魔女の森のエルフ
「むむ、デュークと……ミレイか?」
「いや、その後ろにも誰かいるぞ」
無事に到着したのはいいのですが、わたくしを見てざわついてますね。
「そこの者、止まれ! この里にはエルフ以外を入れる事は出来ん!」
「な、ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺達はアイカに助けられたんだ!」
「そうよそうよ、命の恩人なの!」
「落ち着けお前達。お前達を騙して案内させた可能性もある。どのみちこのまま入れる訳にはいかん」
うーーん、やはりこうなりましたか。
もしかしたら外部との接触を完全に遮断してるのかもしれませんね。
「お2人共、わたくしはここで待ってますので、脱出する方法を聞いてきてもらえませんか?」
「え? でも命の恩人を粗末に扱うなんて……」
気持ちは嬉しいですが、このまま里に入るのはマズイのですよ。
無理矢理入ろうとすれば敵対認定されるでしょうからね。
「まぁまぁ。それにわたくしはこの里に関わらない方がよさそうですから」
デュークとミレイは納得しかねる顔をしてましたが、放っておくとわたくしが洗脳した流れにされそうですからね。
「分かった。すぐ戻るから待ってて!」
2人は里の中に走って行きました。
そして2人がいなくなった事で、見張りとの緊張感が高まっていきます。
こういう時は時間が経つのが遅いとお姉様が仰ってましたが、何となく分かる気がします。
それから……20分くらい経ったのでしょうか? 見張りとわたくしの睨み合い(わたくしが一方的に睨まれてましたが)が続く中、2人が戻って来ました。
2人以外にも大人2人が付いてきたようですがね。
「アイカ、長老の許可が出たから中に入れるよ! ……だから問題ないよね?」
後半デュークが言ったのは、見張りに向けてですね。
それを聞いて渋々といった感じで見張りは引き下がっていきます。
ところで、一緒に付いてきた大人2人は何方でしょう?
「私はマインと申します」
「……ナグムだ」
大人エルフの男女のようです。
夫婦なのでしょうか?
「ここから先は我々が案内致しますので付いてきて下さい。デューク、ミレイ、あなた達は先に帰ってなさい」
「「はーい」」
デューク達はわたくしに手を振ると駆け出して行きました。
わたくしもデューク達に手を振ると大人エルフに付いて行きます。
少し歩くと、里の中央辺りにある建物に到着しました。
どうやらここが目的地のようです。
「長老が中に居ります」
建物は長老の家だったようですね。
お姉様の世界で表現すると、縄文時代や弥生時代といった古い時代の建物のように見えるので、一言で言うと時代遅れと言えますね。
まぁ初見で口にするのは失礼なので言いませんが。
「長老、お連れしました」
「うむ、ご苦労であった。……さてアイカ殿、儂はこの里の長で名はニルグークという。話はデューク達から聞いた。あの2人を助けていただき感謝する」
言葉を発したのは1人の老エルフです。
しかも鑑定の結果、年齢は485歳、一般的なエルフの寿命は400から500なので、この長老は長寿ですね。
「助けたのは成り行きですからね、大した事じゃありません」
その代わり、森の脱出方法を確認出来れば有り難いですね。
「ご謙遜なさいますな。その場に居ない我々では、幼い命を救う事は出来なかった」
まぁそうでしょうね。
ここのエルフ達の実力は不明ですが、スナイプタイガーを相手にどれだけ戦えるのかも疑問です。
大人1人が付いていたところで、一緒に巻き添えを食うだけに終わった可能性も否定出来ません。
