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「5ー3 でんでん虫」

【前回のあらすじ】


 自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門(らいもん) 翔人(しょうと)」(70歳)。


 ポールダンサーの久我くが 夢音ろまね、ステーキハウスのシェフであるブッチャーと共に、犯罪組織《ORC(オーク)》に立ち向かうこととなったが、屈強な大男である奥那須に蹴りによって瀕死の状態になってしまう。


 夢音はAEDを使って蘇生を試みたが鼓動は戻らず。それでも諦めずに必死に呼び掛ける中、翔人の魂は彼女の声の導きによって異世界での記憶をプレイバックさせるのであった。

「ショートさん、ショートさん! 」



「ん……あ……?」



「お寝ぼけ中ですかショートさん? そろそろ家に戻りましょう」



 暖かくて真っ黒なパン生地に包まれているような心地から意識を戻した俺は、ゆっくりと重い瞼を開放させる。



「……あ……」



「あ……ってなんですかショートさん。私の顔にカレーパンのカスでも付いてますか? 」



 うぐいす色の瞳。腰まで届く長い銀髪。その何本かは俺の顔にファサリと被さり、ユグドラシルオイルのハチミツのような香りが漂っている。



 そうだ、この子の名前は、パメラ=エルフィード。



 俺達の仲間でエルフの神官……





 そして……俺の妻でもある女性……





「ショートさん。気持ちよくお眠りの最中ですけど、そろそろ私のフトモモも限界にきています。人間の頭はちょうどスイカ一つ分の重量があると言われ、その重さでかれこれ小一時間もの間フトモモを圧迫されてしまっては、血流だのなんだのと諸々の原因で健康を害してしまいます。そもそも“膝枕”というネーミングの割には主に酷使しているのはフトモモの肉という点で私は古来この言葉を考えた者にもの申したくなり……しかし待ってください……スイカ一つ分の重量……確か胸の大きな女性の中には両方併せてそれくらいの重さになる方もいるとも聞いたことがあります……ロゼもちょうどそれくらいでしょうか? よくもこんな重いものを常日頃から携えているものです。本当に尊敬します」



「ああーッ! ごめんパメラ! つい気持ちよくて! ホントすまん! 」



 パメラの長文クレームを無理矢理抑え込みつつ、俺は立ち上がって彼女の膝枕から別れを告げた。



「ふふ……冗談ですよ。私もショートさんの熟睡した寝顔をじっくりと観察させていただきましたので、これでおあいことしましょう」



「な……そんなにぐっすり寝てたのか……俺……」



「このまま50年は寝っぱなしになるのかと思いましたよ」



「そんなに寝てたらジジイになっちゃうよ……」



「私なら、ようやく人妻熟女エルフと呼べる年齢になりますかね~なんて……ショートさん、変な想像しないでくださいよ」



「自分から言っといて……」



 そんな他愛のない会話がたまらなく愛おしく、異世界人である俺、翔人と、エルフ族であるパメラの間に、年齢や種族による隔たりなど初めからなかったかのように毎日を過ごしている。



 俺からのプロポーズを受け入れてくれたパメラは、その後小さな教会で結婚式を上げ、晴れて正式に夫婦となった。



 そして今、俺とパメラは小さな農村で毎日のんびりとした生活を送っている。



 《エルフ》族との断絶ムードが濃くなっている東の都と、《エルフ》族以外の種族を受け入れない流れになっている西の都 (パメラの故郷)。この村はそれらの中間点に位置していて、そういった政治的な軋轢とは無縁の牧歌的な人々が日々を過ごしている。繁華街のような刺激は無いが、平和でおとなしい村だ。



「そろそろどれくらいかな? この村に来てから」



「ちょうど半年ですよ。そろそろ4人で戦ってていたころが懐かしくなりましたか? 」



「まぁ、ちょっとだけ……」



「今の生活を考えたら嘘みたいですよね~、毎日毎日モンスターと戦って、死ぬかな? って思ったこともしょっちゅうだったから」



「一分一秒に魂を燃やしているような生活だった。しかしそんな命のやり取りに快感を覚えていなかった……となると嘘になるよな」



 俺は自然と額に突き刺さった《畜雷石》を撫で、腰に携えた雷刃の柄を握った。



 これらのアイテムが、《オークマスター》との死闘が決して夢や幻でなく現実であったことを、いつだってリアルに証明してくれる。絶対に手放すことのできないこの二つの道具を意識した時、その当時の緊張感がイヤというほどに思い出させる。



