悪魔族の国
前回のあらすじ
面倒な後片付けをキャメルに押し付けたアイリは、再びダラダラとした日々を過ごしていた。
7/22 アイリとディスパイルの昼食時の会話を加筆しました。
ストーリーに変更はありません。
アレクシス王国での騒動から2週間程、悪魔族のディスパイルからラインが届いた。
内容はというと、そろそろ落ち着いた頃だと思うから、ディスパイルの国……要するに悪魔族の国に、泊まり掛けで遊びに来ないかという内容だった。
ディスパイルとしては、是非とも両親と会ってほしいそうだ。
そこでアイリはどうすべきかと、腕を組んでコアルームをウロウロしてるのだった。
「堕ちてますね完璧に」
「うむ。また主は男を堕としてしまったようだの」
ディスパイルは17歳の少年で、アイリとは年齢が割と近い。
そのディスパイルがアイリに対して恋心を抱いたのは自然とも言える。
それにしては両親に会わせる気満々というのは、些か早すぎる気がしないでもないが。
「この場合はどう表現すればいいのでしょう?天使の場合は堕天使、では悪魔の場合は……堕悪魔?」
「寧ろあのディスパイルとやらの気持ちが舞い上がっておるから、昇悪や昇魔で良いのではないか?」
口々に勝手な事を話す2人だが、いまだアイリは考え込んでるようで気付かない。
「それにしても~、どうしてそんなに~、考える必要が~?」
「それは妾にも分からぬな」
尤もな事を口にするセレンだが、そもそもの原因はアイリ1人だけが招待を受けてる事であり、自分1人だけが遊びに行くのを躊躇ってるのである。
この事実は、アイカがアイリのスマホを後ろから覗き見て発覚した。
「な~んだ、そんな事ですか……」
「ウィヒ!? ……ってアイカ、他人のスマホを勝手に覗いちゃダメ!」
背後から覗かれてるのに気付いたアイリは、変な叫び声を上げて振り向くと、両手を上げてヤレヤレと首を振るアイカがそこに居た。
「まぁまぁ、わたくしとお姉様の仲じゃないですか。それよりも、わたくし達は大丈夫ですから、行ってきたらどうですか?」
「そうだの。そうそうアクシデントも起こらんだろうし、1泊でも2泊でもしてくればよかろう」
「うーん、でもねぇ……」
どうしても気が引ける様子のアイリを見て、他の眷族達も背中を押し出した。
「いやいや、アイリはん、たまには羽を伸ばす事も必要でっせ?」
「そうッスよ。たまにはゆっくりしてほしいッス」
「そうで御座るな。たまには骨休めも必要で御座ろう」
「ダンジョンの事なら心配いりませんぞ? わたくし達にお任せくだされ」
「マスターが留守の間、マスターの分のお菓子はルーが責任をもって処理する」
つくづくご主人思いの眷族達である。
因みに上からホーク、クロ、ザード、リヴァイ、ルーの順だ。
当然最初は難色を示すアイリだったが、ディスパイルと何故か協力的な眷族達の説得で、最終的には了承。
後日、ディスパイルが迎えに来る事で話が纏まった。
ってな訳で、次の日の朝。
「それじゃ行こうか」
「うん。エスコート宜しくね?」
「も、勿論だとも!」
やや緊張しながらアイリの手を握るディスパイル。
この後ディスパイルの国に転移するのだが、何故手を握るのかというと、同時に転移するには同伴者同士が体の一部を触れてなければならないためで、その一般的な措置として、手を握る事が殆んどなのである。
余談だが、レンを捕縛しに転移する際に、ディスパイルはちゃっかりアイリと手を握ってたりする。
アイリのダンジョンから2人が転移した後、ダンジョンでは直ぐにとある行動に出た。
それは……、
「よし転移先がわかったのじゃ!」
「ナイスです、アンジェラ!」
そして意気揚々とアイカが取り出したのは、毎度お馴染みのあのドローンである。
「でもよ、やっぱあんまり気が進まねぇぜ。これって盗撮ってやつだろ? 姉御にバレたら怒られるぜ?」
「今更何を言ってるのですかモフモフ。お姉様が心配だからとこのドローンを使用する事に、アナタも賛成したではないですか」
「そりゃそうですが……」
主にアイカの提案によりドローンでアイリとディスパイルの後を尾行し、その行動をデバガメ……コホン、その行動を見張って、間違いが起こらないようにしようという試みである。
