ギフト
最初に感じたのは激痛だった。
「ぴぎゅいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
首……いや肩から下顎までがロックウルフの口の中に消えた。大の大人の首を食いちぎる程の顎の力である。痛みという表現すら生易しいのではという激痛がエルの脳を焼きにかかるが、しかしそれで終わりでもない。すぐさま次に飛び掛かったロックウルフが右腿に食らいつく。
「ぎゅきゅいぃっ!?」
首を上に、右腿を下に。身体を真っ二つに裂こうかという暴虐にエルが声を限りに叫ぶ。そして左手に一匹、最後に大きく開かれた脇腹に一匹。味わうつもりも消え失せているのか、我先にと極上の肉を味わおうとロックウルフたちはエルに食らいついていく。その痛みは想像を絶するもの。嘆き叫びわずかに動く四肢をばたつかせて、死への逃避もできずに翻弄されるエルに、再度声が届く。
-ギフトを使うのです、愛しいお方-
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
わずかに理性が戻る。叫び声は上げたまま、身体を走る痛苦はそのまま。しかし、しかし、ほんの少しだけ思考をする猶予があった。
(なぜ、まだ死んでない?)
御者台の二人はあっさり死んだ。見た目山賊にしか見えない二人。それが、おそらくはロックウルフの一噛みで絶命した。ならば、ならば何故遥かに脆弱な幼女の身体のエルが生きているのだろう、と。痛みがあるが、死ぬほどに辛いが、何故死なないのだろうか、と。
そして
-ギフトを使うのです、愛しいお方-
「ぎ……フトを」
辛うじて声を上げた時、エルの中で歯車が噛み合った。それはあるべき物があるべき場所へ収まった感覚。エルの隣にあり、エルを見守り、そしてエルそのものであるそれが、どう『使って』良いのかを正確に理解した。
-さぁ、我ら樹々のお力を-
そしてエルは地面を指差し祈る。
彼女へと付き従い、そして共にある彼ら、彼女らへと懇願する。
理不尽を跳ね返す力を
弱きものを助ける力を
残酷なる世界を生きるだけの力を
それを求め、小さく呟いた
「……助けて」
刹那、地面が爆発した。
□■□
それは蔦。
行く場所によっては珍しくも無い、深き深き闇の森へ行けば至る所にある平凡な蔦。
樹齢数百年の樹木を覆い、大樹が死すともあり続ける太古の命
蟲であってもその身を喰う事叶わず
大獣であってもその身を折ること叶わず
竜の爪と炎ですらその身を滅ぼすこと叶わない
ギャンッ!!
それが地を爆発させるが勢いで地面から飛び出し、エルへと食らいつくロックウルフの身体を拘束する。喰いついていた4体。様子を見ていた2体。その全てに絡みつき締め付け拘束する。
「けふっ、けぇっぷっ」
そして地面に投げ出されたエル。ロックウルフの唾液でベタベタになった身体を土でコーティングし、同じく口内に流れ込んだそれを必死で吐き出してから、ゆっくりと起き上がる。
「た、すかった」
牙から解放された瞬間に痛みは消えた。軽く見てもその身には傷一つも無い。幼くあるが無茶苦茶に頑丈な身体であることに感謝をしつつ、何故痛みはそのままなのかと向かう先の無い怒りに身を焦がしながら、エルは宙吊り状態のロックウルフたちへと視線を送る。口を、身体を巻かれ浮いているロックウルフたち。その姿は今をもっても恐ろしいが、自らの力を認識したエルにとっては、恐怖に縛られる必要は無いと身体の力を抜く。
「苦しませることは無いよ。殺しちゃって」
そしてエルは『お願い』する。多大な恨みはあるが報復する気力も無いと、とにかく脅威を排除してゆっくりとこれからを考えるべきだと気持ちを切り替えるエルに、しかし蔦は動かない。
「どしたの?」
わずかな沈黙。
そして非常に言いづらそうな声色で『彼女』は言った。
-私たちは拘束は出来ますが、命を奪う権能は持ちません-
そしてたっぷり4呼吸。
エルは耳に土が詰まっていないか確認し、胸に手を当て呼吸を整えて、そして意を決して問いかけた。
「まぢですか?」
-マヂです-