高遠の足取りと帝国の影
前回のあらすじ
勇者エルシドにより戦車で進軍してた虎田達を呆気なく撃退する事に成功した。
しかしそこへ戦闘機から脱出した後に、逃走中だった熊谷が現れエルシドに襲いかかるが、これもあっさりと凌ぐ。
結果熊谷は両腕を失い瀕死な状態に陥ると、最後はグリーンウルフに食い殺されてしまった。
一方のアイリは、高遠の行方を追うのと同時にディスパイルにナイトメアの件で協力してもらう事を思い付くが……。
「すまないアイリ。そればっかりはどうする事も出来ないんだ……」
「そう……」
私は今ディスパイルの実家にお邪魔してるのよ。目的は勿論、ナイトメアを特定するのに協力してもらう事よ。
けれど結果は……
「本当にすまない! 俺としても協力したいのは山々だが、オルド様から厳命が下ってる以上それを破ると厳しく罰せられてしまう。下手をすると存在そのものを消されてしまう可能性も……」
ご覧の通りよ。
さすがに消されるリスクを犯してまで協力してもらう訳にはいかない。
「アイリ……」
「もう、そんなに泣きそうな顔しないで。ディスパイルを苦しませるつもりは無いから、ダメならダメで何とかするから」
でも困ったわね。ディスパイルをあてにしてただけに、下手すると片っ端から倒してく羽目になるかも。
トントン
ん? 誰かが扉をノックしてるみたい。
「お兄ちゃん、ミゴル様がいらして――アイリちゃーん!」
「――っとと! キャメアン久し振り。元気だった?」
「うん、私は元気だよ! お父さんもお母さんも元気だし、ロザンも真面目に鍛練してるみたいだよ!」
入って来るなりキャメアンに抱きつかれた。
彼女にもスマホを渡してるから時々話してるんだけど、直接会うのは久々ね。
ロザンって人は、前に来た時に模擬戦で叩きのめした悪魔族の兵士よ。
あれから真面目に修行に励んでるらしい。
「……コホン。――キャメアン、さっきミゴル様がどうとか言ってなかったか?」
「あ、そうそう、忘れるところだった。ミゴル様が頼みたい事があるらしくてここに来てるの。入ってもらっていい?」
「頼みたい事? まぁ、いずれにしろ入ってもらってくれ」
「は~い」
ミゴルさんが来たって事は、仕事絡みの事なんでしょうねきっと。
「邪魔してゴメンね。なんだか忙しそうだから、今日はもう帰るわね」
「えっ!?」
いやいや、えっ!?って言われても、仕事の邪魔しちゃ悪いし私も私で忙しいし……。
「今は私も色々と立て込んでるけど、落ち着いた時にでもまた遊びに来るから」
「「ええぇ……」」
うん、戻って来たキャメアンも揃って同じ反応。やっぱり兄妹なんですね~って、どうでもいい事よね。
今抱えてる厄介な事を片付けたらすぐにでも遊びに来よう。
「まぁ、そう言わずに。これはアイリ様にも深く関わる事ですので、是非ご一緒に聞いて頂きたいのです」
「ミゴルさん?」
応接室に入って来たタキシード姿のミゴルさんに呼び止められた。
何気にミゴルさんとも久々に会うわね――って、それより私にも聞いてほしい話って何だろう?