「それどころか少々不快な思いをさせてしまい申し訳ない。何分里の外との交流を閉ざしてから200年くらい経っておりましてな、いまだに当時起こったイザコザが頭から離れておらん者達も多いのだ」
長老は最後の方でナグム殿を見ながら話したという事は、そのイザコザのせいで外の者達をよく思わない者の1人がナグム殿なのでしょうね。
それにしてもイザコザですか。
少々気になりますし、お姉様に調べてもらいましょう。
そしてわたくしは彼等に重要な事を話さねばなりません。
「話の途中で申し訳ないのですが、わたくしお昼御飯がまだなので、そろそろ食す時間がほしいのですが」
「おお、これはすまなんだ。すぐにでも昼食にしよう」
わたくしの話を聞いてマイン殿は苦笑いをしてますね。
逆にナグム殿は顔をしかめてるようです。
どうやらわたくしの分の昼食も用意して貰えるみたいなのでお言葉に甘えるとしましょう。
……そうそう、忘れるところでした。
昼食と言えば、スナイプタイガーを持って来たのでした。
鑑定すると、食用に適してる事が確認出来たので、スナイプタイガーも調理してもらいましょう。
「宜しければ、このスナイプタイガーの調理もお願いしたいのですが」
アイテムボックスから取り出したスナイプタイガーを長老達の前に出しました。
「……スナイプタイガーですな。コヤツを1人で倒す程の実力者だとデューク達から聞いておりましたが、いざ実物を前にすると言葉を失ってしまいますな……」
長老を始めマイン殿とナグム殿も驚いてるようですね。
通常Dランクの魔物はパーティを組んで挑む必要がある程の魔物です。
それを単独で倒すのは運だけでは不可能だと思われます。
そんなスナイプタイガーは長老が呼んだ者達によって外へと運ばれていった。
ひょっとしたら調理師の方達なのかもしれませんね。
「それにしてもスナイプタイガーを1人で倒せる程の実力者が、未成年の女の子とは驚きましたね。どうやって倒したのですか?」
そう切り出したのはマイン殿でした。
同じことをデューク達にも聞かれたのですが、しょうがないのでもう一度説明するとしましょう。
「……という感じでした」
「まぁ……そのような方法が有るのですね」
いえ、普通はないですね。
そもそも正しい使用方法とは違いますし。
「ふん、先程から聞いていれば有りもしない事をペラペラと喋るものだ」
「ナグム!?」
おや? 何かナグム殿が不機嫌ですね?
「言ってる事がおかしいではないか。アイテム1つでDランクの魔物を倒せるならば、誰も苦労しないであろう」
「ちょっとナグム、失礼よあなた!」
「そもそもマイン、お前はそんな与太話を信じるというのか?」
「信じるわよ? 現にスナイプタイガーの実物を持ってらっしゃったんですもの」
まぁ与太話扱いをされるのは仕方ないでしょうね。
普通に話したところで信じないでしょうし。
「チッ、もういい……おいお前、私と勝負しろ!」
ふむ……このナグムという青年は腕に自信が有るのでしょうね。
ならば実際に腕試しをすれば実力が分かるという事で、この勝負は受ける事にしましょう。
「いいでしょう。わたくしの実力をお見せ致します。ちなみに、わたくしが勝ったら何が有るのでしょう?」
「どういう意味だ?」
「ナグム殿はわたくしに勝つのは当然と思ってる訳ですよね? ならばわたくしが勝つのは奇跡に等しい筈です。ではわたくしが奇跡を起こしたら、何をしてくれるのでしょうか?」
つまり、態々奇跡を起こすのですから、それに対して何もないのはおかしいという事です。
「……いいだろう。もしも奇跡を起こせたら、家宝のマントをくれてやる!」
家宝のマントですか?
