「3ー4 仲間」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
ポールダンサーの久我 夢音と共に、犯罪組織《ORC》のボスが頻繁に出入りするステーキハウス《グレンデル》へと乗り込むが、料理長のブッチャーによって待ち伏せされてしまう。
しかし翔人の機転によって難を逃れ、カーチェイスの末に追ってを振り切ることに成功。
その時、絶体絶命の危機に陥ったブッチャーを救出。翔人は彼から《ORC》について聞き出そうとするが……
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:ダンサー衣装+同僚から借りたコート
手:なし
足:お気に入りのブーツ
アクセサリ:スマートフォン
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
・ブッチャー《本名:淵山 育夫》[36歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:グレンデルコックコート
手:龍の杖
足:安全靴
アクセサリ:サングラス
ステーキハウス「グレンデル」の料理長兼オーナー。精肉店を営む実家を幼少の頃から手伝い、肉の取り扱いのエキスパートになる。
フレンチレストランで修行後、30歳の頃にグレンデルをオープン。熟成肉を使った肉料理の数々と龍の杖を使ったパフォーマンス「ドラゴンファイヤー」は高い評価を得て、芸能人や財政界といったセレブ層からも評判が高い。
ステーキ店経営の傍ら、キックボクシングのジムに通っているので腕っぷしも強い。
翔人と夢音がブッチャーを落下から救った頃とほぼ同刻、スプリンクラーの作動によってパニック状態となった《グレンデル》に、《ORK》の首領である増田 道奥が訪れていた。もちろんボディガードの奥那須 金次も一緒だ。
「で……どうして店が水浸しのビチャビチャなワケなのか説明してくれる? 」
増田は頭の上にポタリ滴るスプリンクラーの水滴を不愉快そうに払いながら《グレンデル》のウェイターに詰め寄る。
「は、はい……実は……」
ウェイターは増田と奥那須を事務室へと案内し、店内監視カメラの映像を見せながら一連の出来事の説明をする。
「例のジジイとポールダンサーが現れたのか」
「はい……ボスの言われた通り彼らを拘束するつもりだったんですが……」
「失敗したのか? 」
「い、いえ! ただいま料理長が追跡中です! まだ報告はこちらまで届いていませんが……きっと……ジジイ達を捕らえているハズでしょう……」
「ふーん……なるほどね」
増田はウェイターの言葉も半ば上の空に、監視カメラの映像に食い入っていた。
「なるほどな……フランベの火を利用してスプリンクラーを作動……その隙に逃走……あの状況でなかなか思い切った行動に出るじゃないか。やはりただのジジイじゃなさそうだ、ますます気に入ったぞ」
増田はわずかに口角を上げながら翔人の行動を賞賛するが、その微笑はすぐに霧消して裏社会にふさわしい邪悪な無表情へと変貌する。
「ところで君」
「はい……なんでしょうか? 」
「“ブツ”はどうなってる? この騒ぎに乗じて不届きな働きに出る輩がこの店に侵入してくるかもしれんぞ? 」
“ブツ”その二文字にウェイターの緊張は高まり、額から汗を露骨に滲ませる。
「ブ……“ブツ”は、つい先ほど部下に別の場所へと運ばせました。《グレンデル》には一粒たりとも残っていません。ご安心ください」
ウェイターの言葉に安心したのか、増田は再びほくそ笑んでウェイターの肩にポンと手を置く。
「やるじゃないか。僕はきみのように状況判断に優れた人間は大好きだ。“気に入った”ぞ」
「は、はい! ありがとうございます」
「褒美をやろう。“何本”欲しい? 」
「ありがとうございます! な、何本? 」
「そうだ。好きな本数を言え」
ウェイターは困惑する。“本”とはいったい何の単位だろうか? 単純に現金を表す隠語として認識していいのだろうか? 一本一万円? いや、裏世界を牛耳るようなボスのことだろう。一本で十万円くらいの意味と受け取ってもよさそうだ……多すぎる本数を提示したらガメつい奴だと思われるかもしれない、かといって少なすぎる本数を答えて無駄に遠慮してしまうのも損した気分になってしまう……
思案に思案を重ねたウェイターは決心し、自分の中で適当だと判断した本数を提示する。
「わかりました……“三本”ほど……いただければ……と思います……」
