ボス部屋防衛戦
翌朝、レミエマのダンジョンでは、セーラとケティ、レミエマとギブソンの4人が食事しながら対面していた。
その席ではまず、レミエマからここへ来た経緯を確認したいという事で、セーラとケティはこれまでの事を話した。
「成る程な……。つまり、敵対派閥から狙われてしまい、森に逃げ込んだらこのダンジョンを発見したという事だな」
「ああ、その通りだ。だがこのダンジョンを発見出来て本当によかった。ここが存在しなければ、今頃は生きてはいなかっただろう」
これはお世辞ではなくケティの本音である。
そしてそのケティの考えは正しく、ラムシート方面の街道は既に封鎖されており、追手に始末されるか森の奥に進んで魔物に食われるかの2択しか無かったのだ。
「事情は分かりましたが、その……セーラさんは大丈夫ですか? 先程から溜め息をつかれてるようですが……」
セーラの溜め息の理由は簡単だ。
レミエマがダンジョンマスターだと分かってガッカリした、これだけである。
まさかセーラが心中で、せめて男の人がよかった……等と思ってたとは、さすがにレミエマも分からなかっただろう。
分かったとしても苦笑するしかなかったが。
「お気になさらず。少々精神的に疲れてるだけだと思いますので」
「そうですか……」
事情は分かったが、問題はここからだ。
レミエマからすれば何とか無事に帰してあげたいところだが、現状では不可能に近い。
アレクシス王国内で2人の味方を正確に割り出し、そこへ無事に送り届けるのは困難を極める。
いずれにしろ時間を要するため、暫くの間ダンジョンで匿うという方法以外に手段は思い付かなかった。
「ところでレミエマ殿、我々は何を対価に差し出せば宜しいのでしょうか?」
「うーん、特にこれといった要求はないのですが……」
ズバリ聞いてきたケティに対してレミエマは戸惑った。
元々レミエマは対価を要求するつもりはなかったので、相手から言ってくるとは思わなかったのだ。
そこへギブソンが話を纏めるように動いた。
「ならばこの一件が終わったら、アレクシス王国と交渉するのに協力してもらうという事でどうだろう?」
「そのくらいなら私にも協力出来ると思います」
ケティはあえて我々とは言わなかったのは、協力するのはケティ自身だけで行い、セーラを交渉の材料にされないように安全を確保したかったからだ。
しかし……、
「当然私、セレスティーラも協力させていただきます!」
「セ、セーラ様……」
妄想瓦解から復活したセーラの言葉によって、ケティの思惑は無にかえしてしまい、思わず額に手を当てた。
「分かりました。ではお2人にはこの件が終わり次第、アレクシス王国との繋ぎ役をしていただきます」
今度はセーラにかわり、ケティが溜め息をつく番となったところで、話は纏まったのであった。
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レミエマ達の話が纏まった頃、ラッカーソン率いるダンジョン攻略部隊が、レミエマのダンジョン目指して進軍していた。
「まったく、昨日は酷い叱責に合ったぞ。まさかヒルグリムド侯爵がお見えになるとは思わなかった」
ヒルグリムド侯爵とは、セーラの捕縛もしくは殺害をラッカーソンに命じた1人である。
そしてそのヒルグリムドに、セーラの件を催促されたのである。
「そりゃお疲れ様です。でもまぁ王女であるセレスティーラが行方不明ですからね、侯爵殿も安心出来ないでしょうよ、せめて死体を確認するまでは」
ラッカーソンに続いて発言したのは副官のレノッソで、頭が沸騰しやすいラッカーソンを宥めるのが、彼の役目だったりする。
「それは分かるがな。もう少し余裕ってもんを持ってほしいもんだ。大体存在しないはずのダンジョンが存在してる時点でイレギュラーだというのに……」
普段余裕のないラッカーソンが言っても説得力は皆無なのだが、レノッソはそれに触れる事はしない。
触れれば八つ当たりされるのは明白だからだ。
だがダンジョンに関しては、同意せざるを得なかった。
「そうですね。此度の件にダンジョンマスターが関わってくるとなれば、話が変わってくる可能性もあります」
ダンジョンマスターにも色々と個人差があると言われるが、一貫して言えるのは良くも悪くも理性的な者が多いという事だ。
中には国の中枢にくい込んでいる者も居ると聞く。
そんな存在に弱みを見せては、何を要求されるか分からない。
そのため派閥の上層部は、ダンジョンマスターごとセーラ達を闇に葬る事を選択したのだった。
「まったくもって厄介な事だ……む、ダンジョンが見えてきたな……戦隊止まれーーっ!」
ラッカーソンはダンジョンの入口前で部隊を整列させ、前日から入口を見張ってた3人の兵士達に状況確認をする。
「ダンジョンの様子はどうだ?」
「ハッ、前日から誰も出入りしておりません」
前日撤退してから今日まで、冒険者が訪れる事はなかったし、ダンジョンから魔物が出てくる事もなかった。
「よし、ならばあの2人は中に居るって事だな」
「ですが隊長、既に魔物に殺られている可能性もあります。コアルームに辿り着くまでに周囲をくまなく捜索させた方がよいでしょう」
副官のレノッソの言葉に他の兵士達は、余計な事を言いやがって! という感情が顔に出ていたが、腐っても副官なので文句は言えなかった。
「うむ。ならば5人毎に小隊を組み内部を徹底的に捜索せよ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
今回のダンジョン攻略のために派遣されたのは総勢122名で、内2名はラッカーソンとレノッソである。
そして今、100人の兵士達がダンジョンに突入していった。
「さて、残りの者はここで待機となるが、ダンジョンの周囲からも魔物が出現する可能性があるので、周囲にも気を配るように!」
「「「「「ハッ!」」」」」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ビー! ビー! ビー!
