絵画と花瓶と水差しと
前回のあらすじ
ディスパイルに誘われて悪魔族の国に行く事になったアイリは、劇場とウィンドウショッピングを楽しむと、ディスパイル馴染みの店で昼食をとる事に。
7/22 サクサロッテ共和国のドミニク→チョワイツ王国のドミニク
国を間違えてたので訂正しました。
昼食の後、再びアイリ達は街をぶらつき始めた。
食したランチメニューはアイリの口に合ったらしく上機嫌の様子。
それを見てディスパイルも安堵しつつアイリと並んで歩を進める。
当然アイカのドローンも尾行しているが、2人は気付かないままだ。
「それにしてもアレね。悪魔族って見た目は人と殆んど変わらないのね?」
「そうかもしれん。元々悪魔族は、天使族と地上に生きる者達のハーフだからな」
「え、そうなの!?」
ディスパイルの言葉に驚くアイリだが、その反応も無理はない。
アイリはこのイグリーシアという世界について知ってる事はそれほど多くない。
寧ろ知らない事の方が多いだろう。
当然世界史についても同様で、種族同士の交流や確執等は何も知らないも同然だった。
「む? 知らなかったのか?」
「……ええ。私は違う世界から召喚されたらしくて、この世界の事って知らない事が多いのよ」
アイリの異世界人カミングアウトに少しだけ驚くディスパイルだが、他にも召喚された人が多くいるらしく慣れた様子だ。
「……そうだったのか。なら知らないのも仕方ないな。それなら何故我々がダンジョンに関わってるかも知らないという事か?」
「そうなのよ。今まで特に気にしてなかったけど、改めて考えると何故って思えてくるわね。……ねぇ、どうしてダンジョン運営に関わってるの?」
「それはだな……」
ディスパイルが歩きながら語った内容だが、まず始めに天界の話になった。
それによると、イグリーシアを管理維持してるのは天界に居る神々であるという事。
そして天使族は神の手足となり、地上での任務に赴いているそうだ。
「要するに神々が上司で、天使族は部下って事ね」
「まぁそのようなものだ」
だがある時、1人の天使族の女性が地上に居る魔族の男性と恋仲になった。
そして天使族の女性は、そのまま地上の魔族の男性と生活したいと神に願い出たそうだ。
だが神々の返事はNO。
NOと言ったらNO。
神々がNOと言えば例え天地がひっくり返ってもNO。
NO we can
Do you NO ok?
それでも食い下がった天使に神々は怒り、天界から追放し、2度と天界に戻る事は許さかった。
「何て言うか、実家を勘当された娘みたい」
「実際それに近いものだろう」
天使族の1人が地上の者と暮らし始めた。
その事は他の天使族にも伝わり、大きな反響を呼んだ。
とはいえ反響の殆んどが、その女性天使を非難するもので、肯定的な意見は皆無に近かった。
その時に追放された女性天使の事を、悪い天使が魔族に寄り添ったという事で、悪魔と呼ばれるようになったのである。
「成る程……。確かにディスパイルの祖先は天使族って事になるわね」
「うむ。悪魔族とはその時の名残で呼ばれ続けてるな。今は差別用語ではないが」
だがその後にも、地上に居る者達と添い遂げる天使族が現れ始め、悪魔と呼ばれる天使族は増え続けた。
そして徐々に天使側と悪魔側との確執は広がり続け、ついにある事件が発生するが……。
「この先は……今は止めておこう。折角の楽しい時間に水を差す事になるしな」
「そう……。あ、要するに、悪魔族は元は天使族だから、天使族と同じような事をしてるって訳ね?」
「頭の回転が早いな。アイリの言う通り、今では確執は無くなり、天使族と共にダンジョンに携わっている。元々神の命令で地上を管理してたからな。その中にダンジョンの管理も含まれていたのさ」
悪魔族の事に関しては理解できた。
だがアイリにはもう1つの疑問が浮かんだ。
「今の話って、私にしても大丈夫だったの?」
アイリ自身は下界の者になる。
今の話しの内容は、とても周りに話せる内容ではないと感じていた。
「いや問題ないぞ? 知ってる者は知ってるし、知らない者は知らないだろうな。もう何千年も前の話しだ。興味が出てきたか?」