「戻りたいですか? 《オーク》との戦いに? 」



「ぶっちゃけると、ちょっとそんな風に思ってたこともある……でも、それも今日までだった」



「……わかります。私も同じだから」





 今日昼過ぎ、俺とパメラは村の雑貨屋で日用品を調達していた。



 重い荷物を背負って丘の上にある木造のマイホームに戻る為に長い登り坂をゼエゼエと歩いていたその時だった……



「すごい……」

「うん……」



 俺とパメラは、ふと目の端に写りこんだ光景にあっけにとられ、そのまま歩みを止めて立ち尽くしてしまった。



「こんな風景があるなんて……今まで気が付かなかった」

「私もです……本当に……綺麗」



 俺達が感動して言葉をも失い掛けた風景……それは広大な農村を濃厚なオレンジジュースのように染めている夕陽だった……



 それだけだ。そんなありふれた光景を、俺達はずっと見逃して生活していた。いや、視界に写っていても単なる日常の背景、酒場の看板や新聞の広告と同様な物としか認知できなかった。それほどに俺達の心には“日常を楽しむ”余裕がなかったのだ。



 俺達は無言で示し合わせ、側に立っていた名も知らない木の下に座り込み、空をキャンバスに抽象画を描き続ける太陽の姿に見入っていた。



 地面に寝そべろうとした俺に、パメラは膝枕を提案してくれた。そしてそのまま春の生温かい風を肌で感じながら、うとうとと眠りについてしまったのだった。





「あの夕陽をキレイだって感じ、それを身ながらゆっくりとした時間を過ごした間……《畜雷石》や雷刃のこと、《オークマスター》のこと……そして……元いた世界のことも全部忘れた。その時俺はハッキリと、自分自身がこの《ライトイニング》の一部なんだって実感があったよ」



「ショートさん……」



 パメラは俺から目を背け、申し訳なさそうな顔になった。



「ショートさん、それにしても……よかったんですか? 元の世界に戻る方法……探さなくても……」



「いいんだよパメラ。元々俺は前の世界のコトを好きじゃなかったから……薄情者だとか人でなしだとか思われるかもしれないけど、家族に会えなくなったことに、何一つ寂しさだとか申し訳なさだとか沸いてこなかった……俺には、《ライトイニング》での生活の方が向いてたよ」



「そうですか……」



 パメラのその言葉には、俺が何も気にしていないことに対して安心している感情と、自分が生まれ故郷に対して何ら思い入れがない人間味の無さに憂いを覚える感情が込められていた。



「それに、ココに来てこんなカッコいい武器も手には入ったし」



 俺は重くなりかけた空気変える為、無理矢理にも軽い話題を持ちかける為に、鞘に収まった雷刃を掲げて子供っぽい笑顔を作った。我ながらこういう場面でのフォローとしてそれはどうなんだろうか? と思ったが、まぁ許してほしい。



「雷刃……ですね。思えばその刀がなければ、私とショートが巡り会うこともなかったんですよね」



「そう。俺達にとってこの刀は、キューピッドみたいなもんだよな。雷刃って見た目そのものの事務的なネーミングのわりにはロマンチックだよな」



「あ、ショートさん……そういえば」



 パメラは目を猫のように見開いて何かを思い出したようだ。なんだなんだ? そういえばって一体何なの? 



「ずっっっっっっっと言い忘れてましたけど、その刀、別に“雷刃”って名前じゃないんですよ」



「え? そうなの? 」



 まさに雷直撃レベルの衝撃。それじゃ一体コイツの名前はなんなんだ? 



