「3ー3 ブッチャー」
【前回のあらすじ】
自分を異世界の勇者だったと思い込んでいる老人「雷門 翔人」(70歳)。
彼はかつて自分が異世界で共に過ごしていた魔術学者“シャロン”とのやり取りを夢の中で追憶する。彼女は雷刃を使った攻撃しかできない翔人の為に、お守りとして“四枚の札”を彼の背中に託していた。
夢から覚めた翔人はシャロンとの思い出を抱きながら、ポールダンサーの久我 夢音と共に、犯罪組織《ORC》のボスが頻繁に出入りするステーキハウス《グレンデル》へと乗り込む。
【登場人物紹介】
・雷門 翔人[70歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:介護用病衣
手:スタンガン(250万ボルト)
足:クロックス
アクセサリ:湿布
ロクに学校にもいかずにダラダラとゲームやネットに明け暮れる日々を送っていたが、17歳の頃にネット通販で購入したPCゲームをコンビニで受け取る際、雷に打たれて「異世界ライトイニング」へと転移し、そこでエルフの神官の「パメラ」と露出過多な女騎士「ロゼ」と出会い、大きく運命を変えていった……と語っているが、その真意は定かではない。
現在は脳に疾患を抱えて認知症を患い、手足を自由に動かすコトすらできなかったが違法薬物の売人からスタンガンを受けた衝撃で覚醒。異世界と実世界を混同していながらも、自分の足で行動できるまでに。
好きな食べ物はカレーうどんとナポリタン。
・久我 夢音」[19歳]《実世界》
■装備■
頭:なし
体:ダンサー衣装+同僚から借りたコート
手:なし
足:お気に入りのブーツ
アクセサリ:スマートフォン
ポールダンスが売りのガールズバー「GUILD」のダンサー。
ポールダンスの実力はそれなりにあるものの、肝心な場面でミスをしてしまうことが多く、不本意ながらコメディ要因として人気ダンサーに。
現在将棋を題材にしたソーシャルメディアゲームの「ドラゴンキングファンタジー」にのめり込んでおり、唯一の心の癒しとしている。
犯罪組織「ORK」の人間に裸踊りを強要されるが、翔人によって救われる。
好きな食べ物は酢豚。好きな将棋の駒は桂馬。
「いらっしゃいませ! ようこそ《ステーキハウス・グレンデル》へ! 」
翔人と夢音が来店するや否や、ウェイターの威勢の良い声が店内に響きわたる。
《グレンデル》は現在深夜の12時を過ぎた頃だというのに大勢の客で賑わっている。
肉の焼ける香ばしい薫りと脂の弾ける音、メロディよりもリズムを重視した店内BGMと共に、来客の談笑が宴の様相を作り上げている。
「いつ来ても賑やかだよね~この店は……ま、アタシここに来るの二度目くらいなんだけど」
ウェイターに案内された席は、店奥の角に用意されたテーブルで、臨席との間には衝立も立てられていた。人目を避けられる構造だったので、夢音達にとっては都合が良かった。
二人はどっしりと椅子に腰掛け、ひとまずそれとなく腹ごしらえでもする流れとなった。
「うん……懐かしいな。俺もデカいクエストをこなした時は、こんな感じの酒場でよく打ち上げしてたっけな。そん時はロゼと大食い勝負して何度も胃が爆裂する思いをしたっけな」
「ねえ、翔爺の話にはパメラさん以外にも、そのロゼ? って人もよく出てくるよね? 確かその人ってアタシと同じでポール(ダンス)やってるんだよね? どんな人だったの? 」
「ん? どんなって……? 」
「翔爺がその人の話してる時ってスゴく楽しそうにしているよね? パメラさんの話をしてる時とはまた違う感じ」
