それぞれの思惑
王都・ロードアレクシス城
王族を含む多くの貴族や兵士、その他使用人等が住み込みで働いているため、その規模は凄まじく広い。
しかも横への広さのみならず高さも有るため、王都から遠く離れた場所からも城が見える程である。
下は地下3階から始まり上は6階にまで及ぶ。
そして各々が住んでいる階にも序列があり、基本的に身分が高い者が、より上の階に住む事になっている。
地下2階と3階に犯罪者を隔離し、平民の使用人、雑兵は地下1階、メイド長や兵士長等の平民の中で上位に位置する者は1階だ。
後は爵位に従って順に上がっていき、男爵は2階、子爵は3階、伯爵は4階、侯爵は5階、そして公爵と王族、近衛隊は6階となっている。
そして今、6階にある一際目立つ豪華な扉の中には、未知の難病に掛かっているロッツローニ第一王子が魔法士による治療を受けていた。
「……ふむ。これで暫くは大丈夫でしょう」
「うん……有難う。だいぶ楽になったよ」
魔法士に礼を言いつつロッツローニはそのままベッドに横になると、その傍らに寄り添う形で近付いた者がいた。
「ロッツローニ様、お身体の具合は如何で御座いましょうか?」
ロッツローニを労ってるのは、黒目で黒髪の少女であった。
「うん、先程治療を受けたおかげもあるし、今日は昨日よりも良さそうだ。有難う、君の心遣いには感謝してるよノリコ」
「勿体無いお言葉で御座います。他に何か御座いましたら、何なりとお申し付け下さい」
ロッツローニを甲斐甲斐しく世話をする者、満持紀子である。
「今は特に無いよ。有難う、ノリコも休んでくれていいよ」
「はい、畏まりました」
(感謝してる……ねぇ。前よりも随分友好的になったもんだわ。初対面の時なんか会釈のみで、目すら合わせなかったくせにさ。それにこっちから話し掛けても【ああ】とか【うん】しか言わなかったし。でも今じゃ――)
「口先だけの連中より君の方がよっぽど信頼出来る……」
「フフ、お世辞でも嬉しいですわ。ではわたくしはこれで失礼致しますね」
「うん、有難う……」
満持紀子が寝室から出た後、ロッツローニは静かに寝息をたて始めた。
「フッ、このチョロさよ」
(漸く寝室で2人きりになる程の信頼を勝ち取る事が出来た。最初はうるさかった宰相も、今じゃ口を挟む事も出来なくなったし、計画は順調よ。
アイツを意のままに操れば大抵の事は思いのままだし、邪魔になればポイすればいいしね)
(後はボーアロッカの爺が上手くやってくれればいいんだけど、そう簡単にはいかないでしょうね。本人は自信満々だったけど、その辺は他のバカ貴族共と同じよ。私の策がないと何も出来ないおバカさんなくせにさ。私が居なかったら公爵という地位と権力も宝の持ち腐れだったでしょうに、本人にはその自覚が無いとか無能にも程がある。これじゃあまだまだ先は長そうね)
「だけど……」
満持は不意に立ち止まると、持っていた扇子をパッと開き、軽く扇ぎつつ再び歩き出した。
「一応は吉報を待つ事にしましょうか」
あの爺もそれなりに役に立ってる事だし。
でも……あまり期待はしないけど。
時折すれ違う貴族達に、優雅に振舞い笑みを浮かべる満持の思惑を知るものは誰もいなかった。
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「そろそろ皆の前に出てきては如何ですか国王陛下?」
一際豪勢な作りに加え、魔道具により結界を施してある扉の向こうに声をかけてるのは、ボーアロッカ公爵。
ヨゼモナール第三王子の暗殺をうけた直後から信頼出来る者だけを側に置き、部屋全体に結界を施して中に籠っているのは、アレクシス19世とその王妃である。
「それは出来ん。今儂が死ぬような事があれば、この国全体に戦乱の世が訪れてしまう」