「その刀にはそもそも名前はありません。雷の剣だとか、サンダーソードだとか、色んな呼び名で資料が残されていて、私達も便宜上“雷刃”と呼んでいただけなんです」



「そ、そうだったんだ……」



 つまりは名無しの名刀ってワケか……それはそれで厨ニ心をくすぐってくれる。



「だから、その刀に正式な名前を付ける権利は、持ち主であるショートさんにあるワケです。さ、どんな名前にします? 」



「ええッ!? 今更? もう戦いも終わってコレを振るうこともそんなになさそうなのに……」



「細かいことはいいんですよ。それに……ホラ……いずれ私達も……新たな命に名前を付けるって局面に遭遇するワケですから……その予行練習といいますか……愛する夫のネーミングセンスを試してみたい気にもなりまして」



「え……それって……その……」



 まいった……普段無意識に下品なセリフを漏らすパメラが、もじもじと目を伏せながらそんなコトを言うとなったら、俺は心に幸せ電気ショックを受けて真っ直ぐ目を合わせることもできないじゃないか……真っ赤な夕陽が赤面を隠してくれたことが幸いだ


「そ……そうだな……それじゃ……雷……サンダー……ビリビリ…………そうだ! “蒼光魔刀・疾風迅雷”とかどうだ! 」



 俺の渾身のネーミングに対し、目を閉じて歯を食いしばり、露骨にわかりやすく頭を抱え込んだ。うん、それだけで分かるよ、蒼光魔刀・疾風迅雷……我ながら中学生が退屈な授業中にノートの端にイラスト付きの解説文を載せて考えた武器みたいな名前だな……そう思うよ。



「……いつかその時が来た時、ショートさんには名付けの権利はありませんね……」



「じゃ……じゃあどんな名前ならいいんだ、なんだったらパメラが名前を付けてくれよ! この刀に! キミならカッチョいい名前つけてくれるんだろ! 」



「ええ!? 何なんですかソレ! 私に責任をおしつけないでくださいよ! 」



「へへーん! さんざん俺をバカにしといて、自分では出来ないんだ~! ずっる~い! シャロン先生に言いつけてやろっと! 」



「んな! やめてよ! シャロンにはマジでやめて! やめてください! 分かりましたよ! 考えればいいんでしょ! その名前を聞いただけで全身グショグショに濡れちゃうような、クール&ストロングな名前を考えてやるんだから! 」



 まるで小学生同士の言い争いみたいになってきた。そんなやり取りも今はたまらなく尊い。そしてパメラは「う~ん……」としばらく悩んだ後に何か良いアイディアを閃いたようで、瞳を大きく開花させた。



「いい名前を考えました! きっとビンビンにハマるネーミングですよこれは」



「それじゃあ聞かせてもらおうか」



 漫画なら“エヘン”とオノマトペが付くほどに得意げな顔で一呼吸おき、パメラは待望の雷刃新ネームを提案する。



「“でんでん虫”……というのはどうでしょう? 」



「で……でんでん……? マジか? 」



 予想外なネーミングに、俺は一瞬それが名前の新案と認識できなかった……だって……カタツムリじゃないか、それ……



「マジです。雷刃のビリビリと電気を放つ感じが“でんでん”って感じじゃないですか? 」



「百歩譲ってそのイメージを受け入れるとしても、雷や電気とは全く縁が遠い生物を連想させるのはどうかと思うぞ……それになんか……弱そうだし……」



「弱そうなのはショートさんの見た目だってそうじゃないですか」



 う……《エルフ》はホントにズバッと的確な言葉を投げつけるよな……



「勘違いしないでくださいよ、私が単に“でんでん”と電気を掛けてこの名前を考えたワケじゃありませんからね」



「どういうこと? 」



 するとパメラは俺の額に突き刺さった二本の石……《畜雷石》に手を伸ばしてゆっくりと撫で回し始めた。



「パ……パメラさん? これはどういう? 」



「ショートさん、そっくりですよ」



「何が? 」



「この二つの石……でんでん虫の角みたいです」



 その時、俺の角を撫でながらそんなコトを呟いたパメラの肌は夕陽の光を受けて黄金色に光り輝き、瞳はグラスに注いだソーダ水のように煌めいている。



 端的に言えば、彼女の姿はひたすらに美しかった。



「パメラ……」



 俺とパメラは磁石のN極とS極が引かれあうように、ごく自然に、当たり前のように唇を合わせていた。唐突な俺のアプローチにも、彼女はすんなりと受け入れてくれた。



 今、この時の瞬間は、自分がこの《ライトイニング》に来て以来……いや、人生で最も“幸せ”と実感できた数秒だった。



「でんでん虫……気に入ったよ。サンキューな」



「どういたしまして。これからも大事に使ってくださいね」



「いつだって放さないよ。ま、手放したら死んじゃうからね」



「そうですよね~ショートさん、夜中に“別の角”を振り回している時だって手放さないんですもんね」



「ばッ……! 節操ないコト言うなって! こういう雰囲気の時は! 」



「年下をからかうのは楽しいんですよ~! 」



 100歳近く年上の妻にからかわれて俺の方が顔を真っ赤にしてしまった。いたずら小僧のように無邪気に逃げ回るパメラを、俺は「待てー! 」とおきまりの文句を垂れながら追いかける。



