スキルとトリック
前回のあらすじ
アイリのダンジョンに侵入してきた高遠は、眷属にしたリオンをアイリーンに差し向け、自身は最下層を目指す。
二手に分かれたためアイリ達は高遠を、リオンはアイリーンに居るリヴァイと冒険者達に任せる事にし、任された冒険者の活躍により見事リオンを倒したのである。
「もう間もなくです、お姉様。たった今6階層最後の部屋を突破されたので、すぐにここへ現れるでしょう」
「うん」
7階層に先回りした私達は、アンジェラとモフモフに加えルーとミリーという豪勢なメンバーで高遠を歓迎するため待機している。
「ですが少々過剰戦力ってやつじゃありやせんかい姉御? 高遠って奴がどれ程の強さか知りやせんが、これだけの戦力を前にしちゃブルッってトンズラしちまいまさぁ」
「うんうん。駄犬の言う通り、ルー達まで出る必要は感じられない」
本当はアンジェラ一人でも充分なんでしょうけどね。
けど油断は禁物よ。何せ高遠は複数の固有スキルを所持してるんだもの。
「今のうちに教えとくけど、高遠は召喚された転移者からスキルを奪ってるのよ」
「「「「スキルを(ですかい)!?」」」」
これはドローンで鑑定して判明した事なんだけど、高遠は合計10個の固有スキルを持っていて、内一つに殺生剥奪という固有スキルがある事が判明したの。
このスキルは対象を殺す事で相手が持っているスキルを奪えるというもので、転移者を積極的に殺害してる理由はズバリこれね。
「だから想像以上に厄介な相手だと思った方がいいわ」
「成る程のぅ。それなら妾も本気を出さねばなるまい」
「ええ、期待してるわ」
……いや、やっぱりアンジェラにはダンジョンを壊さない程度に頑張ってほしいかな。
「お姉様、どうも様子がおかしいです」
「え?」
「高遠が6階層から出て来ません」
どういう事? 6階層のモンスターは全て倒されたから、すぐにでも7階層に降りて来れる筈なんだけど……。
「どうする主よ。こちらから仕掛けてみるか?」
「ミリーもアンジェラに賛成。やった者勝ち――もしくは先手必勝」
う~ん……こっちのテリトリーで罠を仕掛けるのはほぼ不可能よ。
だけど何かを待ってるのだと仮定したら、時間を稼いでるって事も考えられる?
「姉御、向こうが来ないってんならこっちからカチ込んじまいやしょうぜ!」
「うん、分かった」
参戦出来るのが一体だけだから、ここはアンジェラにお願いしよう。
「じゃあアンジェラ、6階層の様子を見てきて」
「うむ、任せるがよいぞ!」
私の指示でアンジェラが6階層に上がって行く。
もし何か企んでても、アンジェラなら力押しでどうにでもなるだろうし。
「あ!」
「な、何!?」
「お姉様、高遠が転移で逃げてしまいました」
まさかの逃走!?
『おーい主よ、6階層には誰も居らぬぞ?』
『ああ、うん、知ってる。高遠は逃げたみたいだから戻ってきて』
『なんじゃつまらんのぅ……』
なんか釈然としないわね。何を考えてるのか……。
「お姉様、恐らくですが、アイリーンに侵入した眷属を討ち取ったのが影響したものと思われます」
私達が待ち伏せしてる間、アイリーンの方は片付いたらしい。
だけど本当にそれが原因なんだろうか? と疑問に思いながらも迎えた次の日。
「大変です、お姉様! 7階層が突破されてしまいました!」
「ちょ、どういう事よ!?」
「それがわたくしにもよく分からないのですが、気付いた時には7階層に奴がいたのです」
「奴って――」
ま、まさか高遠なの!?
「はい、ご想像通り高遠です」
いや、おかしいじゃない! 入口から6階層まで気付かないなんて有り得ないでしょ!?