「三本? 謙虚な奴だな。もっと多くてもいいんだぞ? 」
(しまった……! ちょっと少なかったパターンかこれは? でも流されるな。ここはこのまま謙虚な部下というコトで行こう)
「いえ……三本で結構です。ボスからお志をいただけるというだけで、私にとっては感無量ですから」
「なるほど、殊勝な心がけだ。それでは三本、褒美をくれてやろう」
増田は破顔一笑でスーツの内ポケットから何かを取り出す。それを見て、てっきり財布か何かを取り出したのか? などと安易な気持ちを抱いていたウェイターだったが、この直後に彼は自分の甘さ加減に泣くほど後悔することとなる。
「う……うわああああっ!? 」
突如走る激痛に叫びを上げるウェイター。涙腺から強制的にあふれ出した涙でぼやけた視界に映ったのは、自信の右太股にネイルガンで釘を打ち込む増田の冷酷な表情。
「ほらほら、何を大げさに騒いでいるんだ? まだ一本目だぞ? あと二本やるんだからおとなしくしろよ」
「そんな? なんで? なんで釘を? 」
これでは単なる拷問だ。どこが一体ご褒美なのか? と理不尽な状況に憤るウェイターだったが、増田が手にするネイルガンにセットされた釘が単なる鉄の塊でないことに気がつき、理解した。
増田が“ご褒美”として打ち込んだ釘は“純金”で作られた特別仕様だった。確かに一本一本にそれなりの価値はある。
「ほら、二本目だ。いくぞ」
「うぐああああッ! 」
バシュン! と火薬の臭いを発しながら打ち込まれた二本目の純金釘。その痛みに悶絶する暇すら与えずに続けて三発目も打ち込む増田。その表情には一切の迷いを感じさせない。
「これで三本。ま、ちょっとした小遣い程度だが、感謝して受け取ってくれたまえ」
「は……はい……ありがとうございます……」
ウェイターは痛みに悶絶しながらも猟奇的な増田に上っ面の謝辞を述べながら床に倒れてうずくまる。
「戯れはこの辺にしておこうか。行くぞ奥那須」
「ラジャー、ボス」
増田と奥那須はそのまま何事も無かったかのように《グレンデル》を後にする。
「ボス、ジジイとポールダンサーはどうしましょうか? 」
「今ブッチャーのヤツが捕獲をがんばってるようだが期待はできんな。僕達も追うぞ、車を出せ」
「ラジャー、ボス」
「それと今動ける《ORK》の戦闘員を総動員させろ。あのジジイは確実に捕らえる」
「ラジャー、ボス」
黒塗りの高級車に乗り込む増田と奥那須。翔人と夢音、たった二人の人間の為にここまで念入りに武力を整えることは異例のこと。
増田の黒き欲望の覇気が快楽街をうねり、奔流となって包み込む。
「楽しみにしてるぞ……ジジイ」
時刻は午前1時を過ぎた頃。壮絶なカーチェイスを繰り広げた翔人と夢音は、人気のなに公園のベンチに腰掛けてしばしの休息をとることにした。
「ほら、無糖でよかったか? 」
「構わないネ……いただくよ」
翔人から缶コーヒーを手渡されたブッチャーは、少し気まずそうな手つきでプルタブを開き、苦みばしった液体を喉に流し込んだ。
「美味いか? 」
「まぁ、美味いと言っておこうかネ。普段は缶コーヒーは飲まないんだが、そうも言ってられない立場だからネ」
「そう警戒しないでくれ。俺も夢音もお前をステーキにして食おうだなんて思っちゃいない」
翔人もブッチャーを宥めながら缶コーヒー(カフェオレ)を口にする。
「そうだよブッチャーさん。てか二人とも、それアタシのおごりだからその辺感謝してよね……なんで大の大人が揃いも揃って財布を持ってないの……」
不満を漏らしつつ夢音はウーロン茶で喉を潤す。
「すまんネお嬢ちゃん。キミ達を捕まえるのに無我夢中だったから……財布どころじゃなかったネ」
少々皮肉を込めた口調のブッチャー。未だに警戒を解いていない様子の彼に、翔人は低く明瞭な滑舌で囁いた。
「ブッチャー……あんた、ボスに弱みを握られてるんだろ? 」
翔人のその質問にブッチャーはすぐには答えなかったが、缶コーヒーの中身を一気に飲み込んでため息をもらした後、意を決して重い口を開いてくれた。
「《ORK》のボスに“気に入られ”てしまった……それが不幸の始まりだったネ……」
ブッチャーはそう呟きつつ、おもむろにサングラスを外す。
「うっ……! 」
露わになったブッチャーの顔の全貌を目の当たりにした夢音は思わずベンチから立ち上がって後ずさった。
「サービス業やっててネ、客の前でサングラスを掛けてるってのはよっぽどのことなのよ」
