ナイトメア
前回のあらすじ
高遠のスキルにより精神の揺さぶりを受ける(殆ど効果は無かったが)アイリは、アイカが高遠を仕留めた事により無事解放される。
しかし、高遠はナイトメアではなく、最後に生き残った転移者の桜庭がナイトメアであった。
「フフッ、やっと来てくれたねエルシド」
窓から差し込まれる光に照らされた桜庭の笑顔だが、恐ろしいまでに場違いだ。
床に転がっている転移者4人にはまるで気にした様子もなく、背景と同等に見なしているのでろう。
「桜庭さん……」
「あれ? もっと感動してくれないの? 折角の再開なのに……」
口先を尖らせる桜庭の一方で、エルシドは状況が理解出来ずにその場で立ち尽くす。
が、富岡はエルシドを押し退けて前に出た。
「き、君が……君がやったのか桜庭さん!?」
富岡は信じられないといった表情で桜庭に掴みかかる。
4人の中には桜庭の友人である館林も含まれているので、桜庭が手を掛けるとは思えなかったのだ。
「はぁ……確かに私が全員殺したけど。どうでもいいじゃないそんな事」
「へぁ!?」
更に富岡は凍りつく。
まさか死んだ友人まで含めてどうでもいいと発言するのは予想外だったのだ。
「それよりさ、今エルシドと話してるんだから邪魔しないでくれる?」
「ま、待ってほしい、まさか屋内君もキミが!?」
「だからうるさいって――」
「それに館林さんは君の友人だ、それをなんだって――」
ドズゥ!
「グォッ!?」
尚も詰め寄る富岡の背中に桜庭の腕が生える。
「うるさいって言ってんでしょ。ほんっと肝心な時にKYなんだから……」
「ア……ガ……ガ……」
「フン」
ドサッ、
腕を引き抜くと無造作に投げ捨てる。
左胸が貫通してるところを見ると、彼はもう助からないだろう。
「さ、邪魔者も居なくなったし、続き……しよ?」
この場にはホーク達も居るのだがまるで眼中には無いようで、桜庭の瞳は真っ直ぐにエルシドだけを捉えていた。
その瞳を見ると何故か意識が引き摺りこまれそうになったため、エルシドは軽く頬を叩き自我を保つ。
「……教えてほしい。本当に君がナイトメアだというのか?」
「そうだよ? 意外だったでしょ? もっと禍々しい化け物を想像した? それとも男の子だと思った? フフッ、ざ~んねん。とってもかわいい美少女でした♪」
目の前でクルクルッとターンしてピースを決めて見せる。
ビジュアルだけを見れば美少女と言っても差し支えはない。
「友達が捕まってると聞いたが?」
「少し前まで生きてたけどね。邪魔になったから殺しちゃった♪」
おどけながらも1人の少女へと視線を移したところを見ると、その少女が館林だったのだろう。
「この国を乗っ取ったのは君の意思か?」
「違うよ? それはあくまでも十針の意思。私はアイツの願望を叶えるために助力しただけ」
結局十針は桜庭に――いや、ナイトメアによって誘導される形で国を乗っ取り、死後には魂を食われてしまった。
これは高遠も同様で、上手く誘導された挙げ句に転移者を殺し回ったのだ。
「無人機を動かしてるのは君なのか?」
「もっちろ~ん♪ これからとっても楽しい事をしようと思ってさ!」
この答えはほぼ確信していた。
転移者が作った無人機を動かせるのは転移者しか考えられない。
つまり、転移者の生き残り最後の1人だ。
「……最後の質問だ。今までのアレは全て嘘なのか?」
「ん? アレって?」
「出会った頃今にも魔物に殺されたそうになってた桜庭さん、十針達によって瀕死になった俺を助けてくれた桜庭さん、その後幾度となく励ましてくれた桜庭さん、人質をとられ俺の元を去った桜庭さん、これらは全て嘘だったのか!?」
エルシドは信じられなかった――いや、信じたくなかったのだ。
もう100%桜庭がナイトメアである事は間違いないが、だとしたら今までの出来事は全て茶番だった事になる。
しかし、2人の記憶がエルシドの中でボロボロと崩れようとしている中、桜庭は意外な言葉を口にした。
「嘘――とは違うなぁ。だってそういう設定だったんだもん」
「設定……だと?」