まさかこの非常時にアイカがサボッてた訳じゃないだろうし。
「至急アンジェラを向かわせて。アイカはドローンで高遠を監視。可能ならそのまま射殺しちゃって!」
「畏まりました」
これで高遠を仕留める事が出来れば問題ない。
けれど奴の持ってる固有スキルは厄介なものばかりって事を考えれば……
「申し訳ありません、お姉様。高遠に逃げられてしまいました。奴の持つ固有スキルによるものと思われます」
「うぅむ……何故奇襲がバレてしもうたんじゃろうのぅ……」
やっぱり逃げられたか……。
これは間違いなく固有スキルによるものよ。
「仕方ない、今のうちにスキルの検証を行いましょ。――アイカ、高遠の持ってるスキルをまとめてちょうだい」
「了解です。こちらが固有スキル一覧になります」
・殺生剥奪
・肉体硬化
・死人使い
・恐怖投影
・嗅覚鑑定
・寸前予知
・異空間庫
・事故防衛
・憑依武装
・だが不可視
スクリーンに映された一覧を見る限り、既に10人の転移者を殺害してるのが分かる。
あ、いやいや、内一つは高遠本人のスキルだから9人か。
「更に剣や槍といった一般的なスキルも所持してますので、冒険者をも手に掛けてる可能性があります」
もうここまできたら殺人鬼みたいなものよ。
放置しとくと更に犠牲者が増えるのは間違いないわ。
――って、そんな事より検証よ検証。
「まず高遠本人のスキルは殺生剥奪で確定。このスキルは殺した相手からスキルを奪うものだから」
「はい。更に言えば肉体硬化、死人使い、恐怖投影、嗅覚鑑定、憑依武装の5つのスキルも突然現れたり逃げたりを行うものではありません」
そうなると残り4つのスキルの内どれかになるんだけど……
「異空間庫は直接的には関係ないだろうけど、何らかのマジックアイテムを使用した可能性もあるからとりあえず保留ね」
「となると、寸前予知を使用されたがために奇襲がバレて逃げられた可能性が高いですね」
これも厄介なスキルの一つよ。
何せ一分先の出来事を予知出来るんだから、10分間のクールタイムを加えても充分魅力的なスキルだわ。
「それなら事故防衛もよ。このスキルは危険を察知するとそれを防ぐものだから、奇襲が上手くいかなかったんじゃない?」
「成る程。それも有り得ますね」
率直なところ、冒険者なら事故防衛って固有スキルはダンジョン探索にうってつけだから、喉から手が出るほど欲しいでしょうね。
「お姉様、最後に残ったらスキルですが」
「ええ、これが高遠を発見出来なかった最大の理由ね」
このだが不可視というスキルは、間近でなければ発見されないという探知スキル殺しの効果を持ってるようで、コレを使用中は遠くからだと絶対に発見出来ない。
「昨日現れた時はキチンと探知出来たのですが、その時はスキルを使用してなかったのでしょう」
「そして今日になってスキルを使用してみたと――あれ? それならどうやって6階層を突破されたの? 倒されたモンスターも復活してる筈なのに」
「言われてみれば……妙ですね」
う~ん、分かんない。
スキルじゃないならマジックアイテムか何かだと思うんだけど……。
「分からんものは仕方あるまい。妾としては消化不良じゃし、7階層で待機しとれば再び合間見えるじゃろ」
悔しいけどそれしかなさそうね。
こういうのって後手に回るとモヤッとするけど、アンジェラに7階層を見張ってもらう事にしよう。
更に次の日。
私達の予想を遥かに上回る形で驚愕する事になる。
『アンジェラ、高遠が8階層に入り込んでるわよ! いったいどういう事よ!?』
『そんなバカな。妾は7階層の入口から一歩たりとも動いておらぬぞ?』
な、ならいったい――って、そんな事より今は高遠よ!
『アンジェラ、大至急高遠を追跡して!』
『承知した!』
どうやって奴はアンジェラをやり過ごしたんだろ?
入口に居たなら絶対にアンジェラと出会う訳だし――って、まさか!
