「5ー1 救出」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
ポールダンサーの久我 夢音、ステーキハウスのシェフであるブッチャーと共に、犯罪組織《ORC》に立ち向かうこととなったが、《ORC》のボスである増田 道奥によって夢音が拉致されてしまう。
夢音は不運続きの自分の運命を呪いつつも、この状況を打破する為に自分自身強く気を保たなければならない。と覚悟を決め、屈辱のショーに立ち向かうのであった。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:卑猥な衣装+妖艶なドレス
手:なし
足:艶美なピンヒール
アクセサリ:なし
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
・ブッチャー《本名:淵山 育夫》[36歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:グレンデルコックコート
手:龍の杖
足:安全靴
アクセサリ:サングラス
ステーキハウス「グレンデル」の料理長兼オーナー。精肉店を営む実家を幼少の頃から手伝い、肉の取り扱いのエキスパートになる。
フレンチレストランで修行後、30歳の頃にグレンデルをオープン。熟成肉を使った肉料理の数々と龍の杖を使ったパフォーマンス「ドラゴンファイヤー」は高い評価を得て、芸能人や財政界といったセレブ層からも評判が高い。
ステーキ店経営の傍ら、キックボクシングのジムに通っているので腕っぷしも強い。
「久我夢音、そろそろ時間です」
無機質で事務的な声がドア越しに聞こえる。多分《ELF》の従業員だろう。
「う、うん……わかった……」
ガチャリと向こう側からドアの解錠をする鍵の音。わざとらしいタキシードを着た名も知らない従業員が部屋に入る。
「準備はよろしいようですね」
従業員の男は、一瞬だけチラリと私の胸元を見たものの、慣れた様子で視線を逸らし、何事もなかったように振る舞った。
「こんな悪趣味な服装……外を出歩いたら秒で逮捕されるよ……猥褻物なんとか罪で……」
今アタシが身にまとっているステージ衣装は、布の総面積が文庫本の表紙に収まっちゃうぐらいしか使われていないようなビキニ。と言えばいいのだろうか、とにかくスケベな漫画でしか見たことのないような下品な出で立ちになっている。
「ステージ上でポールダンスをする直前までは、部屋に用意しておいたドレスを着ていてください」
従業員に言われた通り、アタシは変態衣装の上からクローゼットに架かっていた黒いドレスを着込む。そのドレスも胸元は大きく開き、スカート部分には腰まで丸見えになるスリットが入っている。これだけでも十分猥褻だ。
そのまま従業員の案内でステージに向かう。長い廊下を歩いている間、色んな不安が頭の中を錯綜する。
ステージの上で変態ゲームって……一体どこまでのレベルのコトをされちゃうのだろう……
動画とかも撮られちゃって変態おじさん達の間に出回っちゃうのかな? それともネットにアップされちゃったりもするの?
そんなコトになったら、アタシは一生“今こうしている時も、どこかの誰かにアタシの恥ずかしい姿が見られている”という不安の中で生きていかなきゃならないの?
等々、これから自分に起こりうる悲劇を想定しながら、目的の場所にたどりついてしまったようだ。
「それでは久我夢音、くれぐれもゲストの方々に粗相のないよう、お願いします」
粗相のないことをするのは向こうでしょ! と言い掛けたところだったけど、吐き出す寸前にそれを飲み込んだ。
とにかく、今は耐えるんだ……耐えて耐えて、自由になれるチャンスを探るんだ!
桂馬になって飛び出すんだ!
「ダンナ! しっかり捕まっててくださいよ! 」
「ああ。頼むぞブッチャー! 」
夢音奪還に燃える翔人とブッチャーは、バイクに二人乗りで夜の繁華街を疾走中。《ELF》突入に向けてアクセルを吹かし続ける。
「それにしても、お前から《オークマスター》の居場所の秘密を知った時は、さすがに驚いたぞ」
「増田公認のVIPしか知らない情報ですからネ。私もその秘密を知ったときは驚きましたけど、なるほど。と関心も同時にしたものですネ」
「《オークマスター》は狡猾だ。そういうところにばかり頭が働く。それにしてもそんな重要な情報をどうやって仕入れた? 」
「盗聴器だネ。増田のヤツがウチの店に来る時は、テーブルに盗聴器を仕掛けておいたのさ。そこから盗み聞きした情報を色々と分析して、ヤツらの行動パターンを読みとれるようになったのさ……いつかこういう時が来たの為に武器として使えるようにネ」
「さすがだブッチャー。常に己の刃を磨き続けていたってことだな。戦士の鑑だよお前は」
「ダンナに褒められるの正直にとてもうれしいネ。私の親父はあまり褒めてくれなかったから」
