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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虹の石 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらやの靴、おニューのだろ? お前もようやくひも靴デビューってか? 確かこの間までマジックテープの靴だった気がするぞ。高学年にもなってマジックテープって、なんかがきんちょな印象なんだよね。もしかして俺だけ?

 俺の履いているスニーカーは、もともと有名なバスケ選手が履いていた奴をデザインしなおしたものらしいんだ。底がゴムで凹凸のあるスニーカーが広まったのって、ここ数十年の話なんだってよ。

 数十年。この時間、短いととるか、長いととるか。歴史的にはまばたきするほどでも、人間が死ぬには十分なものだ。そして世代を経るものには、ほこりと一緒に、不思議なこともくっついてくるらしい。俺も靴をめぐって、ひとつ妙な話を聞いたんだ。

 どうだ、朝学活の前に聞いてみないか?


 俺の歳が離れた兄貴も、小学校高学年の時にスニーカーを買ってもらったらしいんだ。ちょうどクラスの男子の間で人気だったこともあって、ようやく流行に乗れた感じがしていたとか。

 履いていて違いを感じたのが、雨の日の滑り具合だな。これまでの平らな靴底に比べると、水の逃げ道が靴に設けられているためか、滑りづらい。雨が降ると急いで帰りたくなる兄貴にとって、足元のコンディションが整うのは喜ばしいことだ。

 一方で、靴底に石とか砂利とかが入り込むようにもなった。お前もこれから経験すると思うが、土の上やアスファルトの上を歩くと、靴底の溝の中に石が入り込む。気にしない人は問題ないだろうが、気になる人は頻繁に靴をひっくり返して、積極的に石をのぞく、なんてこともしているとかいないとか。

 兄貴は後者。靴を新しく買い替えたばかりということもあって、お手入れには熱が入っていた。家に帰るたびに、靴底へはまっていた小石を神経質に取り除いていたんだが、とある男子が持ってきた話に、状況は一変する。


「なあなあ、靴の底に『虹の石』を挟むとさ、願い事が叶うらしいぜ!」


 虹の石とはなんぞや? 兄貴たちが尋ねたところ、それは文字通り、表面に七色の縞模様を浮かべた小石なのだという。それを見つけ出して靴底の溝に挟み込むと、望み通りの願いを叶えてくれるのだとか。

 願いを成就するジンクスやおまじないは、色々と存在する。それを実現したいと思うのは、当時の子供だったらほとんど常識のようなものだった。

 兄貴たちは近所を周り、「虹の石」を探すのに躍起になる。たいていが一色か二色に彩られる石たち。中には三色以上だったり、縞模様を成す石もあったりしたけれど、話に聞いていた状態には程遠い。そしてそれらを試しにはめてみても、何も起こりはしなかったんだ。

 成果は挙げられないまま、数日、数週間と時間は過ぎていき、熱の冷めた子たちが少しずつ離れ始める。兄貴たち数人はいまだ石を探し続けるとともに、色々な石を靴の底へはめることも続けていた。

 大勢があきらめかけてしまったことを、自分の力で現実にあることだと証明する。そこにある名誉と優越感を妄想しながらも、捜索開始から三カ月あまりが経った頃。


 兄貴はこの時、虹の石というのは、ひょっとするとひとつの石からなるものじゃないのでは、ないのではと考えていたそうだ。

 他のみんなは「虹の石」という完成品があり、それを見つけ出すことに時間を割き続けている。けれど本当は虹の石というのは、いくつもの石がぶつかり合い、表面が削れてこすり合わされ、色が移ったものを指すのではないか、という具合にね。

 そう思った時から、兄貴はしきりにいろいろなところで足踏みをするようになった。土の中に含まれている小石。靴の底にあらかじめ仕込んで置いた小石。それらを力強くこすりつけるためだ。靴にはめたベースとなる石は、断片的ながらも五色を帯びるようになっている。ずっと続けてきたためか、気持ち縞を描くような形もついてきている。

 あとはバリエーションの勝負。兄貴は地域中をめぐって、色々なところで石を踏みつけ始めた。家の庭に転がっているものも同様だ。学校から帰って時間が空いていると、しきりに足踏みしながら歩き回る。