「だが不可視を使用されたからアンジェラは気付かなかったのよ!」
「お姉様、お言葉ですが、その可能性は有り得ません」
「どうして?」
「だが不可視の欠点に至近距離からだと誤魔化しが効かないという点が有りますので、このスキルを使用したとしてもアンジェラは気付いたでしょう」
そうなると益々分からない。
私達に気付かれずにダンジョンに入り込むのは不可能な筈よ。
『すまん、主よ。発見したはいいがまた逃げられてしまったのじゃ』
やっぱりか……。
アンジェラからの念話は予想通りのものだった。これは本当にヤバいかも知れない。どうにかしてトリックを暴かないと……。
「あ、そうです! こういう時こそイグリスの出番です!」
イグリス? なんか人の名前っぽ気がするんだけど……
「誰なの、そのイグリスって人は?」
「あれ? 紹介してませんでしたっけ? お姉様の世界にある検索サイトをこのダンジョンにインストールしたものです」
ダンジョンにインストールって言われてもピンとこないなぁ……。
「では実際に使ってみましょう。――ねぇイグリス、今日のアレクシス王国の天気は?」
アイカが宙を見上げて喋り出した。
そんな事でどうやって答えてくれるのやら……っと思ってたら、コアルームに女性の声が響く。
『はい、アレクシス王国の天気ですね? ――王都を中心に快晴に恵まれた良い1日となっており、離れた地域では雲が広がってる所もありますが、雨は降らないでしょう』
「――とまぁこんな感じです」
これは中々凄いかもしれない。
イグリスの声がヒカリの声に似てるのはマイナスだけど、それを差し引いてもとても便利な機能だと思う。
「ねぇアイカ。イグリスが答えれる範囲ってどの程度のものなの?」
「神によって規制されてる情報以外のもので、尚且つ2人以上の者が知っている情報なら何でも答えてくれます」
ふむふむ……つまり、個人のプライベートが他人に知られた時点でイグリスも知ってしまうって事か。
――よし、私も一つ実験してみよう。
「ねぇイグリス、私の眷族アンジェラの泣き声は?」
『申し訳ありません。アンジェラとして魂を吹き込まれてからいまだ泣いた事がないので、お答え出来ません』
うん、よく考えたらアンジェラが泣いてるところなんて見た事無かったわ。
「じゃあ別の質問をするわ。――ねぇイグリス、ダンジョンマスターの水虫の泣き声は?」
『はい、水虫の泣き声ですね? ――こちらがその泣き声になります。音声スタート』
んん? どうやら水虫は人前で泣いた事があるらしい。
『お願いしますカルミーツさん。思いっきり罵って下さい!』
『え……いや、それは……』
『罵ってほしいんです。貴女の美声で!』
『わ、分かりました。ならちょっとだけ本気を出しますね? ――このクソ虫、カス虫、水虫が! 生きてて恥ずかしくないのですか? この存在価値のないゴミが!』
『オッホーーゥ! 最高ーーッス!』
『オッホーーゥ!』
『ここです。これが水虫の泣き声です』
いや、ここですって……それは泣き声って言うの?
ああそうか。嬉し泣きだから泣き声とも言えるって事なんだ。
「どうです? 素晴らしい性能でしょう?」
「うん、まぁ性能に関しちゃ文句のつけようがないわ」
これなら高遠がどうやって侵入したのか分かるかもしれない。
「早速本題に入ろう。――ねぇイグリス、私のダンジョンに高遠が侵入しても気付かなかったの理由は何?」
さて、いったいどんなトリックを使ったのか暴いてちょうだい。
『申し訳ありません。高遠本人しか知らない情報のため、公開出来ません』
「ええ~!?」
くぅぅ、そう来たか……。
「お姉様、諦めてはいけません。質問の仕方を変えればいいのです。――ねぇイグリス、お姉様――アイリ様の眷族アンジェラに気付かれずに素通りする方法を教えて下さい」
成る程、それなら糸口が掴めそうね!
『はい、アンジェラに気付かれずにを素通りする方法ですね? 残念ながら存在しません』
「「え?」」
存在しない!?
いや、それはおかしい。もしかしてイグリスが知らないだけ?
「アイカ、イグリスの知らない事が出てきたようだけど?」
「いえ、それは有り得ません。イグリーシアの知識でイグリスの右に出る者は神しか居りませんので」
そうかなぁ? 実は知ったかぶりでテキトーな事言ってるだけって可能性も。
「ねぇイグリス、アンタひょっとしてポンコツなんじゃないの?」
『……ケンカ売ってんのかコラ?』
って、普通に怒ってる!
『……コホン。このイグリスに知らない事はありません。ポンコツ扱いはお止め下さい』
「あ、はい……」
イグリスはこう言ってるけど、現に高遠はアンジェラの前を――あれ? んんん?
何かが頭に引っ掛かる。何か重要な事に気付いたような……
そうか分かった!
「アイカ、高遠はアンジェラの前を通ってないのよ!」
「ええ!? し、しかしアンジェラは7階層の入口で構えてた筈です。そこ以外に通り道は有りませんよ?」
「いいえ、高遠は直接7階層に現れたのよ。これならアンジェラの前を通る必要はないわ」
「で、ですがそのような方法は……」
いや、有る筈よ。
殆ど勘みたいなものだけど、きっと有る筈。
「ねぇイグリス。有るんでしょ?」
『はい、一度踏み込んだダンジョンの箇所に、直接転移するレアアイテム【ダンジョンポータル】という物が存在します』
うん、思った通りね!
高遠は8階層に直接転移してきたのよ。
「そのようなレアアイテムが存在したとは……。――あ、お姉様。もしかしたら、邪王のダンジョンコアから情報を読み取ったのではないでしょうか?」
「そうかもね」
よし、トリックは分かった。
明日こそ高遠を仕留めてやろうじゃないの!
アイカ「一応補足を。カルミーツさんは天使族の女性で、水虫のマゾ心を直撃した美人さんです」