「そう、設定。ストーリーを構成する上で、山あり谷ありの波乱な道のりは欠かせないでしょ? だから今までの台詞は、桜庭陽氷という人間の紛れもない本音。――という設定だよ。理解出来た?」
小難しい事を言い出したが、不思議とエルシドは理解出来た。
要するにこれは演劇だ。各自の時間と命を掛けて行われた壮大な群像劇だったのだ。
「成る程……要するに君にとっては娯楽だった……という訳だ」
「そうそう、正にそんな感じ! さっすが私のエルシド、理解が早くて嬉しいよ! 後は感動のラストシーンを迎えて終演だよ。さ、早く抱きしめて!」
両手を広げてエルシドが抱き寄せるのを待つ桜庭。
反面エルシドは、ハンマーで頭を殴られたかのような強い衝撃を受ける。
くだらない娯楽のために仲間や国王、更には無関係な冒険者まで死んでいるのだ。
「ほら、どうしたの? 早く抱き締めてよ。これがエルシドの――「ふざけるな!」
肩を震わせ拳を握りしめながら叫ぶ。
「なんで……なんでこんな事をする? アルカナウ王国を滅茶苦茶にし、多くの人達の血を流し、挙げ句同郷の人間までも手に掛け、いったい何がしたい? 君の目的は何なんだ!?」
普段は温厚なエルシドも怒りを露にするが、相変わらず桜庭は両手を広げたままのポーズを維持しており、全く怯む様子はない。
それどころか妖艶な笑みを浮かべていた。
「フフッ」
「答えろ! こんな茶番劇――っ!」
語気を強めて詰め寄るが桜庭は笑みを崩さず見つめており、思わずエルシドはゾクリとする。
そんなエルシドを挑発するように、信じられない事を言い出す。
「これは全てエルシドのためなんだよ?」
「な! ――俺のため……だと?」
「うん、そうだよ。――だってエルシドは願ったじゃない。平和な毎日はつまらない、刺激的なラブロマンスがほしい、勇者としての威厳を示したい……そう思ってたでしょ?」
「そ、それは……」
確かに思った事はあった。
もっと名声を高めてメロニア王女に良いところを見せたいとも思った事はある。
そう思い出し、途端に口が萎んでいく。
「どう? 思い出した?」
「た、確かにそうかもしれない……だが! 自国を崩壊させようなんて願ってはいない!」
「それは言い訳だよエルシド? だって君が願ったから平和な日常が崩れたんだから。その結果祖国がこんな変貌を遂げたのもエルシドが原因なんだよ?」
「でたらめを言うな! 原因は全て貴様だろう!」
「もう、強情だなぁ……。ほら、もう一度よぉく思い出してみて?」
桜庭は徐に手をかざすと、エルシドを目映い光が包み込む。
すると閉ざされた視界の中で、ある日見た夢を思い出す。
つい魔が差したとも言うべき夢は、祖国が未知の敵により脅かされ、仲間や冒険者達が次々と倒れていくところをエルシドが颯爽と現れバッタバッタと敵をなぎ倒すというもの。
こうして祖国を救った勇者は更に名声を高め、婚約者であるメロニア王女以外からの色んな女性から猛烈なアピールを受けるというある意味王道な展開だ。
だが夢から覚める直前に何者かに呼びかけられ、今見たものを実現したくはないかと問われる。
当然エルシドは無意識にハイと答えてしまったところで、正気を取り戻した。
「まさか……まさかそんな……」
「フフッ、どうやら思い出したみたいだね?」
そう、桜庭の言った事は本当で、夢の中とはいえエルシドは望んでしまったのだ。自分中心に思い描いたサクセスストーリーを。
「俺のせいで仲間が死んだ……」
「そうだよ♪」
「俺のせいで国王が死んだ……」
「そうだよ♪」
「俺のせいで無関係な者までもが犠牲になった……」
「そうそうそうそう、全部そう♪ ――と言いたいところだけど、一部は横槍を入れてきたアイリのせいだけどね。転移者の一部はアイリの眷族にやられたみたいだから。でも大半はエルシド――君が望んだ結果なんだ」
「う……」
自分が原因である事を思い出すと、ヨロヨロと力無くへたり込む。
そんなエルシドの姿をも桜庭は楽しそうに眺めている。
しかし、そんなエルシドにムーザが徐に手を上げ……
バシン!