「そうか……? ロゼは腕力も体力も俺とはケタ違いでね、何かあれば怒ってすぐに殴りかかってくるタイプの女だったよ。でも、なんだかんだで今思い返せば、ずっと友達がいなかった俺にとって初めてできた“親友”って呼べる存在だったかもしれないな」
「親友……ね……」
「おかしいか? 」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
夢音はどこか含みのある言葉を呟き、ウェイターによって出された水を一口すすると、それ以上のことは質問せず、話題を変える。
「それにしても翔爺……もしもここで《ORK》のボスとはち合わせたらどうするの? 」
夢音は周囲に聞こえないように、身を乗り出して翔人に耳打ちをするようにそう呟いた。今も店内に《ORK》の人間が潜んでいるかもしれない。もしも誰かに今から《ORK》を潰そうなどと話していることを聞かれてしまっては怒られるどころでは済まされない。
「もしも《オーク》どものボス……《オークマスター》がここに現れたのなら、答えは決まってる……その瞬間に殲滅するしかないだろう」
「ちょ! ちょっと翔爺! 何もそんなにハッキリクッキリ言わなくてもいいでしょそんな物騒なコト! それに“おーくますたー”って……? もしかしてボスの“増田 道奥”のこと? 」
「ますだ……? 《オークマスター》め……名前を変えたのか……いつになっても狡猾なヤツだ」
「そ……そう……まぁそれでいいや……」
微妙に噛み合わない翔人との会話に少し疲れた夢音だったが、その雰囲気を察したかのようなタイミングで、ウェイターが注文の品を彼らのテーブルに運んできた。
「お待たせしました。ご注文のリブロースステーキセットでございます」
ウェイターは流麗な所作でテーブル上に料理を並べる。
熱せられた鉄板の上にはバチバチと花火のような音を奏でながら脂を弾かせる国産牛。そのルックスを視界に入れようものなら、半ば暴力的に食欲中枢を刺激されてしまう。
「うまそーだね翔爺! 」
「うん。この脂の焦げた薫り……昔食ったレックスドラゴンのステーキを思い出すな」
目の前にこれでもかと美味の誘惑を醸し出すジューシーな牛肉を出されてしまっては、二人共本来の目的を忘れてしまうのも無理はない。
夢音は仕事が終わってから散々な目に遭い続けてロクな食事もとっていなかったし、翔人も介護施設から抜け出してからは一食も口にしていなかった。
意気揚々とフォークとナイフを手に取り、その旨みの塊を口に頬張ろうとしたその時だった。
「お客様、少々おまちください。まだ最後の仕上げが残っていますので……」
ウェイターが肉に溺れる寸前の二人を制止させると、彼らのテーブルに向かって一人の男がゆっくりと歩み寄ってくる。
「あ、もしかして……! 」
その男の姿を目に入れた夢音は、カブトムシを見つけた少年のように目を輝かせる。
「知ってるのか? ロマネ」
「うん、あの人はこの店の店長でブッチャーってあだ名で有名なんだよ。SNSで動画をよく配信してて人気があるんだ」
「えすえぬえす……? 魔導書か何かの類か? 」
「翔爺、とにかくちょっと黙って見ててよ」
隙あらば話題を異世界へと持って行く翔人をいなしつつ、夢音はブッチャーの姿に目を奪われる。
丸いサングラスと口ひげがトレードマークのブッチャーは片手に杖を携えて登場。その柄には竜の装飾が取り付けられていた。
「翔爺! 見て! あれが有名な“ドラゴンファイヤー”だよ! 」
「ドラゴンファイヤーだと? 竜の火炎袋を利用した魔道具で、あまりにも強大すぎた為に禁止されたハズでは……! 」
