「4ー1 オークマスター」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
ポールダンサーの久我 夢音と共に、犯罪組織《ORC》に立つ向かうことになり、その道中ステーキハウス《グレンデル》の店主であるブッチャーを仲間に引き連れることとなる。
ブッチャーは《ORC》に弱みを握られていた。その真実を知った時、翔人は打倒への復讐の炎をさらに熱く燃やすのであった。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[18歳]《異世界》
■装備■
頭:畜雷石
体:ソリッドメイル
手:雷刃
足:韋駄天ブーツ
アクセサリ:シャロンの札
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていく。
異世界に転移した際、巨大ロボット型モンスターの奇襲により、額に畜雷石が埋め込まれてしまう。これによって伝説の魔道具「雷刃」を取り扱うことが可能となり、その力をパメラ達に貸すこととなった。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・パメラ[115歳]《異世界》
■装備■
頭:ラジエルの髪飾り
体:マリエルローブ
手:ドラウプニル
足:蒼天駆
アクセサリ:オリハルコンタンブラー
異世界ライトイニングのエルフ神官。長い耳、薄い金髪とウグイス色の瞳が特徴的。
世界樹ユグドラシルの種子から採取された特殊なオイル「ユグドラシルオイル」を使った特殊戦術「オイルタクティクス」と「バブルタクティクス」を得意とする。
温和で思いやりのある性格だが、一度決めたことは断固として譲らないガンコな一面もある。
時々無自覚に毒を吐くコトがあるが、これは隠し事をしないエルフ族特有の気質から来るものである。
好きな食べ物はオイル系パスタ・辛い物全般。
・ロゼ[19歳]《異世界》
■装備■
頭:プラチナムヴェール
体:グレートアーマー(ビキニタイプ)
手:アースクラッカー
足:タラリア
アクセサリ:イエロータリスマン
異世界ライトイニングの精霊騎士。ブラウンの瞳と金髪が特徴。
鍛え上げられた肉体と露出の激しい装備が特徴。(動きやすさと精霊の加護を得る為)
長いポールアクスを武器にして戦う。気性の荒い性格ではあるが、思いやりのある一面もある。
好きな食べ物はアイスクリーム・甘い物全般。
・シャロン[26歳]《異世界》
■装備■
頭:魔絹の帽子
体:魔絹のローブ
手:双石杖
足:マーリンミュール
アクセサリ:アンドヴァリナウト
異世界ライトイニングの魔術学者。水色の瞳と短く切りそろえた黒髪が特徴。
子供のような見た目をしているが実年齢は26歳。子ども扱いすると「チッ! 」とわかりやすく舌打ちするクセがある。
好きな食べ物はコーヒー味系のパン・苦い物。
「オークマスター……あなたの悪運もここまでですね。諦めた方が身の為ですよ」
シャロンが蔑む視線の先には、俺たちとの戦闘で満身創痍になったオークマスターの姿。
「ふ……僕をしこたま痛みつけて、さぞかしすがすがしい気分だろう……これからどうするつもりか? ゆっくり苦痛を与えて拷問でもするか? それともスカっと一発アタマをかち割ってブチ殺すか? 僕にはもう手下の《オーク》もいないし、魔力も尽きた……なんなりと好きにすればいいさ」
オークマスターは強かだった。俺、シャロン、パメラ、ロゼに囲まれて手も足も出ない状況でさえ、俺たちを見下すような口調で屈しない態度を取った。
「舐めたコト言いやがって、カビが生えたパンの方がまだお前より愛嬌あるぜ……! 」