 しかし、そんな幸せいっぱいの空気の中で、俺達は部屋の中に紛れ込んだセミのように見過ごせない事態を発見することになる。





「たすけてぇ~……」





 初めは小動物の鳴き声かと思ったが、立ち止まって二度三度繰り返されるその“声”を聞き取ると、それは10歳にも満たない少年の泣き声だと理解した。



「聞いたかパメラ」



「はい、向こうの方からですね。行ってみましょう! 」



 聴力に自信があるパメラを先導にその泣き声のする方向へと向かうと、そこには切り立った崖の根本に横たわって泣いている男の子の姿があった。



「ぼく! 大丈夫? 」



 パメラはすぐさま少年に駆け寄って少年を助け起こそうとする。



「痛い……痛いよ! 」



「ごめんね! 足が痛いの? 」



 見たところ少年は両足を強く打って立ち上がれなくなっていたようだ。状況から察するに、この崖上で遊んでいたところ、誤って転落して怪我をしてしまった。といったところだろう。



「キミ、大丈夫か? お父さんやお母さんは近くにいる? 」



「うっ……ボク一人だよ……上で虫を捕まえてたら……落っこちちゃって……」



「大丈夫だよ、お姉ちゃん達に任せて」



 パメラは優しく慈愛に満ちた表情と声で、少年の動揺を和らげる。助けが来たことで安心を取り戻したのか、少年の泣き声は少し落ち着いてきた。



「ショート、お願いがあります。家に戻って救急箱を持って来てください。今からこの子に治癒の術式を施しますが、骨折の可能性もありますので包帯と添え木が必要です」



 少年に向けた穏やかな表情とは一転。応急処置の為に術式を発動する為、《オーク》と戦っていた頃の鋭い目つきが蘇っていた。



「わかった! 待っててくれ! 」



 俺も同様。一秒でも早く少年の苦痛を取り払う為に、坂道の頂上にある我が家に向かって疾走する。



「ハァ……ハァ……」



 牧歌的な生活を送っていた為か、体力が落ちてしまっていたようだ。息を切らしながらようやく自宅までたどり着いた。



「あれ? 」



 その時、異変に気が付いた。家の前に誰かが立っている……それも二人……背が高くて屈強な体格の女性と……さきほど発見した少年とほとんど変わらない背丈の女性の姿……



「まさか……」



 この二つのシルエットを、俺が忘れるワケがない! 



「ロゼ! シャロン! 」



 俺が声を張り上げて二人に呼びかけると、向こうも気が付いたようで、急いで俺の方まで駆け寄ってくれた。



「ショート! 帰ってきたか! 」

「まったく焦りましたよ、家に誰もいないんですから」



 二人は息切れして膝を付いた俺の側に駆け寄るや否や、再会を喜ぶ挨拶も抜きに神妙な面持ちを作った。



「ショート、大変なことになっちまった」



「大変? それならこっちもそうなんだ。少し手伝って……」



「まずはぼく達の話を聞いてください! 」



 いつもなら冷静で低血圧な態度をとっているシャロンの焦りようが、彼女達の言う“大変なこと”がいかに急を要し、重大であることを物語っていた。



「一体どうしたんだ? 」





「……《オークマスター》が脱獄した」





「《オークマスター》が……嘘だろ」



 全身にムカデが這うような怖気と、ヘソの中心からマグマのように燃え上がる憤怒の炎が燃え上がっていく感覚が走った。



「それで! ヤツは今どこに? 」



「憲兵の話ではおそらくは、パメラの故郷でもある西の都に向かったのではないか? ということです。ヤツも《エルフ》ですから、その可能性は高いです」



「西の……ということはこの村を通る可能性も………………」



「どうした? ショート」



 俺の中で、あってはならない未来予想が頭の中で組み上がってしまった。



 決して同時押ししてはならない2つのボタンを、不気味な笑顔の悪魔の使いが両手の人差し指でグイッ! と押し込むような、そんなイメージが頭の中で再生されてしまった。



「パメラがやばい! 」



「おい、ショート! どういうことだ! 」



 今の俺には、ロゼとシャロンの姿すら思考のレイヤーに収まっていなかった。汗だくになりながら駆け上がった坂道を、今度は前のめりになって転げ回ってしまうほどの全力疾走で下って行く。



