閑話:王族の戯れ
「本当にここはダンジョンの中なのですか?」
わたくしバーミレニラはお城から出た事がありません。
故に城の中から城下を眺めるくらいしか出来なかったのですが、こうして城の外を見て回るのはとても新鮮です。
「勿論ダンジョンですぞ。ですがこのアイリーンの街は、全体がセーフティエリアとなってますので、ダンジョンモンスターの襲撃はありませんのでご安心ください」
今わたくしの質問に答えてくださったのは、街の管理を任されているアイリちゃんの眷族で、リヴァイさんという方です。
そのリヴァイさんに街を案内してもらってる最中なのですが、どれもこれも目に入るものが新鮮で目移りしてしまいます。
「ところで、セーフティエリアとはなんの事でしょう?」
「セーフティエリアとは、ダンジョンに存在する魔物が襲って来ない場所の事ですよ、姫様」
そうなのですね……わたくしはダンジョンについては殆ど知りません。
ですがトリーは違うようです。
「トリー殿の言う通り、セーフティエリアはダンジョンに入る冒険者にとっての安全地帯で御座います。ですが1つだけ注意が必要です」
「注意しなければならない事……ですか?」
「そうです。確かにセーフティエリアはモンスターに対しては効果的で御座いますが、人間等に対しては効果がありません。ですのでセーフティエリアを狙った盗賊等が現れる事もあるようです」
つまり、この街はモンスターからは守ってもらえますが、同じ人間からは守ってもらえないという事なのですね……。
そう考えるとモンスターよりも他人の方が恐ろしく感じます。
「ですが心配される必要はありませんぞ。何せこの街は、アイリ様の許可がなければ入れないのですからな。それに街の住人はまだ数人しか居りません」
それなら安心です。
アイリちゃんのような強くて可愛いダンジョンマスターなら大歓迎です!
「お、お願いです。後一冊、後一冊でいいんです、どうかお願いします!」
何やら聞き覚えのある声が……って、セーラ姉様!?
理由は分かりませんが、セーラ姉様が無表情な人に抱えられて図書館から出てきました。
いったいどうしたのでしょう?
「バニラ! 良いところに来ました。バニラからも言ってやって下さい」
何やら切羽詰まってる様子……。
わたくしに出来ることであれば助力したいと思います。
「私がまだ読み残した本があると言うのにここの司書ときたら、閉館を理由に私を追い出そうとするのです!」
まぁ! それはなんて……、
「……セーラ姉様、それは普通の事では?」
「何を仰るのです! 私を本から遠ざけるなど、例え神が許しても私が許しません!」
何故かセーラ姉様が偉大な存在に見えてきました。
器が大きい者は発言も大きくなると以前お父様が仰ってましたが、まさにその通りなのかも知れません。
セーラ姉様はそのままお城まで連行されて行きましたが、邪魔をしてはいけないと思い、後を追うような真似はしません。
続いてやってきた場所は、ゲームセンターという遊び場です。
図書館は閉館を迎えても、ここは夜遅くまで開いてるのですね。
「はい。ただし未成年者は夜間の出入りを禁止しております」
「そうなのですか……」
とても残念です。
すぐ近くでヨゼ兄様とチャラそうな男の人が楽しそうに遊んでるので少々覗いてみたかったのですが……。
「ご安心ください。大人と同伴なら入場する事が出来ますので、わたくしやトリー殿と一緒なら、バニラ殿でも入場出来ますぞ」
「そうなのですね! ありがとう御座います、リヴァイさん」
「いえいえ」
今回はリヴァイさんとトリーが一緒なので、入場出来るようです。
中に入って、さっそくヨゼ兄様の所に向かいます。
「いくでぇ!」『ハドーケン!』
「なんの!」『パワーウェーブ!』
「まだやぁ!」『タツマキセンプーキャク!』
「こちらも!」『ライジングタックゥ!』
「これでぇ……」『シンクウ……』
「これでぇ……」『パワー……』
「とどめだぁ!」『ハドーーケン!』
「とどめだぁ!」『ゲイザーー!』
『ダブゥケイオーゥ!!』
どうやら相討ちになったようです。
でも2人共とても楽しそうですね。
「ヨゼ兄様、惜しかったですね」
「おお、バニラじゃないか。バニラもやってみるかい?」
どうしましょう……やってみたいのですが、いまいち操作が分かりません。
出来れば初心者でも簡単に操作出来そうなものが良いのですが……。
「嬢ちゃん、そんならコレなんてどうや、クイズやから正解やと思う答えを時間内に選んでくだけやで?」
チャラそうな男の人の薦めで、クイズ・ネオ&ギガスというゲームで遊んでみます。
『デデン! 第1問。酒場でよくある、酒を飲み続けて先に倒れた方が負けという勝負の事を何と呼ばれるか?
A:飲みくらべ
B:食べくらべ
C:根くらべ
D:乳くらべ
さぁどれだ?』
これは分かります、Aの飲みくらべですね。
『せいか~い♪』
やりました、第1問突破です!