 畑仕事をしているじいちゃんの横を通ったこともあって、その行動を見とがめられたこともあった。兄貴が理由を語ると、じいちゃんは渋い顔をする。


「石ももとは大地のもの。それをいたずらにいじくり回すのは感心せんな。これらはいずれも、今を生きる誰よりもずっと昔から存在しておる。計り知れない歴史を刻んだものなんじゃ。それを『ぽっと出』のお前のような輩が、あたかも好き勝手に振る舞うなど、許してくれるとは思えんがな」


 兄貴としては、耳にうるさい小言に過ぎず、その場では生返事。実際には石をぶつけ合う実験をやめることはなかった。


 更に二ヶ月。年の瀬が迫ってきたころ。兄貴はついに虹の石を完成させる。

 現場は、家から少し離れたところにある河原。そこで見つけたピンク色の石に、これまでの研究の成果をガンガンぶつけていったんだ。手近にある別の大きな石の上に乗せ、靴裏で何度も何度も踏みつける。

 これまでどの色も、すりつけるまでに数えきれないほど踏みつけた経験があった。色が完全に移るまで何回でも踏み気まんまんだったらしい。

 人目もはばからず、何度も何度も振り下ろされる足。台にされた石、乗せられた石、靴底にはまった石のそれぞれが音を立て、摩擦特有の煙じみた臭いも漂い出す。兄貴自身、数えるのが億劫になってきて、もう無意識の作業と化し始めた、その拍子に。


 ぐしゃり、と明らかに石を相手にした時とは違う、柔らかい感触が足裏全体に広がる。足を上げると、そこには背中をぺしゃんこに潰されたザリガニがいた。兄貴の靴からはみ出る部分のはさみを、もぞもぞと上下に動かし、もがいている。

 慌てて足を上げた兄貴だけど、赤黒い身体をしたそのザリガニは、もうぴくりとも動かなくなっていた。きっと殺してしまった。

 立っているのも、先ほどまで石を踏みつけていた場所じゃない。土手にほど近いため池の淵に兄貴はいたんだ。先ほどまでの場所からは1キロ近く離れている。クラスの友達によると、この池はザリガニがよく釣れるのだとか。

 怖くなって踵を返しかける兄貴だったけど、その体が硬い何かにぶつかった。


 どぼん、という水音が足の下から聞こえる。遅れて「人が落ちたぞー!」と叫ぶ声。

 またも兄貴は先ほどまでは違うところにいた。今度は車も通れる、歩道もついた大きめの橋。あのため池を見下ろせる位置にあるところの、ちょうど半ば。眼下に川が流れる場所に兄貴は立っていたんだ。

 欄干からのぞくと、釣り人たちが騒ぎながら人を呼ぶの、呼ばないのと騒いでいる。そして自分の真下にほど近いところでは、水面からかろうじて手を出してもがいている、男性らしき影が見える。

 兄貴はすぐに駆け出していた。川とは反対の方向へ。


 ――きっと俺が落としたんだ。だったら何か面倒なことが起こる前にここから離れなきゃ。「犯人」だとか呼ばれたくない。警察に捕まりたくない。


 男性の心配などみじんもしなかった。自分の無意識でやった悪いことが、正当なことと認められるわけがないと、兄貴も確信している。そのまま家へ逃げ帰って、その日はもう家の外へ出なかった。


 後日、川に落ちた男性が助かったことを知った兄貴。もし、男性が自分のことを話したらどうしよう、と家でも学校でも落ち着かなかった。しかしほどなく、男性の意外な素性が判明する。

 男性は数年前の強盗殺人事件の犯人だったんだ。逃げ続けて、警察も追跡をあきらめかけていたところ、潜伏先のここで取っ捕まったわけだ。兄貴が川に落とし、溺死寸前まで追い込んだことで。それから長い取り調べの後に刑が言い渡され、今でも男性は獄中にいるという。

 じいちゃんの語る、石や地面に残った計り知れない歴史。それは何も古いものばかりでなく、最近のことも指しているのかもしれない。

 犯人が捕まり、裁きを受けてほしい。そんな死んでいった人の無念を、虹の石が叶えてくれたんじゃないか、と兄貴は考えているようだ。その前のザリガニにしても、おそらくはザリガニの餌になった、小動物の願いだったのでは、とね。

 兄貴はそれを悟り、「虹の石」を誰も足の触れることがないだろう、地面の深くへ埋めたとの話だよ。



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― 新着の感想 ―
[一言] おおっ! 意外な結末でした! お兄さんの虹の石にたいしての考えに、こういう発想ができるってすごいなとも思いました。 でも、やはり人工物だと上手く行かなかったのかと思っていたら、あとから意外な…
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