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2/22

「1ー2 電撃」

 村田が介護士としてこの施設で働きはじめて一週間が過ぎようとしていた。


「村田さん、どう? 仕事は慣れた? 」


「は……はい……どうにか……」


 村田は本当はまだまだ“慣れる”とはほど遠い状況だったが、“使えないヤツだ”だと思われたくない一心で空元気の虚勢を張った。


 元々体力は人並み以下だった村田は、スデに腰痛と筋肉痛で悲鳴を上げる毎日だった。


「それにしても、先輩はすごいですよね……毎日重労働でも、疲れてる感じなんて全然なくて」


「そう? まぁ、慣れよね。村田さんもそのうち力の抜き方が分かってくるわよ」


「そうですか……そうだといいですが……」


 どんなにがんばってもそんなビジョンは見えそうにない村田は、とりあえず休みの日にダイエットがてらジムにも通おうかな? などと思いながら、栄養ドリンクを一気に飲み干して疲れをごまかそうとする。


「あんまりそういうの飲み過ぎるとよくないわよ」


「はは……気を付けます……」


「飲むなとは言わないけど、ほどほどにしなさい」


 村田は先輩と二人で夜間勤務にあたっている。


 現在時刻は夜11時50分。そろそろ日付も変わるかという頃だが、こんな時間でも施設内を見回り、泊まっている老人達がベッドから転げ落ちたり、目覚めて徘徊していないかをチェックしなければならない。


「それじゃ、私見回りしてくるから。村田さんは書類のチェックお願いね」


「は、はい……」


 介護の仕事は力仕事以外にも、デスクワークが山ほど積まれることもある。身体的にも精神的にも消耗が激しく、それ故に退職してしまう人間も多い。


「はぁ……」と村田はため息をつきながら仕事に没頭、そしてしばらくして壁に掛けられたアナログ時計に目を向けると、先輩介護士が見回りに出てから30分以上は経っていたことに気がつく。


 特に問題が無い場合、それほど大きくない施設内を回るのには15分程で済むハズだった。仮に何か問題があった場合は、ナースコールや携帯電話で自分に助けを求めるだろう。


 虫の音も静まる深夜だという状況も相まって、村田は不穏な空気を感じざるを得なかった。


(何かあったのかな? )


 たまらず村田は先輩介護士を探すべく、事務室を後にする。


「せんぱ~い? 」と間延びした声を発しながら、非常灯だけが照らす薄暗い廊下をおずおず歩く村田。しかし一向に先輩介護士は姿を見せない。


 村田はひとまず事務室に戻ろうとした。ニアミスして先輩が一人で先に戻っているかもしれない。そう思った矢先のことだった。



「(誰かいるのか? )」



 村田は確かに聞いた。誰かは分からなかったが“男性”の声を耳にした。誰かがごくごく小さな音量でつぶやく声を確かに聞いた。


(今の声……トイレの方から聞こえた? )


 村田は幼少の頃から聴力には自信があった。いわゆる地獄耳だ。


(灯りも付いていないトイレに、誰かがいるの?) 


 不法侵入者だろうか? いや、深夜徘徊していた老人が間違って使っているのだろうか? 


 その正体が掴めないまま大事にはしたくない。と考えた村田は、木から降りたナマケモノが地面を這っているイメージでゆっくりと身体を動かし、トイレへと通ずるドアに近づいて聞き耳をたてた。


「(おい、ホントに誰にも気づかれてないだろうな? )」


「(だ、大丈夫よ……! 今日は新人の子が一人だけだから……事務室で大人しくしてるハズよ)」


(男の人の声……!? それと……一緒にいるのは……まさか? )


 村田は我が耳を疑った。謎の男の声と言葉を交わしているのは聞き間違えるハズもなく、先ほどまで一緒に事務室にいた先輩介護士だった。


(嘘でしょ? なんで先輩が? )


 村田は中の様子を探るため、ドアの取っ手をゆっくりと握りスライド式の戸を2cmほど開けてスキマから中を覗き見た。 


 そこには紛れもない先輩介護士の姿と、この施設にはふさわしくないコワモテの男が一人、窓から差し込むわずかな月明かりに照らされていた。


(あの男の人……誰なの? )


 男と対峙している先輩介護士の右手には一万円札が数枚握られていた。それは新型の家電がローンも組まずに一括購入出来そうなほどの大金だ。


 そして目を見張ったのは、男の方の右手だ。


 彼がその指でつまんでいるのは、約6cm四方ほどの小さなチャック付きポリ袋。その中には、薄暗い中でも分かるほどに“真っ白な粉”が密封されている。


(嘘……!? まさか……そんな……! )


 軽自動車の給油の際、間違って軽油を入れてしまいそうになるほどの世間知らずの村田でさえ、“その粉”が何なのか? ぐらいは察するコトができた。


 間違いない、それは法律でその取り扱いを厳しく禁じられている、“危険薬物”……! 