「――という事でして、これならアイリ様へのサポートとして役立つと思うのです」
一通り話し終えたミゴルさんがティーカップに口をつける。
話した内容は正に私が苦悩してるナイトメアの事で、ソレを倒したらディスパイルが私に知らせるというもの。これなら怪しいと思う転移者を始末すればいいので、私としても大助かりよ。
因みに何人か転移者が犠牲になってるけど、ナイトメアは健在みたいね。
「ありがとう御座いますミゴルさん」
「いえ、礼には及びません。本来ならば我々のような立場の者が動かなくてはならないのですが、それが出来ない以上せめてこのくらいはサポートさせて頂きたいのです。」
やはりというか過保護は良くないだかで神は動けないらしく、ミゴルさんの表情からは悔しさが滲み出てるのが見てとれる。
「良かったなアイリ、これで俺も協力する事が出来る――っと言っても微々たるものだが」
「何言ってるの、充分助かるわ」
何も分かんないよりは全然マシよ。
「それからもう1つ――」
ミゴルさんが人差し指を立てて再び口を開く。
「アイリ様はミルド様の加護を受けてますので、ナイトメアの見せる夢に惑わされる事はありません。その点はご安心下さい」
そっか、ナイトメアという存在は幻覚を見せてくるんだ。
何も対策を考えてなかったけど私なら大丈夫って事らしい。
「お帰りなさいませ、お姉様。首尾はいかがですか?」
「そりゃもうバッチリ! ――じゃないけれど、協力してもらえる事になったわ」
最終的な流れは――
①転移者を殺す
②ディスパイルに確認する
③ナイトメア健在なら①へ、ナイトメア消滅で終了
こんな感じね。
「ナイトメアはいまだ健在で、怪しいのが十針と高遠の2名ですか」
「うん。だけど――」
考えてみたら、十針がナイトメアだった場合エルシドは危険かもしれない。
固有スキルの【肉体操作】も厄介だし、ホークとザードだけをサポートにつけたのは失敗だったかも……。
「それならご安心下さい。強力な助っ人をサポートに向かわせましたので、十針への対策は万全です」
強力な助っ人……そんな人居たっけ? まぁいいや。
「なら懸念すべきは高遠って奴ね」
「はい。ですが、いまだ足取りは掴めません。ドローンを飛ばしても一向に掛かりませんし、アンジェラも捜索に出てますが、そもそも見た目が不明な以上発見出来る可能性は低いかと」
そうなのよね。
桜庭さんなら分かるんでしょうけど、私達は面識がないし……。
『姉御、列の奴等を見つけましたぜ』
モフモフからの念話だ。
『列の奴等を見つけたのね!? ――って誰だっけ?』
『お忘れですかい姉御? マリオンのダンジョンから逃走した連中ですぜ?』
あ~、そうだそうだ、思い出したわ。
薄気と犬山と雉田の3人が転移石で逃げたんだったわね。
『じゃあ捕獲をお願いモフモフなら楽勝でしょ?』
『期待に応えたいところで御座いやすが、そいつぁ無理ってやつですぜ。何せ3人共既に事切れてやがるんで』
逃げ出した3人はあっさりと死んで――ってまさか!?
『ねぇモフモフ、死体はどんな状態? 何者かに殺されたって感じじゃない?』
『へい、コイツら揃いも揃って心臓をブッ刺されてまさぁ。こりゃあ闇討ちされたに違ぇねぇですぜ!』
その3人を狙って殺すような奴に一人だけ心当たりがあるわ!
「お姉様、やはり……」
うん、高遠の仕業で間違いない!
『――モフモフ、すぐにアンジェラとドローンを向かわせるから、そこで待ってて!』
『へい!』
ダンジョンコアを盗んだ事といい、コイツもナイトメアの可能性は十分にある。
絶対に取っ捕まえてやるわ!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「やれやれ、まったくもって不甲斐ない連中ばかりだなぁ」
パーラット前哨基地の一室で、十針が一人目を瞑った状態で毒づく。
(志村君は魔物と共に出撃した後に音信不通。だからあれほど兵器一つや二つは持参しろと言ったのに……)
志村とは、クライムの街に居た兵士と冒険者によって滅多討ちに合い、アッサリ死亡した男子生徒だ。
十針からは護身用の武器くらいは持っていけと言われてたが、手懐けたモンスターに自信を持っていた志村はそれを拒否。結果何も出来ないまま仕留められてしまうのだった。
(熊谷君達はドローンに撃墜されたときたし……。油断せずに全機でかかれば対処出来ただろうにねぇ)
確かに熊谷達には油断があった。
だが例え油断してなかったとしても、凄まじいエンチャントを施されたドローン相手では最初から勝ち目はなかっただろう。
(そして虎田君達も戦車を大破させられて帰ってきたと。しかもその相手はあの死に損ない勇者だと言うから驚きだよ)
これに関しても当然の結果としか言えない。
エルシドは今やアイリと同等なまでの強さになってるので、戦車を持ち出して挑んだところでスクラップにされるのが落ちである。
(こうなってくると、益々彼女の協力が欲しくなるね。桜庭さんもこちらに向かってきてる事だし、ここは僕が動いた方が良いかな?)
