旅は軽く流されて
歩く歩く二人は歩く
街道を外れ湖の畔を歩き、小さな丘を登って風景を楽しみながらゆっくり歩く。
朝は遅く起き、昼は空を見ながら干し肉を食み、夜は狩った獣の肉を焼き、エルはたっぷり眠る。その分のしわ寄せはマースルに来るが、何分急ぐ旅ではない。空が明るくなれば軽く眠り、たっぷり在庫のある干し肉で昼飯を誤魔化し、たまに見かける獣を返り討ちにして肉とする。魔の領域とはいっても元々が街道を通せるくらいには安全な経路、魔物の気配を探り道を選び、必要であれば狩りながら歩けば、マースルにとっては然程の脅威でもない。
「んっ、次のはボクが華麗にギフトで狩ってみせよう」
問題と言えば暴走するエルの方。
さくさくと魔物を狩り魔石を回収して行くマースルに何かが刺激されたのだろうか、自分も戦うとばかりに手を挙げて戦いを挑めば問題ばかり。
「ゴブリンこそ初戦にふさわ……んぎょわー」
ゴブリン相手に無謀に突っ込み、囲まれボコ殴られ最中に、凶悪な蔦にゴブリン諸共空に打ち上げられたり。
「スライムなら問題……んぷっくっ」
スライムと格闘を始めて飲み込まれると同時に、凶悪な蔦にスライム諸共拘束され泉に放り投げられたり。
「狼などボクの眷ぞ……くっちゃ、ぎょわわー」
フォレストウルフに頭をすっぽり飲み込まれ齧られている最中に、凶悪な蔦に地面に引きずり込まれたり。
「オークはくっころされそうなんで、マースルに任せます」
何が嫌なのかオークはマースルに任せて後ろに下がっていたりした。まあ、そこまで暴走してくれればマースルにもエルの能力が把握でき、少なくとも並みの魔物では怪我も負わせられない耐久力はマースルの肩の重みを軽くしてくれた。そして何より、色々と悪意が見え隠れする蔦を使役する召喚術については、マースルの見込みを超えて有用であった。
「グガアアアアアアアアアア!!!」
「ねーもっと格好良く行きたい」
「今度なっ!!」
運悪く居合わせたレッドオーガ。マースルでもまともな装備の無い今では躊躇する相手も、エルが蔦の力で拘束してしまえばそれで終わりだった。一日の召喚回数(本数)には限界があるのはすぐに見て取れたが、使いどころを間違えなければ十分だと、マースルの見守る前では暴走しはじめるエルの手綱を上手く握りながら、二人っきりの旅路を気楽に楽しんでいった。
そうして一週間ほど。旅の目的地、ブリジの町が遠くに見えてきた。
□■□
「んで、マースルは奴隷とか大丈夫なの?」
走り疲れたのか、マースルの肩で休むエルが問いかけてくる。
「奴隷ってのは奴隷紋を刻んで奴隷になるんだ。俺も嬢ちゃんもそこへの運搬中に解放されたから問題ねえよ。それとな、俺の売られた場所とは国が違うしな。何より証拠残さないために馬鹿が裏で動いたんで、後で気づいても何も言えねえよ」
「問題ないなら良い」
「とはいえ、また捕まれば別だ。嬢ちゃんは自分が歩く金塊みたいなもんだってのを絶対に忘れるんじゃねえぞ」
「ん。注意しておく」
適当に返しているのが丸わかりなエルの反応にため息をつきながらも、マースルはある程度はエルを信頼している。暴走しているようでもある程度の線は引いているのが行動の端々から分かる。ただの子供ではないと一定の信頼は置きつつも、町中でどんなトラブルに巻き込まれるかと頭痛を覚えたところで、ブリジの町の門が見えてきた。
「分かってるな?」
「うん。マントを人前で脱がないんだよね?」
「いや、それも重要だが、俺と嬢ちゃんは冒険者のパートナーだって方だ。聞かれたら精霊使いだって答えるんだぞ」
とりあえずはギルドに登録するため町の中に入るのが問題となる。エルに目を付けられるのは仕方ないとして、取り調べに時間を取られないよう口裏を合わせておく必要があった。少なくともここは亜人種に寛容な国。珍しいとはいえ森妖精も多く住むこの町なら問題はなかろうと判断したマースルは、そうそう上手く行くはずが無いと、この後すぐに思い知らされることとなる。
ピイイイイイイイーーーーーーー!!
響く笛の音。
門が大きく開き何人もの兵士が飛び出てきて、そしてマースルたちを取り囲んでいく。全員が全員殺気立ち、何がどうなったのかと立ちすくむマースルに槍の穂先を向けながら、兵士の一人が声を張り上げた。
「山賊めっ!!森妖精の子を解放しろっ!!!!」
「いや、ちょっと待てよ。誰が山賊だよ!!」