2人の秘策
前回のあらすじ
テーブルマナーの失敗を深く心に刻み込んだアイリは、アイカ達3人を控室に残し元国王オーディスと謁見する。
その結果、見事他の勇者達と同じ反応をしてみせ(本人に自覚はない)、オーディスを満足させるのであった。
一方、キャメル達3人のダンジョンマスターは、ボーアロッカ公爵と満持紀子の足取りを掴むため、公爵の邸の地下で発見した通路を捜索するが……。
元国王との謁見を終えたアイリは、アイカ達が待つ控室に戻ってきた。
中に入ると、私……退屈です! と言いたげなアンジェラとセレンが視界に入ってくる。
そして部屋の奥では、案の定アイカがスイーツに舌鼓を打っていた。
「3人共お待たせ。やる事はやったし、帰りましょ」
「漸くか。退屈で仕方なかったぞ」
アンジェラは不満が溜まってそうね、帰ったらモフモフと模擬戦でもさせてあげよう。
「漸く~、帰れるのですね~♪」
セレンも退屈から解放された喜びを、噛み締めているように見える。
「お姉様、早く帰りましょう。退屈でお腹が空いてきます」
退屈でお腹が空くのは気のせいよ。
それにアイカの胃袋は底無しなんだから、いくら食べ物を与えても切りがないわ。
部屋を出ると、いつの間にかケティが待機していた。
城門の兵士に不審に思われないようにするため、ケティが付き添うらしい。
「アイリ殿達に不快な思いをさせないようにと、ヨゼモナール様の配慮です」
成る程ね、ヨゼモナールは中々気配りの出来る男のようだわ。
国王候補として評判が良かったのも頷ける気がする。
「少々失礼します、貴女がアイリ殿とお見受け致します」
ケティを先頭に城門の近くまでやってくると、横から声を掛けられた。
見ると灰色のローブを着た魔法士のような人がそこに居た。
「ええ、確かに私がアイリだけど、貴方は誰なの?」
「申し遅れましたが、わたくし、アレクシス王国の魔術団として活動しております、グリムロと申します。以後お見知りおきを」
しゃがれた声と顔を見るに、年配者のお爺さんって感じがする。
そんなお爺さんなグリムロさんにケティが噛みついた。
「おい、魔術団がいったい何用だ?」
「貴殿に用が有る訳ではないのでな、邪魔をしないでいただきたい」
「この……」
まるで眼中に無いと言いった感じのグリムロさんを、ケティさんがムッとした表情で睨み付ける。
どうやら騎士と魔術師は仲があまり良くないらしい。私は2人に割って入って話を進める。
「落ち着いてケティ。……それでグリムロさん、何かご用ですか?」
「はい、小耳に挟んだのですが、アイリ殿は人化の指輪をお求めになられているという情報を得ましてな……」
人化の指輪ねぇ……邪神レグリアスからの贈り物で、有るのは2つ。
ルーとホークがそれぞれ所持してる。
ザードも欲しいと言ってたから、もう1つ有ればとは思ってた。
思ってたけど、何故魔術団の人がそれを知ってるのか気になるわね。
いったいどうやって情報を仕入れたのか……。
「なぁに、我々にも独自の伝がありますのでな、不思議に思われるのも無理はないのでしょうが」
伝ねぇ……人化の指輪に関してはダンジョン通信で、他のダンマスとやり取りした覚えがあるわ。
そう考えると他のダンマスから情報が漏れたとしか思えない。
キャメルさんとトミーさんは多分違うと思うんだけど、一応保留ね。
他にも色んなダンマスと話してるから、多分裏で繋がってる奴が居そうな気がする。
「それよりもですな、交流を持てた印に、こちらをお納めください」
そう言って渡してきたのは、1つの小さな箱だった。
開けると中には見慣れた指輪が入っており、それは正しく人化の指輪だった。
「人化の指輪!?」
「左様で御座います」
以前アイカから聞いたけど、人化の指輪は召喚リストには含まれてないから、欲しくても直ぐには手に入らない。
そんなレア物をどうやって入手したのか不明だけど、入手したからここに存在するのよね。
「あの……こんな高価な物を貰っても良かったんですか?」