「おい! 誰だおめえ」



 突如、男の声が村田のいる方向にに向けられた。


(しまった! )


 村田の動揺は無意識に手足を震わせて僅かな物音を発し、気配として男に伝わってしまったようだ。


「あなた? なぜここに? 」


 続けて先輩介護士の他人行儀で突き放すようなトーンの声がトイレ内に響きわたる。


「ご、ごめんなさいッ! 」


 村田は一目散にその場から逃げ出した。とにかくこの場にいたら危険だと、本能が彼女をそうさせた。


「オラ! 逃げんじゃねえ! 」


「待って! 待ちなさい! 」


 男と先輩が一緒になって追いかけてくる。捕まってしまったらただでは済まされないことは確かだ。


「ハァ……ハァ……」


 とにかく施設の外に出よう。そう思いながら正面玄関へと疾走を続けるが、元々疲労が溜まっていたことに加えて久々の全力疾走に村田はスグに息が上がってしまった。


「止まりやがれこのクソアマ! 」

「やめて! 」


 追いついた男の手が自分の襟首に掛かった瞬間、血の気が引いて声を上げることすらできなかった。


「まったく手間取らせやがって……」


 男に捕らわれ、そのまま仰向けに押し倒されてしまった村田。その時視界に入った海水魚が泳ぐ水槽から、自分が今施設内のロビーにいることを確認した。


 来客者の待ち合わせ、入居者の休憩……そんな日常的なやり取りをする場で、こんなにも切迫した場面を迎えていることで、絶望感をよりいっそう覚えてしまった。


「乱暴はやめて! この子はたまたま知っちゃっただけなの! このコトは喋らせないから離してあげて! 」


 自分の秘密を知られてしまった先輩介護士だったが、男に押さえ込まれた村田を見てさすがに良心が痛んだようだ。彼女を解放するように懇願するが、その声は男に届かない。


「うるせえババアだな……」男がうんざりした口調でそう言うと、薄暗い中で一瞬『チチチチッ! 』とガスコンロに着火させる時に似た音と共に青く光る筋が見えた。


 そして次の瞬間、先輩介護士は電池の切れたおもちゃのように動かなくなり、バタリと床に倒れ込んでしまった。


「チッ……ヤクに頼らなきゃ日々の労働すら満足にできねぇ末期女が、偉そうなクチを聞くんじゃねえよ」


「先輩!? 」


 男の手には警棒のような物が握られていた。村田はその棒の正体を刑事ドラマや映画で何度も目にしたことがあった。



 スタンガンだ。



 法を侵す物資の売買となると危険は常に隣り合わせ。男は万が一の時の為に、護身用のスタンガンを上着の内側に隠し持っていた。


「助けて! 誰……」


 このままでは自分も先輩同様に気絶させられてしまう! そう思ってとにかく大声で助けを呼ぼうとした村田だったが、その口を男の手によって塞がれてしまった。


「おっと、静かにしろよ。もっとも、いくら悲鳴を上げたところでここにはボケ老人しかいねえ。あきらめるんだな」


 底なし沼のような絶望に、村田の瞳からは強制的に涙があふれ出した。このまま自分はどうなってしまうのだろう? ただ一つハッキリしているのは、今日をキッカケに“夜と男”が自分にとってたまらず怖いモノになるであろうこと。