盛り上がる二人をよそに、ブッチャーはのらりとテーブルに近寄りウェイターから手渡されたブランデーを軽やかにステーキに振りかける。そして間髪入れずに杖を差し出し、柄の部分に取り付けられた竜の腕をカチリと指で引く。
「点火! 」
次の瞬間、竜の口から炎が吹き出し、ステーキにまぶされたブランデーに着火、酒の芳しい薫りと共に炎の柱が燃え上がった! いわゆるフランベだ。
「うおおおおっ! 」
思わず声を上げて興奮する夢音。これこそが《グレンデル》名物“ドラゴンファイヤー”である。
「これで仕上げは完了ですネ。どうぞ、こころゆくまで当店のステーキをお楽しみください。と、言いたいところですが……」
意味深な言葉の後に、ブッチャーが突然指を鳴らして合図をする。すると店内で食事をしていた他の客達が一斉に席を立ち、夢音と翔人が座っているテーブルの方へと目を向ける。その視線はどれも冷たく畏怖を与えるプレッシャーがあった。
「え? え? どど、どういうこと? 」
急展開に動揺して目を泳がせる夢音。北極でラーメン屋の屋台を見つけたかのような慌てぶりだ。
「なるほどな……まんまと待ち伏せされちまってたみたいだな」
対して翔人は達観した態度で堂々とした態度でブッチャーをにらみつける。
「その通りですネご老人。この《グレンデル》にいる人間は、店員から客まで全員があなたの敵です。この店は《ORK》の傘下、ボスがあなた方を探しているというお達しがありましたからね。前もって準備させていただきました」
「さすが《オークマスター》だ、用意がいい」
店内中に待機させられていたブッチャーの部下達は総勢で30人以上いることは確実。翔人はベストの内側にスタンガンを隠し持っていたが、さすがにこの人数が相手となると歯が立たない。
「おとなしく私達に拘束された方が身のためですネ。服を血で汚すのは肉を捌く時だけでいい」
ブッチャーの部下がじりじりと翔人達を囲み込むように迫ってくる。夢音は自分たちが店の角側のテーブルの案内された意味を今ようやく理解した。逃げ場が一切無いのだ。
「あと10数えるだけ待ちましょうかネ。あなた方はその間に両手を上げて降伏してください。でなければ実力行使にでなければならなくなる」
「どどどど、どうするの翔爺! 」
「10……9……8……7……」
「そうだな、雷刃技を使ったとしても、この数が相手となるとなかなか骨が折れる。全員に隙を作って一気に逃げ出すしか方法はなさそうだ」
「隙? 隙ったってどうやって作るワケ? 」
「6……5……4……」
「任せろロマネ。一つ方法がある」
翔人は何か策のありそうな得意げな表情を作り、片手をゆっくりと上げて天井にかざした。
「水精霊の加護を秘めし魔符の力よ……」
「翔爺? 」
そしてロマネにしか聞き取れないような小さなささやき声で何かの呪文を唱え始めた」
「3……2……1……」
翔爺の様子に何か奇妙な感覚を覚えるも、ブッチャーは破滅のカウントダウン0を宣告する為、唇をつぐむ……その瞬間だった。
「今こそ我が結界となり、全てを拒絶せん! 」
喉が張り裂けんばかりの声量で唱えられたその呪文と共に、翔人は掲げた片手を全力で振り下ろし、テーブルに手のひらをドカン! と叩きつけた!
「何を!? 」
その衝撃でテーブル上で燃え上がっていたステーキが宙飛び上がる。
予想外の翔人の行動に店にいる全員が呆気にとられ、その肉の行方を目で追いかける。
「顕現せよ! 水術式サークルレインプロテクション!! 」
翔人のその言葉を皮切りに突如、信じられないことだが……店内に“大雨”が降り注いだ!