「う……いえ、凄く長い歴史だなと……」
この時、アイリの頭に浮かんだのは1人の従兄だった。
生前たまに会いに来ていた従兄から聞いた話だと、歴史の授業は眠くてかなわんという内容だ。
そして今、何千年も前の話を聞き続けてると確かに眠くなってくるだろうなと思えてきたのである。
その後も他愛のない話をしながら歩いてると、アイリの視界に1つの大きな邸が見えてきた。
(気のせいかもしれないけど、あの大きな邸に向かってる気がする……)
ズバリ言うと気のせいではなく、確実にその邸に向かっていた。
既に周りには邸以外の建造物は無く、樹木を切り倒して出来たような広い土地と、豪邸と言う名に相応しい邸以外に、2人が立ち寄るような場所は見当たらない。
「さて、着いたぞ」
眷族達が……というかドローンも見守る中、アイリとディスパイルは1つの大きな屋敷の前に佇んでいた。
丁度沈みかける夕陽を背景にしたその屋敷は正に豪邸そのものだ。
その時アイリは思い出したのが、そういえばここに来る途中に何度もゲートみたいなのを潜ったなぁという事である。
「宿屋……じゃないわよね?」
「勿論宿ではない。ここは俺の住んで居る屋敷なんだが……そんなに珍しいか?」
自宅以外で寝泊まりをした事がないディスパイルにとっては特に不思議でも何でもないが、アイリからするとどこの御曹司だと言いたくなるところだ。
「え、えーと……大きいお屋敷ね……」
「うん? まぁ大きい方かもしれんな。そんな事より早く入ろう」
「え、ええ……」
(もしかしてディスパイルったら貴族だったりする!?)
軽く混乱しかけるアイリだが、間違いなくディスパイルは貴族家の者である。
そうすると、こんな所に招かれるのは場違いではないかとも思えてくるが、既にチョワイツ王国のドミニクや、アレクシス王国の城に招かれてるので、今更だと思う事にした。
「お帰りなさいませ、ディスパイル様」
中に入るとメイドが数名待機していた。
「うむ、御苦労様。こちらの客人を部屋に案内してほしい。……アイリ、夕食の時に呼びに行かせるから、それまで部屋で寛いでてくれ」
「うん、わかった」
ディスパイルと別れてメイドの後に付いてくと、1つの客室に案内された。
「こちらでお待ちください。湯の準備が調いましたら、お知らせに上がります」
そのままメイドは退室し、やはり落ち着かなかった。
理由は単純で、例えば窓際に置かれている花瓶をうっかり倒してしまったらどうしよう……等の不安からくるものである。
既にドミニク子爵の邸でやらかしてるのでトラウマになりつつあった。
(下手に動けないわ……)
今のアイリにとってこの部屋は至るところに罠が張り巡らされてるようなもので、その罠に触れないようにするためには、黙って椅子に座ってる以外手が無かったのである。
(喉が渇いてきたなぁ……あ!)
ピコーン!
アイリは5㍍先に水差しを発見した!
……と言うメッセージが頭の中に届いた気がするが、これは完全に気のせいである。
(床のカーペットは問題なし。後は……)
水差しが置いてある窓際には、手前に花瓶が置いてある。
水差しを手に入れるためには花瓶を回避しなければならない。
(こういう場合って、花瓶を落としてしまうのがお決まりのパターンなのよ。だから左側から大きく迂回するべきね!)
花瓶が有るならば、花瓶に触れなくてもいい条件にすればいい。
そう思い大きく迂回するが……、
ドンッ!
「痛っ! ……た、棚が有ったのね……あ!」
棚にぶつかった際に、その並びに飾られてた絵画が揺れた。
そのまま何も起こりませんように! というアイリの願いもむなしく、絵画は重力に従い落下を開始する。
「危ない!」
急いで絵画の落下ポイントに向かおうとするアイリに再び不幸が訪れる。
ズルッ!
「あっ!?」
予想以上にカーペットがソフトなフィーリングだったために、足下を滑らせてしまったのだ。
だが滑った勢いで絵画の落下地点にて無事絵画をキャッチ!
したものの、そのまま前方に滑り続け、水差しと花瓶が置いてある窓際の棚に直行する。
しかし、ここで奇跡が!