とはいえ、折角貰った物を返すつもりはないけども。
「勿論で御座います! もしアイリ殿が魔術にご興味があるのでしたら、是非お披露目させていただきますゆえ、その際はこの城においで下さい。門番にはわたくしグリムロの名を出していただければ問題ありませぬ。では失礼を」
私が大事そうに指輪の入った小箱を抱えてるのを見たグリムロさんは、とても満足そうな笑みを浮かべると、一礼して去って行った。
「ご注意下さい、アイリ殿。彼等は日の当たらぬ所で、怪しげな研究を行ってると聞きます。ですが過去で戦が起こった際には前線に赴き功労者として名を上げた者達であるため、例え国王であっても無下に扱う事は出来ないのです。そういった意味では、彼等は正にアレクシス王国の暗部とも言えます」
そうなんだ。
なら国に対して強い影響力を持ってそうね。
でも何で私に接触してきたのかしら? 彼等に利点が有るとは思えないんだけど……。
『お姉様、もしかしたら眷族の事が伝わってるのではないでしょうか?』
アイカが念話で伝えてくる。
つまりアイカの言いたいのは、強い眷族を多数抱えてるのを知ってるって事ね。
『そうね。モフモフの存在とかは、ダンマス同士の間じゃ有名に成りつつあるし』
多分、水虫から情報が流れてるんだろうけど、私がSランクを眷族にしてるって話は結構広まってるらしい。
それを聞いた魔術団と繋がりのあるダンマスが情報を伝えてると考えれば、グリムロさんが知っててもおかしくはない。
「何故アイリ殿に贈り物をしたのかよく分からんが、彼等が無償で施しをする事など有り得ん。恐らくだが、何かを知ってアイリ殿と繋がりを作る価値があると、判断したのではないだろうか」
恐らくケティの言う通りなんでしょうね。
油断はしないけど、一応注意しておこう。
「ところでアイリ殿、ボーアロッカ公爵とミツモチノリコの足取りなのだが、依然として掴めないようなのだ。兵士達もあちこちと動き回ってるのだがどうにも……」
一筋縄じゃいかいか……。
でも既に手は打ってある。
こういう事は本職に頼るのが一番だからね。
お陰で朝早くから大変だったのよ、彼等を迎えに行って王都に届けてで行ったり来たりよ。
「そっちは私の方でも依頼してあるわ。捜し物が得意だと思うから直ぐに見つかるといいんだけどね」
「依頼……というと冒険者か?」
「そんなところよ」
ケティに見送られて城門を出ると、そのまま東門まで向かう。
東門はヨゼモナール達と一緒に入って来た場所なので、顔を覚えててくれればスムーズに出入り出来る。
そして思惑通りに顔パスしてくれたので、王都を出ると直ぐにダンジョンに転移した。
ダンジョンに戻ると、さっそくザードを呼び出した。
前からザードが望んでた、人化の指輪を渡すためよ。
「主よ、お帰りである。して何やら話が有るとか?」
リヴァイに頼んでコアルームまで来てもらった。
ちょっと息が荒くなってるところを見ると、いつものように剣の修行をしてたんだと思う。
「ザードが欲しがってた人化の指輪が手に入ったのよ。だから使ってちょうだい」
「おおっ! 我が主に感謝します!」
ザードは目を輝かせて指輪を受けとると、指にはめて人化を開始した。
ザードの人化した姿は、正に鎧兜を纏った日本の侍そのものだった。
これはこれでイメージ通りね。
「主よ、厚かましいと思うが、拙者も主達のように街中を歩いてみたいと思うで御座る。如何で御座ろう?」
人化してるから魔物扱いされる危険はほぼ無いか。
もし鑑定スキルを使われたら急いで逃げてもらおう。
「そうね、まぁ王都で1泊くらいしてくるといいわ」
「お心遣い感謝致す」
さっそく路銀を持たせて王都に送ってあげようと思ったんだけど、それに待ったをかけた者が現れた。
「アイリはーーん! ザードだけズルいですやん! ここは1つ、ワイも同行させてクレメンス!」
クレメンス? よく分かんないけど、ホークも外に行きたいらしい。
寧ろザード1人を行かせるよりは、同行させた方が安全かもしれない。