朝食後のレミエマのダンジョンに警報が鳴り響く。
この音に一番驚いたのがケティで、このダンジョンに異変が起こったのではと思い、いつでも剣を抜ける体勢をとった。
「何事でしょうか?」
「恐らく何者かが侵入したのではないかと推測します」
ケティの言う通り今このダンジョン内では、100人の兵士達が小隊となり右往左往しているのだ。
「やはり私達の追手でしょうか……」
「……かも知れません」
不安になった2人にレミエマから念話が届いた。
『侵入者が入り込みましたが、こちらで対処します。お2人はそこから出ないようにお願いします』
その後、部屋の外では慌ただしく動いてるようだったが、言われた通り部屋から出る事はしなかった。
「大丈夫……でしょうか……」
「今は撃退してくれる事を、信じるしかありません」
「………………」
今は信じて待つしかない……そう思い、セーラは神に祈った。
その様子を見てケティは、目を瞑り瞑想を始めた。
「数が多いな。このままでは押しきられる可能性もあるぞ」
一方コアルームの方では、レミエマが侵入者の対応に追われていた。
「予想通り増員して送り込んできましたか」
レミエマとしても再びやってくる事は想定内で、前日よりも罠を増やして対応していた。
「残りのDPは少ないのか?」
「罠で大半を消耗したからね。残り500
ポイントを切ったわ」
残DPを考えると、少々心許ない。
最悪ギブソンに各個撃破してもらう必要があるかもしてないと考えてたレミエマだが、そこへダンジョンコアから吉報が届いた。
『レミエマ様、アイリ様からの伝言です。新しい眷族に経験を積ませたいから、戦闘に参加させてほしいとの事です』
「新しい眷族? ……敵の数が多くて困ってたところだし有り難いわ。是非お願いしますと伝えて」
『畏まりました。コアルームに直接転移するとの事なので、許可しました』
そう言い終わるや否や、コアルームに小柄で可愛い少女が現れた。
「どうも、ルーと言います。宜しく、臨時のマスター」
パッと見では強そうには見えなかったが、アイリが送ってきたのだから強い筈。
……と、思いたいが、見た目が見た目なので、念のためにと確認したランクを聞いて驚いた。
「SSランクのオリハルコンゴーレムです。好きなものは……お菓子なら何でも好きです。戦闘が終わったらご褒美ください」
ちゃっかりとお菓子をねだるルーにレミエマは苦笑したが、SSランクでしかもオリハルコンゴーレムとあれば、大抵の者には傷をつける事すら困難だ。
「フフ、分かりました。ルーさんにはオーガとゴブリンの代わりに、1階層のボス部屋に配置させてもらいます。敵を撃退し終わったらお茶にしましょう。美味しいお菓子を用意しておきますね」
「激しくイェス、マスター!」
お菓子にありつけると分かった瞬間、ルーのモチベーションは限界突破したようだ。
「では行ってきます」
ルーはトテテテーッと走って1階層のボス部屋に向かった。
「しかし驚きましたね。あのように小さな子がSSランクだなんて」
見た目だけならそう思うだろうが、ルーは人化の指輪で人間の姿になってるだけなので、見た目と違って恐ろしい程の強さである。
「レミエマ、あれは人に化けてるだけで、実際は巨大なゴーレムだぞ?」
「え、そうなの!? 全然気付かなかったわ……」
ギブソンに言われて、始めてルーが見た目通りではないと気付いたようだ。
「俺は人化出来るからな。相手が人化してるかどうかは見れば分かる」
これはウェアウルフの特徴の1つで、相手が人化してるかどうかも分かる上、同じウェアウルフならパッと見だけで判別可能だ。
「そうだったのね。でもルーさんを見た侵入者はどう思うかしら?」