どのような物か分かりませんが、エルフが家宝にしてるぐらいですし、それなりに貴重なアイテムなのでしょう。
寧ろお土産にはピッタリかもしれません。
「という訳で、第1回エルフの里武闘会を開催致します!」
と、わたくしアイカが、ちゃっかり開催宣言しちゃいました。
里の中央広場にやって来たわたくしとナグム殿、その他にマイン殿から話を聞きつけたエルフ達が集まって来ました。
よく見ると、隅っこで長老が頭を抱えてるのが見えます。
「ただの力比べだ。武闘会などと大袈裟なものではない」
その反応はつまらないですねぇ。
もっと野心的なものを感じさせてほしいものです。
やはりエルフは野蛮的なものは好まないのかもしれません。
「いいではないですか、そのただの力比べに集まってくれた人達に見てもらえるのですから」
「……ふん」
あ、まんざらでもないって顔をしてますね。
ではさっそく始めましょう。
「審判はマイン殿にお任せしますね」
「あら、私でいいんですか?」
「はい。マイン殿はナグム殿よりもお強いのですから、正確に判断出来るでしょうしね」
「……成る程、分かりました」
わたくしがナグム殿よりもマイン殿の方が強いと言った後、マイン殿の視線が鋭くなったのは気のせいではないでしょう。
わたくしが実力を看破したために警戒心が上がったみたいですが、この後ナグム殿をKOするつもりなので、時間の問題ですね。
「では両者見合って……」
ナグム殿も油断はしてないのでしょうが、些か力み過ぎですね。
視線と構えからわたくしの足下を狙ってるのがよく分かります。
「始め!」
マイン殿の掛け声と共に動き出すナグム殿ですが、予想通りわたくしの足下を早射ちしてきたので、わざと驚いたフリをします。
「フッ」
掛かったな! ……という表情をナグム殿がしてますが、掛かってませんからね?
「ウィンドストーム!」
予め詠唱してたらしいウィンドストームをわたくしに叩きつけてきます。
ウィンドストーム……これは対象の四方を強風で包み込み、その場からの移動を困難にする魔法です。
そして強風が止むとわたくしに短剣を突き付けるナグム殿という構図……が出来るはずだったのでしょうが……、
「武器も無しに腕だけを突き出して何をしてるのです?」
「な!? そんな筈は!」
勿論ナグム殿が握っていた短剣は、強風に紛れてわたくしが奪い取りました。
その奪った短剣でナグム殿よりも腕に軽く触れます。
「これでナグム殿の片腕を切り落とした事になりますね?」
やがて目を白黒させてわたくしを見てたナグム殿が状況を把握したようで……、
「私の負けだ……」
何か文句を言ってくる事もなく、アッサリと負けを認めました。
「この勝負、アイカさんの勝利です!」
「「「おおぉ!!」」」
マイン殿が宣言すると周囲のエルフ達から歓声が上がります。
どうやら里中のエルフが集まってるらしく、物凄い盛り上がりです。
中には勝負に関係無く酒盛りをしてる老エルフが居ますが、実はエルフを偽ったドワーフなのではという疑問が沸いてきます。
「見事じゃ、アイカ殿。もしも恩人に怪我をさせたらと頭を悩ませたが杞憂じゃったのぅ」
そういえば長老も見てたのでしたね。
あの時、長老が頭を抱えてたのは、わたくしに怪我をさせたくないという思いがあったようです。
「伊達にスナイプタイガーを倒してませんからね」
さて、ナグム殿との約束を果たしてもらわないといけませんね。
「アイカ……だったな。見事だ。いつ短剣を奪われたのかも分からなかったよ……」
うーーむ、どうやらナグム殿は落ち込んでしまったようです。
可哀想なので、少し励ましてあげましょう。
「そう落ち込まないで下さい。わたくしの存在は少々特殊なのです。少なくとも魔女の森を1人で歩ける程度には強いつもりです」
さすがにモフモフ程の魔物に襲われたら助からないでしょうがね。
「そういえばそうだったな。魔女の森を1人でか……」
なんだかナグム殿が遠い目をしてますので、暫く放っておいた方が良いかもしれません。
「あの……そろそろお食事が冷めてしまいますが……」
食事番のエルフに言われて思い出しました。
これはいけません!
冷めてからでは美味しさが半減してしまいます!
「ふぅ……満足しました」
昼食にと提供したスナイプタイガーが捌かれて出てきました。
大変美味しゅう御座いました。
「アイカ殿は強さだけではなく、食いっプリもいいのぅ」
それは褒めてるのでしょうか?