「そんな事よりアイカよ、早ぅ起動させて追いかけるのじゃ!」
「わかってますよ……はい! 起動成功。このまま転移させます!」
アイリ達を追って転移したドローンは、上空10㍍の位置からアイリ達を撮影していた。
そこは既にディスパイルの住んでいる国、ヴェリアーレで、アイリ達の周囲にも人が歩いているのが見える。
「アイカはん、ちと高過ぎでっせ。もっと高度を落とせんやろか?」
「任せて下さい。この日のために操縦するのをこっそりと練習してたのです」
ホークの要望を受けたアイカが、ドローンの高度を地上から3㍍程に下げる。
この技術も当然、アイカの無駄な努力の結晶によるものだ。
「お、ナイスやで、アイカはん!」
「うんうん、これならよく見えるのぅ」
「確かに~、よく見えますけど~、建物の中に入ったら~、見えませんよ~? ほら~」
セレンに言われて気付いたアイカ達だが、既にアイリ達は建物の中に入ってしまった後だった。
「くっ、わたくしとした事が、建物の中の事を失念してました……」
「その辺の扉をぶち破るんじゃダメなんですかい?」
「いや、それはマズイで御座ろう」
「そうじゃの。幸い探知が出来るのじゃから、建物から移動するまで待機するしかなさそうだのぅ」
モフモフは扉を壊して中に入る事を進言するが、ザードとアンジェラに止められた。
「むむむ……仕方ありません。暫くは動かないでしょうし、その間に間食タイムにしましょう」
こうしてアイカ達の失念により、少しの間プライベートを守る事が出来たアイリ達だった。
「うーん、さっきから誰かに見られてるような気がするけど、気のせいかな?」
「そんな事はないぞ? アイリの見た目はかなり可愛い方だからな。後ろから見られてたに違いない」
「そ、そう……かな?」
正面から可愛いと言われて照れるアイリ。
そもそもアイリは、家族以外から可愛いと言われた事がないため、他人に言われると汐らしくなってしまうのだ。
「アイリ、まずはそこの建物だ。ここでは演劇を楽しむ事が出来る」
「そうなの? 私、家の外で演劇を見た事がないから楽しみ♪」
「ぅ……うん。俺も楽しみだ」
アイリの無邪気な笑顔に、一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静さを取り戻したディスパイル。
2人はそのまま劇場と思われる建物に入っていった。
「フッ、まさかこんな所に1人で付いてくるとはな……」
「え? ま、まさかアナタ!」
「クックックッ、今頃気付いたのか。だがもう遅い! 既に期は熟した! 後はお前を生け贄に捧げ、妻を生き返らせるのみ!」
「わ、私を騙したのね!?」
「そうだ! だが騙される方が悪い……そうだろう?」
「く、卑怯者!」
「フン、何とでも言うがいいさ!」
「………………」
「どうした、あまりににもショックで気が抜けてしまったか?」
「……ええ。初めてですよ、私をここまでコケにしたおバカさんは……」
「ん?」
「……絶対に許さんぞ! 虫けらぁ! ジワジワとなぶり殺しにしてくれる!」
「え? ちょっ!」
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタァ、……終わッタァ!」
「ヘグボッ!!」
「貴様には地獄すら生ぬるい……」
ジャシャジャジャーーーーーーン♪
劇終
「うんうん、いつ見てもラストシーンに感動する作品だ!」
「……うん。何と言うか……今まで見たことがない作品だったわ……」
演劇を見終わり、アイリの頭の中では悪魔族の思考回路が可笑しな事になってるのだが、そうとは知らないディスパイルは、爽やかな笑顔でアイリに手を差し出した。
「そうだろう、そうだろう。じゃあそろそろ次に行こうか」
「うん、そうね」
差し出された手を握り、2人は劇場を後にした。
アイリ達が劇場から出てきたのを見て、アイカ達もそれを探知し、透かさずアイリ達の尾行を開始した。
「結局あの建物は何だったのでしょう?」
「さっきチラッと壁の貼り紙が見えたんスけど、あの建物は劇場ッスよ」