ロゼはポールアクスの柄をひしゃげさせるような勢いで握りしめるとこめかみに血管を浮き上がらせる。ロゼは家族を《オーク》に殺されている……その復讐心が彼女の冷静さを失わせていた。
「落ち着いてロゼ! 」
「止めるなパメラ! コイツには一度や二度地獄を見せたぐらいじゃ足りないほどの貸しがある! 」
「この人には《オーク》を操っていた禁術について色々聞き出さなきゃならない! ここで殺してしまったら、その対策をすることが出来なくなるんだよ! 」
「ダメだ、コイツは危険過ぎる! 大事なのはこれからの不安よりも、今継続中の邪悪を断ち切ることだ! 違うか? 」
「違う! 今この人を殺したところで、今後第2、第3のオークマスターが現れることは簡単に予想できるでしょ? 」
「フン……長命種のエルフにとっちゃ、今後長く続く未来を憂うことは当然だろうな。それとも何か? コイツには同族の情けがあるってのか? ああ? 」
オークマスターはパメラと同じエルフ族だ。しかし彼は同族でさえ何人も殺している。この男の邪悪さは種族云々で語るべきではない。
「ロゼ、それは言い過ぎです! それ以上はさすがにぼくでもキレますよ」
「シャロン! あんたもコイツをこのまま生かしとくつもりなのか? あんたに掛けられた若返りの呪いを解くにはコイツ殺すしかないんだろ? 」
「確かにその通りです。ですがオークマスターを殺すまでもなく、彼に呪いを解除させることだって出来るハズです」
「……なんだよ! なんでみんな揃いも揃ってコイツを生かそうとするんだ? こいつは一分一秒でもこの世に存在させちゃならない! 」
一触即発の雰囲気。ロゼは今すぐにでも自慢のポールアクスをオークマスターの脳天に振り下ろす勢いだ。
客観的に見て、この場でオークマスターを殺してしまっては、彼が禁術を用いてあちこちにバラまいていた悪行の数々を問いつめるコトができなくなる。彼によって苦痛を味わった者は俺達以外に何万といるし、シャロンと同じく呪いを掛けられた人間だっているだろう。それら全てがオークマスターを殺したところで解除される保証はない。
「ショート! お前はどうなんだよ? 」
感情が爆発寸前のロゼに意見を振られた俺は、一瞬この事態に対してどうしてよいのか混乱してしまいそうになった。
しかし、俺ごときがいくら考えたところでロゼ・パメラ・シャロン達を納得させる答えは出てくるハズもない。
「俺は……」
「ショート! お前の答えを聞かせてくれ! 」
考えてもダメ……それなら……
俺はロゼの言葉に返事をすることなく、倒れたオークマスターの元へと近づいた。
「なにをする気だ雷刃鬼……その刀で僕の首をチョン斬るつもりか? 」
「それもいいけどな……優柔不断な俺の頭の中では今、二人の雷門翔人がつばぜり合いを続けているんだ……一人はパメラとシャロンの言うとおり、お前を殺すのはまだ早い! と主張する俺。そしてもう一人は、さっさとお前をブチ殺せと息を巻いて目を吊り上げてる俺……」
そんな俺が導き出した答えは一つしかない。
「な……なにを!? うわああああッ…………」
オークマスターは俺の目の前で白目を剥き、体を震わせて痙攣を起こしている、
「なにやってんだ翔人! 」
「翔人さん! やめて! 」
「今すぐ手を離すんです! 」
俺の右手は、磁石のS極N極が吸い寄せられるようにオークマスターの首を左手で絞めつけていた、それも電撃のオマケ付きの。
「ううううああああぁぁぁぁーーーー」
とうとうオークマスターは悲鳴を上げつつ泡を吹きだし、さらには失禁までして気を失ってしまう。俺は左手を放し、無惨な姿のオークマスターをそっと見下ろした。
「翔人……? 」
雷刃技でオークマスターを失神させた俺の顔をおそるおそる覗き込むロゼ。この時俺自身どんな顔をしていたのかは分からない。
「まぁ、その……」
「その? 」