あまり褒められてる気はしませんが。
「ところでアイカさんがここへ来た理由なのですが、森から出る方法を知りたいと仰られてましたね?」
そうです。
マイン殿が言った通り、この辺りの森から出ない事にはダンジョンに帰れません。
「教えて頂けるのですか?」
「はい。ここに軟禁する事はしませんのでご安心下さい」
それは良かった、お姉様にわたくしが帰れないと知れたら、間違いなく周辺の木々を焼き尽くすでしょうからね。
「では宜しくお願いします。3時までに帰る約束をしてますので、過ぎてしまうとおやつ抜きにされてしまいます」
「お、おやつ、ですか」
何故かマイン殿の顔が呆れてるように見えるのですが、気のせいですよね?
「では出口に案内致しますね」
「はい、お願いします。あ、長老も、昼食ありがとう御座いました」
「昼食がメインではなかった気がするが……まぁええわい。大丈夫だと思うが気を付けてな」
「はい」
里の入口まで行くと、ナグム殿とあの2人、デュークとミレイも居ました。
「帰っちゃうの?」
ミレイから寂しそうに言われると罪悪感が感じますが、ここはお姉様のように心を鬼にしなければなりません。
「わたくしには帰る場所がありますので」
「そう……」
ミレイが俯いてしまいました。
何とかしたいのですが、こればかりは……あ、それならば!
「デューク、ミレイ、これをあなた達に差上げます。寂しくなったらその通話ボタンを押して下さい、そうすればいつでもわたくしと会話する事が出来ますので」
2人に渡したのは子供用の簡単な携帯電話です。
繋がるのはわたくしのスマホと2人の携帯のみです。
「すっげーーっ! 魔導国家ガルドーラでもこんなアイテムはないぜ!」
「ありがとうアイカちゃん!」
「くれぐれも無くさないで下さいね」
これで2人の方は大丈夫ですね。
後はナグム殿ですか……。
「アイカ、先程はすまなかった。アイカの実力を疑ってしまった結果だ、申し訳ない」
素直に頭を下げてきましたね。
やはり実力を実際に示したのが大きかったのでしょう。
「気にしてませんので大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえると助かる。それと約束の家宝だ、受け取ってくれ」
どうやら本当に約束を守るつもりのようですが、貰っても大丈夫なんですかね? 親の形見とならさすがに受け取れませんが。
「古くから継承されてるだけだ。特別な意味はない。遠慮なく受け取ってくれ」
まぁそれなら大丈夫ですね。
「ありがとう御座います。ではわたくしは帰りますので、縁があったらまた会いましょう」
「うむ、そうだな。また会おう」
マイン殿と里から離れてダンジョンのある方向へ歩きます。
出る方角はどこでもよいそうなので。
「しかしマイン殿お1人だけで大丈夫なのですか?」
今現在わたくしとマイン殿の2人きりですので、わたくしが帰ってしまえばマイン殿は1人になってしまいます。
「大丈夫ですよ。特に最近は魔物の数が急激に減ったようなので、私1人でも対処可能です」
どうやら杞憂だったようです。
「さて、アイカさん、ちょうどそこの樹木までが精霊の力が働いてる範囲になります。私が一時的に穴を開けますから、そこから脱出して下さい」
「了解しました」
エルフの森の周囲は精霊の力が働いていて本来なら入る事は出来ないのですが、極稀に入り込む事が出来るらしく、わたくしの場合もそのケースだったのでしょう。
「今です!」
穴……というか、森の中に別の森が見える所に向かって、わたくしは走ります。
「はい、ではお元気で!」
そしてわたくしは走り抜けて振り返ると、そこには既にマイン殿の姿はありませんでした。
「エルフですか……いつかダンジョンの街に招待したいものです」
わたくしはスマホの時刻が15時前なのを確認して、ダンジョンに向かって走り出しました。
アイリ「ハックシュン! 誰かに鬼呼ばわりされてる気がするわ!」
アンジェラ「そんな事が分かるのかや……」