「うおおっ! 何事だネ!? 」
「なになに!? なんなの翔爺いいいい!? 」
全く予想していなかった降水の洗礼にパニックに陥った店内は騒然とする。
「今のうちだ! いくぞロマネ! 」
翔人はこの隙を逃さず、夢音の腕を掴んでブッチャーをはねのけながら店外へ無事脱出! ずぶ濡れになりながらも夢音の愛車に乗り込んだ。
「翔爺! なんなのアレ!? どうして急に雨が……」
と翔人に詰め寄った夢音だったが、窮地を脱した安心から少し感覚に余裕が出てきたようだ、今ようやく《グレンデル》店内から目覚まし時計のような警報音が鳴り響いていることに気がついた。
(わかった、火災報知器だ! 翔爺がテーブルを叩いて浮かび上がったステーキにはフランベの炎に包まれてた。それがたまたま天井に設置された火災報知器が反応しちゃって、スプリンクラーが作動しちゃったんだね! )
「ロマネ、さっきの雨はな……」
「わかってる。翔爺が助けてくれたんでしょ? 」
「いや、アレは俺の力じゃない。シャロンが俺に託してくれた護符のおかげさ。今のは4枚の護符の内の一つ、水術式による水のバリアーさ」
「え……シャロンて……ああもう! またよくわからないこと言って! 」
夢音はとにかくこの場所から一刻も早く立ち去ろうと車を走らせる。スプリンクラーの目くらましが通用するのもせいぜい2~3分だ。
「ぶっ飛ばすよ翔爺! しっかり掴まってて! 」
夢音はアクセルを思いっきり踏み込み、《グレンデル》の駐車場から飛び出し、深夜の快楽街の道路をほとんどノーブレーキで疾走する!
「スゴイスピードだな! 昔ケンタウロスの背中に乗せてもらったことがあるが、それ以上だ! 」
深夜とはいえネオンと街頭に彩られた快楽街、未だに多くの車と歩行者が道路を行き交っている。夢音はそれらをどうにかギリギリのところで回避しながらアクセルを踏み続けた。
「翔爺! 追っ手が来てないか見て! 」
「今のところ大丈夫……と言いたかったところだが、そうもいかないらしいな」
「誰か来てるの? 」
「ああ、あれはブッチャーとやらだな」
夢音はサイドミラーから後方を確認すると、翔人の言うとおりステーキの伝道師ブッチャーがバイクに乗って追いかけてきている。
「やばいよぉ! どうしてこんなにしつこいワケ!? 」
「それだけボスのお咎めが怖いんだろうな。《オークマスター》は昔からそういうヤツだ。部下の失態は絶対に許さない」
バイクは小回りが効く分、走行車を追い越す際のロスが小さい。道路が混雑すればするほど、夢音の車との距離はどんどん狭まって来ている。
「どうしよう翔爺いいいい! 追いつかれちゃうよ! 」
「慌てるなロマネ。俺にはシャロンの護符がある! 」
翔人は突然着ている服を脱ぎだし、上半身を露わにする。
「え? ななななんで脱ぐの? 今! 」
「ロマネ、俺の背中をよく見ろ。札のような紙が4枚貼ってあるだろ? これにはそれぞれ魔力が込められてる。1枚はさっきの水術式で使ってしまったが、あと火・風・光の術式が残っているこれで乗り切るんだ! 」
翔人の言うとおり、彼の背中には確かに4枚の紙のような物が貼られているが、それは魔力が込められた札と言うにはいささか生活感があり過ぎる物だった。
「札ぁ!? いや、どう見てもただの湿布なんですけど! 筋肉痛とか肩こりの時に貼るヤツでしょ? 」
「信じられないのも無理はない。だが、さっき雨を降らせたのは見ていただろう? シャロンを信じるんだロマネ」
「だからシャロンて何! 」
「ロマネ! 運転は任せるぞ! 」
「え? ちょっと! 」
翔人はそう言ってヒョイと、軽やかに助手席の窓から身を乗り出してルーフ上へと移動する。
「危ないよ翔爺! 」
「心配するな! このままスピードを緩めるなよ! 」
ルーフ上に立った翔人はそのまま進行方向とは逆向きとなり、追走するブッチャーに向かって手招きをした。かかって来い! の合図だ。
「全く命知らずのご老人だネ……! 老い先短いってのにそんなにあの世へ急いでどうする」
挑発に乗ったブッチャーは、バイクの速度を上げて急接近! 車上の翔人に向けてガスバーナー付きの杖による“ドラゴンファイヤー”で威嚇する!