ところで乳くらべとは何なのでしょう?
ヨゼ兄様に聞いても教えてくれませんでした。
『デデン! 第2問。よく親や友達と約束する際に、嘘ついたら〇〇〇の~ます♪ というやり取りがあるが、〇〇〇に当てはまるのは次の内のどれだ?
A:針1本
B:針千本
C:針万本
D:メ〇コール1本
さぁどれだ?』
むむむ……これは難しいです。
わたくしは聞いた事が無いので分かりません。
ここは勘でBにします。
『せいか~い♪』
やりました、第2問も突破です!
因みにこのメッ〇ールというのは何なのかチャラい人に聞いてみたら、知らない方が幸せな事もあるでぇと言われたので、深く追求するのは止めておきます。
『デデン! 第3問。ある有名な博士が残した言葉です。少年よ、〇〇〇〇〇〇〇。この○の中に当てはまる言葉は次の内のどれ?
A:大志を抱け
B:大使館に急げ
C:体脂肪を燃やせ
D:アソコをシゴけ
さぁどれだ?』
これも難しいです。
有名な博士という事ですが、わたくしはまったく知らないですね……。
よく分からないので適当にCにしてみます。
『ざんね~ん♪ 正解は大志を抱け、でした。それではまたの挑戦をお待ちしております』
残念、外れてしまいました。
それはさておき、アソコをシゴけとは何をシゴくのでしょう?
2人に聞いたら、微妙な顔をして視線をそらされてしまいました。
ゲームで遊んだ後、そろそろ食事の時間という事で適当なお店で頂く事にしました。
入ってみると既に先客が居り、わたくしを見て手を振ってくれました。
「お姫様でし! 初めて見るでし!」
「おいおいダミアン姉ちゃん落ち着けって」
「お姉ちゃん落ち着いて~♪」
なんとも微笑ましい兄妹です。
聞けばこの3人、最近街に住むようになったばかりなのだとか。
最初に喋った女の子はダミアンというドワーフの少女で、一番最初にこのアイリーンに来たらしいのです。
そして今日新たにやって来たのがエマルガとラナのヨム族の兄妹で、ダミアンさんとは血が繋がってないそうなのですが、ダミアンさんが一番歳上という事で、お姉さん的な存在らしいです。
あ、そういえば、まだ注文を入れてませんでしたね。
「あちきのお薦めはこのオムライスでし。このケチャップというソースが中の具材と合わさって美味しいでし!」
オムライスですか、聞いた事が無いメニューですね。
聞いた事が無いので、恐らくお城で食べた事も無いのでしょう。
「こっちのギョーザ定食ってのも旨いぜ。このギョーザってやつの匂いが更に食欲をそそるんだ!」
確かに、エマルガが食してるギョーザという食べ物のいい匂いが辺りに漂ってますね。
「姫様~、ラナのハンバーグセットも美味しいよ?」
ハンバーグという食べ物によく分からない旗が立ってますが、アレはなんなのでしょう? ちょっとだけ気になります。
「姫様、私は何を注文するか決めましたが、姫様は何になさいますか?」
改めて考えると非常に迷いますね……。
仕方ありません、考えても迷ってしまうだけなので、トリーと同じ物にしましょう。
「分かりました。こちらのカレーライスを2つお願いします!」
トリーの注文により待つこと数分、なんとも香ばしい匂いが漂うカレーライスが無表情な人に運ばれてきました。
因みにこの無表情な人は自動人形と呼ばれ、自立思考により動くとの事ですが、わたくしにはよく分かりません。
さて、そんな事よりさっそくカレーライスを頂きたいと思います。
「はむ…………お……いしい……、美味しいですコレ!」
この独特な香りもそうですが、この茶色いソースは白米という穀物にピッタリですね!
是非お城でも作っていただけないかしら。
確か白米なら遥か東方の島国であるダンノーラ帝国に有ると聞きましたし、このカレーというソースさえ作る事が出来れば可能ではないかと思うのです。
「お姫様のカレーライス、旨そうでし……よし、あちしも注文するでし!」
「え? 姉ちゃんまだ食うのか!?」
どうやらダミアンさんもカレーライスの匂いに釣られてしまったようですが、わたくしとトリーは食べ終わったので、お店を出る事にしましょう。
因みに代金を伺ったところ、今はサービス期間中との事で、何とタダでした!
