霹靂は、大船を粉塵と形容するほどに粉砕し、海面を蛇のようにうねらせた。
数百時間を掛けて描きあげた絵画に真っ白なペンキをぶちまけるような無慈悲さで、その巨雷は全てを消し飛ばしてしまった。
後にこの光景を2km離れたビルの屋上で偶然目の当たりにした男(52歳 警備員 愛読書はサイエンス系雑誌)はこう語った……
『あれは、この世の光景じゃありませんでしたよ……地球なんかじゃなく、木星だとか、火星だとか、そんな場所で起こるべき自然現象です……あんなのに直撃しちまった日には、“死”だという概念すら吹き飛ばしちまうような感じで……でも、不思議と恐怖って感情は全くなくて……どこか神々しさといいますか……その雷に“終わり”という言葉は適さなくて、初恋の胸のトキメキのようなモノすら感じました。ちょっと頭がおかしいと思うかもしれませんが……あの雷に撃たれてみたい……そんな気持ちすら沸いて出てきたんですよ。不思議ですよね……』
『本日のニュースをお伝えします。昨晩、午後10時半頃、T湾上のクルーザーが爆発炎上するという事故が発生しました。乗客の数は不明で、少なくとも10人を超える死亡者の確認が取れています。海上保安庁の発表によりますと……ハイ! 失礼……え? 申し訳ありません! ただ今スタジオでトラブルが発生した模様です。ハイ! 失礼します! それでは天気予報に移ります! 気象予報士の沢田さん! お願いします! 』