燃えさかる炎が翔人を襲うも、彼は腰に巻き付けていたYシャツをひらりとなびかせてその炎撃を振り払う。その動きは闘牛士が牛の突進を受け流すがごとく。
「やりますねご老人! ですが忘れちゃ困るネ。あなたの相手は私一人じゃないってことを! 」
ブッチャーの言葉の通り夢音の車は、いつの間にか接近していた彼の部下が乗る自動車数台に囲まれつつあった。このまま車体ごと体当たりでもされてはひとたまりもない。
「ひええええっ! どうしよう翔爺いいいい! 」
絶体絶命ともいえる事態に焦りを隠せない夢音。半泣き状態になりつつも、とにかくハンドル操作だけは誤らないよう、パニックになる限界のところで理性を維持し続けた。
「夢音、少し辛抱してくれ。今から二枚目の護符を使う! それまで耐えてくれ! 」
翔人は《グレンデル》で見せた時と同じく、片手を天にかざして呪文を詠唱し始める。
「火精霊の加護を秘めし魔符の力よ……」
「何を企んでいるかはわからんが、好きにはさせませんよ! 」
怪しい空気を察したのか、ブッチャーは杖を振りかぶって、車上の翔人に向けてスイングする!
「うっ! 」
杖の打撃を脛に受けた翔人はたまらず詠唱を中断。ルーフの上にうずくまってしまう。
「翔爺いい! 」
「心配ない夢音! とにかく走らせ続けろ! 」
翔人がダメージを負ったことで夢音は無意識にアクセルを弱めてしまう。その隙を狙い、ブッチャーの部下の運転する車の一台が急接近、車体ごと体当たりを敢行する!
「うわッ! 」「いやああああ! 」
車同士がぶつかり合った衝撃で、ルーフから振り落とされそうになってしまう翔人だったが、ギリギリのところでしがみついて難を逃れる。
「ご老人! ボスからはあなたは生け捕りにするように命令されてますがネ、やむを得ない場合は“生死を問わず”とも言われてるんですネ! その状態のまま無謀な戦いを挑むか? それとも車を止めておとなしくするか? どうするネ! 」
今にも振り落とされてアスファルトに叩きつけられそうになっている翔人だったが、彼の狩人のような目つきは変わらない。ブッチャーの最後通告にも無言のNO! を叩きつけた。
「塩爺! ヤバいよこれ以上は! もう止まった方がいいよね? 」
「ロマネ! このままだ! このまま逃げ続けろ! 」
「だってこのままじゃ塩爺が! 」
「大丈夫だ! シャロンを信じろ! キミは騎士だろ? なんとか持ちこたえてくれ! 」
「棋士であることが何に役立つのこの状況に~! 」
これ以上の逃走に躊躇する夢音を何とか鼓舞して走行を続けさせようとする翔人だったが、そんな彼をあざ笑うように、今度は《グレンデル》の店名がプリントされたコンテナを積んだ中型トラックが彼らの進行方向に現れる。これで夢音の運転する車は、ブッチャーの部下達によって前後左右、全方向の進路を塞がれてしまった。まさに将棋の詰み状態。
「観念しなさいネあなた達、もう誰が見たって万策尽きた。って状態だ」
「もうダメ……ダメだよ翔爺……」
ブッチャーの言うとおり、夢音と翔人にはもはや逃走経路は残されていない。スピードを緩めておとなしく彼らに捕まる他ない。夢音もそう思っていたが……
「諦めるなロマネ! 騎士であるキミならこの状況を打破する答えを既に見つけているハズだ! 遠慮するな! 俺に構わずキミの思っている通りに動いてみろ! 」
