裏切り者
転移が完了すると、そこは極普通の民家の中のように感じられる場所だった。
だがじっくりと観察する間もなく、すぐに奥から構成員と思われる1人の長身の男が現れた。
「ボス、お早いお帰りのようで。それでこちらのお嬢さんは……お子さんかい?」
デールの冗談めかした発言に一瞬胆を冷したボルチェだが、アイリは特に怒り出す事もなかったので、落ち着いて否定した。
「茶化すなデール、このお嬢さんが今度から新しいボスになる」
「……へぇ」
ボルチェが冗談を言ってる訳ではないと察したデールは、目を細めてアイリを見る。
そんなデールの視線を気にとめず、アイリは用件を告げる。
「私の名前はアイリよ。さっそくだけど、転移者の人を連れて来てちょうだい。大事な話があるから」
「分かりましたよ、ボス♪ ああ、因みに俺ッチは魔族のデールさ、そこんとこ宜しく♪」
そう言って鼻歌を歌いつつ奥へと戻って行った。
「なんかチャラそうな男ね?」
「気にさわったなら申し訳ない。いつもあんな感じでマイペースな奴でな。決して軽い男ではないんだが……」
「あれでも真剣に生きてるそうよ。本人がそう言ってたわ」
ボルチェが眉間を押さえながらフォローすると、ノアーミーがヤレヤレって感じで首を左右に振る。
仲間からの評価が微妙なチャラ男にちょっとだけ同情しつつ、奥から戻って来るのを待つ事にした。
「しかしお前さんは胆が座ってるな。俺達がこの場で裏切るとは考えないのか?」
「心配はしてないわよ? だってアンタ達は裏切るデメリットよりも従ったメリットの方が大きいと考えたはずだから」
可能性としては有り得た事だが、アイリはまったく心配はしてなかった。
何故なら、彼等は良くも悪くも賢い集団だからだ。
今ここでアイリを襲えば、その後に待っているのはあの魔物達によるなぶり殺しである。
それにSランクの魔物を抱えるアイリに従っていた方が、この先生きのこれる可能性が高くなるのは明白だ。
……付け加えると、彼等よりアイリの方が強かったりするのだが。
「フ、確かにその通りだ」
「でしょう?」
そんなやり取りをしてる内に、奥からデールが転移者と思われる少女を伴って戻ってきた。
「おやおや、元ボスと現ボスは仲がよろしいようで♪」
このチャラ男は1度叩きのめそうかと思ったけど、コイツに取られる時間が惜しいから我慢しよう、冷静に冷静に。
「だから茶化すなと言ったろう。……それでコイツがその転移者のカズヨだ」
カズヨと呼ばれる少女を鑑定すると、諸星和代と出た。
ちなみに年齢は16歳だった。
補足に趣味は調味料の調合と出たのは少し気になったけど。
というか調味料って調合するものだっけ?
で、肝心の本人なんだけど。
「……カズヨです」
一言で言うと暗いわね……すご~く。
まぁ友人を殺されて明るく振る舞えるかと言われれば無理だと答えるけども。
そしてポツリポツリと語り出したカズヨなんだけど、ある日突然この世界に召喚されたらしい。
その時に他の同級生も数名召喚されたらしいんだけど、召喚された場所はプラーガ帝国の皇帝の目の前。
そして転移早々告げられたのは、これからプラーガ帝国に忠誠を誓い、その手足となって働く事だった。
当然拒否権はない……と。
「グロスエレム教国も面倒臭いけど、プラーガ帝国も大概ね」
「それには同意せざるを得ないな」
ボルチェも同意したけど、何か思うところでもあるのかしらね?
で、話の続きだけど、帝国内で訓練を受けてからカズヨを含む6人の転移者はアレクシス王国に送り込まれ、そこで破壊工作を行う事になった。
だが工作は失敗し6人は捕らえられる事になったのだが、実は事前に1人の転移者がアレクシス王国の上級貴族と内通してたのよ。
内通した裏切り者はこれを手土産にアレクシス王国に亡命し、仲間の3人は処刑されカズヨともう1人は奴隷に落とされた。
ちなみに何故カズヨともう1人だけ処刑されなかったのかというと、単に女だったからで、深い意味はない。
これは裏切った本人……満持紀子から聞いたらしい。
「つまり、同級生に裏切られたのね。そしてその裏切り者はのうのうと生きているから、処刑された者達の恨みを晴らしたい……と」
「はい。そのために彼等の仲間に加わり戦闘訓練を受けてきたのです」
話してる最中の手の力の入り具合が凄く強いわね、それに表情も。
これは相当強い恨みを持ってるみたい。
処刑された内の1人が恋人だったりする?