ブッチャーの右目は、頬の肉ごとえぐり取られたような深い傷によって塞がれてしまっていた。彼が日常的にサングラスをかけ続けているのはそれが理由だった。
「その傷……ボスにやられたのか? 」
「ああ……正確にはボスのボディガード、奥那須 金次って野郎にネ……右目に指を突っ込まれてそのまま怪力でガーッ………て感じでネ」
その時の様子を再現するようにジェスチャーで説明するブッチャー。その動作だけで夢音は戦慄を覚えて思わず自分の右目を隠すように手で覆う。
「どうしてそんな目に遭ってしまったんだ? 」
「フ……ろくでもない理由だよ。ウチの店を気に入って常連になったボスがある日私にこんなコトを言ったんだ……『この店のメニューにウチのクスリを追加しないか? 』ってね」
「それって、《グレンデル》でいけないクスリの売り買いを出来るようにしろ。ってこと? 」
「そういうコト……ウチに何度も来てから調子に乗ったんだろうネ。自分の思い通りに《グレンデル》を変えようとし始めたのさ」
「それでどうしたんだ? 」
「もちろん断ったさ。ウチは肉屋だ! クスリを売るなら薬局にでもお願いしたらどうだねネ? ってネ。でも、その態度が向こうの逆鱗に触れたみたいだネ……」
「まさか……」
「そう。自分の頼みを断られるとは思ってなかったボスは激怒。奥那須に命令して私の右目をえぐり取ったネ……そして『もう片方も失いたくないよね? となると……キミはどうすればいい分かるよね? 』ってクソを塗りたくりたくなるような顔で私に囁いた……もう私には選択肢はなかった……」
「しょうがなく……《グレンデル》をクスリの小売店にしちゃったんだね……」
「そういうことだネ……」
ブッチャーの告白に夢音は息をのんだ。《ORK》のボスの“お気に入り”にされてしまうと、人権も人格もへったくれもない事態に飲み込まれてしまうのだと……そして自分自身も今まさに同じ立場にたたされているのだと。
「相変わらず卑劣な野郎だ。元々無関係の人間にさえ自分勝手な野望の歯車になることを強いるとは」
翔人は珍しく怒りを露わにして握り拳を作る。年老いて筋張った手の甲から血管が飛び出してしまいそうなほどに力が込められている。
「聞いた話じゃ、旦那もお嬢ちゃんもボスの“お気に入り”にされちまったみたいだネ。その時点で全てがアウトだよ。ボスに屈して《ORK》のオモチャとして弄ばれて死ぬか、それともボスに抵抗して返り討ちに遭うかのニ択しかないネ……」
「いや、それは違う……三択だ」
翔人はベンチから立ち上がってブッチャーと向き合い、シミの浮いた右手を力強く差し出した。
「ブッチャー……俺のパーティに加わらないか? 」
「パーティ? 」
「そうだ。力を合わせて三人で《オーク》を殲滅する。そして生き残る……それが三択目だ」
「それ、本気で言ってるのかネ? 」
翔人の誘いを鼻で笑って突き返すブッチャー。そりゃあそうだよな……と自嘲も交えて頭を抱える夢音。
《ORK》のその凶悪さ、その組織力にたったの三人で対抗……それも老人にポールダンサーと料理人。と、およそ戦闘に適した人材とは思えない組み合わせ。狼の群にハムスターが立ち向かうような無謀さだ。しかし……
「まぁ……どっちにせよ、キミ達を捕まえそこなった私には帰る場所など無さそうだし、ゲロ以下のクスリを押しつけられてる現状にはウンザリしてたところネ……」
「というと? 」
「旦那と手を組むコトにしたよ……このブッチャーに出来ることならなんでも力になるネ」
ブッチャーは翔人の手を握り、共闘を誓う。
「ありがとう、ブッチャー」
「よかった~……ぶっちゃけ翔爺と二人きりじゃ不安だったんだよね」
その二人の手にかぶせるように、夢音も右手を置いた。
見てろよ《オークマスター》……今度こそ“あの時”のような失態は無いと思え……! 俺達は絶対に容赦しない……!
【登場人物紹介】
・増田 道奥[31歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:スーツ (ヴェロサーチ)
手:ネイルガン (火薬式)
足:革靴 (ディオーノレ)
アクセサリ:クスリ入りタブレット
大手芸能事務所「ベオウルフ」の社長を父に持ち、子供の頃からやりたい放題の毎日を送っている。
父のコネを最大限に利用し、所属タレントに枕営業を斡旋したり、暴力組織との繋がりを持ち、裏の世界で力をつけて犯罪集団「ORK」を設立する。
常に火薬式のネイルガンを持ち歩いており、不手際を起こした部下にはそれを使って体内に釘を打ち込んで容赦なく制裁するサディスト。