「アタシの思ってる通り……? 」
翔人の言葉により夢音はかつて自分がプロ棋士を目指していた頃の記憶をフラッシュバックする。
英才教育として6歳の頃から将棋教室に通わされていた彼女は、ある日教室を取材する為に現れたテレビ局のリポーターに「将棋のどんなところが好き? 」と聞かれ……
「どの駒でも王をいちげきで倒せるところ」
と答えていた。
(そうだよ……歩でも金でも、詰みさえすればどの駒でも王の首を穫れる……それが将棋……)
夢音は過去の自分の言葉に光明を導き出した。
「この状況……まだ詰んでないよ! 」
行動のキッカケさえあれば夢音は迷いなく大胆になれる性格だった。
「翔爺! しっかり掴まってて! 」
前後左右、突破口無き絶望的状況を打破する為に取った夢音の行動は、もっともシンプルかつ大胆な方法だった。
「行けぇぇぇぇ! 」
夢音はなんとアクセルを全開に踏み込み、前方で進路を塞いでいたトラックに対して体当たりを敢行したのだ。
「なにっ!? 」
その予想だにしなかった行動に、ブッチャーと部下達も面食らって思考を停止させてしまった。「ドカン! 」「ドゴン! 」と金属同士が鈍くぶつかり合う音を発しながら、除夜の鐘を突くかのように何度もコンテナに体当たりを続ける夢音。ルーフにしがみ付いた翔人も「それでいい! 」とはやし立てる。
「何をしてるんだネ! 早く止めろ! 」
思考が遅れつつも、夢音の奇行を止めさせようとブッチャーが部下に命令するが時スデに遅し、体当たりに耐えかねたトラックの運転手は思わずハンドルを切って夢音達の進行方向に道を譲ってしまった。
「今だ! 」
この一瞬を逃してたまるか! 夢音はその隙間をかいくぐり、どうにかブッチャー達の包囲網を脱出! 彼女の作戦は大成功を納めた。
(どんなにトラックが強大であろうと、運転しているのは所詮人間。将棋だって駒を操る棋士次第でその力は変わる……揺さぶりさえ掛けてしまえば向こうから勝手に道を譲ってくれる……そうでしょ!? 翔爺! )
「よくやったぞロマネ! 後は俺に任せろ! 」
ブッチャー達より前方へと躍り出た翔人は、再びルーフ上に立ち上がって詠唱をする。
「火精霊の加護を秘めし魔符の力よ、その躍動を以て天を熱で覆い尽くせ! 炎術式・トータルエクスプロージョン!! 」
呪文を唱え終え、右拳を力強く突き上げる翔人。ブッチャー達はそんな彼の行為に「何やってんだボケジジイ」とばかりに失笑を隠せずにいたが、次の瞬間……
「ガチャリ」と何か不幸な予感を連想される金属音が噪音に紛れて響きわたる。
「まずい……! 逃げるんですよみなさぁぁぁぁん! 」
部下達に待避を促すブッチャーの叫び。その理由は、夢音が体当たりを繰り返したトラックのコンテナの扉が開いてしまい、その中に積まれていたカセット式のガスボンベが大量にこぼれ落ちてしまったからだ。(それらはブッチャーが仕上げのパフォーマンスのドラゴンファイヤーの際に使われる物)
カラン! カラランとアスファルトに叩きつけられるガス缶群。その数は軽く50を越え、その中にはたっぷりと可燃性ガスが詰まっている。
「ヤバい! 」
ブッチャーがこの場から離れようとした直前、世界中の騒音を一カ所に集めたかのようなけたたましい爆発音と共に、熱風と火柱が彼らに襲いかかった!