「成る程。主達は芝居を見ていたので御座るな」
アイカとザードは分からなかったが、クロが目敏く劇場だと気付いた事で納得したようだ。
その劇場を後にしたアイリとディスパイルだったが、そのまま暫く見ていても、特に何も買う訳でなく、建物にも入らず、ただブラブラと歩いてるだけであった。
そしてその間もしっかりと手を握っている。
「さっきから何もせずブラブラと、何をしとるのじゃ?」
「これはアレッスよアレ! ウィンドウショッピングってやつッスよ!」
「なんでぇ、そのウィンド何とかってのは?」
「店の前に見本で並んでる服とか有るじゃないッスか。アレらを見て似合うかどうか話しつつ、楽しみながら歩くッスよ。姉貴の世界ではデートの定番の1つッス」
これはズバリとクロの言う事で正解で、アイリ達はウィンドウショッピングを楽しんでいるのだった。
まさかアイリとしても、知り合って間もない相手に小物や服をねだるなど出来るはずもなく、ウィンドウショッピングという形で落ち着いたのだった。
因みにだが、クロは眷族の中ではホークに次ぐくらいの情報通だったりするので、アンジェラやモフモフが知らないウィンドウショッピングも知っていたりする。
「特に何か買う感じではなさそうだの」
「はい。ですが先程から手を握ってるのが自然に感じられますね。もう馴染んだのでしょうか?」
アイカの言う通り、最初はぎこちなかった手の握り方が、すっかり自然に握ってるように感じられた。
「だいぶ距離が近付いたかの?」
「最初よりかは親しくなった感じがするッスよ」
「打ち解けてきたんやな……お、今度はあの建物みたいやで」
ホークの言葉で皆の視線がドローンに映される映像に注目する。
「ここで昼食にしよう。俺のお薦めの店だ」
「それならついでに、お薦めのメニューを選んでくれない? なんだったら、ディスパイルが注文するのと同じのでもいいけど」
「お、俺がか? あ、いや、そう……だな。じゃあ俺がいつも注文するセットメニューでいいか?」
「お任せするわ」
「よし、なら決まりだな……そこの店員、このセットメニューを2つ頼む!」
「はーい、畏まりましたーー!」
この日の昼食は、ディスパイルにとってはいつもの。
アイリにとっては初めて堪能する料理だった。
だがディスパイルは、アイリの口に合うかどうかで気が気じゃなかったのだが、それは杞憂に終わった。
「美味しいわね! 味がしっかりしてるけど、それでいてサッパリしてるわ」
「そうか! 喜んでもらえて嬉しいよ」
アイリは特に気にならなかったが、ここ悪魔族の国は、地上の国々よりも食文化が進んでいた。
特に調味料の種類が豊富で、現代日本に引けをとらないレベルのようだ。
「ところでアイリ、その……1つ……聞きたい事が有るんだが……」
「ん? 何?」
唐突にディスパイルが姿勢を正して、アイリを見据えてくる。
それを見てアイリは手を止めた。
「ああ……いや、その……な……」
「うん……」
「その~、アイリは……ここここ……」
「ここ?」
「いや、ここではなく、ここ……ええぃ!」
パシンッ!
中々緊張して言葉に出ないディスパイルは、自身の頬を叩いて引き締める。
そして改めて口を開いた。
「アイリには、こ、恋人は居るのか?」
「えっ?」
アイリ自身、予想だにしなかった質問に戸惑いをみせた。
まさか恋人の有無を聞かれるとは思わなかったのである。
だが恋人の居ないアイリの返答は、実にシンプルなものだった。
「居ないわよ?」
その言葉を聞いたディスパイルは、心の中で大きくガッツポーズをし、気分を高揚させていた。
そしていざ、決戦の舞台(告白する場面)を頭の中でシミュレートしていく。
「どうかしたの、ディスパイル?」
「!!」
だがトリップしかけたディスパイルはアイリから声をかけられ、オーバーヒート気味だった精神が徐々に冷却されていった。
「あ、ああすまない。こっちの事だ」
それから2人は再び料理を口に運びつつ、暫し雑談を交えながら昼食を堪能するのであった。
アイリ「あの演劇って人気なの?」
ディスパイル「ああ。今人気沸騰中らしいぞ?」
アイリ「そ、そうなの……」