まぁ野暮な事は聞かないけど。
それで話を戻すけど、奴隷として売られた先の貴族に渡ってしまったカズヨだけど、その直後にボルチェ達の闇ギルドに出会う事になった。
ではどうやって出会ったかというと、カズヨを買った貴族が偶然にも依頼人の暗殺対象だったから。
ボルチェ達が依頼を完了する際に部屋の死角に隠れてたカズヨなんだけど、貴族が殺害されるとボルチェ達の前に姿を現し、自分も一緒に連れてってほしいと願い出たみたい。
当然ボルチェ達は驚いた。
怯えられるどころか一緒に行きたいと言い出すとは思わなかったから。
一応カズヨが死角に隠れてる事は把握してたけど、襲って来ないならそのまま放置する予定だったらしい。
ところがカズヨの場合は臆せず現れ、同行を願い出たって事らしい。
そんなカズヨの瞳に揺るぎない復讐心を見た彼等は、カズヨを迎え入れ、以後共に行動してたって訳ね。
『アイカ、ちょっとドローンを私の所に跳ばして。読心スキルを使ってほしいから』
私には読心スキルが無いから、念話でアイカにドローンを送るように伝えた。
ドローンなら読心スキルが備わってるからね。
使う機会が多いなら、いずれ私も覚えた方がいいかもしれない。
『はい、呼ばれて飛び出て……はい到着』
早っ! つーか速っ!
もう音もせず気配も感じずとか無敵じゃないかしら、このドローン……。
『はい、読心完了。……お姉様、このカズヨの言ってる事は間違いなく本音です』
そして話した内容に嘘は無し……と。
「分かったわ。私に従うんなら、その裏切り者をカズヨの前に引きずり出してやろうじゃないの」
「ありがとうございます!」
途端に笑顔になったわね。
辛気臭い顔してるよりはずっといいけど。
「じゃあ話も纏まったし戻りましょう」
カズヨとデールにも一緒に付いてきてもらい、残してきたメンバーと合流させた。
それからすぐにソルギムの街に飛び、冒険者ギルドでブラードと再会する。
「すまないな、お前さんには関係ない事だが巻き込んじまって」
根を張り詰め過ぎてるせいか、ブラードの顔には少々疲れが見えていた。
「気にしないで、こんな夜更けに来たのも悪いと思ってるし。で、現状はどうなの?」
というか私が玉置錬三郎をとっちめたからなのよね、こうなったのも。
だからどちらかというと、私の方が気にしてると言った方が正しいわね。
「連中は既に街に多く入り込んでるらしくてな、昼間はそうでもないが夜になると少々危険だ。特に夜道の1人歩きは絶対に駄目だな」
どうやら相当好き勝手にやってるみたい。
ユーリからもチラッと聞いたけど、新しい領主は領地運営に不慣れな男爵らしく、とても闇ギルド相手に対処出来そうにないって事をユーリ経由でブラードから聞いてたけどね。
「なら早速だけど、彼等のアジトにする場所で適当な物件はない? この街の闇ギルドとして活動してもらおうと思うんだけど」
「ん? 彼等ってのはどこにいるんだ?」
あ、下のロビーに待機させたままだったわ。
「ちょっと待ってねすぐ呼ぶから『ボルチェ聴こえる? ギルマスに紹介したいから、2階のマスタールームまで来て』
『了解した』
これでよしっと。
ボルチェ達は初めて来る場所だけど、マスタールームくらいなら何となく分かるでしょ。
「なぁ……今お前さんが使った魔道具はいったい何なんだ?」
「これね。これはインカムといって、離れた所にいる相手と瞬時に会話が出来る便利な道具よ」
さすがにこの世界にはインカムは存在しないわよね。
インカムっていうのは、よくショッピングセンターの店員同士が業務連絡に使ってるアレの事よ。
「そんなもんがあるんだなぁ。貴族連中に知れたら殺到するぞ?」
「大丈夫。本当に信用出来る相手にしか渡さないから」
これを売ったら面倒臭い事になるのは目に見えてるからね。
「ふむ、信用出来るねぇ……つまりお前さん達は信用に足りるって事らいしぞ?」
何故かブラードが私の後ろに視線を向けて言ったので振り向くと、いつのまにかボルチェ達が部屋に入って来てた。
「そいつぁ有難ぇな」
「新天地だしな。信用という御墨付きがあると有り難い」
裏切るデメリットは重々承知してるはずだからね。
「分かってるとおもうけど……」
「その先は言わなくてもいいよボス、ここに来るまでに周囲の反応見てたら充分わかりますって♪」
なんかデールが楽しそうに言ってるけど、まぁそうよね。
特に冒険者ギルドに私が入った途端、空気が変わって受付まで道が出来ちゃったもんね。
「なら後の事は任せてもいい?」
「分かった。元々俺が頼んだんだ。そのくらいやるさ」
これでソルギムの街は大丈夫だと思うわ。
アレクシス王国の件が終わったら様子を見に来る事にしよう。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ただいま」
「お帰りなさいませじゃ、主よ」
アイカが居ないって事は、まだレミエマのお手伝い中みたいね。
それはいいとして……、
「何故アンジェラはセーラー服を着てるのかしら?」
いやもうね、何故かこの人ったらグラマラスな女子高生を演出してるのよ。
しかもスッゴいミニスカで!