「うわああああッ!! 」
ガス缶の一つから中身が漏れだし、アスファルトと金属が擦れ合う火花より着火、他のガス缶に誘爆して大爆発となった。
「なになに!? 翔爺! 何が起きたのこれ!? 」
トラックより前方にいた夢音達の車にはその爆発が直撃することすら無かったものの、空気が押し出されるような圧力に車体が揺れるほどだった。
「今のがシャロンが俺に託してくれたとっておきの火術だ。これには過去に何度も救われた」
「ふえぇ……そ……そうなんだ……」
黒煙が立ち上り深夜の快楽街は騒然となるが、幸い爆発に巻き込まれた一般市民はいなかったようだ。これでようやく《ORK》の魔の手から逃れられた。と、ほっと胸をなで下ろしたくなった夢音だったが、まだまだ彼女の災難は終わりを見せない。
「ムチャクチャしますねアナタ達ィ! 」
濛々と立ち上る黒煙の中から姿を表したのはバイクに跨がったブッチャー。彼は間一髪のところで他の車の陰に身を隠して爆風を防いでいたようだ。
「嘘!? あの人まだ追ってくるよ!? 」
「やるな……やはりただの肉屋ではないと思っていたよ」
「甘いですよご老人! 炎が怖くて料理人は務まらないですからネぇ! 」
バイクで夢音の車と併走するブッチャーは、愛用の杖から炎を吹き出させて翔人に再び攻撃を再開する。
「熱っ! 」
バーナーの熱にうろたえつつ翔人は腰に差していたスタンガンで応戦するが、いかんせんリーチが足りない。翔人の攻撃はブン! ブン! と空しく空を切る。
「この辺りで降参した方が身のためですよ! ここから先は行き止まりですよ! 」
「うえぇっ!? マジで? 」
ブッチャーの言葉通り、夢音の運転する車はいつの間にか開発途中の高速道路へと乗り込んでいた。この先の道は途中で終わり、このまま走行を続けてしまったら、10数メートル下に真っ逆さまである。
「大丈夫だロマネ、構わずまっすぐ走らせろ! 」
「本気なの翔爺! この先に道は無いんだよ!? 」
「道が無いなら作ればいい! こっちには風の術式がある! 」
「またそれ? シャロンを信じろってこと? 」
「わかってるじゃないか! その通りだ! 」
「あ~……もうどうにでもして! 」
半ばヤケクソ気味に夢音はアクセルを再び全開に! 併走するブッチャーもそれに食いつく! 彼もまた翔人による一連の“術式”による妨害で、半ば冷静さを失っていた。
「させませんよご老人! どこまでもしがみついてやりますからネ! 」
「ついてこいブッチャー! 三枚目の護符の力を見せてやる! 」
加速する車体は通行止めのパイロンを蹴散らし、道無き道へと一直線! 翔人は振り落とされないよう、ルーフにしがみつきながら三度目の詠唱を開始する。
「風精霊の加護を秘めし魔符の力よ! そのうねりと奔流で我が身を飛翔させよ! 風術式・エアロバーストストリーム!! 」
「もうどうなっても知らなぁぁぁぁい!! 」
次の瞬間、夢音は自分の身体が空気に持ち上げられるような錯覚を覚えた。それはエレベーターに乗って上階へと昇っていく時に味わう浮遊感によく似ていた。
(あ……ヤバイ……)
人間は絶体絶命の危機に陥った時、脳内物質の影響で時間がゆっくりと流れるような感覚を覚える。今の夢音がまさにそれだった。
(今アタシ……アクション映画みたいに車でジャンプなんかしちゃってる……嘘でしょ……)
開発途中のハイウェイの途切れた道の向こうに、反対側から作られた道路の切れ端が見えた。その間は目測で15mはあった。
(上手くすれば向こう側に飛び移って落下を免れることができる……けど、あと数m分足りそうにないよ……)
車窓の向こう側には快楽街のネオンが退廃的ながらも輝かしく美しい風景を作りだしている。
(ああ……ベタだけど、最後の最後に見た景色がこんなにも綺麗な夜景だなんて、ちょっとロマンチックでいいかもね……良い人生だったとは言えないけど、最後の最後でなんとかハイランドも真っ青なアトラクションを楽しめたし、なかなか味のある生き方だったかもしれないよ……ただ一つ心配なのは……)
もはや全てを諦めつつあった夢音立ったが、ゆっくりと流れる時間の中で一つの変化を感じ取った。
(あれ? 何かが車の後ろを押してる? うそ? もしかして向こう側に届いちゃう感じ? )
強い衝撃を車の後ろ側から確かに感じ取った。
それが推進力となり、1m……2mと飛距離を延ばし……ついに!