「許して……誰にも言わないから……」


「許す? 何を勘違いしてやがる。許す許さないの問題じゃねえ。“ヤク”のやり取りを見られちまったら、その後することの選択肢は少ねえんだよ」


「そんな……! 」


「さぁて……アンタにはこれからちょっと痛い目にあってもらわなきゃならん」


 男はそう言って村田の服を乱暴にはだけさせて下着を露出させた。飛び散ったボタンがむなしく廊下を転がる。


「な……何を! 」


「何を? って分かってんだろ? そんなこと。これから俺はアンタに恥ずかしい思いをしてもらって“弱み”を握らなきゃならねえんだ、ヤクのことを口止めする為にな。そうでもしなきゃ秘密ってのは守れないもんだ、人間ってのはよ」


「嘘でしょ!? やめて! 誰にも言わない! なんだったら私もそのクスリを買うから! 許して! 」


「おーう! お買い上げありがとうございます。それでは新たな常連様の為に、一つ追加のサービスもつけさせていただきますぜ! 」


 男は腰のベルトをゆるめてズボンを下ろし始めた。彼の言う“サービス”の内容を村田は完全に理解し、パニック状態に陥ってしまう。


「そんな! ダメ! ダメダメダメ! 」


 男は口止めの為。と男は言っていたが、それは建前だ。ただ単に自分の欲望のはけ口を見つけたので、それを満たしたいだけだった。


「ダメ! それだけは! なんでもするから! 」


「アンタはまだ自分の立場がわかってねえようだな。俺達《ORKオーク》に関わった時点で、アンタは日常には戻れねえんだ! 」


(そんな……)