「とりあえずコイツはこれで一回死んだ。ってことで……いいかな? 」
「はぁ? 」
「ええっと……昔読んだマンガで同じようなコトがあってその……なんつーか一機死んだっていうか……」
上手く説明出来ないのがもどかしかった。でも、自分がこの場を上手く治めるのはこうするしかなかった。
「全く……ワケわからんこと言いやがって……」
「ごめん……」
ロゼは握っていたポールアクスを手放し、俺の髪をグシャグシャとかき回す。彼女はいつもこうやって俺を弟のような扱いにしていた。
「お前のマヌケ面見てたら冷めちまったよ。パメラ、シャロン……悪かったな」
「ロゼ……」
「いいんですよ、わかってくれれば」
ロゼは照れくさい表情で二人に謝った。こういう時、彼女はいつも顔真っ赤に染める。思っていることがすぐに顔に出るロゼのそんなところが憎めなかった。
「さて、このクソッタレオークマスターを連れて帰って牢屋にぶち込んでやろうぜ」
「おう! 」
こうして俺達はオークマスターを拘束。英雄として国に帰還することになった。
しかし、今思い返せばこの時ロゼの言ったとおりにオークマスターの息の根を止めておけばよかったのかもしれない……
禁術の解析、余罪の追求、呪いの解除……それらをないがしろにしてでも……あの男に未来を残してはいけなかったのかもしれない……
この出来事から三ヶ月後……
パメラは脱獄したオークマスターによって陵辱されながら命を落とした……
■ ■ ■ ■ ■
「翔爺? 大丈夫? 」
過去の回想にふけっていた翔人だったが、夢音の声で現実に戻される。
「どうかした? 具合悪い? 」
「いや大丈夫……また昔のことを思い出してただけだ」
「パメラさんのこと? 」
「ああ、まあな」
夢音は翔人を気遣いつつ、ドライブスルーで購入したカレーライスを手渡す。
「旦那、今はしっかりと休息をとることだネ。こんな場末のカレーライスでも腹に入れとくだけマシだ」
「ブッチャーさん、このカレー代もアタシが出していることを忘れないでよ」
夢音が釘をさすも、ブッチャーは無言でカレーを頬張る。サングラスをしているので非常に感情が読みにくい。
翔人達は24時間営業しているスーパーの屋上駐車場に身を潜めることにし、夢音の車の中で夜食をとっていた。
「ところで、夢音ちゃん。今旦那に言ってたパメラってのは何のことだネ? 」
「それはね……翔爺、話してもいい? 」
デリケートな話題なので語っていいのかどうか躊躇する夢音だったが「いいよ、俺が話す」と、翔人はパメラについて自ら語ることに。
「パメラは俺の妻だ。結婚前はお互いに想い合っていたが、ある日彼女は突然姿を消してしまってね……俺達は結ばれるべきではない。と思ったかららしい」
「パメラさんはね、《ELF》の人なんだよ」夢音が翔人の話に補足をする。
「な!? 《ELF》の……なるほどネ」
「そう。パメラは自分が《エルフ》であることをひどく気にしていた。そんな彼女の固い決意の前に、一時は俺自信諦めかけてたんだけど……仲間の後押しもあって無事に彼女と結婚することができたよ……みんないいヤツだった、本当に幸せだった」
「翔爺は友達に恵まれてるね、うらやましい」 翔人ははにかんで口角を上げた。
「ほう、さすが翔人の旦那だネ。で、そのパメラさんがどうしたんで? 」
翔人はブッチャーの言葉に返事をすることなく、無言でカレーを頬張った。そして険しい顔で咀嚼する様子を見て、ブッチャーは全てを悟る。
「なるほどネ……言わなくていいよ。《ELF》、《ORK》ときて旦那の態度を見ればそのパメラさんて人がどうなったかなんてすぐに見当がつくネ……私も旦那も、《ORK》に大事なモノを奪われた同士ってワケだネ」
「そうだ。だから俺は《オーク》共を絶対に許さない……君たちの為にも、自分の為にも、パメラの名誉の為にも、《オークマスター》は絶対に倒さなきゃならない」