「ショート! パメラが一体どうしたんですか? 」



 シャロンの言葉にも答えず、俺はつい数分前までパメラと共にいた場所へと向かって行く。



「くそッ!」



 そして突きつけられた最悪な事態に直面し、悪態が自然と口から飛び出した。



「いない! 子供も、パメラも! 」



 両足を怪我した少年に応急手当をしているハズのパメラの姿はそこにはなく、代わりに一枚の紙切れだけがこれ見よがしに平らな岩の上におかれていた。



 これは、まさか……! 



 俺はその紙切れに書かれていた数行の文章を黙読した瞬間、後頭部の奥で何かが弾けるような錯覚を覚えた。



「ショート……急に走り出してどうした? 」



 遅れて追いついたロゼとシャロンも、俺が手にした書き置きを呼んで顔を青ざめさせる。





『雷刃鬼、妻を無傷で返して欲しくば崖の上にある林の奥に“一人で”来ることだ。誰か助けを呼んだことが分かり次第、愛する妻がお前の下手くそな前戯に毎晩悩まなくてすむ身体になることだろうよ』





 紙切れに書かれていたゴキブリの死骸から飛び出した腸にも劣る駄文を頭の中でリピートする度、俺の額の《畜雷石》からビリビリと電流がうねり続ける。



「《オークマスター》……やはり殺しておくべきだった……! 」



 俺はいても立ってもいられなくなり、雷刃……いや、《でんでん虫》の柄を握って崖上まで飛び上がろうと踏み込んだ。



「待て! ショート! 」



 ロゼが俺の腕を掴んで止めた。



「放してくれ! こうしている内にも、パメラが! パメラがどうなってもいいのかよ!? 」



「オレだってお前と同じ気持ちだ! だが落ち着け、こんなの罠に決まってるだろ? お前一人で行ったところで、待ち伏せされて返り討ちに合うのが見えてる! 」



「ぼくもロゼと同意見です! 向こうの思惑通りに一人で向かえば思うつぼです! ここは協力して、ぼく達三人でパメラを助けるんですよ! 」



「黙れ! 一人で行かなきゃパメラが……俺一人で助けなきゃダメなんだ! 」



「ダメだショート! 死ぬ気かお前は! 」



 目の前にいる二人が、共に旅を続けた仲間だということを配慮することさえ、今の俺の心には余裕が無かった。





「俺の邪魔をするなぁぁぁぁッ!! 」





 気が付いた時には、俺は二人に向けて《でんでん虫》を振り払い、雷撃の雨を降らせていた。



「ショート!? 」

「どうして……」



 雷撃は二人を直撃することはなかったが、地面に一文字の溝を削り上げ、俺と二人の間に小さな谷を作り上げた。



「本気……なんですね……ショート……」



「ロゼ……シャロン……すまん、頼むからこの溝を越えてこないでくれ……もしもそれを破った時は……今度は容赦なく雷刃技をブチ当てる」



「やめてくれショート、そんなことを言わないでくれ……」



 ロゼは涙を流していた。俺は彼女が泣いた顔を今初めて見たかもしれない。



「ごめん」



 でも、そんな彼女の懇願すらも、今の俺の心には届かない。



「待てショート! 死ぬぞ! 」



 俺は彼女達に背を向け、崖の上に向けて足を踏み込んだ。



 もう振り返らない……パメラを助けるまでは……! 



「ショート! オレもパメラと同じなんだ! お前に死んで欲しくないんだよ! オレもお前のことが…………」



 すまんロゼ……無事に戻ったら、またゆっくり話でもしような。



「ハッ! 」



 雷刃技の応用で脚部の筋肉を電気で刺激し、インパラのような軽やかなジャンプで崖を一気に駆け上がった。



 そのまま林の奥へと乗り込む直前、生温かい風に乗ったロゼの泣き叫ぶ声が、じんわり耳の奥にこだました。

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