「……間違いなく侮るだろうな。だが侮らなかったとしても、結果は変わらんだろう」
ギブソンの言う通り、ルーと闘う事を選択するかどうかで侵入者の運命は決まるだろう。
「ここがボス部屋か」
「そうらしい。報告によるとオーガとゴブリンが居るらしいぞ」
「マジかよ! ゴブリンは兎も角オーガはやべぇぞ?」
「なら他の小隊が来るのを待とうぜ」
「だな、いくらオーガでも数でかかれば怖くないだろうしな」
そして待つ事1時間。
ボス部屋前には、50人の兵士達が集結していた。
「これくらい居れば大丈夫だろ?」
「だな。じゃあ開けるぞ」
「ああ、頼む」
「ゴブリンメイジが居るらしいから魔法にも注意しろよ?」
「了解」
そして扉が開けられ部屋へなだれ込む兵士達は、すぐに違和感を覚える。
「よし、敵はどこだ!?」
「出てこいオーガ!」
「だが無理なら出てくるな!」
「ゴブリンは俺が蹴散らすぜ!」
「かかって来やがれ!」
………………。
「……あれ? 誰も居ないぞ?」
威勢良くボス部屋に突入したはいいが、そこにはオーガもゴブリンも居なかった。
「そんなバカな! ……まさか、他の小隊が倒したのか?」
可能性があるとすれば、誰かが倒したという事になるのだが、見張りの兵士は誰も出入りしてないと言っていた。
つまりそれは……、
「セレスティーラ王女と従者が倒したってのか? それこそ有り得ん」
「だったら他に誰が……」
あーでもないこーでもないと困惑する兵士達に向かって、どこからか声がかかる。
「おじさん達、オーガとゴブリンを探してるの?」
声が聴こえた方を見ると、1人の幼い少女が兵士達を見ていた。
「え? ……き、君はいったい……」
「オーガとゴブリンの代わりに配置されたルーって言います。別に宜しくお願いするつもりはないです」
少女はオーガとゴブリンの代わりと言った。
つまりこの少女は、魔物という事になる。
「気をつけろ! コイツは魔物だ!」
「「「えっ!?」」」
慎重な者は、魔物だと言われてすぐに武器を構えたが、危機感の無い者は、何をバカなと不用心にルーへと近付いた。
「何言ってやがる、こんなガキが魔物な訳ないだろう」
「だよな。おいガキ! お前どっから入り込みやがった!?」
不用心な兵士の1人がルーに掴みかかった瞬間、逆に兵士の腕を掴み、そのまま壁に向かって投げ飛ばした。
「ゴフッ……」
投げ飛ばされた兵士は壁に叩きつけられ、そのままズルりと地面に落ちる。
兵士がぶつけられた壁を見ると、物理的に破壊出来ないはずのボス部屋の壁が凹んでるのが確認出来る。
「面倒だから一遍にかかってきて」
どこで覚えたのか、指をクイックイッと挑発する。
それを見て、いまだにルーの異常さに気付かない兵士達がルーに襲いかかる。
「ふざけるなよ糞ガキがぁ!」
「舐めやがって!」
だがその攻撃をルーは避けようとはしなかった。
「くたばれぇ!」
ガンッ! という音と共に兵士の剣は弾き飛ばされた。
……いや、当たったが弾かれてしまったというのが正しいだろう。
勿論剣で切られたはずのルーは無傷だ。
「な、なんだ! どうなってやがる!?」
「そんなチャチな物ではルーに傷一つ付ける事は出来ない。寧ろガラクタ」
訳が分からず動揺する兵士達だが、ルーはお構いなしに反撃に転じた。
「今度はこちらの番」
近くの兵士達を次々に天井へ打ち上げていく。
打ち上げられた兵士は、天井に激突し、そのまま地面に真っ逆さまに落下する。
10人程打ち上げられたが、生きてる者は居ないだろう。
ここへきて、漸く全ての兵士達が、ルーが異常なまでに強いという事を認識したのだった。
ルー「羊羮は練り餡でお願いします。もしくは栗入り」
レミエマ「はい?」