……起こるはずもなく、アイリは棚に激突。
その結果、水差しと花瓶が仲良く床に駆け落ちを決行する。
「くぅぅぅ!」
悶絶してる隙はないので気力で正気を保ち、水差しと花瓶の保護を優先する。
しかし片手には絵画を持っており、水差しと花瓶の両方をキャッチする事は不可能。
「それなら!」
咄嗟に思い付いた策を実行するアイリ。
その策とは、一先ず足に絵画を挟んで、両手を空けるという大胆不敵な策であった。
「よっ! ……ほっ!」
策は成り、右手に花瓶を、左手に水差しを、足には絵画を装備したアイリが誕生した。
だが問題は解決していない。
「これからどうしよう……」
見事なバランス感覚で絵画と花瓶と水差しをそれぞれ支えているが、いつまでこのままなのかは神のみぞ知るところだ。
だが意外にも早く終止符は打たれた。
「失礼します。アイリ様、湯浴の用……」
メイドがアイリを呼びに来たのだが、奇妙なポーズをとっているアイリを見て固まってしまった。
「………………」
一方のアイリもどうしていいかわからず、ポーズをとり続けている。
こういう時はどうするのが最善か。
笑って誤魔化すというのが一般的かも知れない。
しかし、この状態で笑えば薄気味悪い少女でしかない。
ならばどうするか。
笑わずに誤魔化す!
コレしかないだろう。
「私、思うんです。世の中って、バランスが大事なんだって」
「はぁ」
「でもね、それにも限界があるんです」
「はい」
「手足が痺れそうなんで、元に戻すのを手伝って下さい」
「えーーと……はい、それぞれ元の位置に戻せばいいんですね?」
「理解が早くて助かります」
こうしてアイリは救出された。
当初懸念してた薄気味悪い少女というレッテルを張られる事はなかった。
しかし、代わりに一風変わった少女と噂されるのは仕方のない事であった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
メイドから奇妙なものを見るような視線を受けた後、想像以上の広さを誇った大浴場に案内された。
その広さはトミーの邸を遥かに凌ぐもので、例で示すと学校の校庭と同じくらいと言えばいいだろうか。
そして湯船に浸かりながら思わず「広すぎる……」と口にしたところ、メイドさんからの言葉は次の通り。
「噂によると、邪神レグリアス様の神殿にも大浴場があるそうなのですが、そこはここの10倍の広さらしいですよ?」
(いくらなんでも限度があると思うんですが……)
「何種類ものお湯を楽しめるように成ってるという話です。レグリアス様は、とても綺麗好きな方だと伺ってます」
その後も話を聞いてると、どうやら邪神レグリアスとは女性であるらしい事がわかった。
分かったところで何も変わらないのだが。
「紹介するよアイリ。父のルードガルと母のユノルーサ、それから妹のキャメアンだ」
入浴の後、ディスパイルとその家族と顔を会わせて食事する事になり、簡単に自己紹介を行う。
「ようこそ我がネーブルノス家へ。儂はディスパイルの父、ルードガルという」
「天前愛漓です。アイリとよんで下さい」
「うむ。何も無いところだが、ゆっくりしていくといい」
(いや、有りまくりです! と言いそうになった)
「母のユノルーサよ。よくいらして下さいました」
「あ、いえ、ご親切にどうも。天前愛漓です」
「可愛らしいお嬢さんね。ゆっくりしていって下さいね」
(とても優しそうなお母さんね。
腰も低いしイメージしてた貴族って感じじゃないわね)
「キャメアンよ、宜しくねアイリ!」
「うん、宜しくキャメアン!」
(活発そうな妹さんだけど、何となく気が合いそう)
自己紹介を終えて程なく、食事が開始される。
食材に詳しい訳ではないけれど、凄く新鮮な野菜や果物が使われてるとわかる。
わかるというか鑑定した。
鑑定結果の補足に、取れ立て24時間以内と表示されてたから間違いない。
そして極めつけはデザート。
富豪らしく、ふんだんに砂糖を使用した果物や菓子類が出された。
味は……まぁ、想像以上に甘ったるい感じに仕上がっている。
メインディッシュはかなり美味しかったのに比べ、デザートはただ甘いだけの物に成り下がっていたのには理由がある。
今のこの世界は、どの場所、どの国でも砂糖は高級品であり、多く使う事は出来ない。
だが逆に多く使っているのを見せる事で、より裕福に見せるという手法を選ぶ貴族達も多く存在する。
要するに、砂糖を大量に使うのは貴族の見栄という訳だ。
アイリとしては程々の甘さにしてほしかったが、招かれてる手前、野暮な事は言えないなと思ったのである。