「ちょっとエルシド、しっかりしなさい!」
「……え」
ムーザのビンタにエルシドは俯いた顔を上げる。
「アンタが原因かどうかはこの際保留よ。それより桜庭を――ナイトメアを倒すわよ!」
「ムーザ……さん?」
「悔いるなら全てが終わってからにしなさい――ほら!」
ムーザによって強引に立たされ、改めて桜庭を正面から見据える。
「――さて、続きと行きたいとこだけど、このままエルシドが抱き寄せたら、その瞬間エルシドの生涯が終わりそうなのよねぇ……そうなんでしょ?」
ムーザの問い掛けにナイトメアは口の端を吊り上げた。
「よく分かってるねぇ。ズバリその通りさ。願いが叶い喜びに満ちた後の魂は極上の味となるのさ! ボクはソレを頂戴するために契約を持ち掛けてるんだから当然でしょ?」
口調が徐々に崩れて行き、姿までも人間から魔物に――いや、こめかみから角を生やしてるところ以外を見れば人間と殆ど変わらない。言うなれば魔人と形容したほうがしっくり来るだろう。
「そ。ならハッキリしたわ。――エルシド、コイツは魔物よ、それもとびっきり厄介で性格のひねくれた奴ね。だから勇者である貴方は成すべき事をするのよ」
「成すべき事……」
ムーザに言われてぼんやりと桜庭を眺める。
「そう、コイツは世界の敵。だから貴方とコイツも敵同士。さぁ剣を取りなさいエルシド。そしてこの女を――」
「殺しなさい!」
「……!」
ムーザの言葉にハッとなり、桜庭に視線を合わせる。
相変わらず彼女は妖艶に微笑んでるが、敵である事は変わりない……変わらないが……
カランッ!
「ダメだ……俺には殺せない……」
剣を落とすと膝を着いてしまった。
桜庭を見ると今までの出来事が浮かんでは消えを繰り返し、自分の精神的支えであった事が改めて思い出されるのだ。
もうエルシドからは戦意は感じられない。
「ちょっ、エルシド!?」
「こらアカン! エルシドはんがやる気出してもらわなワイらじゃ荷が重いで!」
ムーザの足元で踞るエルシドを見て、ホーク達に動揺が走る。
エルシドが戦闘不能なら彼抜きでやるしかない。
「あちゃ~、ちょ~っとショッキングだったかぁ。――ま、しょうがないから代わりに君達で我慢するよ。ちょっと物足りないけどね♪」
「へぇ……物足りない……。随分舐めた事を言うわねぇ。しかも無自覚っぽいところがあのクソガキよりムカつくわ」
「ううん? なんで怒ってるのか分かんないけど、取り敢えずこれを見てよ」
ズバズバズバン!
「ほいほいっと! どう? これでよく見えるでしょ?」
壁を剣で斬り崩すと多数の戦車が城外へと向かって行き、上空では戦闘機や戦闘ヘリまでもが慌ただしく飛び去る光景が飛び込んでくる。
当然動かしてるのはナイトメアだ。
「城外へ……という事はまた何処かと矛を交えるつもりでござるな?」
「勿論! しかも今度は国じゃないよ? 君達がよぉぉぉく知ってるダンジョンに狙いを定めちゃったもんね~♪」
「せやかて、よく知ってるダンジョンはアイリはんのダンジョンくらいしか――ってコイツまさか!?」
今の3人がよく知ってるダンジョンは1つしか思い浮かばない。
「あのダンジョンにはエルシドの婚約者も居るからねぇ。あの王女が死んだらエルシドはどんな反応を見せるのか、今から楽しみぃ~♪」
やはり狙いはアイリのダンジョンで、メロニア王女までも亡き者にしようと企てたようだ。
「ああもぅ、とことん性格悪い奴ね! あそこの下には私の部屋もあるんだから放っては置けないわ! ホーク、ザード、こうなったら私達だけでやるわよ!」
「わーったで! こうなりゃ腹括ったるわ!」
「無論拙者も助力するで御座る」
悪趣味なナイトメアとの対決が今始まろうとしていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「……あら? さっきまであんなに良い天気だったのに、急にどんよりとした嫌な天気になってきたわ」
窓の外を覗きながら、バーミレニラ第三王女が本を閉じて呟く。
彼女は自室で読書をしてたのだが、急に暗くなっなのを感じ取り空を見上げたのだ。
「春とはいえ、まだ季節の変わり目ですからね。急に天候が変わるのはよくある事です」
専属メイドのトリーが紅茶を注ぎながら答えると、バニラの元へと運ぶ――と、その時!
パリンッ!
「キャッ!」
「バニラ様!」
突然窓際にあった花瓶が割れたのだ。
「と、突然花瓶が……」
「バニラ様、お怪我はありませんか!?」
「ええ、私は大丈夫です」
破片を取ろうとしたバニラを制し、トリーがテキパキと片付ける。
「なんだか不吉ですね。この空模様といい、何事もなければいいのですが――え!?」
「――バニラ様? 如何いたし――ヒッ!?」
再度空を見上げたバニラが何かを発見する。
何事かとトリーも駆け寄ると、空に浮かぶどす黒い塊が目に止まった。
「ア、アレはいったい……ハッ! それにこの方角は――アイリちゃんのダンジョン!」
「アイリ様の!?」
魔女の森上空に浮かぶ謎の球体。
この正体とは……
アイリ「いよいよクライマックスを迎えたわ!」
アイカ「お姉様の出番があるといいですね」
アイリ「いや、あるでしょさすがに!?」