「むぅ、気に入らんかったかの? ユーリの話では、主人を癒すのはメイド服に限らずだと言うとってな、この服を貸してくれたのじゃ」
ま~たあのコスプレオタクは余計な事を言って……。
いっぺん冥土服を着せてやろうかしら?
「職場の同僚の男達は喜んでたらしいぞ?」
そりゃ男の人は喜ぶでしょうよ。
でも私は女の子なんですぅーーーっ!
「とりあえず普段着に着替えてちょうだい」
「むぅ、仕方ないのぅ……」
だってしょうがないじゃない、明かに1サイズ小さめのセーラー服で胸が強調されまくってんのよ。
こんなの街で披露した日にゃ1日中視線にさらされる事になるわ。
「あ、マスターお帰り」
「姉御今お帰りで?」
モフモフとルーも戻ってたのね。
「ただいま。というか2人はどこに行ってたの?」
「眷族のみんなとカラオケボックスに行ってた。セーラとケティも一緒」
ああ、確か眷族達からの要望で5階層の街に作ったのよね、カラオケボックス。
特にセレンからの熱望が凄まじかった。
「姉御、客人2人は城に送っておきやしたぜ。2人の世話はリヴァイがやるってんで、そのまま任せてきやした」
「もう夜だもんね。有難うモフモフ」
リヴァイがセーラさん達についててくれるなら安心ね。
それにしてもカラオケねぇ、需要があるとは思わなかったけど、最近だとセレンが1カラにはまってるらしいわ。
「うむ、あのカラオケというのは気分が高揚してくるのぅ」
アンジェラが着替えて戻ってきた。
アンジェラもよくカラオケに行ってるってアイカから聞いてたわ。
「その通り。セーラの歌声は良かった。ケティは恥ずかしがって歌わなかったけど」
「へぇ、セーラさんも歌ったんだ」
多分2人とも大声で歌う事なんて無かったと思うんだけど、よくセーラさんは歌ったわね。
「セーラは私がドラ○もんのテーマ曲を歌った後に、同じ曲を歌った」
うん、何となく楽しそうに歌うセーラさんが想像出来るわ。
「それに続いてホークがトレ○ントレインを熱唱した」
あら? 意外にまともな選曲ね。
てっきり嘉門○夫の替え歌メ○レーとか歌ったのかと思ったけど。
「そして最後に、セレンが梅沢富○夫の夢○居を歌って終了」
うんうん、成る程。
最後にセレンが梅沢……。
………………。
「ちょっと待って。本当にセレンがそれ歌ったの?」
「イェス、マスター」
「自分でチョイスして?」
「イェスイェス、マスター」
「ザードが歌ったんじゃなくて?」
「セレンで間違いない。ザードは犬のおまわりさんを歌ってた」
………………。
いやいやいや、おかしいでしょ?
見た目と選曲がミスマッチじゃないの!
「イェス、確かにザードが犬のおまわりさんを歌うのは変」
いや、そっちもそうだけど!
この際ザードの方は置いといて、見た目が金髪セミロングの美少女のセレンよ? そのセレンが歌う曲がなんでアレなのよ!?
「ノー、マスター。誰がどの曲を歌っても本人の自由。周りがケチつける事ではない」
もっともらしい事言ってるけど、アンタさっきザードの事を変だって言ってたじゃないの。
そりゃどの曲を歌ってもいいけどさ、せめてイメージを大事にしてほしいわイメージを。
『お姉様、こちらは片付きました。後はレミエマ様の方で対処なさるそうです。ただ、セーラ様とケティ様をアレクシス王国の王都にお送りする必要があるみたいでして』
どうやらアイカの方も終わったみたいね。
『分かってるわ。2人は私の方で送るって言っといて』
『了解』
さーて、もう少しで一段落つきそうね。
でもセーラさん達を帰すのはまだまだ先になりそうだけどね……。
きのこ先生「さぁみんな、頑張ってきのころう!」
アイリ「アンタ誰!?」