「俺にもその気持ちはわかるぞ。だから俺はなんとしてでも《ライトイニング》に帰りたかった……いや、まだ諦めちゃいない。絶対に帰らなくては」
「ダンナ! 見えてきましたぜ! 」
ブッチャーが指差す方向には、湾を跨ぐ巨大な橋梁。全長3120m、幅30mのその大橋は、“鯨橋”の愛称で親しまれている。
現在夜の8時45分。橋を往来する無数の車のヘッドライトが銀河の如く煌めく中、ブッチャーの予測通りであれば《ELF》は“そこ”に現れる。
「予想通りです……来ましたネ! 」
鯨橋の上から湾を見渡す二人、そこから見えた物は一隻の巨大なクルーザー。
「あの船が……《オークマスター》の居城か……」
犯罪組織《ORK》の拠点、及び《ELF》本店は地上には存在しない。
湾に浮かび、昼は一般客のツアー目的で使われているこの大型クルーザーがその正体だ。
増田はこの船内にある事務室を拠点として活動し、夜は非合法な風俗店のオーナーとして手腕を振るう。
「《ライトイニング》では航海中に幽霊船にでくわしてゴーストの大群と戦ったことがあるが、あのクルーザーはその時以上に怖気を感じるな……」
「ダンナ、あと数分でクルーザーがこの橋の真下を通ります……! この後はどうするんで? 考えがある! って言ってましたがまだその作戦を詳しく知りませんよ? 」
「任せておけブッチャー。とりあえず“例の物”を頼む」
「へ……へい! 」
ブッチャーは翔人に言われた通り、バイクのシート下に収納しておいたロープを取り出してそれを手渡す。
「これで何をするんで……? 」
「まずはこのロープを自分の身体に巻き付ける」
「はい……」
「そしてロープのもう一方の端を橋の欄干にくくりつける」
「はい……」
「そしてクルーザーめがけてダイブする」
「はい? 」
「それだけだ」
「はいい? 」
ブッチャーは翔人が10m以上はあろう長いロープを二本も用意していた時点で少々嫌な予感を覚えていた。
「それだけって……それでクルーザーに進入するってことですかネ? その後はどうするんですか? 」
「ブッチャー。お前の情報では、あのクルーザーはてっぺんに位置する船室がホールになっていて、その天井が開閉式のガラス張りになっているそうだな? 」
「そうですが? 」
「夢音は恐らく今、その場所で辱めのパーティに駆り出されているハズだ。だからここから真下に飛び込んでガラス天井を破り、そのまま夢音を救出する」
「その後はどうやって脱出するんですかネ!? 」
「落ち着けブッチャー。イメージしてくれ。あのクルーザーはラーメンだ。そしてロープは麺だ。麺を箸で掴んだ状態で、ラーメン丼を真横に滑らせたらどうなる? 」
「それは……麺だけが丼から飛び出して箸に残りますネ……」
「そういうことだ。クルーザーがまっすぐ移動し続ける限り、俺達はロープに繋がれたまま船外に飛び出し、脱出することが可能。完璧な作戦だ」
その説明を聞いたブッチャーは、思わず声を荒らげて翔人に異議をとなえた。
「ちょちょちょ……ちょっと待ってくださいよダンナ! そんな大ざっぱなアクション映画みたいなプランでここまで来たんですかネ? 」
「ん? ダメなのか? 」
「ダメな要素しかないですネ! そもそもこんな雑な装備で私達がクルーザーに向かって降りたとしたところで、無事に着地出来るハズが無いですネ! 湾まで20m以上は高さがありますよ! それに、ガラス天井だって都合よく開いているかどうかなんて分かりませんよ! むしろ閉じている可能性の方が高いです! それに運良くダイブしてガラス天井を突き破ったとしても、ピンポイントの場所に夢音ちゃんがいるって保証も無いんですから! それに脱出方法だって、そんな方法で上手く行く方が奇跡ってもんですネ! 」
ブッチャーの必死の熱弁だったが、その様子を見た翔人は「ははは」と呑気に笑い声を上げていた。
「ダンナ! 何笑ってるんですか! 」
「はは、いやいやスマン。何というか、今のキミ喋りっぷりを見ていたらパメラにそっくりだな。って思ってな」
「パ……パメラさん、ですかネ? 」
「そうだ。いつも俺とロゼが無茶をやらかそうとした時、パメラはそうやって早口でなだめようとしてくれていた。それを思い出してな……」
翔人は真っ直ぐこちらに向かってくるクルーザーを見据えてそう答えた。その横顔は、多くの人間の喜怒哀楽を見守っていたような、重く切ない哀愁があった。
「わかりましたよ。私はダンナと夢音ちゃんがいなければ命を失っていた身だ。最後までご一緒しますネ」
「助かるよブッチャー」
「いいってことですよダンナ」
二人は無言で拳を突き合い、これから迫り来る波乱の幕開けに対して覚悟を決めた。
「さぁ、ダンナ。あと30mってとこですかネ? 」
「ああ、あのスピードならちょうとクルーザーの先端が橋の真下に来たタイミングで飛び降りればちょうどよさそうだ」
「もしタイミングに失敗したら? 」