「じゃあホークとザードで楽しんできてちょうだい。王都から出た街道に転移させるから、そこから西に進むのよ。城が見えるからすぐ分かると思うけど」
2人を送った後、一息つこうとソファーに座ると、アイカから盲点を突いた一言が飛び出した。
「お姉様、ホークが居ると余計にトラブルを呼び起こすのでは?」
その一言を聞いた瞬間、私はソファーからずり落ちた。
そして……、
「何でもっと早く言わないのよぉ!!」
「八つ当たりは止めて下さい、お姉様」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ロードアレクシス城から目と鼻の先にある貴族街の一角にある邸。
その邸では、ある人物達が息を潜めていた。
その者達の名は、ボーアロッカ公爵とその参謀である満持紀子であった。
捜査の手を掻い潜り、彼等が潜伏する事が出来ているのにも理由がある。
彼等2人の居る邸はボーアロッカとは全く関係のない者の名義で購入されているため、捜査の手が届いてないのであった。
これも満持の知恵によるもので、偶然城下で知り合った一般兵に名義を貸してもらった結果である。
「なんとか潜伏する事が出来たわ。そっちはどう?」
『………………』
「そう……じゃあ予定通りね」
『………………』
「ええ、そうね。じゃあまた夜に……」
指輪形の魔道具を使用して、満持は顔が見えぬ相手と情報交換を行っていたが、今しがた会話は終了したようだ。
その会話が終わったタイミングを見計らって、ボーアロッカ公爵が話しかけた。
「ノリコ、首尾はどうだね?」
既に追われる立場となったにも関わらず、ワイングラスを片手にのほほんとしてる公爵を見て満持はイライラをつのらせるが、表面上は冷静さを取り繕った。
「向こうは上手くいったみたいよ。後は夜まで待ちましょう」
「そうかそうか。ならば夜が来るのを楽しみにしていよう」
公爵の呑気な様子はさながら英国貴族のようだが、満持にとってはイライラの原因にしかならない。
(そろそろ縁切りすべきかもしれないわね。ボーアロッカの役立つものって言えば、金と地位と兵力よ。でもその内の地位は失う事になるだろうし、金だって無限に有る訳じゃない)
満持は素早く頭を回転させ、慎重にシミュレートする。
今の公爵は逆賊でしかない。
それを覆すには大義名分が必要なのだが、王位を継承したばかりのヨゼモナールに粗はない。
(ま、無ければ作るのみ……ってね。精々今の内に玉座を磨いておく事ねヨゼモナール……)
シミュレートを終えた満持はソファーに腰を下ろすと、静かに瞳を閉じた。
もうすぐ夜を迎えようとする時刻。
彼等にとっての最後の悪足掻きが始まろうとしていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
既に主の居なくなった邸の地下では、キャメル達3人が四苦八苦しながら捜索を行っていた。
いや、正確にはダンジョンモンスター達なのだが、それをこっそりと邸の地下に移動させ、暗号等が必要な場所は力ずくで突破する事で進んでいた。
「まーーた暗号扉だよ……。おーいこっちを頼むぜ!」
暗号扉とは、文字通り暗号を入力する事により開けるのが可能になる扉の事だ。
最初の方こそチマチマと暗号を解読して入力していたが、ダンジョンと違って破壊する事が可能なため、今では強引に突破している。
「分かったわ。……行きなさい! ブレイブガゼル!」
トミーが見つけた暗号のかけられた扉を、キャメルが引き連れてきたブレイブガゼルが突進して扉をぶち破る。
普段は仲が悪いはずだが、妙に息が合ってるようにファインからは見えた。
だかそれを口に出したりするような愚は犯さない。
何故なら彼は、痴話喧嘩は美しくないと思っているのだから。
「それにしても妙ですね、かなり深く進んでしまいましたが、こんな地下に潜伏してるのでしょうか?」
ファインが首を傾げながら疑問を投げ掛ける。
「んだよ、お前が見つけたんだろうが。ちったぁ自信持てよな」