「旦那……」
後部座席にいたブッチャーは身を乗り出して助手席の翔人の両肩に手を置く。
「泣かせるネ……私はアンタみたいな男気に溢れる人間は尊敬するよ、絶対に《ORK》の奴らに泡を吹かせてやりましょう」
「ブッチャー、アンタの気持ち嬉しいよ。やはりただの肉屋じゃなかったな」
翔人とブッチャーはお互いに尊敬の意を込めた固い握手を交わす。
立場も世代も越えた友情の一幕だったが、夢音は少し胸焼けを覚えていたようだ。
「はぁ……仲が良いのはいいんだけどね……店をクビになって愛車もボコボコになって二人のおじさんにごちそうをしなきゃならないアタシのことも少しは尊敬してほしいんだけど……」
夢音は軽く愚痴をこぼしながら車外へ出る。
「どこに行くんだ夢音? 」
「トイレだよ」
「一人で大丈夫か? 付いていくぞ」
「大丈夫だよ、スグに戻るから」
夢音は翔人の同行を断ってスーパーの店内へと足を運ぶ。
「はぁ……こうして一人になるのは久々だな」
夢音がガールズバー《GUILD》で翔人にピンチを救われてから、まだ6時間程度しか経っていなかった。
しかし、次々に襲いかかる《ORK》の刺客達を蹴散らし、カーチェイスまで演じるという濃厚な内容は、わずか数時間の経験を数週間での出来事のように錯覚させるには十分だった。
用を済ませ、夢音は洗面所の鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。
ポールダンスの演技を終えてからシャワーも浴びずに今に至っている為、髪型はボサボサに崩れ、メイクも乱れている。それでも彼女はそこに映る自分の顔を“とても良い顔”だと感じていた。
(《ORK》を倒すなんて……今でもまだどうかしてると思うよ……でも、自分が自分の為だけにここまで一生懸命になるなんて生まれて初めてかもしれない……)
夢音は軽く手櫛で髪を整えて、鏡の前でにっこり笑って見せた。
(大丈夫、翔爺がいればなんとかなる……それにブッチャーさんだっている)
気持ちを一新させ、夢音は翔人とブッチャーが待っている駐車場へと戻ろうとする。しかし塔屋の自動ドアが開かれたのと同時に彼女はここで生暖かいスライムを背中に流し込まれたかのような嫌悪感を覚えた。
(なに? この感覚……もしかして、誰かに見られてる? )
夢音は過去に《GUILD》の客からストーキングされたことがあった。今味わっているどんよりとした視線は、その時に味わった感覚を思い出させた。
「うぅっ!? 」
満員電車内で人と壁に挟まれた時のような強い圧迫感と共に、夢音は一瞬で身動きが取れなくなってしまった。
「な……なに? 」
夢音は一瞬、自分が大蛇に巻き付かれてしまったのかと思ったが、うなじに当てられた生温かい空気の感触と共に現状を理解した。
「ボス、例の女……捕まえましたぜ」
彼女の身体に巻き付けられたのは、屈強な男のゴツゴツとした腕。男は夢音の背後から抱きついて身動きを取れなくしていた。
「まさか……あなたは……」
その男は奥那須 金次。《ORK》の筆頭である増田 道奥のボディガード。
「ちょっと! 離して! 離してよぉ! 」
「おとなしくした方がいい。あんまり暴れるようであれば、指の一本や二本は好きにしていいとボスに言われてる」
「は、はい……」
奥那須 金次の忠告を素直に聞いた夢音は言われた通りに抵抗をやめ、牙を折られた
ハムスターのようにおとなしくなる。
「キミが噂の《GUILD》のコメディダンサーか」
奥那須 金次によってがんじがらめにされてしまっている夢音の元へ近寄る一つのシルエット。
「はじめまして、僕の名前は増田 道奥。キミにとってきっと忘れられない存在となる男の名前さ」