 その言葉に村田は抵抗する力を失い、糸の切れた操り人形のように全てをあきらめた。


 村田に《ORKオーク》というものが何なのかは分からなかったが、おそらくは裏社会の組織か何かだろうと憶測した。


 誰も信じられない……


 誰も助けにこない……


 弱者を守るヒーローなんて、どこにもいない……


 これから私の未来はどうなってしまうんだろう……


 村田は今まさに辱めを受けてしまう直前、自分が傷つくのだけは仕方がない。でもせめてこの施設の入居している老人達だけは無事であって欲しい。そう願っていた。



「おい……」



 突如、男の声が闇の中から空気を震わせた。


 自分でも先輩でも、ましてや目の前にいる暴漢でもない、別の誰かの声だった。



「おい……お前……」



 ドロついた絶望の空気にそぐわない、かすれて力のない声。村田はその声の主が誰なのかをすぐに察することができた。



「まさか、翔人さん!? 」



 村田達の前に現れたのは、消灯時間が過ぎてとっくに就寝しているハズの入居者、認知症で妄想が激しい「雷門 翔人」だった。


「誰だ!? 」


 男は第三者にこの場を見られたことで焦り、咄嗟にスタンガンを翔人の方へ向けて牽制する。


「……ハッ……驚かせやがって……」


 しかしその正体が車椅子に座った老人だとわかり、安堵のため息をもらした。


「おいおい、おじいちゃんよぉ。オムツを取り替えて欲しいんならちょっと待ってくれや。今俺たちはとりこみ中でね。大人しく戻ってくれれば、何もしねえ。さっさと失せな」


 男は目の前にいる老人を、まさに眼中にないといった感じで、猫や犬のような小動物と同じように扱った。


「お前……《オーク》なのか? 」


 しかし、翔人は男の言葉には耳を貸さず、逆に質問を返した。


「あぁ? 」と露骨に不愉快さを露わにした男は、もはや村田のコトなどどうでもいいとばかりに立ち上がり、肩を揺らしながら翔人に近寄る。


「《ORK》が何なのか知ってて言ってんのかジジイ? ああ? 」


 村田は車椅子に座った翔人を、なめ回すように顔を近づけて威嚇した。その目には血管が走っていた。


「知ってる……《オーク》とは町を荒らし、女子供を傷つけ、動物達を食らいつくし、何もかも破壊し続けることしか能のないクズ共の名前だ。俺はそいつらを駆逐し続け……」


「そうかい」


 バチィッ! と弾ける裂音と発光。男は翔人を“面倒な存在”と判断し、迷いなくスタンガンで彼を感電させた。


「バカらしいぜ、こんなイカレた老いぼれどもの為に、俺らがせっせと年金納めてるなんてな。ま、俺は何年も未納だけど」


「翔人さん! 」


 村田はあまりにも残酷な光景に、自分に置かれた状況すら構わずに翔人の元へと駆け寄ろうとした。しかし……


「おっと、アンタもおとなしくしな。ビリビリ痙攣ダンスを踊りたくなかったらな」


 突きつけられたスタンガンを前には、大人しくしている他なかった。


 容赦のない電撃によってピクリとも動かなくなった翔人。そのまま車椅子にもたれ掛かって生気を一切感じさせずにグッタリとしていた。


 若い先輩介護士でさえ一瞬で意識を奪い取る程の電流だ、身体の弱い年寄りにそれを喰らわせたとなると即死もありえる。


「なんてことしたの……お年寄りなんだよ……」


「若かろうがジジババだろうが関係ねえ。俺たち《ORK》は手段なんて選んじゃいられねえんだよ」


「ひどい……最低だよ」


「はは、今さら気が付いたのか? それよかアンタ、他人の心配してる場合じゃないんじゃねえの? 」


 男は再び村田を押し倒し、中断された“お楽しみ”を続行する。


「さて、夜は長いぜ。じっくりと仲良く楽しもうぜ」


「クズ! 今すぐ死んで地獄に落ちろ! 」


 必死に毒づく村田。しかしそんなコトで行為をやめる男ではない。スタンガンを彼女の肌に触れるか触れないかの距離で『バチバチッ! 』と電流を発して脅し、衣服をさらにはぎ取ろうとする。


「フヒハハハハッ! 結構いいカラダしてんじゃねえか! ボケジジイ共を相手にさせるにはもったいねえ! どうせならもっと稼げる仕事を紹介してやるぜ! 《ORK》はそっちの方にも……顔がきく…………」


(…………? )


 どういうわけか男の下衆な言葉は突然断ち切られた。


 頼まれなくとも、やかましいほどに喋り散らかしていた男が急に黙ってしまい、村田は自分への危害が止まった“安心”よりも“不気味”さを強く感じ取ってしまった。


 一体なぜ? と。


「くそっ! ジジイは水分が少ねえから電気が周りにくかったのか? 」


 男が視線を向けた先には、スタンガンで気絶させたハズの車椅子の老人、翔人の存在があった。


 しかし、彼の様相は先ほどと比べてハッキリ違っている。その点が、男と村田の目をビー玉のように丸くさせた。


 なぜなら彼は身体を震わせることなく、二本の脚で地面をしっかり踏みつけて“直立”していたのだから。


「う……嘘! 立ってる!? 」村田は思わず声をうわずらせた。


 当然だ。重度の脳疾患の為に歩行はおろか、直立することすらままならなかった翔人が……いや、それ以前に電撃によってしばらくは意識が戻るハズのない翔人が、しっかりと床を踏みしめて男と自分を見下ろしていたのだから。


「《オーク》は……俺から全てを奪った。安寧も、誇りも、仲間も……そして“妻”も……全部だ……全部お前らが奪い、台無しにした」


 翔人の身体は、弱々しさを絵に描いたように痩せ細っていたが、その言葉には不思議な“重み”が込められていて、まるでいくつもの修羅場をくぐり抜けた歴戦の老兵を思わせる圧迫感があった。


「ハ……ハハッ! だからどうしたってんだ? ええっ! 復讐してみるか? そもそも《ORK》がてめえみたいに金も名誉も空っぽそうなジジイを相手にするかよ! スタンガンで本格的にに頭がイカれちまったのか? 」


「復讐……それは少し違うな……」


 翔人は震える足で一歩踏み出し、空手の型を思わせる構えをとり、自分の言葉を繋げる。


「俺がお前に与えるもの……それは復讐じゃない……“殲滅”。ただそれだけだ」


「ああ、そうかよ! 」


 男は次こそは! と、再び警棒型スタンガンを翔人の身体に突き立てようとしたが、その一撃は空振りに終わる。翔人が電撃を食らう直前にふらつき、プロボクサーのように攻撃をかわしたからだ。


「くそっ! 」


「覚悟しとけ、今度はこちらから行くぞ」


 次に翔人は左手の拳を握りしめて弓矢を引くように振りかぶったかと思うと、ボソボソと呪文のような言葉をつぶやき始めた。


「(我が身に宿りし雷電の帯よ……紋章を辿り、我が掌撃として発言せよ……)」


「な、なんだァ!? 」


 その詠唱は、一切のおふざけを感じさせないトーンの発声で行われ、村田の目つきは殺気すら覚えるほどに真剣だった。


「放たれよ! 雷刃技・雷電束エレキパーム!! 」


 翔人は老人とは思えないほどに機敏に踏み込みつつ、相撲のつっぱりを思わせるフォームで左の掌を男の目の前に突きつけた! 