「その時は、シャロンに貰った風の術式で微調整するから安心しろ。まだそれぐらいの魔力はギリギリ残っているハズだ」
「何だかよくはわかりませんがネ、そのシャロンって人の話も、詳しく聞かせてくださいよ」
「いいぞ。無事に3人で地上に戻った時にな! 」
『皆様、今宵も紳士の楽園《ELF》にお越しいただき、まことにありがとうございます』
タキシードを着た《ELF》の司会者が、マイクでうやうやしくショーを進行する。
クルーザーに集まった要人達は皆、素性が明るみに出ないように道化師を思わせるデザインの仮面を被っている。
不気味な仮面を被ったゲスト達の数は30人を越え、巨大な円卓上のステージの周りをグルリと囲んでいる。彼らは《ELF》の会員の中でも特別優遇されているプラチナ会員だ。その会費はひと月で一般サラリーマンの年収に匹敵する。
「本日皆様方には、当系列店にて絶大な人気を誇るポールダンサーの、特別パフォーマンスをご覧に入れます」
相撲の取り組みを砂かぶりで楽しむように、皆円卓の中央に視線を集中させている。
ホールの中は薄暗く、艶めかしい雰囲気のアクアブルーの照明が気休め程度に全体を照らし、唯一のスポットライトが円卓の中央を強調させるように延びている。そこにはポッカリと穴が空けられていて、ショーが始まった際には下で待機しているパフォーマーが、せり上がる床と共に登場する仕組みになっている。
「もちろん、ショーが終了した後には、お手元のチップにて恒例のオークションをお楽しみいただけます」
円卓の端には、各々の要人達が高額な金銭と引き替えに交換したチップが積まれている。オークションが始まった際には、このチップの枚数で競い合い、様々な“お楽しみ”を堪能する権利を購入することとなる。
「それでは皆様、お待たせ致しました! 本日のショーの主役『久我 夢音』嬢の登場です」
司会者の合図と共に、ホールに備えられたアンプから重低音が鳴り響く。
ゆっくりとしたテンポの、ソウル系のダンスミュージックに導かれるように、円卓中央の穴から夢音の姿がせり上がってきた。
「おお……! 」「ほほー……」「ふふ……」
夢音の姿がスポットライトの帯の中に現れた瞬間。要人達は思わず歓喜の声を口端から漏らしていた。
くうう……ある程度覚悟はしていたけど……やっぱり恥ずかしいよコレ……!
夢音はまだ、際どいダンス衣装にドレスを着込んだ出で立ちではあったが、それでも欲望に溺れた権力者達の艶情を奮い立たせるには十分の刺激があった。
こんな物までわざわざ作っちゃって……ホントに変態おじさん達の為なら、どこまでもサービスしちゃうワケなのね《ORK》って……
卓上にせり上がった床には、夢音のパフォーマンスの為に特別に作られたポールがそびえ立っている。
彼女がスチール製のポールを握ると、それに反射した光の行方を探すように、ふと天井を見上げた。
空……ちょっと曇ってるな……
ホールの開閉式天井は、ショーの雰囲気を盛り上げる為にガラス張りの状態となっていた。
もしもアタシに魔法が使えるのなら、ガラスの天井をブチ破ってピョン! と飛んで逃げ出せるのに。
そんなありもしない妄想を抱いてしまう彼女も、ふと周囲を見渡して要人の中に混じっている増田と奥那須の姿を見つけた途端、意識が現実に戻ってしまう。
今は腹をくくるしかない……夢音は開き直り、全てを受け入れてドレスを脱ぎ捨てようと背中のジッパーに手を伸ばした。
「うわっ! 」
しかしその瞬間ホールが真っ白に染まり、遅れて空が破けたかと思うほどの轟音が響きわたった。
「雷か? 」「デカかったな……」「びっくりさせやがって……」
突如割り込んだ自然現象の雄叫びが、要人達をざわつかせる。今から日常から剥離した妖艶なショーを待ちわびていた彼らの興が少し冷めかけたことで、ステージの上への注意が逸れる。
「あっ! 」
要人の一人が突然上擦った声を上げた。その声に連動して他のゲスト達もステージ上に注意を戻した。
「女が逃げるぞ! 」
円卓上でパフォーマンスをするハズの夢音が隙をついて円卓の上から飛び降りていたのだ。
「バカな真似を……! 」
増田が呟くと同時に奥那須がピンボールの玉のように飛び出し、夢音を捕まえるべく疾走する。
しかしこの時、彼らは気が付かなかった。
夢音が取った行動は断じて“逃走”ではなかったことに……
彼女は“避難”しただけなのだ……
彼らは直後にその理由を理解することになる。
ガシャアアアアン!
先ほどの雷とは明らかに違う粉砕音。そして照明を反射して煌めくガラス片が円卓上に散らばっていく。
「無事か? ロマネ! 」
「痛てて……まさかホントに上手く行くとはネ……」
彼女の願いは現実となった。二人の桂馬が高らかに飛び上がり、《ORK》という盤上を席巻するその姿は、夢音の涙腺を強制的に刺激させた。
「翔爺……! ブッチャーさん! 」
円卓上に舞い降りた翔人とブッチャー。その姿は夢音にとって、ドラキンのどんなにレアなアイテムを装備したアバターよりも輝いて見えた。