大変有り難いです、あれほどの料理なら金貨何枚が必要になるか分かりませんからね。
次にどこを廻ろうかと考えてると、リヴァイさんからあるお店を提案されました。
そのお店は先程のお店から数分の距離にあるようで、すぐに到着しました。
「ここはスイーツ店と呼ばれるお店で御座いまして、食後に立ち寄って口直しして頂くにはちょうどよいかと存じます」
「スイーツ店ですか……」
見るとお洒落な雰囲気の外装で、ついつい興味本意で入ってみたくなるように感じます。
中に入ると甘い匂いがしてきました。
これはこれでそそるものがあります。
「これはバーミレニラ王女、バーミレニラ様も口直しにいらしたので?」
ここにも先客が居ました。
ヨゼ兄様の従者をしてるミスティですね。
「はい、リヴァイさんのお薦めでしたので。そう言うミスティも、確か甘い物がお好きでしたね?」
「え、えぇまぁ……。ですがあの3人には及びません」
あの3人? ミスティが店の奥を指すのでそちらに視線を向けると、ハンナとケティ、それから見馴れない女の子が競うようにケーキを貪っています。
「まだだ、まだいける!」
「あたしだってぇ!」
「うぅーーん、ワンダフーール♪」
…………。
「やはり……やはり甘味は生きる糧だ!」
「そこだけはアンタに同意するわケティ!」
「おぉーーう、ファンタスティィィック♪」
…………。
「……姫様、あちらは精神衛生上よろしくありませんので、こちらで「バニラ、出陣します!」ひ、姫様!?」
気付いたらわたくしは、トリーを振りほどき奥のテーブルに駆け出してました。
「ズルいです! こんな甘い物をわたくしに内緒で頂くなんて! ズル過ぎます!」
「「バ、バーミレニラ王女!?」」
「む? ライバル出現?」
「ここ、これは……何と言う甘味! これも……それも……あれも…………ああ、何と言う事でしょう!」
もう無我夢中で食べました。
こんなに沢山の甘い物の前にわたくしが黙っている事など出来ません!
「お、お待ちください、ああ! それは私が食べようとしたアーモンドショコラ……」
「ちょ、ちょっと待って、いやぁ! あたしのチョコレートパフェ……」
「あ、あ、あ、あ……ルーの抹茶カルピスジンジャータルト……」
もう周りの声など聴こえなくなりました。
今わたくしは、それほど集中してるという事です。
「わ、私も負けてられん!」
「あ、あたしもまだ大丈夫!」
「ルーの胃袋はインベントリ」
どうやらわたくしに触発されて、他の3人も再びフォークを手に取ったようです。
ですがそんなわたくし達に、聞き捨てならない言葉が飛び込んで来ました。
「うぅむ、これだけ食されては、摂取したカロリーを上手く消費しなければ直ぐにでも肥ってしまいますなぁ」
その言葉にわたくし達はピタリと動きを止めます。
正確にはルーと名乗った女の子だけは、気にせず闘い続けて(食べ続けて)ますが。
「どどど、どうしよう! このままでは……このままではぁ!」
「こ、こうなったらスポーツジムで身体を動かすしかないわ! ミスティ、手伝って!」
「ちょ、ちょっとあなた達落ち着いて」
そう言って従者の3人はスポーツジムとやらに向かったようです。
本当ならわたくしもご一緒したかったのですが、スポーツジムよりもお薦めのお店が有るとリヴァイさんが仰るので、そちらに行きたいと思います。
そしてやって来たお店が、カラオケボックスというお店です。
なんでも歌を歌うための環境が整ってるとの事で、既に中から歌声が聴こえてきます。
その歌声に釣られてある個室に入ると……、
「オトコとオンンナァ~♪」
見た目とは裏腹に、凄く渋い歌声のセレンさんが熱唱してました。
少し経つとセレンさんが歌い終わったので、続いてわたくしが歌ってみる事に。
『78点』
負けました……。
セレンさんは確か97点だった筈です。
せっかくなのでトリーにも歌わせようとしたその時、なんと女神様が降臨されたのです! もうビックリです!
聞けばこの女神様はクリューネという名前だそうですが、ちょくちょくアイリちゃんの下に遊びに来るらしいのです。
凄いですね、このアイリーンの街には女神様も遊びに来るみたいですよ。
「コレがカラオケというやつね……」
珍しいのか女神様は設置してある魔道具をまじまじと見てます。
いえ、わたくしから見ても珍しい物なのですけどね。
「女神様、コレがマイクです。これで歌うんですよ」
折角降臨なされたので、女神様にも歌ってもらいましょう。
「ありがとーっ! じゃあ曲はバレンタイン・キ〇スで……と」
女神様の知ってるらしい曲をチョイスして、いざミュージック、スタートです!
さすが女神様だけあって、大変綺麗な歌声です。
……と、この時の私は呑気に思ってましたが、
この直後、わたくし達に悲劇が襲うのです!
「……キッイィッス!!」
ズドーーーーーン!!
「「キャーーーーッ!」」
女神様のシャウトによりカラオケボックスの天井が抜けて、更に周囲の魔道具の欠片が散乱してます。
残念ですが、これではカラオケを続行する事は不可能でしょう。
「私の~、カラオケが~……」
その後、地面に両手を着いて泣いているセレンさんと、後ろの方でリヴァイさんにペコペコと頭を下げてる女神様が印象的でした。
いずれにしても、この街には魅力が一杯だという事が今日1日だけで分かりました!
リヴァイ「被害総額は……ざっとこれだけですな」
クリューネ「あの……分割払いでお願いします」




