閑話:アイリの修行時代
まだアイリのダンジョンが開放される前まで遡った話だ。
転生したとはいえ身体能力は普通の一般人そのもののため、外に出ればたちまち強者の餌食――というより、間食のように食われかねない。
ではその危険を回避するにはどうするか……答えは簡単、アイリ自身が強くなれば良いのである。
そんな訳で、今日もダンジョン15階層の平原エリアで修行を行っていた。
「いや、強く成らないといけないのは重々承知してるんだけどね、それにしてはスパルタ過ぎないかしら?」
「何を言うておる、それだけ喋れるのならまだまだ楽勝であろう? 実に過酷な修行であれば、主はとっくに倒れておるぞ?」
それはそうなんだけどね……。
自分でも分かってるのよ、生前と違って全然動けるから違和感が……ね?
「しっかりしてくださいお姉様。わたくしのステータスはお姉様にかかってるのですよ?」
アイカの身体は自動人形なので学習能力は無い。
その代わり自動人形は召喚者のステータスをコピーすることができるので、私が強くなればアイカも強くなるってわけよ。
でもアイカに言われるのは納得いかない部分があるんだけども。
「アイカはいいわよね、楽ができて」
「お姉様、わたくしは決して楽をしているわけではありません」
おかしいわねぇ、楽してるようにしか見えないんだけど。
特にポップコーン食べながら観戦してるところとか。
「じゃあアイカ、そのポップコーンは片付けてちょうだい」
「そんな! お姉様は鬼ですか!?」
鬼ではないつもりだけど、少なくとも心を鬼にする必要はありそうだわ……。
「ほら、ポップコーンはクロにでもあげて、アイカは剣を持ってちょうだい」
「はぁ……仕方有りません」
渋々了承するアイカだけど、全然仕方なくはないからね?
「それで主よ、アイカに剣を持たせて何をするのじゃ?」
ああ、まだ言ってなかったっけ。
アイカと私は同レベルだから、いい勝負になるんじゃないかと思ったのよね。
「アンジェラも知ってる通り、アイカは私のステータスが反映されてるから、同レベル対決をしてみたいのよ。アイカもサボりたくないだろうし」
「お姉様、そう言ってわたくしに楽をさせないつもりですね!?」
って、やっぱり楽してたんじゃないの!
「むぅ……バレてしまってはしょうがないです。お姉様は、わたくしの剣の錆にしてあげましょう!」
なんかアイカがやる気になったみたいだから、私も全力を出してやるわ!
「ハァハァ、肝心な、ハァハァ、ことを、ハァハァ、忘れてたわ」
僅か30分後、私は地面に突っ伏してた。
最初はアイカと互角に闘ってたのに、徐々に押され出したのよ。
で、最終的にはご覧の有り様ってわけ。
何故そうなったかと言うと……、
「わたくしの身体は自動人形ですので、疲労は感じません。よって時間が経てば、わたくしが有利になるのは明白です」
してやられた感じよ。
まぁいい修行にはなってるだろうけどね。
「さて、鬼退治も完了したところでポップコーンを取り戻すとしましょう」
誰が鬼か!
というかこれだとアイカが桃太郎のポジションになっちゃうじゃない。
「クロ、預けてたポップコーンはどこです?」
「え? もう無いッスよ?」
どうやら預けてたポップコーンは全部食べられてしまったらしい。
アイカの青筋が浮かんだ顔を見て、ちょっとだけスッキリした。
「……どうやらここにも鬼が居たようですね」
「ちょ、鬼ってどういうことッスか!?」
「問答無用! 成敗です!!」
「ちょ、待つッス、タンマッス!」
アイカが剣を振り回してクロを追いかけてるんだけど……うーーーん、まだまだDランクのクロにも勝てそうにないのね……。
というかアイカ、お供の犬を成敗したらダメじゃない。
「まぁそうガッカリするでないぞ主よ。クロは今、全力で回避に専念しとるようだからの、もうすぐクロよりも強く成れるじゃろうな」
そうかな?
それなら以前よりは強く成ってるってことね。
一般人がDランクの魔物を相手にできるわけないんだし。
うん、少し手応えを感じてきたわ。
アイカ……は、クロを追いかけてどっか行っちゃったから、アンジェラに手合わせをお願いしよう。
「アンジェラ、手合わせをお願いするわ」
「その意気やよし……と言いたいところじゃが、妾と手合わせするよりも、ダンジョンモンスターを召喚して倒していけば良いと思うぞ?」
「ダンジョンモンスターを?」
「ああ、分からぬという顔をしとるな。つまり、モンスターを倒すことによるレベルアップを狙うというものじゃな」
要は修行により基礎的な動作は身に付いたから、後はモンスターを倒しまくってレベルを上げようってことらしい。
……正直基礎以上のものを身に付けた気もするけどね。
「じゃあさっそく雑魚モンスターを召喚するわ」
今回召喚したのはゴブリンを100体ほど。
……召喚した私が言うのもなんだけど、ゴブリンが100体も密集してるっていうのは気持ち悪いわね。
別のモンスターにすればよかった……。
ま、それはともかく。
「気持ち悪いから一気に蹴散らしてやるわ!」
気合の叫び声をあげて、動かない的になっただけのゴブリンを片っ端から切り伏せていく。
ゴブリンが動かない理由は簡単、私がそう命じてるから。
ま、ダンジョンマスターの特権ってやつよ。
「ふぅ、全部切り捨ててやったわ」
「お疲れ様……と言いたいところじゃが、主よ、まだまだゴブリン程度じゃ大したレベルアップは見込めんぞ」
うん、まぁそうだろうな……とは思ってたけれども。
「なぁに、もっと上のランクのモンスターを召喚すればよいのじゃ。ランクの高いモンスターを倒せばレベルアップもしやすくなるぞぃ」
そういうことか。
低ランクのモンスターを大量に倒しても効果は薄いのね。
あ、でもそれだと……。
「ねぇアンジェラ。高ランクのモンスターを召喚するのはDPが大量に消費するんだけど?」
「むぅ……それもそうか。ちと困ったことになったのぅ……」
現在私のダンジョンでDPを獲得するメインの方法が、アンジェラにりよる魔力とDPの変換なのよね。
つまり、大量にDPを消費するにはアンジェラに頑張ってもらうしかないってわけよ。
『お姉様、ダンジョンに魔物が侵入したみたいです』
む……外の魔物ね。
このダンジョンは魔女の森と言われてる森のど真ん中にあって、その魔女の森に巣くう魔物がこのダンジョンに侵入してくるという事例が度々か起こっていた。
そして今も、アイカの本体から魔物侵入の知らせが届いたのよ。
「しょうがない……ちよっと侵入した魔「コレじゃあ!」んひぃ!?」
ビッッックリしたわ!!
