くっころ騎士なんて幻想です
「よし死刑」
開口一番、騎士ユーリの判決が下る。
「なんでだよっ!!」
「男が妖精ちゃんと旅してたなんて極刑に値するわよ!!」
さくっと懐から濡れタオルを取り出し顔を拭きながらユーリはマースルの突っ込みを却下する。鼻血の拭われた顔は美しく、普通にすれ違おうものならマースルも振り返る程に魅力的ではあったが、第一印象のあまりにあまりな醜態に、謎の好感度メーターはグレイブヤードに破棄されてしまった。
「斬首にしましょう。執行は明日で」
「だから、俺は何もしてねえっての、取り調べ位しろよっ」
「えー。とっとと終わらせて妖精ちゃんの部屋に行きたいんだけどぉ」
そして食い下がるマースルに仕方ないと兵士たちから状況説明を受けるユーリだが、欠伸混じりで適当に聞き流しているのが丸わかりではあったが、途中で入室した女性兵士が小声で報告すると、「くわっ」と目を見開いて立ち上がる。
「よ、よよよよよよっ妖精ちゃんの全裸を見たですってぇっ!!」
「黙ってろって言ったのにやっぱり言いやがった!!」
激高するユーリと、頭痛を堪え突っ伏すマースル。何か恨みでもあるんじゃないかと叫びたい気分ではあったが、エルにはそんな悪意が欠片も無いことを分かっているマースルに、その怒りの向ける先は存在しない。
「しかも宿で二人っきりで桶でお風呂ですって!!何するつもりよ、このペド野郎っ!!」
「何もしねえよ!!」
「共同浴場に連れてきなさいよっ!!私も行くから!!!!」
「エルフの子供を一人で行かせるわけないだろうがっ」
「私がついてくから問題ないわよ!!全身しっかりと鑑しょ……洗ってあげるんだから」
「おめえが一番あぶねえじゃねえか!!」
ほぼゼロ距離、唇が触れ合う寸前で叫びあう二人。それだけ遠慮なく煩悩炸裂と突っ込みを繰り返す二人に周りが呆れてるのかと思えば、少し違った空気を感じ、マースルはちらりと周りに視線を向ける。
「すげぇ、ユーリ様相手に一歩も引かねえぜ」
「幼女好きが暴走して近衛筆頭から騎士爵付きで左遷されたユーリ様と渡り合えるのかよ」
「おいっ!!ってことは奴隷に売るつもりじゃなくて楽しむつもりで森妖精の子を攫ったってのかよ」
「殺人鬼にしてペドフィリアかよ、救いようのねえ変態じゃねえか」
兵士たちの敵意ある視線に畏怖するものが混じっている。それを敏感に感じ取り、そして目の前で鼻息荒く叫んでいるユーリへと視線を移し、自分が何と同一視されているかに気づいて、ぶわっと冷たい汗が噴き出てくる。
「い、いや。ちょっと、ちょっと待とうか騎士様」
「ついに認めるのね、自分がペド野郎だって事実を」
「ぶっちゃけるが俺は胸とケツの大きい女が好みだ。娼館でも必ず顔よりも胸とケツのサイズを聞いて指名するんだ」
「ペド野郎じゃないって誤魔化すつもり?」
「いや、いやいやいや、よく考えてみようぜ。俺は森妖精の子を保護してここに来たわけだ。そこに邪心はねえ」
マースルは必死で考える。どう話を持っていけば状況が収まるのか、目の前の女騎士が矛を収めるのか。暴走馬を目の前にしたのならば、逃げるのでも留めるのでもなく、その進路を逸らしてしまえばいい。
「だから善良な冒険者たる俺は、宿を取ったらすぐに娼館で女を抱きたいわけだ」
「ん?」
「そうなると宿に置いておく森妖精の子が危険だと思うんだ。娼館に行ってる間に何かあっちゃいけない、だけど頼る相手も居ない」
「ふむ、ふむ」
「あーどっかに騎士爵とか持ってるボディーガードが居ないかなあ。朝まで娼館に消えてる俺の代わりに添い寝とかしてくれると嬉しいなあ」
「っ!?」
ちらりちらりとユーリを見ながら空々しい願望を語るマースル。そんなあからさまな話題逸らしに、しかし怒りとは別の意味で顔を紅潮させていくユーリが、こほんと咳ばらいをする。
「そうだな、善良な冒険者をあまり拘束するのは良くないな。宿をとる時間が無くなってしまう」
「そうそう。ブリジの町に不案内な俺に案内してくれる人が必要だったりするよなあ。ついでに子供の警護とかしてくれる人とか最高だよな」
(((あの子を差し出しやがった!!)))
白々しく笑いあいながら語り合う二人に、兵士たちの心の叫びが一致する。変態に変態が犠牲者を売り払うという金銭の賄賂が可愛く見える位に最低の光景。それを止めることもできず戦慄する兵士たちの背後で、しかしそうはさせないと神の鉄槌が下される。
「ねえ、マースル。トイレ行きたい」
それはエル。変態に生贄と捧げられる儚き生贄。
その彼女が、にこやかに握手までするマースルとユーリを見上げながら下腹部を抑えて訴える。
「ど、どうしたんだエル?」
「だって一人でトイレ行くなって。必ず声かけろって言うから……もう漏れそう」
外では安全のために声を掛けろと言ったのであるが、エルの言い方が悪いせいで別の意味にも取れてしまう。そして当然のごとく勘違いを暴走させたユーリは万力のような握力でマースルの手を握りしめながら判決を下した。
「……有罪」