次の国王が決まる前に現国王のアレクシス19世が逝ってしまう事があれば、待っているのは骨肉の争いである。
これは当人達にその気が無くても、周りの者達が勝手に担ぎ上げて争うため、手に負えないだろう。
「他の者達も心配しております。それとも……弟が信用出来ませんかな、兄上?」
ボーアロッカは、現国王の腹違いの弟にあたる。
普段は建前上、兄上などと呼ぶ事はないが、他の貴族が居ない場では親しく呼び合うこともある。
「分かってくれ、ロッカよ。ヨゼモナールが暗殺されるとは思ってもみなかったのだ。儂の考えが甘かったのは認める。だが、今はまだ死ねぬ。死ぬ訳にはいかんのだ。例え弟のお前の言葉であっても、曲げる事は出来ん……」
アレクシス19世も、ヨゼモナールの警備は厳重で暗殺されるような隙はなかったと思っている。
だが、結果的にはヨゼモナールは暗殺され、犯人も不明のままだ。
その上セレスティーラとバーミレニラの両王女は、行方不明と聞いている。
もし王女の2人もどこかで殺されているような事があれば、自然とロッツローニ第一王子が世継ぎに決まるが、その場合、他の派閥の貴族達は不満を爆発させるだろう。
故に国王は密かに近衛隊を動かし事実確認を急がせている間は、間違っても暗殺されないようにと結界を施し部屋に籠ったのであった。
「左様で御座いますか。ですが、これだけは申し上げておきますぞ。わたくしボーアロッカは一刻も早く、国王がご健在な姿を見て安堵しとう御座います……では」
国王に部屋から出てきてもらおうとしたボーアロッカ公爵の試みは失敗し、その場を後にしたのだが、ボーアロッカの表情は明るい。
「だいぶ参ってるようだな。あの様子なら残りの王女2人を始末すれば完全に折れるであろう」
ボーアロッカとしても簡単に部屋から出てくるとは考えておらず、寧ろもう暫くは部屋に籠っててほしいと思っているくらいである。
何故なら、今出てきてしまうとヨゼモナール派の貴族達に詰め寄られ、かえって危険なのだ。
少なくとも王女2人を殺すまでは無事で居てもらわなければ困る。
なので、先程の国王とのやり取りは単なるパフォーマンスでしかなかったという事だ。
「それにしても……」
振り返って国王が籠る部屋を眺めるボーアロッカ公爵。
「あの結界は厄介だな……」
そう言うと、踵を返しその場から遠ざかっていった。
「……もう大丈夫です、陛下。ボーアロッカ公爵は立ち去ったようです」
「ふぅ……。ボロが出ないかとヒヤヒヤしたわい」
アレクシス19世は、近衛の1人に人気が無いのを確認させると姿勢を崩した。
「貴方は昔から演技が苦手でしたものね」
「し、仕方なかろう、儂は細かい芸は好かんのだ」
どうやらパフォーマンスを行ってたのはボーアロッカだけではなかったらしい。
元々演技が苦手な国王にしては、よく頑張った方かもしれない。
「それにしても皆ヨゼモナール様が暗殺されたと完全に信じきってますな。この様子だと、いずれ暗躍してる連中の尻尾を掴む事が出来るやもしれません」
「言うでない。儂も最初は驚いて心臓が止まるかと思ったわい……。その前にヨゼモナールからの念話が無ければ、儂も騙されるところだったぞ。それに連中は中々尻尾を出さんぞぃ」
実のところ、国王を含む一部の者達は、ヨゼモナールが生きている事を知っている。
その理由として、離れた所に居る相手と念話が出来るレアアイテム、念話ピアスを通じて国王とヨゼモナールがやり取りを行っていたという事実があるのだ。
この念話ピアスは王族しか身に付けてない、王族にしか伝えられてない秘密であった。
つまり、ヨゼモナールの影武者が暗殺される前の段階で、ヨゼモナールを含むセレスティーラとバーミレニラの3人の王族は安否確認が終わっていたのだ。