食事の後、アイリとディスパイル一家は、揃って私兵の訓練所を訪れていた。
訪れた理由は、食事の席でアイリがそれなりに闘えると言ってしまったからだ。
うっかり口に出してしまい、しまったと思ったが時既に遅し。
是非腕前を見せてほしいとルードガルに言われ、訓練所に拉致られたのであった。
「これはルードガル様、何か御座いましたか?」
「うむ。ロザンにこちらの客人と手合わせをさせたいのだ」
「はい……え?」
思わず私兵の男が2度見をしてしまう。
その顔は、何故こんな幼い少女と手合わせをさせきゃならんのか……そう物語っていた。
「はぁ……ではロザンに相手をさせましょう。おーーい、ロザン!」
「はい! 今参ります」
ロザンという若い青年の男が、呼ばれてやってくる。
「お呼びでしょうか? 兵士長」
「ああ。こちらの客人の相手をしてもらいたい」
兵士長に言われて客人を見るロザン。
一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「私は構いませんが、そちらのお嬢様は大丈夫なのですか? 手合わせをする以上、怪我を負わせてしまうかも知れませんが」
ロザンが兵士長に尋ねるが、そこにアイリが割り込んでいく。
「心配いらないわよ? 大した実力の無い奴に、怪我させられるほど弱くないから」
アイリのその発言を聞いて、若干目を細めたロザン。
「ほぅ……後悔してもしりませんぞ?」
「大丈夫よ。それより早く始めましょう。アナタ、それなりに強いんでしょう? 少しは楽しませてよね」
「いいでしょう。実力の違いをお見せしよう」
度重なるアイリの挑発に、徐々に青筋を浮かべるロザンだが、ここまでアイリが挑発するのも訳がある。
実は食事中の話でロザンの事が話題に上がったのだ。
なんでも実力は有るのだが、訓練をサボりがちらしいという。
何故なら、私兵達の中では一番の実力者であるがために、そのロザンに対抗出来る程の実力を持つものは居らず、そのため今以上に実力を研くという事をしないのだ。
前からそれを知っていたルードガルは、アイリの実力も見たいし丁度いい機会だからと、ロザンと手合わせをさせようと思ったのだ。
「では始め!」
兵士長の開始宣言と同時に走り出す両者。
最初に仕掛けたのは……、
「すぐに終わらせよう……くらえ!」
中距離からの多段斬りによる斬撃を放つロザン。
通常なら回避が間に合わず、防御するだけで攻勢に出れないところだが、アイリは敏速の数値は非常に高いため、これを余裕で避ける。
「何!?」
「その程度じゃ当たらないわよ!」
「くっ!」
すぐに距離をとり仕切り直すロザン。
だが今度は自分の番だと言わんばかりに、アイリの剣撃が繰り出される。
「さあ、受けてみなさい!」
連続で繰り出される剣に防戦一方になるロザン。
これもアイリの作戦の内で、先程ロザンが放った多段斬りに対する意識返しである。
ロザンからしてみれば、自分の多段斬りにダメ出しをされたようなものだろう。
「く……ハァ、ハァ、ハァ」
アイリとの打ち合いから逃れ、何とか距離を取る事に成功したロザン。
しかし、既に呼吸は乱れており、目の前の相手に集中出来そうにない。
なので、改めてアイリを見据える事は出来なかった。
「な!?」
確かに先程までは目の前にいたはず。
いたはずのアイリの姿を見失った事に気付き、狼狽えるロザン。
「ど、どこに!?」
どこを見てもアイリの姿はない。
これにはディスパイル達も驚く。
「す、凄いよお兄ちゃん! アイリちゃんが見えなくなっちゃった!」
「あ、ああ、凄いな」
まさかディスパイルも見失うとは思っておらず、思わず感服する。
ロザンの方はいまだに周りを探してるが、一向に姿が見えない。
「そろそろ終わりにしましょうか」
というアイリの声が聞こえた方に振り向くロザンだったが、既にアイリはロザンの懐に迫っており、ロザンがしまった! と思うのと同時にアイリの峰打ちにより倒れてしまった。
「勝負あり!」
「「「「「オオッ!」」」」」
やけに歓声が多いなとアイリが辺りを見ると、いつの間にか私兵達が集まって見物してたようだ。
ディスパイル達からも惜しみ無い拍手をされるアイリ。
私兵達からも持ち上げられ満更でもない気分だが、その裏ではメイド達により、不思議少女アイリと呼ばれてる事を本人はまだ知らない。
キャメアン「もしかしてアイリちゃんって、お兄ちゃんより強いんじゃない?」
ディスパイル「うっ………………」