十針の言う彼女とは館林癒夢という女子生徒の事で、桜庭の友達の事だ。
「さてと、それじゃあ久々に体を動かすとしましょうかね――」
しかし、椅子から立ち上がったその時!
『トスッ』
「――うぐっ!?」
何処からか飛んで来た矢が首へと命中し、全身から力が抜け落ちたようにその場に倒れ込んでしまった。
「フッ、他愛もない」
いつの間にか部屋に身を隠していた黒装束の男が、吹き矢を手にして姿を現す。
「油断するなW3。相手の死亡を確認してするまでが任務だ」
最初の男に続き同じ格好をした男達が、ゾロゾロと出てきた。
その数なんと5人で、十針が入室する前から潜んでたのだ。
「分かってるさT7。だが危険人物とはいえ所詮はガキ。コイツ一人のために俺達6人も呼び出されるのは意外だと思ってなぁ」
「言いたい事は分かるんだが、早いとこ逆さを確認してくれねぇかいW3? こっちも遊びじゃないんでな」
「へいへい、分かってますよW1。我等シャドウプラーガに睨まれた哀れな逆さを確認しますかね」
彼等6人は、シャドウプラーガというプラーガ帝国の現皇帝ムンゾヴァイス直属の隠密部隊だ。
直属であるため当然実力は上の上。更に他のメンバーともキチンと連携がとれる者だけで選ばれたエリート達である。
そんな彼等が受けた任務は、転移者を束ねてプラーガ帝国に牙を剥こうとしている十針昇の暗殺だ。
因みに逆さとは暗殺対象の死体を意味し、彼等に通じる隠語である。
「まったく、バカな奴だ。大人しく尻尾振っときゃ良かったものを――」
口振りとは裏腹に油断なく十針の死体を確認するW3。
しかし直後、十針の死体に異変が起こる。
「――な、なんだコレは!?」
なんと、突然死体が点滅し始めたのだ。
その現象に驚き、W3は咄嗟に飛び退く。
他のメンバーも距離を取って注意深く様子を窺ってると、やがて死体は砂へと変化しサラサラと崩れてしまった。
「こ、これはいったい……」
かつて遭遇した事がない現象に6人は硬直し微動だ出来ずにいると、部屋の隠し扉から死んだ筈の十針が姿を現す。
「まぁ早い話が偽物って事だよ」
「「「「「「っ!!」」」」」」
用心深い十針は、皆に内緒で偽物を動かす事により周囲を欺いてたのだ。
彼等シャドウプラーガは入念に事前調査を行ってただけに、まんまと十針に嵌められた事になる。
「もっと早く来るかと思ってたんだけど、案外遅かったね。まさかエリート集団が手間取った……とは思ってはいないけれど」
十針としては軽く挑発してみたというところだが、さすがはエリート集団なだけあり、小手先の挑発に乗る者はいない。
「フン、うるさいガキだ。本当はもっとスマートに行きたかったが、こうなったら仕方ない」
T7が素早く仕留めようと動く――だが!
「っ!? な、なんだ体が!」
ダガーで十針を突き刺そうとしたのだが、何故か体は微動だにしない。
「くっ、何故動かん!」
「お、俺もだ! これはいったい!」
T7以外のメンバーも同じようで、自らの意思に逆らい動く事はなかった。
「バカだねぇ君達。まさか僕の固有スキル【肉体操作】を知らないで来たのかい? ――だとしたら滑稽だよ。ま、笑いのセンスは皆無だけどもね」
勿論彼等は知っていた。知ってたからこそ慎重に近付き、姿を隠してたのだ。
そして十針がスキルを発動する前に暗殺する計画であったが、結果は失敗に終わった。
偽物の十針を仕留めた時、既に彼等は【肉体操作】によって自由を奪われていた――つまり彼等6人は、驚いて硬直したのではなく、十針のスキルによって動けなくなっていたのだ。
「それじゃ僕からの頼み事を言うよ。こんな下らない命令を下した奴を始末してくれないかい?」
頼み事という名の命令が下されると、彼等6人は獲物をしまいプラーガ帝国へと舞い戻って行った。
「ふぅ……、これで少しは大人しくなるといいんだけどねぇ」
この十針の行動が後に別の騒乱を引き起こす事になるが、それはここでは語られない。
アイカ「もう少しのようです」
アイリ「何が?」
アイカ「勿論クライマックスですよ」