「ふわっ!? 」


 翔人の予想だにできない行為と真剣な目つきに驚き、男はついつい後ずさってしまった。


 そして男は『ガシャァァァァン! 』と背後でガラスの砕ける音を聞いた。それと同時に何か冷たい感触が上半身を伝わっているコトにも気が付いた。


「冷てッ!? なんだこりゃ? 」


 薄暗く視界がハッキリしない状況だったので、男は今、“何を割って”“何を浴びた”のかに気が付いていなかった。


「ボケジジイが舐めやがって……! 今度こそあの世に送ってやらあ! 」


 不覚にも、か弱い老人の威嚇にたじろいでしまった恥ずかしさによって頭に血が上った男は、三度目のスタンガン攻撃を実行する。


「痺れて丸焦げろぉぉぉぉッ! 」


 男が叫び声と共にスタンガンのトリガー引いた次の瞬間だった。



「うおおおおああああがががが……!! 」



 地獄の底から響くような断末魔がロビーにこだまし、男はそのまま膝から崩れ落ちて倒れてしまった。


(え……? )


 村田は悪夢の現況が倒れたことで安堵したかったが、それ以上に男の身に何が起こったのかが気になり、周囲を見渡して現状を確認する。


 徐々に暗闇に慣れて鮮明になった視界には、ヒビ割れて中の水がこぼれだしている水槽が目に入った。


「そうか! 」


 村田は理解した。


 男が攻撃を翔人にかわされた時、その勢いで海水魚を飼育している水槽にぶつかってしまい、水槽のガラスを割ってしまっていたのだ。


 水槽の中にはたっぷり“塩分”の含まれた“海水”に満たされている。それを浴びた男が100万Vもの電圧のスタンガンを起動させたらどうなるか? 


 塩分を含んだ水は普通の水よりも電気を通しやすい。


 海水は男の身体を伝ってスタンガンの電極部にも触れていたので、火が導火線を辿るように電撃が身体に伝わってしまったのだ。


雷刃技らいじんぎを使うのは……50年ぶりだな」 翔人はそう呟いて男の使っていたスタンガンを拾い上げる。


「《雷刃らいじん》に比べれば頼りないが、何も無いよりはマシか」


「翔人さん? 」


 しばし呆然としていた村田だったが、翔人がスタンガンをいじりだしたことですぐさま冷静さを取り戻した。


「しょ……翔人さん! 危ないですよ! いじったら感電しちゃいますって! 」


「大丈夫だ。俺は感電しない」


「そんなワケないじゃないですか! それより大丈夫なんですか? さっきその男にスタンガンでビリビリされちゃってましたし……そもそもなんで普通に立てるんですか!? ホントにあなた……翔人さんなんですか!? 」


 村田の質問攻めにも一切答える様子もなく、翔人は倒れた男の衣服をまさぐって何かを物色し始めた。


「な……何をやってるんですか? 」


「《オーク》は比較的知性が高い《モンスター》だ。何か《オークマスター》に繋がる手がかりを持っているケースもある。仲間と通信する為の魔道具といったアイテムをな」


「《オークマスター》……? 魔道具……? 翔人さん……それっていつもあなたが話している……」


「何かあったぞ」


 疑問の絶えない村田をよそに、翔人は男のズボンのポケットの中から小さな紙切れを発見して目を細めた。


 それは一枚の名刺であり「GUILDギルド」と何かの店名と思しき英文字と、電話番号・住所が印刷されていた。


「《オーク》め……復活して早々、ギルドを襲撃して冒険者の芽を刈ろうという魂胆か」


 翔人は険しい表情でその名刺を握りしめたと思えば、この介護施設から足早に去ろうとした。


「待って! 」


 村田は翔人を止めようとするが、さきほど男に押し倒された際に足首を強く捻ってしまっていたらしい、立ち上がることすら出来ず、ただただ彼の背中を見送ることしかできなかった。



「覚悟しとけ《オークマスター》……次こそはチリ一つ残さず殲滅してやる……」



 翔人がポツリと呟いた物騒なその言葉。それが村田が最後に聞いた彼の言葉となった。

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