「ぐえっ! 」「うおっ! 」
力士に投げられて地面に叩きつけられたような衝撃と共に、夢音と翔人を乗せた車は、見事に高速道路の向こう側に着地を果たしたのだった。
「痛たたた……」
車は着地の衝撃でエンジンが停止。身体の痛みと共に頭の中がハッキリとしてきた夢音は、おそるおそるドアを開けて車外へ出る。
「無事かロマネ? 」
車のルーフ上には半裸の翔人が仁王立ちしていた。
「なんとかね……ポールダンスで鍛えてなかったらヤバかったかも」
「キミなら大丈夫だろうと信じてたよ。どうだ? シャロンの風術式はジャイアントワームを吹っ飛ばすほどに強力だ。これしきのジャンプ、ワケないのさ」
「もう何のことだかさっぱりわからないけど、シャロンって人を信じてよかったよ……はは……」
理解不能な翔人の言葉を軽くいなしながら、夢音はそれとなく車の後方へと回り込む。
「あっ! 」
そこで目にした物は、トランク部分につけられたクレーターのような凹み。何か大きな物がぶつかって出来たモノであることは明白。ジャンプの飛距離が延びたのもこのことが原因だと夢音は推測した。
「あの状況でぶつかる物って……! 」
その正体が何だったのかはすぐに見当がついた。
「そうだ! ブッチャー! 翔爺! あの人はどこ!? 」
空中で夢音の車に衝突した物体、それは彼女達と共に道無き道へと飛び出したブッチャーのバイクに他ならない。
「ブッチャー……そういえばあの男、一緒に飛び出したはいいが姿が見えないな……」
翔人はまさか? と思いつつ、ルーフから降りて道路の端へと近寄って下方をのぞき込む。
「いたぞロマネ。どうやら無事みたいだ」
翔人がのぞき込んだ先には、遙か真下で黒煙を上げながら炎上するバイク。そして作りかけの道路の縁にどうにか杖を引っかけて落下を免れているブッチャーの姿。
「はぁ……はぁ……」
九死に一生を得たブッチャーだったが、このままでは数分も持たないだろう。命綱である杖にしがみつく握力も限界にきていた。
「ど……どうしよう塩爺! 」
今生死の境にいる人間は、自分達を《ORK》のボスに差しだそうとしていた男だが、このまま放っておくワケにもいかない。
「よし、ロマネ。手伝ってくれ」
「うん! 」
彼らは躊躇することなくブッチャーに手を貸し、どうにか道路の上まで引き上げることに成功した。もう少し遅ければ地上に叩きつけられてカルパッチョのようになっていただろう。
「はぁ……はぁ……どうして助けたネ……」
ブッチャーにはもう翔人達を捕まえる気力など残っていなかった。あるのは敵である自分の命を救ってくれた老人とポールダンサーへの疑問だけだった。
「まぁ、そりゃ目の前であんな状況になってればそのまま放っておくワケにもいかないし……ね? 」
「そうだな、お前らのボスの居所を吐いてもらう必要もある。そもそもアンタ、そこまで悪い人間ではなさそうだからな」
「フフ……甘ちゃんだネ、アナタ達は……」
「まぁな……俺もパメラも、ロゼもシャロンも……みんなそうさ。甘ちゃんだった……」
翔人は怒りとも悲しみとも言えない、冷たく突き放した声でそういうと、高架下で燃え盛るバイクの炎をジッと見つめ続けた。