「ふむ、確かに。美しい僕が自信無さげにしてるのは良くありませんね。ご忠告ありがとう御座います」
「……そうかい」
トミーは心底どうでもよさげに答えた。
ファインに対してまともに考えると、頭が痛くなってくるからである。
「でもファインの言う通りかもしれないわ。地上じゃそろそろ夜になる頃よ。昼間から捜索してるっていうのに」
日の高いうちから着手してるにも関わらず、いまだに足取りを掴めず難航してる。
地上でも他の兵士達が必死の捜索を続けてるが足取りを掴んだという情報は来ていない。
「まぁ連中にとっちゃあ時間稼ぎなのかもなぁ。現にこうやって「それだわ!!」
トミーの発言に被せて叫んだキャメルに、トミーとファインが思わず仰け反ってキャメルを見る。
「んだよ、ビビらせんじゃねぇ!」
「そうですよ、そのように野獣の如く叫ぶのは美しくありません!」
思わず尻餅をつきそうになったトミーが抗議の声をあげると、ファインもそれに続く。
「誰が野獣か! ぁあん!? ……ってそれどころじゃないわ、これは時間稼ぎよ!」
「おいおい、一旦落ち着けって。……それでどうしたってんだ?」
トミーが一気にまくし立てようとするキャメルを宥めて話の続きを促す。
「他分ここには何もないのよ。恐らく連中の目的は、捜索してる者達をここに釘付けにして邪魔をさせないようにするためよ」
「つまり、少しでも戦力を割かせるのが本当の狙いだと言いたいので?」
「その通りよ」
それが本当だとすれば、敵の思惑にまんまと掛かった事になる。
そこで引き返そうとする3人だったが……、
ガシンガシンガシンガシンガシンガシン!
「「な!?」」
「これは!?」
踵を返した3人に対して待ってましたと言わんばかりに、辿ってきた通路が暗号扉に妨げられてしまった。
それも1つや2つではない、多数の暗号扉が一斉に閉じたのである。
「やっぱり罠だったのね!」
「くそ、舐めたまねしやがって!」
「まったく、この仕掛けを施した者は相当の潔癖性ですね。ここまで徹底した防衛システムは中々有りませんよ」
「「お前と同じでな(ね)!!」」
潔癖性はファインも同じなので、なにかシンパシーのようなものを感じたのかもしれない。
「この扉を見ると正直うんざりするが、やるしかねぇよな……」
「ほら、ボサッとしてないでトミーは先行してるモンスターを連れ戻して!」
額に手を当てて首を左右に振るトミーを小突き、新たな扉に向かってキャメルは再びブレイブガゼルを突進させた。
「しかしなんとも美しくない光景……おや?」
ふとファインが身に付けた指輪形の魔道具が振動してる事に気付いた。
これは他に指輪を身に付けてる者からの呼び出しを受けてる合図である。
その指輪に向けてファインが声を発する。
「はい、こちらは美しく咲き誇る薔薇のようなファインですよ」
『………………!』
「な!? 分かりました、すぐに……あ!」
なにやら呼び出しを受けたらしいファインだが、すぐにはたどり着けない場所に居る事を思い出した。
「申し訳ありません、実は僕を含む3人共、公爵の邸の地下で時間稼ぎの妨害を受けている最中でして……」
『………………』
「分かりました。可能な限り急ぎますので、それまで耐えてください!」
何やら通話の相手とは緊迫した様子を見せつけられたキャメルとトミーは、ファインの言葉を待つ。
そしてファインから発せられた内容は、キャメルとトミーを焦らすには充分な内容だった。
「お2人方、ロードアレクシス城が公爵によって急襲されてるとの知らせです。急ぎ駆け付けなければなりません」
「そんな! このタイミングで!」
ギュッと拳を握りしめて直ぐに駆け付ける事が出来ないキャメルは、悔しさを滲ませた。
「こうなりゃ全力突破しかねぇ! 2人共、気合い入れろ!」
トミーは覚悟を決め、嘲笑うかのような暗号扉を睨み付ける。
こうして、各々にとっての長い夜が始まろうとしていた。
アイリ「大丈夫かしら、あの凸凹コンビ……」
アイカ「どちらも違う方向でアホですからね」