「それにしても、魔女の森の真ん中にダンジョンがあると言うのは本当でしょうか?」
「恐らく間違いはあるまい。寧ろ儂らは感謝せねばならんぞ、個人的な事情が有るにせよ3人を匿ってくれてるのだからな」
王妃が気になって国王に尋ねるが、意外にもアッサリとした返答が返ってきた。
ダンジョンマスターであるアイリが嘘を言うメリットが無いため、信用されたようだ。
そしてそれ以外の事も国王達に筒抜けになっており、ヨゼモナールからの報告によると、ダンジョンの中で人が生活できる街があるらしい事まで伝わっていた。
「大変魅力的な街だと聞いておる。他の3国が接触する前に縁を持てたのは幸運な事だ。事態が落ち着いたら1度アイリというダンジョンマスターと面会しておきたいものだのぅ」
アレクシス19世は、先を見据えてアイリと面会しようと考えているようだった。
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所変わって、こちらはアイリのダンジョン。
王都ロードアレクシスの城内がピリピリとしている時、そんな事とは関係無いと言わん勢いで、今まで味わった事の無い食事の味に舌鼓を打つ王子達の姿があった。
「美味しいです!こんなに美味しい食事は初めてですよ!」
「ひ、姫様、落ち着いてお召し上がり下さい。服に付いてしまいます」
バニラからの評価も上々ね。
王女の立場だと相当豪勢な物を食べてる筈だから、大多数が美味しいと感じると思っていいわね。
「私はこのスパゲティーが気に入りました。このミートソースは絶品です!」
「セーラ様、口の周辺にソースが付いてます。拭き取りますので動かないで下さい」
この世界の人達って、調味料は塩と胡椒と砂糖くらいしか使ってないんじゃないかと思う時がある。
何度か街で食べた時の感想は、確かに美味しいけどもう少し味にインパクトがあったらなぁと思ってたのよね。
「うぅむ、素晴らしいな……。専属料理人でもコレほどの料理は作れないだろう」
「確かに、この濃厚なスープは……ってハンナ、ズルズルと音を立てて下品よ?」
「何言ってんの、このラーメンという料理は音を立てて食べる料理なのよ、そうリヴァイ殿が言ってたわ」
やはりというか、この世界は地球で言う中世ヨーロッパあたりに近い感じなんだと思う。
調味料もそうだし、音を立てないっていうところとかそっくりよ。
「トリーも食べてみて下さい。わたくしのをあげますから」
「姫様、好き嫌いはいけませんよ?」
でも転移者がチョイチョイ居るらしいから、調味料関連は広まってると思ってたんだけど、意外とそうでもないみたいね。
栽培が上手くいかないとか、中途半端に間違って伝わってる可能性も有りか。
「うぐっ! ……ふぅ。ケティ、このソースをいっぱいかけて食べると美味しいですよ?」
「それはアイリ殿にかけ過ぎてはダメと言われたタバスコというソースではなかったですか?」
と、なれば、もしこのダンジョンの街が有名になったら、注意した方がいいわね。
絶対に探りに来るだろうし、盗んで行く奴も出そうだわ。
道具屋に有るアイテムも同じね。
「ああ、どうしましょう。こんなに美味しいと食べ過ぎてしまいますわ!」
「でしたらこちらの野菜をどうぞ。食べ過ぎる事はないと思いますよ?」
それと同時に街の住人にも気を配る必要もあるわ。
外部で家族を人質にされてやむを得ず……って可能性も考えられる。
その場合に備えて、救難信号を出せるアイテムでも渡そうかな?
「思えば似たような食べ物を何処かで食したような気が……」
「ヨゼモナール様、転移者である勇者の仲間が引退後に料理屋を営む事もあるらしいので、そういったお店では?」
「………………」ズルズルズルズル……
そういえば御者の男の人はどこだろ?