突然アンジェラが叫んだんだけど、いったいどうしたんだろ?
というかあんまり驚かさないでほしい。
「主よ、いい方法を思い付いたぞ!」
何かアンジェラが思い付いたらしい。
「どんな方法?」
「このダンジョンの周辺には高ランクの魔物がウヨウヨしとるじゃろ? そいつらをこのダンジョンに拐ってきて倒すのじゃよ」
あ~なるほど、拐ってきた魔物を私が倒して、更に倒した魔物をダンジョンに吸収できるっていう素敵な方法ね。
なにより楽そうだし。
「分かった。ならアンジェラはモフモフと一緒に外での狩りをお願いするわ」
「うむ、承知したぞ。恐らくモフモフも喜ぶじゃろう」
アンジェラはモフモフを連れてダンジョンの外へと飛び出していった。
……ってコラァ!
せめて侵入してきた魔物くらい倒して行きなさいよ!
それから約1時間後。
「どうじゃ主よ、これだけ狩ればDPにも余裕がでるじゃろ」
「おうよ! 姉御のために張り切って狩って来やしたぜ!」
「………………」
二人は張り切って狩りをしてきた。
その結果が今私の目の前にある。
そう、あるんだけど……。
大中様々な魔物が瀕死の状態で地面に転がってる。
それらを鑑定した結果、全てがDランク以上Aランク未満の魔物であることが判明。
というか鑑定しなくても、見た目がサイクロプスみたいな巨人とか、翼をもぎ取られた飛竜とかだから高ランクの魔物なのは分かる。
そんな魔物たちが300体以上も転がされてるのよ。
「二人共張り切り過ぎよ!」
「何を言うておる、これしきで驚いていてはダンジョンマスターは務まらんぞ?」
さらりと嘘をつくんじゃありません!
「だから言ったろアンジェラ、この程度の数じゃ足りないってよ」
いやいや、足りてるから! 充分過ぎるほど足りまくってるから!
というかこれ、魔女の森の生態系に影響するんじゃないの?
もぅどうなっても知らないわよ……。
「ほれ主よ、はよぅ倒すがよいぞ」
そう言われてもねぇ、チマチマと剣で斬ってくのは時間がかかりすぎるし……。
「むぅ、主もドラゴンブレスを吐くことができたらのぅ……」
そうなったらもう完全に化け物よね……。
さすがに人外になりたくはないわ。
「あ、なら魔法を取得すればいいのよ! 例えば火魔法で焼き尽くすとかね」
「うむ。それもまたよし……じゃな」
そうと決まったら…………。
さっそく私はスマホを操作して……、
魔法魔法……っと……、
あった!
火魔法の取得は1000ポイントね。
じゃあ取得……っと。
あ、ついでに油も召喚しとこう。
ガソリンだと臭すぎるから、サラダ油にしようかな……はい召喚っと。
「アンジェラ、このサラダ油を上から魔物たちにぶっかけて」
「なんじゃ、主はコヤツらを食すつもりかや?」
食いません!
サバイバルやってるわけじゃあるまいし、私が食べるのは普通の御飯よ。
「そうだぞアンジェラ、食うんだったら生に限るだろ」
「むぅ、それもそうか……」
もう訂正するのも面倒だからそっちはほっといて、目の前の魔物たちを焼いちゃおう。
「ファイヤーボール!」
ドーーン!
放った火の玉が近くの魔物に命中すると、そこを中心に炎が広がっていく。
サラダ油の効果もあって、炎の勢いは更に増していった。
…………ん? なんか身体が軽くなった?
もしかしてレベルアップの影響するんじゃだろうか?
気のせいかもしれないけど、さっきまでより素早く動ける気がするわ。
それに……、
「ファイヤーボール!」
ドゴーーーン!
私がもう一度ファイヤーボールを放ってみたところ、さっきよりも明らかに威力が増していた。
「おお、中々の威力ではないか!」
「さすが姉御ですぜ!」
うん、間違いなくレベルアップしてるわ。
しかもこれだけ分かりやすい変化が起こってるということは、相当レベルアップしてると思っていいわね。
よし、レベリングに貢献したってことで、多少生態系が乱れても黙認しよう。
「次は水魔法をあげてみたいから、明日になったらまた狩りを頼むわ」
「うむ、承知したぞい」
「任せて下せぇ!」
さ、ダンジョンが開放される前に、どれだけレベルアップできるかしらね。
などと考えていたアイリだったが、その時既に一般人よりも遥に強くなっていたのであった。
アイリ「結局アイカは楽してるだけよね?」
アイカ「いいえ、お姉様がサボらないように監視『グリグリグリ』イタタタタ! お止め下さいお姉様!」