すっかり忘れてたけど。
『アイカ、御者の男の人はどうしたの?』
『あの騎士の男でしたら、隣の部屋で食事してますよ? なんでも姫様と同席するのは畏れ多いとの事で』
アイカに念話で聞いたら、隣の部屋で1人で食事中だった。
真面目か。
『それでお姉様、本日はどのように動くのですか?』
『バニラ達もヨゼモナール達と同様に、この5階層の街で待機してもらうわ。その間に王都に入って調査しましょう』
『了解しました。アンジェラとセレンも呼んでおきますね』
今回は油断出来ない強者が居るわね。
もしかしたらまた闇ギルドとかが関わってる可能性もあるし、慎重に行きましょうか。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
再び王都に向かうため、先日バニラ達を救出した王都近くの平原に転移したんだけど、バニラ達が乗ってた馬車と追っ手の騎士連中が綺麗サッパリ無くなっていた。
「あの騎士連中は見当たりませんね」
昨日眠らせた騎士達は辺りには見当たらないから、既に目を覚まして報告に戻ってると思っていいわね。
「少なくともバーミレニラが何者かに連れていかれたという事が黒幕に伝わったと思えばよいのだな? 主の思惑通り」
そう、アンジェラが言ったように、黒幕連中に私達の存在を知らせたのよ。
向こうからすれば、得体の知れない者がバーミレニラ王女を保護してるように見える筈。
つまり、今すぐ他の王族を皆殺しにする事は出来ないって事よ。
そんな事をすればバニラが王位を継承する事になるって分かってるから。
「上手くいくかは別問題な「お姉様!」
鬼気迫るようなアイカの声と同時に、私に何かが覆い被さった。
そして直後にボン! って音が私のすぐ近くで聴こえた。
「な、何? いったい何事!?」
分けも分からず状況を確認するために顔を上げると、私の正面にはいつの間にかアンジェラが立っていて、そのアンジェラは遠くを睨みつけていた。
アンジェラの視線を辿ると、遠くにある樹木の天辺に何かが居るのが分かった。
恐らくその何かが私に向かって攻撃してきたのね、それに気付いたアンジェラが私を庇ったと。
それにしても私がいきなり攻撃される理由なんて無い筈なんだけど、いったい何だってよの……。
『単刀直入に聞く。お前がバーミレニラ王女を何処かへ連れ去ったのだな?』
な!? ……まさか念話が使える相手に遭遇するとはね。
それに遠くからだとローブで全身を覆っていて、より不気味さが増して見える。
それよりコイツはバニラの味方……な訳ないわね。
恐らくコイツも黒幕の手下か協力者ってとこだと思う。
『……念話は届いてる筈だが……答えるつもりはないという事で宜しいか?』
『いきなり攻撃してきた上で念話で呼び掛けるとか、普通は逆なのよ、この非常識野郎!』
とりあえずムカついたんで、一言いってやったわ。
『非常識か……だがお前も相当非常識な存在だと思うがな。普通はダンジョンマスターが外に出歩くような真似はしない。するのは余程のバカか、それなりに強い奴かのどちらかだ』
その話で確信した。
コイツ、鑑定スキルを持ってるわね!
私をダンジョンマスターだと分かった上で攻撃してきた。
だったらこっちも……、
『お姉様、ドローンにより対象の鑑定を行いました。こちらがステータスになります』
名前:樋爪潔 種族:人間
性別:男 職種:プラーガ帝国隠密部隊
HP:1219 MP:886
力:794 体力:1023
知力:921 精神:1243
敏速:1174 運:21
【ギフト】素性解明
【スキル】相互言語 剣Lv1 格闘Lv3
【魔法】火魔法Lv4 風魔法Lv3
そっか、鑑定スキルじゃなくて、素性解明っていうギフトによるもの……って事は、コイツは転生者か転移者のどちらかって事ね。
何れにしろ、私のステータスまでは分からないと思っていいんだわ。
因みに私のステータスは以下のとおり。
名前:アイリ レベル:147
HP:2860 MP:3758
力:1694 体力:2247
知力:3938 精神:3511
敏速:3242 運:50
【ギフト】ミルドの加護
【スキル】相互言語 剣Lv5 格闘Lv4
【魔法】火魔法Lv5 水魔法Lv4 無魔法Lv3
油断は出来ないけど、力押しで勝てる相手ではあるわね。
さぁて、さっき攻撃してくれたお礼をしてあげないとねぇ。
アイリ「アンジェラ、あの程度の攻撃なら私を庇わなくてもよかったんじゃ?」
アンジェラ「あのまま主に命中しても大した怪我はしなかったろうがな。その代わり服が犠牲に……」
アイリ「よし分かった。あのローブ野郎は死刑で」




